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アルカナの戦慄  作者: 三古谷
第三章 『Disciple』
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〈千葉尚久〉

薄暗く、そこそこに広いはずの空間にところ狭しと並べられた機器。

それらの機器の温度を保つために、空間の温度は少し肌寒くなっている。

けれど、俺にとってはその温度が心地よくて、何よりも暖かいものだった。

「…寒い。

 おれ、ここ嫌い。」


「ふはっ、そうかそうか!

 そりゃ悪かったなぁ。

 …ジニアはあったかいなぁ…。」

ジニア。

百日草ひゃくにちそうとも呼ばれ、「不在の友を思う」「注意を怠るな」…とかまあ、そんな花言葉を持つのが、その組織における俺の名前。

俺自身な訳だが。

「おれ、その名前も嫌い。」


「そうか。

 だけど、俺は好きだよ。ジニア。」

俺には別の名前が二つある。

ひとつは、世間的には重要だろ。と言われるものだろうが、俺にとっては何の意味もない、誰も知らない名前。

そしてもうひとつは、世間的には上に次いで大事な名前と言われるだろう、一番大切な名前。


千葉ちば 寿幸ひさち


意味は名前のまんま。

幸せに、長生きしてほしい。

ただただ本当にそれだけを望んで付けられた名前。

これをつけたのは、俺の両親なんかじゃない。

俺の…何て言ったら良いんだろうな。

法律上は養父…かな。

俺にとっては、父であり、兄であり、母のようでもあり、そして師匠でもあった。


うん。

師匠かな。

一番しっくりくるんだ。それが。


その人は当時…悪魔一斉襲来の時、6才だった俺を23歳で引き取った。

名前は千葉ちば 尚久たかひさ

「尚久。」


「こら。

 ここでは違う名前で呼ぶ約束だろう?」

ここの元管理人で、エーデルワイス。

俺を引き取った経緯からも解るように、超がつくお人好しで、よく笑って煩くて、ドジで、屁と靴下が臭くて。

でも、機器に触るときは凄く真面目で…神殿を見つめるその目は、空だった時ですら、いつも辛そうで…、そして誰よりも優しそうだった。

誰よりも坊を愛してるのは俺だがな。

…だが、あの優しさには流石に負けると思う。


尚久にとって、坊は…友と、愛する人の忘れ形見だった。

俺がここに来る前のことだから、俺はその二人のことは知らない。

名前は確か…


てる莉泰りひろさんだ。

 とてもお似合いの夫婦だった…家族だった。

 そうじゃなきゃ許さないさ。

 まあ俺にそんな権利ないんだけど…。

 けど、あの二人なら、ある!って言いそうだなぁ…。」

その人達を話す尚久の声も、表情も、穏やかで優しさに満ちていて…そして僅かに後悔と憎しみを持っていた。

それでも尚久はその憎しみを誰かに向けることなどなく、ただ今ある命のために何かをしようとしていた。

そんな、優しくて強くて、そして少し弱い尚久。

彼は、もうこの世には居ない。

だからこそ俺は、一人で神殿を護っていたんだ…。










お寺か神社のような屋敷の奥の奥。

その一室に、私達は居た。

座敷で正座してるから、足が痺れてきたけど無視をしよう。

「私達は“視える目”だから言ってしまうけれど、

 光のマターは扱えるようになるべきだと思うの。

 その為にはマスターだけじゃなく

 師匠(teacher)も必要だと思うのよね。」

帆凪様の言葉に、私はちょっと困った。

“視える目”なら仕方がないけど、こうもバレてしまうのは…かなり困る。

イメージだけで人数的にはそうでもないんだけど、短い期間でバレすぎた。


礼人と、もしかしたら結子さん。

能力者カルディアであることだけならエナさん。

…この際、カルディアの部分はバレても仕方ないかな。


「教えていただけるのなら、とても有り難いです。

 …けれど」

その相手は、この状況から考えるに十中八九、帆凪様じゃない。

もしそれが目の前にいる相手なら、どうしてその人なのか理解できない。

確かに、親いであろう人物だけど…。

帆凪様の方がもっと近い。

光の能力者はもう居ない筈だから、誰でも一緒なんじゃ……。


「あとは貴方次第よ。

 こっちの許可は取ってあるから。」


私は帆凪様と、もう一人の人物を交互に見て、少し迷ってから口を開いた。

「どうして、帆凪様ではないのでしょうか…

 あまりに親い人物ではいけない、ということなのでしょうか…?」

それとも帆凪様がお忙しいから…?

でも、もう一人の方も忙しいと思う…。


すると、今度は帆凪ではなく、もう一人の人物……弥扇みおうぎ 神夜かぐやさんが口を開いた。

「貴方と同じように秘密だけれど

 私には光の因子があるの」

人物の言葉に、私は目を見開いた。

これから生まれる可能性があるとは思ってたけど、もう既に居ただなんて…!

なんだ!

ますます隠す必要なんて


「勘違いしないで欲しいのだけど。

 私と貴方の光は恐らく違う。

 確かなことはまだ言えないけど…多分性質が違う。

 どちらにしても、私の知るなかで

 少なくとも、この世界で光そのものを扱える人は知らないわ。」

弥扇さんの言葉に、私は思わず溜め息を吐いた。

なんというか、期待するだけ損した。

まあ、勝手にしただけなんだけど。

やっぱり、私以外には恐らくまだ誰も居ないらしい。

私みたいに隠してる!って可能性もあるから、まだゼロじゃないけどね!


「けれど、力になれることは多いと思うわ。

 そして無理になる必要もどこにもないわ。」

帆凪様がお願いしてくださったお陰で、弥扇さんはこう言ってくれているだけだ。

光のアークは珍しいけど、それ以上でもそれ以下でもない。

利用価値が思えるとも思えない。

光だから照らせる、眩しいだけで攻撃すらできない。


ただ光ってるだけ。

回りを不用意に照らして、その癖悪魔には狙われる。

…まるで、虫を集める蛍光灯。


それだって良いじゃないか。

虫が集まったって、帆凪様が道に迷ったとき、少しでも道の向こうを照らせれば。

帆凪様のお役に少しでも立てるなら。

少なくとも、他の誰かに利用されないように出来るのなら。

それに越したことなどない。

「どうか御教授のほどお願いします。

 弥扇さん。」

私はそう弥扇さんの目を見て言ってから、深々とお辞儀した。


「はい、承りました。」

弥扇さんの穏やかで、少し茶目っ気を含む声でそう言った。


私は顔をあげ少し照れながら、ありがとうございますとお礼を言った。


「うふふ…」

と、何故か帆凪様は若干不気味な笑い声を、堪えきれないという風に漏らした。

大変可愛らしいけれど、恐怖を感じてしまうのはなぜでしょう。


「そうとなったら、やりたいこともやらなきゃいけない事もいっぱいね!

 まずは何する?!」

帆凪様は無邪気な子供のように弥扇さんを見つめた。


「そうねぇ…。

 あ、とりあえず神夜さんって呼んで貰える?

 弥扇は他にも居るから。

 あとは」

弥扇さ…じゃなかて、神夜さんが言葉を続ける前に、障子の開く独特な音が聞こえた。

その音をたどると、男性と中学生くらいの子が居た。


中学生くらいの子は、少し驚いた顔をしてからフッ…と笑みを溢し

「…初めまして、弥扇みおうぎ 神結みゆうです。

 帆凪おばさんもいらっしゃい。」


私もハッと我に返って

愛本あいもと 陽灯ひかりです。

 お邪魔しております。」

弥扇というからには、多分、神夜さんの娘さん。

そうでなくとも、親戚の子だと思う。

いや、横に男性がいるところ見ると、やっぱり娘さんかな。


男性が神結さんに耳打ちすると、神結さんは微笑んで頷き、私たちへお辞儀をしてから何処かへ行ってしまった。


それを見送り、少ししてから男性はこちらの方を見た。

「よく来たな帆凪。

 そっちはアンゲルスか?珍しいな。」

と、男性は少し冷めたような顔で私を見た。

この人は、私というか…アンゲルス事態が嫌いだ。

多分誰にだって解るくらい、この人はあからさまに嫌ってる。


「んー。ちょっと違うよ。

 どっちかって言うと私の娘。」

帆凪様の有り得ない言葉に、私は目を見開いた。

本当に目玉が飛び出るんじゃないかって言うくらい。

聞き間違いじゃないかとさえ思った。


私が…私なんかが帆凪様の娘?

畏れ多いにも程がある。

言葉に現せないほど…本当に、可笑しな言葉だ。


「ね?」

帆凪様は私に向かって微笑んだ。


「はい…!」

そうです貴方の娘です。

全肯定です!

貴方の言葉に間違いなどありません!


「あっ…、いや!

 違います。

 私は愛本孤児院の者です。」

改めて自己紹介をした。

正確にはもうそれも違うんだけど、まあ、説明する上ではこれが一番楽だ。


すると、みるみるうちに男性の顔に笑顔が宿った。

「…お前が“ひかり”か!

 そうかそうか…、よく来たな…。

 ……大事な話だったか?席外すか?」

態度の豹変っぷりには少し驚いたけど、私の事は聞いていたようだ。

……てことは、命の恩人ってことも話して大丈夫なのかな。

二人も正統者レジティーマ?なのかな?

多分そうだよね、神夜さんはマスターなんだし。

ってことは、神結さんも………?

アンゲルスには入ってるのかな。どうなんだろう。


でもきっと、代々続いてきた能力者…正統者だからって

必ずしも、戦わなくちゃいけない訳じゃないよね。

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