『キミを想う』
とある時代、とある世界、エータ・ベータと呼ばれる国。
その国でのアンゲルスの訓練室に、彼女は居た。
制御室にある椅子に座り、ぼうっ…と赤にも近い桃色の瞳で、訓練中の隊員を見つめていた。
その女性の思考にあるのは瞳に写るもの…ではなく、過去の記憶だった。
良い思い出か…と聞かれれば、些か疑問なところだ。
過去の登場人物である彼の言動で思い出されるのは、大抵自分のことをバカだろと罵っている場面。
悪い人ではないし、良いこともよく言うのだが、その罵りひとつで全てがおじゃんだ。
…そんな、残念な友人のことを思い出していた。
「君に向かってバカとは、中々の強者と見た。
当たりか?」
特に何にも言葉を発していないのに女性の思考を読み取ったのは、この国のアンゲルス、その最高責任者のバーネット・ジリアンだ。
思考を読み取ったのは、彼のマターによるもの。
彼は対象者に心や思考があれば、それを理解し、また伝えることも出来る。
ただし、何でもかんでも読み取れるわけではない。
相手がそれを思い描き、そして読み取られることを拒否していないときに限られる。
つまり、女性はバーネットに読み取られるのを拒否していなかった。
故に女性は微笑みを浮かべ
「ええ。かなりの強者でしょうね。
セカイを訓練に使えるようにした方の一人ですから。」
このシステム…つまりĀryaと、Āryaが管理するセカイを、訓練…または戦闘に使えるようにした隊の一人。
それが女性…アンゲルスの広報であり超人気歌手の音澤 エミヤこと、火砕 愛雅の友人だった。
「へぇ!頭が良いんだな!
私には全く解らないが!」
よく通る声で元気一杯に自分は頭が良くないと宣言したのは、最高指揮官のブレディー・セルマ。
「ふふっ…。
私自身は彼こそがバカだと思っていたんですが…。
思いの外、頭が良くて、そこがまた腹立たしかったですね。」
と、愛雅はにっこりと笑みを浮かべていった。
皮肉ではなく、本心なのだと解っているバーネットは、さすがに苦笑いした。
愛雅が口から紡いだ言葉はそれまでだったが、彼女の思考は続いた。
学生のときに知り合った愛雅と克己。
友人関係をそれとなく保ったまま卒業し、時たま合ってはそれなりに仲良くしていた。
そうして時が経ち、愛雅が結婚してしばらくして克己も結婚をした。
相手は一般人の勝ち気な女性で、そのお陰か、それとも単にベタ惚れだったからか、克己は丸くなってくれ、愛雅にバカということも減った。
また月日は経ち、相手の女性が出産をした翌年、アンゲルスが出来た。
克己は元から入る予定であったが、女性も入りたいと言った。
克己は情報部、しかし、女性は普通部…つまり実際に戦場に立つのだ。
克己は強く反対したが、子供の将来を守りたいと強く願う女性に根負けし、入ることに。
克己の予想に反し、女性はGEMを持つことで一般人のなかではかなり強いマターが使え、戦場では活躍した。
特に、アンゲルスが出来た当初は、セカイなんてなかったから…。
しかし、その三年後。
私達の家もあり、市民の多い歩ヶ丘で起こった“歩ヶ丘強襲”にて…女性は戦死。
それによるものか、克己は当時行われていたĀryaとセカイの研究、解析に没頭。
そして今のシステムが完成し、最初にセカイへ足を踏み入れた3人のうち一人が彼。
克己も他の二人もそのまま…当時……確か4、5歳だった漢都くん残し…。
そこまで思い出して愛雅はハッと思考を閉じた。
驚くバーネットに、愛雅は慌てて笑みを取り繕い
「訓練室に来ると……、いつも思い出すんです。
それで…、きっと、セカイのどこかに克己は居るんだろうな…って。」
それが余計に哀しく辛くも…、そして、愛雅にとっては心強くもあった。
バーネットはただジッ…と愛雅を見つめていたが、やがて、フッ…と笑みを溢した。
それは愛雅の思考から、赤ん坊を抱いて笑う女性と、それに寄り添う男性の姿が読み取れたからだった。
目を開けると、セカイの景色はいつもの訓練と変わらなかった。
違うと言えば相手かな。
その今回の訓練の相手となっている内匠さんは、体育座りに踞ってしまっている。
さっき画面から見たときは立っていた気がしたけど…まあ、立ち続けるのも疲れるよね。
「ごめんなさい。」
どう声を掛けようか迷っていたのに、最初に声を発したのは内匠さんの方だった。
「…どうして謝るんですか?」
もっと、何で来たの?とか、拒絶される言葉を待ってたから、面食らってしまった。
すると、内匠さんはもっと体を丸めて
「…澤田くんが……、私の…っ……せいで……っ
何回も…っ……、声、かけてくれた…っ、のに……っ
目を…覚まさなかったら…っ」
やっぱり、内匠さんは礼人が倒れたことで、セカイに閉じ籠ってしまったらしい。
…でも
「もう…、もう、何度目か…っ…解らない……っ
何人目か…。
手を…っ、差し出してくれたのも…
居なくなったのも……………」
内匠さんにとってはこれが初めてじゃない。
何度も、何度も、何度も何度も何度も。
それこそ気が遠くなるような。
だって、関わる人すべてが対象だから。
両親はもちろん、親戚縁者、他人も、すべて…。
礼人のように倒れるだけならまだ良い方だ。
しかし、恐らく他の人たちは、それこそ麻薬中毒者のように、狂い、もがき、喘ぎ。
私が見たわけではないけれど、その醜さは想像に容易い。
あまつさえ、その醜い姿にさせたのは自分だと言うのだ。
自分が存在してしまったからこそ、その手を差し出してくれた人でさえ醜い姿にさせてしまったのだ。
自分の意思とは関係なく…、けれど間違いなく自分のせいで……。
何度も。
けれど、今回に限っては違う。
もしかしたら内匠さんは、礼人が倒れたこと…もしかしたら、礼人も目が覚めたら狂うと思っているかもしれないが…、そうなったことで、能力者にでさえ自分の“呪い”が効くと思っているのかもしれない…。
それに限っては礼人のせいだぞ!
「と、とりあえず、礼人はケロッとしてますよ!
大丈夫です!」
そう言うと、内匠さんがパッと顔をあげてくれた。
けれど、その顔は眉が下がっていて、たくさんの涙が溢れていて、むちゃくちゃかわ…痛々しい!
思わず内匠さんの前で跪いた。
あいにくハンカチもティッシュも持っていないので、仕方なく袖で内匠さんの涙を拭った。
内匠さんは素直に目を閉じて、それがまたかわ…何でもない。
「礼人も内匠さんのせいなんて一ミリも思ってませんよ。
むしろ礼人の自業自得というか…
礼人がしつこいから悪いんです。」
間違いなく事実!
実力に伴わない行動をするから身を滅ぼすのです。
それでこんな可愛い女の子を泣かせるなんて、許すまじ。
内匠さん金属バットで殴っても良いよ。
「二人…、本当に仲良し」
言いながら、内匠さんの瞳から最後の雫が落ちた。
私はそれを拭ってから、笑みを浮かべた。
「そうですね。
兄っぽいです。」
口煩いお父さんとも言うけど。
内匠さんは驚いたように目を見開いて、笑った。
「ふふっ…、そう…、なんだ。」
ま…、眩しい!可愛い!
内匠さんの笑顔に、完全に心臓を射抜かれていると、内匠さんはふと、遠くを見つめた
「あのね、愛本さん。
このセカイにいれば、もう誰にも迷惑を掛けずに済むの。
もう、誰に気を遣われる必要も、遣う必要も、
誰かを苛立たせる必要も、それを庇ってもらう必要も…
何もない。
死んでも触れた誰かに迷惑を掛けるかもしれない…
でも、ここなら平気なの!」
そう言う内匠さんの笑顔には、曇りがなくて…、本当にそう信じて止まないみたいだった。
「迷惑なんて…」
そんなことない…、と言いたかったけど、礼人にしつこく話しかけられた内匠さんの心情も、コロンナさんの心情も、天都さんの心情も、何も解らない。
迷惑じゃないと言ったら、きっと、嘘になる。
「ただ生きるだけで私は周りに迷惑をかける
死ぬにも迷惑をかけるなら…、こうするしかない。
私も…疲れた。
私が…生きるのが嫌になった…疲れた……
もう…、もう終わらせる。」
確かに、内匠さんがこれまで歩んできた人生を思うと、そうだと思う。
親戚縁者は既に亡くなっているにしろ、生きているにしろ、もう内匠さんと関わることはないだろう…。
もし、私が内匠さんなら、…忘れ去りたいと思う。
けれど、私と違って内匠さんは、きっと実直で真面目な人だから、それを真っ正面に受け入れてるんだと思う。
私は内匠さんの眼を見て、そして私が持つ内匠さんの記憶、そして自分自身の記憶を辿った。
私の“今”考えたことは全て“今”となれば過去の事だけど、そこから導き出されるのは“未来”への行動なのだから、ちょっと可笑しくて面白い話だ。
ほら、“未来”が“今”になって“過去”になろうとしてる。
「内匠さん、私ね、今年中学を卒業します。」
唐突に始めた話に、内匠さんは少し驚いた顔をした。
けれど、私はそれに構わず話を続けた。
「ちょっと計算したことがあるんですけど…。
私、中学三年間だけで150万近くもお世話になったんです。
それも血縁関係でもなんでもない人に!
小学校も会わせれば400万が見えてきます!
私はこの15年、人にすがりながら…
とんでもない迷惑を掛けながら生きてきました。
そして、これからも掛け続ける自信があります。」
むしろ、今まで私が掛けてきた迷惑の比にならないくらい。
社会人になれば責任も増えるんだから、迷惑を掛けることも増える。
逆もしかりね。
「それが当たり前なんですよ。きっと。」
私は目を見開く内匠さんの手を握って微笑んだ。
「内匠さんも、私も、礼人も先生も、みーんな。
生きてるだけで迷惑です。」
人だけじゃない。
すべてのありとあらゆるものは、何かにとっては存在するだけで迷惑で
「また死んでも迷惑です。」
「どーせ、何したって迷惑です。
迷惑を掛けて、掛けられるのが人生です。」
そんなもんなんです。
どこかの貧しい子供も、どこかの偉い御人も、みーんな、みんな。
「でも、それと同じくらい…貴方が生きているだけで、幸せになれる人も居ます。
今、貴方の目の前には居なくとも。
貴方が死んでしまうと、悲しむ人が居ます。幸せになれない人が居ます。
貴方を必要として居る人が、必ず居ます。」
貴方が息を吸って、吐く。
たったそれだけで誰かは幸せになれる。
貴方が死んでしまうと、誰かは幸せになれない。
人は、生き物は、万物は、必ず互いに影響をし合うものだから。
必要だからこそ、すべてのものは生まれたんだから。
「少なくとも、クラスのみんながブルーになってしまいますよ。
私も泣きます。
でも帰ってきてくれたら、とっても嬉しいです。」
貴方が生きていてくれるだけで、私はとても嬉しいです。
そして、いつか必ず貴方を必要とする人が現れます。
もしかしたら、気がついていないだけで、もう貴方の側に居るかもしれない。
“過去”になったすべての“未来”を通り過ぎ、私はフッ…と息を吐いて、また“未来”を“過去”にした。
「だから、帰りましょう?」
私は微笑んで内匠さんへ手を伸ばした。
内匠さんが手を握ってくれる“今”を期待して。
画面に映るのは、セカイから消えた内匠 エナ。
それを見届けた愛本 陽灯の姿だけ。
「ホントに説得しちゃうなんてね…」
制御室の椅子に座っていた佐久間 涼は、安心したように背もたれに凭れた。
既に周りには誰も居ない。
居るとすれば、Āryaだけ…だが、彼女は涼に対してさほど関心はない。
「鴉に欲しい人材…と、言いたいところだけど。
あまりに他へ無関心すぎる…、」
他へ平等に接するということは、無関心であるのと同じだ。
それなりに何らかへ対して執着をもってもらわないと扱えないし、こちらとしても信用できない。
…なにより、
「彼女は我らが神へ対しての信仰心に欠けるね」
佐久間 涼、またの名をベアルとも言う彼は鴉という神皇を護り、神皇に従う組織の一員。
彼の今回の任務はアンゲルス内に潜むリリィーカリスの発見、アンゲルスへ恩を売ること。
その補助で戦闘になったとき対処するための戦闘員だったが…、その任務は既に完遂。
彼がここに居る必要は既になかったが…
「中々面白そうだね。
陽灯ちゃんも、澤田 礼人くんも。
この組織事態…。」
陽灯が千葉と聞いて世界は狭いなぁとか思ったのは、愛本孤児院に居る漢都くんの苗字が千葉だからでした。
陽灯が察した通り、千葉克己の実の息子です。
だからどうと言うこともないのですが、陽灯にとってエナを説得することは、漢都への敵討ちのような思いもあったかもしれません。
敵討ちというのも、少し違いますかね。




