『呪い』
訓練室の個室から出ると、隣の個室に居た内匠さんと目が合った。
一回戦の他の人達はまだ続いてるようだったので、礼人達には悪いけど、他の人に聞かれたく無い場合を考慮し、今のうちに話を聞くことにした。
ガシャンッ…
自動販売機から出てきた、キャップの表情が豊かで可愛い425mlのオレンジ…ではなく、リンゴ味のジュースを取り出して、一口飲んだ。
甘いと旨いはニアイコールだと聞いたことがあるけど、多分そうだと思う。
だって甘いもの。旨いもの。美味しいもの。
因みに言うと、本部内の飲み物は一部無料だ。
スポンサー契約している相手のものは無料なのだ。
このジュースと、コーヒーとお茶とスポーツドリンクの4種と結構バラエティーに富んでいる。善いことだ。もっとやれ。
「ほぅ…」
と息を吐いたのは向かいに座っている内匠さん。
彼女が飲んでいるのは4種のなかのお茶。のあったか~い方。
大分寒くなってきたけど、ジュースにあったか~いはないからね。求めてもいない。
私はリンゴジュースをもう一口飲んでから、内匠さんの向かいに腰掛けた。
「…話してくれますか?」
ここは訓練室の、いわゆるリフレッシュルームだ。
と言っても以前佐久間さんと行った場所とは違い、花などない。
自動販売機(食べ物含む)4つと、隣の喫煙ルームと、簡易な机と椅子がある。
けれどここは、研修生達のためのフロア。
やっぱり、私達以外には誰もいない。
ここなら内匠さんも気兼ねなく話せると思う。
内匠さんは暖かいお茶のペットボトルを両手で握りながら、口を開いた
「…未だに話して良いのか、解らないけど……
でも、正直もう限界。」
ハッキリとそう言うと内匠さんは顔をあげた。
その顔には強い覚悟が見え、私も思わず顔が引き締まった。
「私、呪われてるの。」
その言葉から始められた内匠さんの物語は、にわかには信じられない…というより信じたくない内容だった。
私がパパと呼んでいた人も、ママと呼んでいた人も最初は明るく、元気だった。
3歳頃に一瞬症状が出たものの、私が幼稚園を辞めるとすぐに元の元気な二人に戻った。
けれど、私が小学生になると、呪いは二人へ牙を向いた。
その二人は、もはや人の原型を留めてすら居なかった。
私を娘とも、そもそも人と言う概念すら忘れ、暴れた傷だらけのままに、ただ私に恨みがましく手を伸ばしていた。
何処へ行ってもその繰り返し。
何度も何度も…
それは家の相手だけではなく、学校も、ときにはすれ違った人まで。
度合いの違いはあっても、みんな可笑しくなった。
誰が、いつ、どうしてなるのかも解らない。
唯一解るのは、私のせいって言うことだけ…。
触れるなど論外、近付くこと、言葉を交わすことでさえ、…相手を危険に曝す行為だった。
「澤田くんが何故か話し掛けてきたけど…
無視し続けるのも限界だった。
あと、勝ったら、澤田くんについて聞きたいと思ってた。」
ああ、礼人のせいか。
話し掛ける行為が逆に内匠さんを追い込んでいたとは…なんというか。
礼人の聞きたいことって何だろう。
しつこい理由かな?
単にストーカー気質なだけだと思うよ。通報しておくね。
「それに、二人が急に戦う…とか良い始めたのも多分初期症状。
…あ、キリは元々か。」
………天都さんは元々なのね。
…けど、冗談抜きに内匠さんの話は本当に恐ろしい。
呪いなんて非科学的なもの…いや、というより理由のない現象なんてないと思ってる。
理由が解らない。っていうだけのはず…。
理由…理由………
あ…
「もしかして、そういう能力なのでは?」
名案かと思ったけど、内匠さんは力無く首を振った。
「私に能力は…なかった」
そう言いながら、内匠さんは自分のGEMを見せてくれた。
…GEMの色は無色。
能力の器なしか、異端の人に渡されるものだ。
でも、異端でもないということなんだよね。
…うーん、でも、アークなしっていうのは珍しい気がする。
帆凪様もないわけじゃないけど、凄く珍しいって言ってた。
人は多かれ少なかれ、必ず何かしらの属性を持っているはずなのだ。
それを増幅させるためのGEM。
でも、そのGEMを使っても何も出ないのは…無属性なのか、それとも…。
「…だから、どうしたら良いか…解らない。」
そう良い終えると、内匠さんは椅子の上で小さく踞ってしまった。
小さくなってしまった内匠さんを見て、私はずっとこうだったのかもしれないと思った。
誰にも話すこともできず、話したところで誰も解決できず、辛く当たられても、優しくされても、知らない人でも…どんな人であっても等しく呪われていく。
…自分のせいで。
そんな中でやっと原因が解る…そう思っても結局は無駄足に終わった。
私はバッと立ち上がった。
「とにかく、誤解を解きに行きましょう!」
少なくとも私は今の所、何ともないんだ。
私、
それなら少しでも打つ手があるかもしれない。
私だけでは考えるのは無理でも、みんなで考えれば、いくらだって!
「解決法はあります!
私達はAクラスなんですから!」
…ま、私達が出来なくても更に上がいる!
大丈夫!
ほぼ間違いなく何とかなる!
私は内匠さんの手を握った。
すると内匠さんも徐々に握り返してくれて…私は笑顔で訓練室へ戻った。
「ッ!!!
うぁぁぁあッ!!!!」
そうしてコロンナの体は霧散した。
たが、数分前のオレならこんな結果は予想してなかっただろう。
剣術ではコロンナの方が僅かではあるが、上だったからだ。
しかし…
「“解”」
天都の言葉ひとつで消え去ったのはそれは、水で作られた…龍のようなもの。
最後の数分は勝負にすらなっていなかった。
…いや、こんな力を持っているなら、初めから勝負なんて……。
能力者の絶対的な強さを、生まれて初めて見せつけられた。
人と戦う相手に、能力者なんて…。
「兵器じゃないか…」
畏れが口から漏れていた。
「兵器…」
ハッと後ろを振り向くと、そこには陽灯の姿が居て
その姿を見た瞬間に、完全に我に帰った。
「ちがっ!!!!」
思わず、陽灯の手を掴んでいた。
違う!と弁解する余地をもぎ取るために
ドクンッッ―!!!!
鋭く鳴ったそれが自分の心音だと気付く頃には、もう愛本の姿も、その愛本と何故か手を繋いでいた内匠の姿も、横向きになっていた。
違う。違うんだ。
確かにオレは能力者を兵器だと思った。
思った、が。
けど…だが、オレの目の前に居たのは
「礼人くん?!?!!!」
最初に声をあげたのは私でもなく、そして内匠さんでもなく、偶々近くに居た李さんだった。
「っ!」
李さんの声に我に返った私は、内匠さんの手を離して礼人に駆け寄った。
「礼人…?礼人?
礼人!ねぇ!!!礼人!!!ねぇってば!!!!」
聞いても揺すっても怒鳴っても、礼人は一向に目を開けてくれない。
なんで…?どうして……?
自分の両手が、ぼやけた視界に写った。
私は、あのとき内匠さんと礼人…両方と手を繋いで居た…。
つまり
「離れて陽灯ちゃん!」
そう叫ぶように言って礼人の傍らに座ったのは、桜庭さんだった。
何故か桜庭さんは片手を礼人の額に当てて、もう片方の手…人差し指と中指を顎の先に当てて、礼人の頭を反らせるように持ち上げた。
「な…なにを!」
訳が解らなくて、私は戸惑った。
桜庭さんは礼人の口元へ耳を近づけて、数秒で離れると
「こんなんでも医学部目指してるんだ。
まあ…今は“治療部”の勉強をしてるけど」
冷静に言ってから、ふと顔をあげて私に向かって微笑んだ。
そしてすぐに真面目な顔になって
「イーサン、神氷先生呼んできてもらえかな。
治療部の人を呼んできてもらって」
至極冷静に、けれどなるべく早い口調で桜庭さんはそう言った。
「わ…解ったヨ!」
イーサンさんはすぐに頷いて外へ走り出した。
それを見届け、桜庭さんは訝しげに礼人を見つめた。
「呼吸はしっかりしてる。
脳に関することなのかも知れないけど…」
呪い………?
殆ど考えもなしに私の思考に現れたのはその二文字だった。
「…いや、」
すると桜庭さんは礼人の心臓辺りに耳を当てた。
しばらく経って耳を離すと、桜庭さんは呟いた。
「不規則………」
それと同時に数人の人の足音が聞こえてきた。
「澤田 礼人くんはどこ!?」
その声には聞き覚えがった。
「こっちです!」
桜庭さんの声に反応してこちらへきた数人のうちの、一番偉い様子の女性…千里 咲空。
通称、咲空お姉ちゃんさんだった。
「心臓の動きが遅くなったり早くなったり、不規則なんです」
数人の人達がすぐに礼人を担架に乗せ、どこかへ運ぼうとした。
「不規則…
解ったわ、ありがとう。あとは任せて。」
咲空さんが頷くと担架を担ぐ人達は、礼人を運んでいき、咲空さんも続いて、どこかへ行ってしまった。
嵐のあとの静寂
「ら…礼人はどうなるんだ?」
呻き声のような声を出したのは、明石家さんだった。
「解らない…。けれど」
「平気よ。」
桜庭さんの声に被せたのは懸憐さんだった。後ろには李さんの姿も。
「澤田 礼人は死なないわ。間違いない。
さ、早く教室へ戻りなさい。
………聴こえなかったの?」
懸憐さんが威圧を込めてそう言うと、みんな少しずつ教室へ戻っていった。
「愛本 陽灯、来なさい。」
懸憐さんに指名されたことに驚きながらも、数人の視線を感じながら懸憐さんに付いていった。
けど、ふと出る前に内匠さんの姿を探したけど、教室へ戻っていく姿は見えなかった。
「何してるの」
懸憐さんの催促する言葉に、一抹の不安を覚えながらも私は訓練室を後にした。
しばらく歩き、私達は地下三階の医務室に居た。
ここが地下である自覚はあった…けど、どちらの恐怖かもはや解らなかった。
純粋に地下への恐怖なのか、礼人が倒れたことなのか、もしくは
「咲空、連れてきたわよ」
懸憐さんはノックと共に声を掛けて、扉を開けた。
中には、咲空さんと…
「礼人!」
ベッドに横たわる礼人の姿が。
「だーいじょうぶ。
治療も済んだから、今はもう寝てるだけ」
咲空さんはそう言って微笑むと立ち上がって此方へ来た。
「懸憐さん。
少し、彼をお願いします。」
「座って?」
そう言われ、遠慮がちに座ると、咲空さんも向かいに席を着いた。
「とりあえずは、久し振りね。
1年振りくらい?」
咲空さんの言葉に、私は頷いた。
咲空さんと最後に会ったのは、彩瀬家で毎年春に行われるバーベキュー大会だ。
会うのはそれ以来になる。
「まさか、アンゲルスに居たなんて…。
泰芽くんは兎も角、颯天はさすがに知ってるわよね?
もう。私だけ仲間外れみたいじゃない。」
拗ねたように唇を尖らせた咲空さんに、私は思わず笑ってしまった。
大方、颯天さんは帆凪様が話してるだろうと思って、
帆凪様は颯天さんが話すと思っていたんだろうと思うけど。
「…さて、礼人くんの症状だけど。
噛み砕いて言うと、彼の体の中のアニマが軽い暴走…混乱を起こしていたの。」
アニマが暴走…?
能力を使う上でのエネルギー…アニマ。
それが多すぎる能力者で、その中で更にコントロール能力の弱い子供が暴走を起こしてしまうことはある。
その為に、レジティーマには制御装置がある。
能力媒体(GEM)と似たようなものではあるが、使用用途が違う。
でも礼人はレジティーマでなければ、カルディアでもない…と、思われる。
それ以前にGEMを着けているから、本人が何かをしようとしない限りは暴走することは滅多にないはず。
「礼人くんがそうって訳ではないんだけどね?
アニマって言うのは体中を廻ってはいるけど、大半は脳…もしくは心臓辺りに居るの。
その脳のアニマが混乱を起こしていたから…。
要するに、薬物中毒者のような症状。」
耳を疑った…、というか、はぁ?という感じだ。
まず最初に思ったのは、礼人が薬中?ナイナイ(笑)っていうような感情だ。
でも、その次の思考は
「“呪い”」
ほぼ、確信に近いようなものだった。
「陽灯ちゃんを呼んだのは、礼人くんから陽灯ちゃんのアニマの混入が“視えた”から。
でも、余程コントロールに優れていないか、“視える目”を持っていない限り、他人のアニマを暴走させるなんてほぼ不可能。
それに、陽灯ちゃんがするわけないものねぇ?」
そんな手放しに信用されても困るんだけど、そう思ってもらえて嬉しい。
咲空さんの言う通り、私はそんなことはしていない。
不満があるのなら、真っ正面から通報するので大丈夫です。
態々そんな面倒なことはしない。
「だけど、そう。
それこそ“麻薬”その物のような人が居れば…GEMを着けていたとしても、アニマを多く持った人が触れた瞬間…ってね」
つまり、本当に“呪い”こそが正体だったのだ。




