『炎と氷と』
だからと言って内匠さんと私が仲良し!
になる訳でもなく…。
席も近くないので、それ以来話すこともなかった。
「空気おもっ…」
教室を覗いてそう言ったのは泰芽さんだった。
懸憐さんとは違い、泰芽さんとは数回アンゲルス外でも面識がある。
話し掛けるまいか迷っていると、此方に気付いた泰芽さんがニカッと笑って
「よぉ、ひか…………愛本さん?」
……なるほど。
知り合いではなく、元先生と生徒という体でいくらしい。
中途半端な気遣いだなぁ…と思いながら、私は微笑んだ。
「はい。
泰芽先生。」
すると泰芽さんは何かくすぐったそうな顔をした。
そんなので良いのだろうかと不安になるけど…。
かく言う私も、若干の違和感を感じてます。
「…もう出てきて大丈夫か?
駄目か?」
駄目かって…変な言い方!と、思わず笑ってしまった。
「ふふっ…、はい。大丈夫ですわ。
元から体に傷は付いていませんから」
セカイの中での私は怪我を負っていても、現実世界の私は無傷だ。
けれど礼人によれば、セカイで死ねば現実世界でも死んでしまうらしい。
「それもそうだけど、心の傷だ。
メンタルケアも拒否したらしいな。」
泰芽さんの言葉に、私は曖昧に微笑んだ。
確かに帆凪様からメンタルケアも受けるように言われたけど、私はそれに首を振った。
そこまでして貰うような出来事ではなかったし…、何となくそういう精神的なものには抵抗があったのだ。
「…自分は大丈夫だと思ってるうちに受けないと駄目だぞ。
駄目だと気付いたときには大概にして遅い。
まあ、生きてる限り間に合わないなんてことはないが…。」
と、泰芽さんは考えるように首の後ろを掻いた。
泰芽さんはそういうけれど、自分のことは自分が一番よく解っていると思う。
別に心の傷…みたいな体したものは付いてない。
“時は金なり”とも言うし!タイムイズマネー?
「とにかく、ご自愛くださいよ。
みーんな進んで無理したがるんだよな!」
と、何故か怒りながら、私の頭をワシャワシャと撫でてくれた。
…確かに、多少は怠けた方が良いよね。
あんまり無理ばっかりしても仕方がないし。
いや、今も十分ゆっくりしてるんだけども。
「つっても、こんな空気じゃ休まらねぇよなぁ…、みんなも。」
それには完全に同意だ。
当事者の三人(私と礼人と佐久間さん)よりも、関係のない人たちの方が暗い。
何故だろう?
やっぱり、実際に見てないから…解らないって一番怖いよね。
お化けが怖い理由も、多分それだから。
解ってて恐いってのもあるんだけどもね。
「こういうのは本人達が勝手に折り合いをつけるものでしょう。
そんなことより泰芽くん。
貴方はCクラスのはずよね…?」
現れたのは…懸憐さん、何を隠そうここの本当の担任だ。
泰芽さんは隣の、さらに隣のクラス。
私にとっては一応、前の担任だけど、他のみんなにすれば始めましての人。
「うお…神氷さん……」
泰芽さんは何故か顔を引きつらせた。
確か、二人は“明かされた四人の能力者”の二人だから、
互いのうちで気を使う必要もないはず。
普通なら、あまりに親しくしていると危険だけど…。
まあ、懸憐さん怖そうだからなぁ…。
「…だから……カ・レ・ン。
名前で呼びなさい。敬称も要らない。
何度言ったら解るのかしら?」
帆凪様は懸憐さんのこと、懸憐って言ってたなぁ。
「貴方も別にそう呼んで良いのよ…?」
と、言われた貴方とは私のことだ。
てっきり私は個体から液体も越えて空気に性質が変化したのだと思ってたんだけど。
…………懸憐さんにデレられてしまった。
空気の分際で。
「えっと……」
デレられたのは嬉しい…けど。
それは…、どうなのだろう。
私は能力者ではないけれど、あまりに親しく見せてしまうのは…
何より、二十歳以上歳上の人を、ましてや先生を…。
「……嫌なら良いわ。」
「あっ、嫌とかそう言うのではなくて!」
決して呼び捨てで呼ぶのが嫌なわけではない。
世間的に色々どうなの…と思うだけで
「年下ですし…何より、その、私は一般人で…
能力者とは一切関係のない…」
と言うことになっているので、と小声で言った。
最後のは、ほぼ独り言。
正直、私がどういう枠組みになっているのか曖昧だ。
帆凪様との関係を隠すことは、もう今さら無理。
けど、帆凪様は表向きには能力者ではない。
アンゲルスに入っていること事態、公には知られない。
これは誰もが同じことだ。自分で言わない限りは。
故に私は一般人の帆凪様に助けられた一般人。
って言うのは正直無理があるので、
私からは帆凪様の慕っている理由はあまり話さない。
礼人のときは、帆凪様から話してしまったけど、帆凪様が良いのなら私も構わない。
「あら、そうなの?
…そうね、止めておきましょう。
仮にも私は教官。
けれど…、まあ、好きに頼ってくれれば良いのよ…」
なんてことだ…
懸憐さんはツンツン(デレ)属性のはずなのに、デレっぱなしだ。
天変地異の前触れか…、もしくは私は明日死ぬのか…?!
でも美女のために死ぬのなら本望…
「ありがとうごさいます」
むしろ御褒美です!
顔にも声にも出しませんが!
まあ、冷静に考えれば帆凪様と仲が良いからだろうけど。
「ってか、愛雅も懸憐さんって呼んでるだろ?
あと、颯天さんも、咲空さんも。」
「颯天と咲空はともかく、
愛雅は懸憐って呼ぶわよ。」
どれも能力者の名前だ。
颯天さんと咲空さんは操辻夫婦で、
夫の颯天さんは操作の異端。
妻の咲空さんは千里眼の異端。
愛雅さんは言わずと知れた音の異端。
超有名歌手で、アンゲルスの広報担当だ。
そして、これは知られていないが、
世界最強の能力者。
そんな愛雅さんは懸憐さんのことを、懸憐と呼ぶそうだ。
「え?あれ?そうでしたっけ。」
夫のはずの泰芽さんは、意外とばかりに驚いてるけど。
「ああ…、貴方達離婚して長いものね…」
「「「え?!!」」」
やけに声が響いたものだから、教室のなかに居る人にも聞こえたらしく、驚きの声が響いた。
い、いつの間に離婚を…?
遠距離…だからだろうか。
愛雅さんは広報で世界中を飛び回っていて…
泰芽さんもアンゲルスで忙しいから…
「なわけないでしょ!!!!
陽灯ちゃんも驚かないで!!」
え?
あれ、違うの??
「ちょっとしたジョークよ。」
あ……ジョークでしたか……。
気のせいか、教室から色んな種類の溜め息が聞こえた。
「アンタが言うとリアルなんですよ!
止めてください!」
普通にそうだったんだ…ってなるところだった。
懸憐さんもジョーク言うんだ…。
「そんなことどうでも良いから、さっさと教室に帰りなさい。
そろそろ時間よ。」
「どうでもって…!」
愛雅さんと泰芽さんが離婚したら、結構吃驚だと思いますよ…
泰芽さんはチラッと時間を確認し、溜め息を吐いた。
そういえばお昼食べてないけど、お昼休憩は終わりだ。
カバンの中の昨日の残り物のお弁当が心配だけど、もう結構寒いから、多分大丈夫だ。
大丈夫と言えば、大丈夫になるんだ。
「じゃあ、戻りますけど…
もう変なこと言わないでくださいね!」
「良いから帰りなさい。」
温度差。
そういえば、氷と火…。
一緒にしたら爆発しそうだ。
「くっ…。
あ、陽灯ちゃ…じゃなくて、愛本さんもまたな。
ムリはしないように。
帆凪が泣くからな。」
はい。愛本さんです。
帆凪様が泣くことはないと思うけど…、気を付けます。
「はい。
泰芽先生。」
そう笑って軽く手を振ると、泰芽先生は隣の隣のクラスへ帰っていった。
「小さい男。
ジョークくらい軽く流しなさいよ。」
ジョークなのか本気なのか判断つかない呟きに、
私はただ苦笑いを浮かべた。




