〈記憶の破棄〉
たったひとつの窓があるだけの、真っ白な部屋。
施設。
そこで“私達”は居た。
『…約束だぞ。愛本。
決してお前が光の器だと…
能力者だって知られるな。』
彼の名はアスター。
生まれた年が他の子に比べて近いから、一番仲良くしていた。
“どうして?”
『外は悪い奴らばっかりだからだ。
お前が光の能力者だって知られたら…
必ずそれを利用されるに決まってる!
守れよ!解ったか?!』
“う…ん……。解った。
………けど、本当に悪いのは”
「アスター…」
結局、アスターの顔も…それどころか声も姿も、施設のことすら思い出せないのは、もうずっと会っていないのと、写真もないから…。
そして研修に来て覚えるべき顔が増えたことによるもの…ってことで無理矢理決着を着けられた…。
いつになく礼人は強引なように思えて、私が光の器であることはやっぱり秘密。
もし言うべきかと思ったら、相談するように言われた。
何で礼人にそこまで…と思うけど、正直ありがたい。
一人じゃ判断つかないことの方が多いから。
私は、自分のことを記憶力が悪い方ではないと思っている…。
言うまでもなく努力はしてるけど、だからこそ、この成績なんだと思う。
……でも、確かに礼人の言う通り……としか考えられない。
私の頭にチップなんてないし、有ったとしても人の頭を改変できるなんて有り得ない。
有り得てはいけない。
だから…、だから、もう忘れることにした。
約束も破ってしまったんだし…。
もうアスターに会うこともないんだろうから…。
「さ、事情聴取は終わりだ」
俺がコスモスに向かってマイクで声を掛けると、ガラスの向こうのコスモスはノヴァク・ヨウハオに向かってニコ…と笑みを浮かべた。
「解放してあげるわ」
そう言われても、ノヴァク・ヨウハオはあまり喜んで居ないようだが…。
恐らく、解放されてもリリィーカリスにも居場所がないからだろう。
コスモスは手のひらを自分の口の前に添えて、ノヴァク・ヨウハオに向けるとふぅ~と息を吐いた。
「じゃあね、おやすみ良い夢をたくさん見てね」
コスモスはそう言い残して部屋から出た。
部屋に取り残されたノヴァク・ヨウハオの意識は既にない。
「アーメン」
オレがそう言いながら胸に十字を切る前に、コスモスに頭を殴られた。
「死んでるわけないでしょ?
貴方、アスターに似てきたんじゃないの?」
「そっ…それはヤバイな」
言われてみればそうだ…と俺は頭を抱えた。
アイツに似るのはまじでヤバイと思う。
あそこまで性格悪くなりたくないわ。
あの人間嫌い野郎。
人間っていうか、この世のすべてが嫌いなのか。
ノヴァク・ヨウハオは今頃深い深い眠りについている。
ただし、目覚めた頃には記憶がなくなってるだろうがな。
コスモスは言わば毒人間。
珍しい完全な能力者だ。
しかも、家系は関係ない、偶発的に生まれたカルディア。
それも毒なんて言う属性はないから異端に入るし。
めちゃくちゃ便利で、普通に毒としても使えるし、調整すれば睡眠薬にも、さっきみたいに記憶だけを毒したり、逆に解毒剤にも出来る。
まあ、ただし範囲は限られる。
コスモスから離れれば、そう長くは効力を発揮しない。
例えコスモスの血を採血してビンにいれたとしても、それは直ぐ様ただの血になる。
息も同じだ。
さっきのも、至近距離だからこそ通用した。
「あの人…どうなるんですか?」
不安気に言ったダンドリオンに、俺は思わず吹き出した。
それと同時にコスモスもな。
「普通に一般人に戻る。
適当な戸籍を作って、記憶喪失の人間として生きるんだ」
少々可哀想ではあるけどな…。
リリィーカリスの一員と生きるよりはずっと良いだろう。
組織の後ろ楯で一生の安全は保証されるし、仮に子供を作っても、そのまた子供が出来ても、安全は保証されるし、ていうかそんな代までリリィーカリスの好きにはさせない。
「黒白ハッキリってな」
黒は黒の領分に生き、白は白の領分に生きる。
俺達は望んで黒に居る。
だが、ノヴァク・ヨウハオ…彼女は違う。
貧しさが為にそうせざるを得なく“させられた”のだリリィーカリスによって。
白を黒に誘うようになってしまっては、もうリリィーカリスも終わりだ。
まあ、逆に俺達はたった今、ノヴァク・ヨウハオの記憶を消して、白へ返しているんだが。
本来ならこれも俺達にとっては悪だが、コスモスの能力は絶対だ。
白の領域を犯すようなことはない。
ノヴァク・ヨウハオはいわば死んで、新しい人が生まれたと言うこと。
それも悪なのかもしれないがな…。
気分転換……というか、とてもじゃないけど誰とも話す気になれなかった私は、聖堂のなかを適当に歩いた。
適当に歩いて歩いて…とにかく人気のないところへ……、
周囲が静かになって記憶の糸を辿っても、やっぱり何も思い出せなかった。
そもそも、私はどうして施設に入ったんだろう…?
何も解らないままで溜め息も吐けないで居ると、何故か溜め息が聴こえた。
誰も居ないと思っていたから、ハッとして横を見ると、
同じようにハッとしたらしい人物と目があった。
「………内匠さん?」
だった。
いつも礼人が話し掛けては撃沈している相手だ。
内匠さんは数回瞬きした後、バッと立ち上がった。
それを見て、私は慌てて声をかけた。
「ごめんなさい!
私がどこかへ行きますわ」
先にここに居たのは明らかに内匠さん。
後から来た私が去る方が速い。
私は別にここでなくとも良いんだし……。
そう踵を返すと
「待って…!」
と、とても可愛らしい声が響いた。
あ……、ヤバい。恋に落ちそう…。
私の腕掴んでる力も弱々しいし…。
そうだったのだ。
内匠さんってば声がめちゃめちゃ可愛い。可愛い。
普段聴けなかった分、余計に可愛い。
そんな可愛い内匠さんに待ってと言われれば2~3時間は待てる。
けれど2~3時間どころか2~30秒で言葉は紡がれた。
「…愛本さん……って能力者…だよね?」
ほぼ確信に近い言い方だった。
二度も約束を破ってしまった…!と崩れ落ちそうになった…が。
内匠さんは何も光の能力者だよね?とは言ってない。
そもそも解る方が異常なのだ。
ってか冷静に考えて言葉のチョイスがおかしいってだけで何であそこまで確信されたんだ!
いや、そうじゃなくて
「……えっと…、どうして?」
別に能力者であることを隠す必要はないんだけど…そう思った理由が気になる。
能力者とは言うけど、帆凪様みたいに使える訳じゃない。
光って、使い方がイマイチ解らないのだ。
懐中電灯くらいしか使い道がない。
「何となく。
そんな気がしただけ…」
…もしかしたら、無自覚なだけで“視える目”…なのかな。
確か“視える目”は能力とは違う、特殊能力だからアンゲルスの診断で判明することもないから…。
「そうですか…。
内匠さんの仰る通り、私は能力者ですわ。
…雷の。
上手くは扱えませんけどね」
やっぱり嘘を吐くのは苦手なので、それを事実で隠した。
考えてみればアンゲルスに以上、嘘を吐くことは避けられないことだった。
光の能力者である子を隠すのなら。
どうしてアスターは隠せだなんて……。
帆凪様によれば、光の能力者は滅びた。
私が生まれるずっと前…えっと、30年くらい前?に、光の家系はすべて滅びたそうだ。
悪魔の襲撃によって。
私が生まれたのはその十年以上後。
ということは私はカルディア…家系とは関係のない偶発的に生まれた能力者。
それがとても珍しいこと…っていうのは流石に解ってるけど、でも裏を返せば私以外にも居るってことだ。
もしかしたら、わんさかと。
まあ、そこまでは居ないかもしれないけども。
…っていうか、どうやって悪用できるのか。
「私から言ったけど、能力者なのは隠した方が良い…。
レジティーマでも、カルディアでも。」
まるで見透かされたような内匠さんの言葉に驚いた。
…けど、別に会話の流れ上、おかしくはなかった。
まさか読心術なんて特殊能力はないだろうし……ね。
それで、内匠さんもアスターと同じく(光のってとこは抜けてるけど)、隠した方が良いと言ってる。
「…どうして、でしょうか?」
確かに、自分は能力者だと公言している人はかなり少ない。
能力者ではないアンゲルス隊員すらもだ。
アンゲルスの隊員が公言しないのは質問責めを避けるため…だろうけど。
「どうしてって…能力者は人の形をした兵器…だから。」
「………兵器…?」
能力者が…私達が?
まさか、そんなわけない。
能力は悪魔を倒し、市民を守るための力だ。
兵器だなんて…人を傷つけるようなものでは絶対にない……し、そもそも私達も、帆凪様もただの人。
怒ったり泣いたり笑ったりする普通の人。
能力者だって公言してる音澤 エミヤこと火砕 愛雅さんだって、そんなことを言われているのは聞いたことがない。
むしろ救世主とか聖女とか…まあ、それも可笑しい気がするけど、聖なるものの象徴って感じだ。
泰芽さんはヒーロー!って感じだし…。
兵器は普通にないと思う。
「ジェムを使えば私たちも同じ兵器。
金属じゃないから何処にも引っ掛からないだろうし。
能力者一人で小国なら滅ぼせるんでしょ?
強さによっては大国も…世界だって。」
それ…に関しては否定できない。
多分、帆凪様なら大国…とまではいかないけど、小国3つくらいなら滅ぼせると思う。
能力の性質上、時間は掛かるけど。
ああ、でも地面を殴ったら……うーん、考えるのは止そう。
それより解りやすいのは、愛雅さんだね。
あの人なら本当に、望めば世界も滅ぼせる。
7日も掛からないだろう。人類を滅ぼすのには。
まあ、その愛雅さんに能力者が立ち向かうのなら話は大きく変わるけど。
っていうか、帆凪様と愛雅さんがそんなことするわけない。
仮に、万が一、天変地異が起こって、そんなことになったとしても、他の能力者が居る。
だから
「そんなこと有り得ませんわ!
能力は悪魔を倒し、市民を守るための力ですもの!」
私は何度だって胸を張って言える。
能力者達は、その命を削って市民を守るため、悪魔を倒している…正義の味方なんだから。
帆凪様が私を救ってくださったように…。
もちろん肉体的にも、そして精神的にも。
能力者という正義の象徴が居ることで、私達は安心して生きられている。
私達は悪魔との聖戦に打ち勝ち、平和を取り戻す。
その為のアンゲルスなんだから!
けれど、私が自信を持って言っても、内匠さん表情は変わらないまま。
「それなら…良いけど……」




