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観察レベル1…!!

 ぽすっ。


「……あっ!」


 柔らかな布の玉が、俺のおでこに当たった。


「残念! これで五回目ですな!」


「くそぅ! もう一回!」


「はっはっは! 元気ですねぇ!」


 ガルドさんが豪快に笑った。


 俺が新しい訓練を始めてから、十日ほどが経った。


 今やっているのは、前世の知識を参考に考えた反応練習だ。


 やり方は簡単。


 ガルドさんが左右どちらかから布の玉を投げる。


 俺はそれを見て、避けるか受け止める。


 それだけ。


 ……のはずだった。


「……難しいな、これ」


 俺は額をさすりながら呟いた。


 布の玉は柔らかいし、投げる速さも俺に合わせてくれている。


 それでも、なかなか上手くいかない。


 理由は分かっていた。


 俺は、玉が飛んできてから動こうとしているのだ。


 目で見る。


 飛んでくる方向を考える。


 身体を動かす。


 その間に、もう玉が届いてしまっている。


「坊ちゃん、何を見ています?」


 ガルドさんが尋ねた。


「え? 玉だけど?」


「では、次は俺の手を見てください」


「……手?」


「ええ。玉が飛ぶ前に、俺の腕が動くでしょう?」


 ……なるほど。


 確かに、投げる前には必ず腕を動かす。


 だったら、その動きを見れば、少し早く反応できるかもしれない。


「分かった!」


 俺は姿勢を低くした。


 ガルドさんの右手を見る。


 腕が後ろへ引かれる。


 肩が動く。


 ……来る!


 俺は横へ跳んだ。


 ぽすっ。


 玉が、さっきまで俺のいた場所を通り過ぎた。


「……おおっ!」


「その調子です!」


 やった!


 今度は避けられた!


 俺は思わず笑った。


 やっぱり、ただ玉を目で追うだけじゃ駄目なんだ。


 相手が動く前の、小さな変化に気づく必要がある。


「……もう一回!」


「よし、いきますよ!」


     ◇


 ところが、そう簡単にはいかなかった。


 ガルドさんが右腕を引く。


 ……右!


 俺は身体を動かした。


 ぽすっ。


「……あれ?」


 玉は俺の胸に当たった。


「残念!」


「ええっ!? 今、右に投げると思ったのに!」


「はっはっは! 腕だけで判断してはいけませんよ」


 ガルドさんは笑った。


「今のは、右に投げるように見せて、左へ投げたんです」


「……そんなこともできるの?」


「もちろんです」


 そう言って、ガルドさんは玉を軽く放った。


 今度は右手から左手へ持ち替え、身体の向きを少し変えて投げる。


 ……なるほど。


 腕だけ見ていても、騙されるのか。


「相手は、坊ちゃんの予想どおりには動いてくれませんからね」


「……うん」


「だから、一つの動きだけで決めつけないことです」


 ガルドさんは、俺の目線の高さにしゃがんだ。


「足、腰、肩、腕。それぞれがどう動いているか、よく見てみましょう」


「……分かった!」


 そうか。


 耳だけに頼っていたときと、同じだ。


 一つの情報だけで判断すると、間違える。


 だったら、もっといろいろなところを見ればいい。


 ……でも。


「……そんなにたくさん、同時に見られるかな?」


「最初から全部を見る必要はありませんよ」


 ガルドさんは笑った。


「少しずつ、見る場所を増やしていけばいいんです」


 ……なるほど。


 焦らず、一つずつ。


 それが大事なんだな。


     ◇


 その日の夜。


 俺は訓練ノートを開いた。


 今日の結果を見返す。


『玉を避けられた回数 七回』


『避けられなかった回数 十三回』


「……うーん」


 まだまだだな。


 でも、最初の頃はほとんど避けられなかった。


 そう考えると、少しずつ上達している。


 俺は別のページを開いた。


 そこには、前世の知識を参考にした訓練方法を書いてある。


 反応練習。


 バランス練習。


 足運び。


 そして、観察。


「……観察、か」


 そういえば、前世でスポーツ選手の動きを分析する映像を見たことがある。


 ただ上手な人の動きを真似するのではなく、どこが違うのかを見つける。


 なぜ上手くいくのか。


 自分と何が違うのか。


 そこを考えることが大切だったはずだ。


「……よし」


 俺はノートに新しい項目を追加した。


『明日から、騎士たちの動きを比べてみる』


     ◇


 翌日から、俺の訓練方法が少し変わった。


 自分が身体を動かすだけでなく、騎士たちの稽古を観察する時間を作ったのだ。


 最初に注目したのは、剣を振るときの身体の使い方だった。


 以前、ガルドさんから教わったことがある。


 剣は腕だけで振るものではない。


 足で地面を支え、腰を回し、その力を肩や腕へ伝えていく。


 俺自身も、その動きを何か月も練習してきた。


 だから、基本的な仕組みは理解しているつもりだった。


 ところが。


「……あれ?」


 騎士たちの動きを見比べていると、不思議なことに気づいた。


 同じように身体全体を使って剣を振っているはずなのに、動き方が違うのだ。


 ガルドさんは、剣を振る直前まで肩の力が抜けているように見える。


 それなのに、剣を振った瞬間、鋭い一撃が繰り出される。


 一方、若い騎士の中には、構えた段階から肩に力が入っている人もいた。


「……なんでだろう?」


 俺は首をかしげた。


 筋力の違い?


 経験の差?


 それとも、何か別の理由があるのだろうか。


 俺はガルドさんの動きをもう一度よく見た。


 構える。


 足を踏み込む。


 腰が回る。


 そして、剣が振られる。


 ……ん?


 今の、何か違ったような。


 俺は目を凝らした。


 すると、ガルドさんが再び剣を振った。


 今度は、少しだけ分かった気がした。


 剣を振る前から力を入れているわけじゃない。


 動き始めてから、必要なところに力を伝えているように見える。


「……あっ!」


 俺は思わず声を上げた。


「力を入れるタイミングが違うんだ!」


「……ほう?」


 ガルドさんが振り返った。


「どうしました、坊ちゃん?」


「ガルドさんって、剣を振る前はあんまり力を入れてないよね?」


「……ええ」


「でも、剣を振る瞬間には、すごく速く動いてる!」


 ガルドさんは少し驚いた顔をした。


 そして、にやりと笑った。


「よく気づきましたね」


「やっぱり!」


「ええ。ただし、力を入れるタイミングだけではありませんよ」


「……え?」


「必要なところに、必要なだけ力を使うんです。余計なところまで力んでしまうと、動きが遅くなったり、疲れやすくなったりしますからね」


 ……なるほど。


 ただ力いっぱい振ればいいわけじゃない。


 必要なときに、必要な力を使う。


 そういうことか。


「……面白いなぁ」


 俺は思わず呟いた。


 前から教わっていた身体の使い方。


 でも、実際に上手な人とそうでない人を見比べることで、新しい違いが見えてきた。


 知っているつもりでも、まだ気づいていないことがたくさんあるんだな。


     ◇


 それから、さらに二週間が経った。


 俺は毎日のように、騎士たちの動きを見比べていた。


 ただ眺めるだけじゃない。


 今日は足。


 明日は腰。


 その次は肩。


 見る場所を決めて、違いを探す。


 そして、気づいたことを自分の訓練で試してみる。


 上手くいかなければ、もう一度観察する。


 その繰り返しだ。


 ある日の午後。


 俺は訓練場の端に座り、二人の騎士の模擬戦を見ていた。


 一人はガルドさん。


 もう一人は、若い騎士だ。


「いきます!」


 若い騎士が木剣を振り下ろした。


 ガルドさんは軽く身体をずらして避ける。


 そして、すぐに反撃。


 若い騎士は慌てて後ろへ下がった。


 ……ん?


 俺は少し違和感を覚えた。


 今の若い騎士。


 攻撃する直前に、右肩が少し上がっていたような……。


 もう一度、よく見てみよう。


 俺は目を凝らした。


 若い騎士が構える。


 足が動く。


 腰が回る。


 そして、右肩がわずかに上がった。


 ……来る!


 次の瞬間。


 ぶんっ!


 若い騎士が、右上から剣を振り下ろした。


「……やっぱり!」


 俺は思わず立ち上がった。


 今の動き。


 攻撃する前に、肩が少し上がっていた。


 あれが、予備動作というやつか!


 俺はもう一度、若い騎士を見た。


 すると。


 不思議なことが起きた。


 それまで何となく見ていた肩の動きが、妙にはっきりと分かったのだ。


 いや、肩だけじゃない。


 足の向き。


 腰の傾き。


 剣を握る手の力の入り方。


 それぞれの小さな違いが、自然と目に入ってくる。


「……あれ?」


 何だろう。


 急に、見えるものが増えたような……。


 その瞬間。


 ぽんっ。


 頭の中で、聞き慣れた音が響いた。


【特定の習得条件を達成しました】


【新しいスキルを獲得しました】


【《観察 Lv.1》】


「…………え?」


 俺は思わず固まった。


 観察?


 ……スキル!?


「……おおおっ!」


 危うく大声を出しそうになり、慌てて口を押さえた。


 まただ。


 また、新しいスキルを自然習得した!


 しかも、今度は《観察》。


 ここ最近、ずっと意識していたことだ。


「……ふふふ」


 俺は思わず笑った。


 これは嬉しい!


 《平衡感覚》のときもそうだった。


 《剣術》のときもそうだった。


 何日も、何週間も繰り返していたことが、ある日突然スキルになる。


 ……面白い。


 本当に面白い!


     ◇


 訓練を終えた俺は、自分の部屋でステータスを開いた。


【レオン・グランフェルト】


【年齢:6】


【Lv.2】


【HP:44/44】

【MP:4,186/4,186】


【筋力:10】

【耐久:10】

【敏捷:12】

【器用:13】

【知力:14】

【精神:16】


【保有スキル】

《収集 Lv.1》

《聴覚強化 Lv.2》

《平衡感覚 Lv.1》

《跳躍 Lv.1》

《剣術 Lv.1》

《観察 Lv.1》


「……六つ目!」


 これで、スキルは六つになった。


 最初は《収集》しか持っていなかったのに。


 気づけば、ずいぶん増えたものだ。


 ……まあ、どれも地味な能力ばかりだけど。


 俺は《観察》を使ってみることにした。


「……観察」


 机の上に置かれたペンを見る。


 ……。


 特に変化はない。


「……あれ?」


 もう少しよく見る。


 すると、ペンの先端に小さな傷があることに気づいた。


 昨日までは気づかなかった傷だ。


「……おお」


 なるほど。


 細かな違いに気づきやすくなるのか。


 試しに、窓の外にある木を見てみる。


 枝の向き。


 葉の色。


 風で揺れる動き。


 確かに、今までよりも少しだけ細かな部分に注意が向くような気がする。


 でも。


「……地味だなぁ」


 思わず苦笑する。


 いや、分かっている。


 《聴覚強化》も《平衡感覚》も、最初は地味だった。


 でも、訓練を続けることで、ちゃんと役に立つようになった。


 だったら、《観察》だって同じはずだ。


 それに、今回は一つ気づいたことがある。


 スキルを獲得する前から、俺は少しずつ観察が上手くなっていた。


 スキルを手に入れたことで、突然何もかも分かるようになったわけじゃない。


 むしろ、今まで積み重ねてきたことに、少しだけ補助が加わったような感覚だ。


「……なるほど」


 そう考えると、自然習得というのは、なかなか面白い仕組みなのかもしれない。


 スキルがあるからできるようになる。


 それだけじゃない。


 できるようになったことが、スキルとして認められる場合もある。


 ……うん。


 ますます訓練が楽しくなってきた。


     ◇


 その夜。


 俺はノートの新しいページを開いた。


『六歳。《観察 Lv.1》を自然習得』


 そう書いてから、少し考える。


 これで、スキルは六つ。


 最初は《収集》だけだった。


 それが、《聴覚強化》《平衡感覚》《跳躍》《剣術》《観察》と増えてきた。


 どれも、一つひとつは大した能力じゃない。


 でも。


 《聴覚強化》で相手の足音を聞く。


 《観察》で身体の動きを見る。


 《平衡感覚》で姿勢を保つ。


 《跳躍》で素早く動く。


 そして、《剣術》で攻撃する。


 ……あれ?


 俺はペンを止めた。


 これ、全部組み合わせたら、結構いい感じなんじゃないか?


「……ふふふ」


 思わず笑みがこぼれた。


 一つひとつは小さな力。


 でも、それぞれの長所を組み合わせれば、できることはもっと増える。


 もちろん、スキルに頼りきるつもりはない。


 ちゃんと身体を鍛えて、使い方を練習して、実際に試す。


 その積み重ねが大切だ。


 ……よし。


 明日からは、《観察》も使った訓練を始めよう。


 俺はノートに、新しい目標を書き込んだ。


『音と目の情報を組み合わせて、相手の動きを予測する』


 そして、その下にもう一行。


『目標:ガルドさんの攻撃を三回連続で避ける!』


「……よし!」


 俺は満足してノートを閉じた。


 いつかは、ガルドさんに一本取れるようになりたい。


 そのためにも、まだまだ練習が必要だ。


 でも、不思議と苦にはならなかった。


 だって、昨日までできなかったことが、少しずつできるようになっていく。


 それが、たまらなく楽しいのだから。


 俺は明かりを消して、ベッドに潜り込んだ。


 明日は、どんな発見があるだろう。


 そんなことを考えながら、ゆっくりと目を閉じた。

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