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スキルが強くなっても

 六歳になってから、俺の日課はますます忙しくなった。


 朝は軽い体操。


 午前中はガルドさんとの剣術訓練。


 午後は家庭教師の授業を受けたり、自分で考えた練習メニューをこなしたり。


 そして夕方には、《収集》を使った魔力訓練。


 もちろん、毎日全部やっているわけじゃない。


 疲れた日は休むし、雨の日は室内でできることをする。


 五歳の頃に作った訓練ノートも、気づけば二冊目に入っていた。


 そこには、走った距離や素振りの回数だけじゃなく、スキルの変化も記録してある。


 中でも、最近一番気になっているのがこれだ。


『《聴覚強化 Lv.2》』


 先日、ホーンラビットから二度目の《聴覚強化》を収集したことで、なぜかレベルが上がった。


 あれから何度か試したけれど、やっぱり以前とは聞こえ方が違う。


 庭の端を歩く人の足音。


 風に揺れる葉の音。


 遠くで騎士たちが木剣を打ち合わせる音。


 以前よりも、ずっとはっきり聞こえる。


 しかも、少し意識を集中させれば、いくつかの音を聞き分けることもできるようになってきた。


「……ふふふ」


 これは、なかなか便利だ。


 《聴覚強化》がLv.1からLv.2になっただけで、これだけ違う。


 だったら、Lv.3になったら?


 Lv.5になったら?


 もしかすると、遠く離れた場所にいる魔物の足音まで聞こえるようになるかもしれない。


「……いいなぁ」


 想像しただけで、わくわくしてくる。


 ただ、一つだけ気になることがあった。


 耳がよくなったからといって、実際の戦闘でどれくらい役に立つのだろうか。


 以前、ガルドさんとの訓練では《聴覚強化 Lv.1》を使って攻撃を避けたことがある。


 今なら、もっと上手くできるはずだ。


「……よし!」


 今日は、ちょっと試してみよう。


     ◇


「ガルドさん!」


「おっ、レオン坊ちゃん。今日も元気ですね!」


「うん! お願いがあるんだけど!」


「何でしょう?」


「今日は、俺と模擬戦してほしい!」


 ガルドさんが少し驚いた顔をした。


「模擬戦ですか?」


「うん! 今の俺がどれくらい動けるか試したいんだ!」


「……ほう」


 ガルドさんは腕を組んだ。


 少し考え込んでから、にやりと笑う。


「いいでしょう。ただし、本格的な打ち合いはまだ早いですからね。俺の攻撃を避ける練習にしましょう」


「分かった!」


「それと、無理をしないこと。危険だと判断したら、すぐに止めますよ」


「うん!」


 俺は小さな木剣を手に取った。


 ガルドさんも、訓練用の短い木剣を持つ。


 以前とは違う。


 今の俺には《剣術 Lv.1》がある。


 《平衡感覚》も《跳躍》もある。


 そして何より、《聴覚強化》はLv.2になった。


 ……どこまで通用するだろう。


 考えるだけで、わくわくしてきた。


「では、始めますよ」


「うん!」


 俺は木剣を構えた。


 そして、小さく呟く。


「……聴覚強化」


 すっと、周囲の音が鮮明になる。


 砂利を踏む音。


 遠くで騎士が木剣を振る音。


 風に揺れる旗の音。


 その中から、目の前にいるガルドさんの音を拾う。


 ……よし。


「いきますよ!」


 ざっ!


 ガルドさんが踏み込んだ。


 右足が地面を蹴る音。


 衣服が擦れる音。


 ……右から!


 俺は素早く身体を引いた。


 ぶんっ!


 木剣が目の前を通り過ぎる。


「おっ!」


 ガルドさんが少し驚いた声を上げた。


「いいですね!」


「へへっ!」


 やった!


 今のは、かなり余裕を持って避けられたぞ!


「では、もう一度」


 ざっ!


 今度は左。


 俺は後ろへ下がった。


 ぶんっ!


 ……よし!


 また避けられた!


 三度目。


 ガルドさんは、少し踏み込みを速くした。


 でも、聞こえる。


 足が地面を蹴る音。


 肩が動くときの衣服の擦れる音。


 次の動きが、何となく分かる。


 ……いける!


 俺は横へ身体をずらした。


 しかし。


 こつん。


「……あれ?」


 ガルドさんの木剣が、俺の肩に軽く触れていた。


「残念!」


「……ええっ!?」


 おかしい。


 攻撃が来ることは分かっていた。


 音も、ちゃんと聞こえていた。


 なのに。


「……もう一回!」


「いいですよ」


 俺は構え直した。


 今度こそ!


 ざっ!


 聞こえた!


 右から来る!


 俺は身体を動かそうとした。


 でも。


 こつん。


「……あっ」


 また当たった。


 もちろん、ガルドさんは寸前で勢いを落としてくれている。


 痛くはない。


 けれど、完全にやられている。


「……なんで?」


 俺は思わず呟いた。


 音は聞こえている。


 相手が動く瞬間も分かる。


 それなのに、身体が追いつかない。


「……坊ちゃん」


 ガルドさんが木剣を下ろした。


「今、何が起こったか分かりますか?」


「……攻撃は分かったのに、避けられなかった」


「そのとおりです」


 ガルドさんは頷いた。


「では、なぜ避けられなかったのでしょう?」


「……身体が遅かったから?」


「正解です」


 ……やっぱり。


 ガルドさんは、俺の前にしゃがんだ。


「坊ちゃんは以前よりも、相手の動きを察知するのが上手くなっています」


「……うん」


「ですが、気づくことと、実際に避けられることは別です」


「……別?」


「ええ。どれだけ早く攻撃に気づいても、身体が動かなければ避けられません」


 ……なるほど。


 言われてみれば、当たり前のことだ。


 敵の攻撃が分かっても、避けられなければ意味がない。


「それに、坊ちゃんは今、少し耳に頼りすぎていますね」


「……そうなの?」


「ええ。では、もう一つ試してみましょう」


     ◇


 ガルドさんは静かに構え直した。


「今度は、俺の動きをよく見てください」


「うん!」


 俺は《聴覚強化》を発動したまま、耳を澄ませた。


 足音。


 衣服の擦れる音。


 呼吸。


 ……あれ?


 さっきまでのような、はっきりした音がしない。


 次の瞬間。


 すっ。


 ガルドさんが動いた。


「……えっ!?」


 気づいたときには、木剣が俺の目の前で止まっていた。


「……あ」


 まったく反応できなかった。


「もう一度いきますよ」


「う、うん!」


 今度こそ!


 俺は必死に耳を澄ませた。


 ……聞こえない。


 いや、まったくの無音ではない。


 でも、足音があまりにも小さい。


 次の瞬間。


 すっ。


「……うわっ!」


 また駄目だった。


「……なんでそんなに静かに動けるの?」


 ガルドさんは笑った。


「足の運び方を少し変えただけですよ」


「……それだけ?」


「ええ。地面を強く蹴らず、身体の重心を静かに移動させるんです」


 そう言って、ガルドさんはゆっくりと一歩踏み出した。


 ……確かに。


 足音がほとんどしない。


「もちろん、完全に音を消しているわけではありません。でも、聞こえにくくすることはできます」


「……なるほど」


「それに、実際の戦闘では周囲が騒がしいこともあります」


 ガルドさんは訓練場を指さした。


「剣がぶつかる音。人の叫び声。馬の足音。魔物の鳴き声。そんな中で、相手の足音だけを聞き分けられるとは限りません」


 俺は黙って頷いた。


 確かに、そのとおりだ。


 《聴覚強化》があれば、音を聞く力は高まる。


 でも、音を立てない相手には通用しにくい。


 それに、音が聞こえても身体が追いつかなければ意味がない。


「……スキルが強くなれば、それだけで強くなれると思ってた」


 俺は小さく呟いた。


 ガルドさんは、少しだけ笑った。


「もちろん、スキルが強くなることは大切ですよ」


「……うん」


「ですが、スキルが強くなることと、自分自身が強くなることは、同じではありません」


「……同じじゃない?」


「ええ。スキルは、できることを増やしてくれます。ですが、それを使いこなすには、身体を鍛え、技術を磨き、経験を積む必要があります」


 俺は木剣を見つめた。


「……そっか」


「それに、スキルに頼りきってしまうのも危険です」


 ガルドさんは続ける。


「どんなスキルにも、得意なことと苦手なことがあります。相手がその弱点を突いてきたら、どうします?」


「……困る」


「そうでしょう。だから、スキルがなくてもできることを増やすんです」


 ……なるほど。


 俺は何度も頷いた。


 そういうことか。


 確かに、今までの俺は少し勘違いしていたのかもしれない。


 《聴覚強化》がLv.2になった。


 だから、以前より強くなったはずだ。


 そう思っていた。


 でも、実際には違った。


 スキルの性能が上がっただけで、それを使いこなす技術はまだ足りていなかった。


 だったら。


「……ガルドさん!」


「はい?」


「スキルを使いこなすための練習って、できる?」


 ガルドさんは、にやりと笑った。


「もちろん、できますよ」


     ◇


 それから俺は、ガルドさんと一緒に新しい訓練を始めた。


 まずは、スキルを使わずに相手の動きを見る練習。


「坊ちゃん、俺の足を見てください」


「うん!」


「右へ動くときは、どこに体重が乗ると思います?」


「……左足?」


「正解です」


 ガルドさんは頷いた。


「では、今度は左へ動きますよ」


 俺は足元をじっと見つめた。


 ……ん?


 確かに、少しだけ身体の傾きが変わった気がする。


「……左!」


「正解!」


「おおっ!」


 面白い!


 足音が聞こえなくても、身体の動きから次の行動を予測できるのか。


 次に、肩や腰の動きを見る練習。


 剣を振るときには、腕だけでなく身体全体が動く。


 だから、剣そのものを見るより、身体の中心の動きを見た方が予測しやすい場合があるらしい。


「……なるほど」


 俺は何度も頷いた。


 これって、前世で見たスポーツの映像にも似たような話があった気がする。


 野球では、投手のフォームから球種を予測することがある。


 サッカーでは、相手の身体の向きから進む方向を読む。


 格闘技でも、相手の予備動作を見て次の攻撃を予測することが重要だと聞いたことがある。


 ……そうか。


 この世界でも、同じなんだ。


 魔法やスキルがあっても、身体を動かす基本的な仕組みは変わらない。


「……面白いなぁ」


 俺は思わず笑った。


 前世では何となく見聞きしていただけの知識が、今こうして役に立っている。


 それに、まだまだ応用できることがありそうだ。


 例えば、反応速度を高める練習。


 前世では、ボールを使って反射神経を鍛える訓練を見たことがある。


 突然飛んでくる物に反応したり、相手の動きに合わせて方向を変えたりする練習だ。


 そういう訓練なら、ここでもできるんじゃないか?


「……ガルドさん!」


「今度は何でしょう?」


「小さいボールを使って練習できないかな?」


「ボール?」


「うん! いろんな方向から投げてもらって、それを避けたり取ったりするんだ!」


「……ほう」


 ガルドさんは少し考え込んだ。


「なるほど。確かに、面白そうですね」


「本当!?」


「ええ。ですが、最初は柔らかい布を丸めたものを使いましょう。怪我をしてはいけませんからね」


「うん!」


 こうして、俺の新しい訓練メニューが一つ増えた。


     ◇


 その日の夜。


 俺は机に向かい、いつもの訓練ノートを開いていた。


 今日の模擬戦で分かったことを、忘れないうちに書き込む。


『《聴覚強化 Lv.2》は、以前より小さな音を聞き取りやすい』


『ただし、音を立てない相手には効果が薄い』


『音が聞こえても、身体が追いつかなければ避けられない』


『スキルの性能と、それを使いこなす技術は別』


 ……うん。


 こんなところかな。


 俺はペンを置き、少し考えた。


 今日の訓練で、一つはっきりしたことがある。


 スキルを手に入れることは楽しい。


 レベルが上がるのも嬉しい。


 でも、それだけじゃ駄目なんだ。


 どんなに強力な能力を手に入れても、使いこなせなければ意味がない。


 逆に、弱いスキルでも、工夫して使えば大きな力になることがある。


 《聴覚強化》と《平衡感覚》を組み合わせて、ホーンラビットの突進を避けたときのように。


「……よし!」


 俺はノートの新しいページを開いた。


 そこに、大きく書く。


『これからの訓練目標』


 一、スキルを使わずにできることを増やす。


 二、スキルの効果と限界を確かめる。


 三、スキルを使いこなすための身体と技術を鍛える。


 四、実際に試して、失敗したところを改善する。


「……うん。これだな」


 俺は満足して頷いた。


 前世でも、練習だけでは上手くならないという話を聞いたことがある。


 練習で覚えたことを実際に試し、うまくいかなかったところを直していく。


 その繰り返しが大切なんだ。


 だったら、この世界でも同じはずだ。


 スキルを集める。


 使ってみる。


 足りないところを鍛える。


 そして、もう一度試す。


 そんなことを繰り返していけば、少しずつ強くなれるんじゃないだろうか。


「……ふふふ」


 考えているだけで、楽しくなってきた。


 俺はふと、ステータスを開いた。


【レオン・グランフェルト】


【年齢:6】


【Lv.2】


【HP:44/44】

【MP:4,186/4,186】


【筋力:10】

【耐久:10】

【敏捷:12】

【器用:13】

【知力:14】

【精神:16】


【保有スキル】

《収集 Lv.1》

《聴覚強化 Lv.2》

《平衡感覚 Lv.1》

《跳躍 Lv.1》

《剣術 Lv.1》


 スキルは五つ。


 レベルも二のまま。


 今日、新しい能力を手に入れたわけではない。


 でも、不思議と満足していた。


 だって、今日も一つ、新しいことを知ったのだから。


 俺はノートの最後に、もう一行だけ書き加えた。


『スキルは可能性を広げる。でも、戦うのは自分自身だ』


「……よし!」


 俺はノートを閉じた。


 これから先、もっとたくさんのスキルを手に入れるかもしれない。


 今よりずっと強力な能力だって、使えるようになるかもしれない。


 でも、どんな力を手に入れても、それに頼りきりにはならないようにしよう。


 手に入れた力を使いこなせるように、自分自身も成長し続ける。


 それが、俺の目標だ。


「……明日も頑張るか!」


 俺は明かりを消し、ベッドに潜り込んだ。


 次は、どんな発見があるだろう。


 そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。

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