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草むらの小さな狩人

 《観察》を手に入れてから、二週間ほどが経った。


 最近の俺には、ちょっとした目標がある。


 それは、ホーンラビットを倒してスキルを集めることだ。


「……聴覚強化、か」


 俺は自分のステータスを眺めながら呟いた。


【保有スキル】

《収集 Lv.1》

《聴覚強化 Lv.2》

《平衡感覚 Lv.1》

《跳躍 Lv.1》

《剣術 Lv.1》

《観察 Lv.1》


 以前、同じ《聴覚強化》をもう一度収集したら、Lv.2になった。


 だったら、さらに同じスキルを集めれば、Lv.3になるかもしれない。


 もちろん、ホーンラビットから必ず《聴覚強化》を収集できるわけじゃない。


 《跳躍》が出ることもある。


 それなら、それで構わない。


 《跳躍》もLv.2になれば、今よりもっと高く跳べるかもしれないからだ。


「……よし!」


 俺は小さな剣を腰に差した。


 以前の木剣ではない。


 訓練用に刃を潰した短い剣だ。


 ガルドさんから、基本の構えや扱い方を教わるときに使っている。


 もっとも、普段は木剣を使うことの方が多い。


 今日は少しだけ、いつもと違うことを試してみようと思っていた。


     ◇


 屋敷の裏手には、森へと続く小道がある。


 以前、ホーンラビットの死骸を見つけた場所だ。


 騎士団の巡回経路にもなっていて、森の浅い部分までは比較的安全だとされている。


 とはいえ、魔物がまったく出ないわけではない。


 だから、本来なら子ども一人で立ち入るべき場所ではない。


 ……うん。


 分かっている。


 でも、いつまでも屋敷の中で訓練しているだけじゃ、実戦の経験は積めない。


 何より、スキルを収集する機会が少なすぎる。


「……浅いところだけにしておこう」


 俺は小さく呟き、森へと続く小道を進んだ。


 もちろん、無茶をするつもりはない。


 相手が強そうなら逃げる。


 不利な場所では戦わない。


 それに、屋敷からあまり離れない。


 自分なりに、いくつかルールを決めていた。


 前世でも、知らない場所へ行くときには危険を予測することが大切だと言われていた。


 この世界では、なおさらだ。


 ……まあ、六歳児が一人で森に来ている時点で、説得力はないかもしれないけど。


     ◇


 森の中は、思っていたよりも静かだった。


 木々の間から差し込む光。


 風に揺れる葉。


 遠くで鳴く鳥の声。


「……気持ちいいなぁ」


 俺は思わず呟いた。


 前世では、こんな自然の中を歩く機会はあまりなかった。


 せっかく異世界に来たんだから、こういう景色も楽しみたい。


 ……っと。


 遊びに来たわけじゃない。


 俺は《聴覚強化》を発動した。


 周囲の音が、少しだけ鮮明になる。


 同時に、《観察》も使う。


 足元の草。


 地面についた小さな跡。


 木の根元に落ちている木の実。


 何か変わったところはないだろうか。


 ……ん?


 少し離れた場所で、草が動いた。


 俺は足を止めた。


 がさっ。


 小さな足音。


 そして、地面を蹴る音。


「……いた!」


 草むらの向こうに、見慣れた角が見えた。


 ホーンラビットだ。


 しかも、まだこちらには気づいていない。


「……よし」


 俺はゆっくりと剣を抜いた。


 相手の特徴は分かっている。


 一直線に突進してくる。


 攻撃前には後ろ足に力をためる。


 そして、一度突進すると、すぐには方向を変えられない。


 だったら、そこを狙えばいい。


 俺は周囲を確認した。


 足場は悪くない。


 大きな障害物もない。


 逃げる方向も確保できる。


「……いけるな」


 俺は小さく息を吐いた。


 そして、草むらから姿を現した。


 ホーンラビットがこちらに気づく。


 額の角を向け、低く身体を沈めた。


 ……来る!


 ざっ!


 地面を蹴る音。


 ホーンラビットが突進してきた。


 俺は《観察》で相手の動きを捉えながら、《聴覚強化》で足音を拾う。


 右。


 少しだけ横へ動く。


 ぶんっ!


 ホーンラビットが目の前を通り過ぎた。


 ……よし。


 以前なら、大きく跳んで避けていた。


 でも、今は違う。


 必要な分だけ動けばいい。


 俺は振り返ろうとするホーンラビットへ踏み込んだ。


「……せいっ!」


 ごつんっ!


 剣の腹で、頭を叩く。


 ホーンラビットが地面を転がった。


 しかし、まだ動いている。


 ……やっぱり、一撃では倒せないか。


 俺は距離を取り、もう一度構えた。


 ホーンラビットが起き上がる。


 そして、再び突進。


 今度は左へ避ける。


 すれ違いざまに、もう一撃。


 ごつんっ!


 ホーンラビットが大きくよろめいた。


 ……今!


 俺は踏み込み、最後の一撃を放った。


 ごつんっ!


 ホーンラビットは、その場に倒れた。


【ホーンラビットを討伐しました】


【経験値を獲得しました】


「……よし!」


 倒せた。


 しかも、前よりさらに楽に。


 訓練の成果が、ちゃんと出ている。


 ……っと。


 今は喜んでいる場合じゃない。


 死んだ直後じゃないと、《収集》できないかもしれないからな。


「……収集!」


【対象:ホーンラビット】


【スキル収集を開始します】


【投入MP:2,431】


【収集成功率:100%】


【収集成功】


【獲得スキル:《跳躍 Lv.1》】


「……おっ!」


 跳躍!


 ということは……。


 俺は慌ててステータスを開いた。


【保有スキル】

《収集 Lv.1》

《聴覚強化 Lv.2》

《平衡感覚 Lv.1》

《跳躍 Lv.2》

《剣術 Lv.1》

《観察 Lv.1》


「……よっしゃ!」


 予想どおりだ!


 《跳躍》がLv.2になっている!


 やっぱり、同じスキルを収集すると、レベルが上がるらしい。


「……いいねぇ」


 これは、ますますスキル集めが楽しくなってきた。


 俺は試しに《跳躍》を使ってみた。


「……跳躍!」


 ぴょんっ!


「……おおっ!?」


 思っていたよりも高く跳べた。


 Lv.1の頃より、明らかに違う。


 ……ただし。


「……うわっ!」


 着地の瞬間、少し身体が前へ傾いた。


 俺は慌てて足を踏み出し、何とか転ばずに済んだ。


「……危なかった」


 なるほど。


 跳ぶ力が強くなったからといって、着地まで上手くなるわけじゃない。


 《平衡感覚》があっても、身体の使い方を練習しなければ危ないのだ。


 ……やっぱり、スキルを強化するだけじゃ駄目なんだな。


 俺はノートに書き込もうとして、ふと手を止めた。


 ……ん?


 何か聞こえる。


 がさっ。


 草が揺れる音。


 でも、さっきのホーンラビットとは違う。


 もっと軽い。


 もっと速い。


「……何だ?」


 俺はゆっくりと振り返った。


     ◇


 草むらの奥。


 そこに、小さな影があった。


 細長い身体。


 茶色い毛並み。


 そして、鋭い目。


「……イタチ?」


 前世で見たことのある動物に似ている。


 ただし、普通のイタチよりも少し大きい。


 口元には、小さな牙が見えていた。


 ……魔物か?


 俺は剣を構え直した。


 すると、その生き物が草むらから飛び出した。


 速い!


 ホーンラビットとは比べものにならないくらい、動きが細かい。


 右へ。


 左へ。


 そして、突然こちらへ向かって跳びかかってきた。


「……うわっ!」


 俺は慌てて横へ跳んだ。


 すっ!


 鋭い爪が、さっきまで俺のいた場所を通り過ぎる。


「……危なっ!」


 今の、まともに食らっていたら怪我をしていたぞ!


 俺は距離を取った。


 イタチ型の魔物は、地面に着地すると、すぐにこちらを向いた。


 ……なるほど。


 こいつ、ホーンラビットとは全然違う。


 突進してくるだけじゃない。


 細かく方向を変えながら、隙を狙ってくる。


 俺は《観察》を発動した。


 相手の足。


 身体の向き。


 尻尾の動き。


 ……ん?


 こいつ、攻撃する直前に尻尾が少し動く?


 そう思った瞬間。


 ざっ!


 イタチ型の魔物が跳びかかってきた。


「……くっ!」


 俺は横へ身体をずらした。


 しかし。


 しゅっ!


 魔物が空中で身体をひねった。


「……えっ!?」


 鋭い爪が、俺の袖をかすめる。


 びりっ!


 布が裂けた。


「……うわっ!」


 危なかった。


 もう少し遅かったら、腕を引っかかれていたかもしれない。


 俺は慌てて距離を取った。


 ……まずい。


 こいつ、思っていたよりずっと厄介だぞ。


     ◇


 俺は小さく息を吐いた。


 落ち着け。


 相手は小型の魔物。


 でも、動きは速い。


 ホーンラビットみたいに一直線に突進してくるわけじゃない。


 だから、いつもの戦い方では通用しない。


 ……どうする?


 俺は周囲を見渡した。


 木の根。


 倒れた枝。


 少し大きな石。


 そして、背後には太い木の幹。


 ……なるほど。


 だったら、動ける方向を減らせばいい。


 俺はゆっくりと、木の幹を背にする位置へ移動した。


 イタチ型の魔物が、こちらの様子をうかがっている。


 右へ。


 左へ。


 また右へ。


 ……速い。


 でも、よく見ると、こいつは俺の横へ回り込もうとしている。


 だったら。


 背後を木で塞げば、回り込める方向は少なくなる。


 俺は剣を構え直した。


 そして、《聴覚強化》と《観察》に集中した。


 足音。


 草の擦れる音。


 尻尾の動き。


 ……来る!


 イタチ型の魔物が跳びかかってきた。


 俺は剣を振った。


 しかし。


 すっ!


 魔物は身体をひねり、剣をかわした。


「……くっ!」


 ……やっぱり、速い!


 俺は慌てて後ろへ下がろうとした。


 だが。


 背中が木の幹に当たった。


「……あっ」


 しまった。


 後ろに下がれない!


 イタチ型の魔物が再び跳びかかってきた。


 ……まずい!


 俺は咄嗟に《跳躍》を発動した。


「……跳躍!」


 ぴょんっ!


 身体が、思っていた以上に高く浮いた。


 イタチ型の魔物が、足元を通り過ぎる。


 そして。


 どんっ!


 魔物が木の幹に激突した。


「……おおっ!?」


 俺は少し離れた場所に着地した。


 今度は、しっかり膝を曲げて衝撃を吸収する。


 ……よし!


 さっきより上手く着地できた!


 それに、魔物は木の幹にぶつかった衝撃で、少しふらついている。


 ……今だ!


 俺は踏み込んだ。


「……せいっ!」


 ごつんっ!


 剣が魔物の頭に命中した。


 魔物が地面を転がる。


 しかし、まだ動いている。


 ……なら!


 俺は一歩踏み込み、もう一撃。


 ごつんっ!


 さらに一撃。


 ごつんっ!


 やがて、イタチ型の魔物は動かなくなった。


【グラスウィーゼルを討伐しました】


【経験値を獲得しました】


「……はぁ、はぁ……」


 俺は大きく息を吐いた。


 倒せた。


 ……でも。


「……危なかったな」


 正直、ホーンラビットよりずっと苦戦した。


 同じ小型の魔物でも、動き方がまったく違う。


 相手の特徴を知らないまま戦うのは、やっぱり危険だ。


 俺は少しだけ反省した。


 ……とはいえ。


 今は、もう一つやることがある。


 俺は倒れたグラスウィーゼルへ向き直った。


「……収集!」


【対象:グラスウィーゼル】


【スキル収集を開始します】


【必要MPを自動投入します】


【投入MP:1,428】


【収集成功率:100%】


【収集成功】


【獲得スキル:《視覚強化 Lv.1》】


「……おおっ!」


 視覚強化!


 初めて見るスキルだ!


 俺は慌ててステータスを開いた。


【レオン・グランフェルト】


【年齢:6】


【Lv.2】


【HP:44/44】

【MP:327/4,186】


【筋力:10】

【耐久:10】

【敏捷:12】

【器用:13】

【知力:14】

【精神:16】


【保有スキル】

《収集 Lv.1》

《聴覚強化 Lv.2》

《平衡感覚 Lv.1》

《跳躍 Lv.2》

《剣術 Lv.1》

《観察 Lv.1》

《視覚強化 Lv.1》


「……七つ目!」


 これで、スキルは七つになった。


 しかも、今回は《視覚強化》。


 名前からして、目がよくなるスキルだろう。


「……試してみよう」


 俺は《視覚強化》を発動した。


 すると。


「……おお?」


 少し離れた木の枝が、いつもよりはっきり見える。


 葉の形。


 小さな傷。


 それから、枝の先にとまっている虫。


「……へえ!」


 これは面白い!


 《観察》は、細かな違いに気づきやすくなる。


 《視覚強化》は、そもそも物が見えやすくなる。


 似ているようで、少し違う。


 だったら、この二つを組み合わせれば……。


「……ふふふ」


 俺は思わず笑った。


 また一つ、できることが増えた。


 もっとも、今日の戦いでは少し危ない場面もあった。


 《跳躍》がLv.2になったからといって、すぐに使いこなせるわけじゃない。


 《観察》があっても、相手が速ければ動きを見切れないこともある。


 それに、今回の魔物はホーンラビットとは違う戦い方をしてきた。


 ……やっぱり、スキルだけに頼っていては駄目なんだ。


 これからは、いろいろな相手を想定して訓練していこう。


 俺はステータスを閉じた。


 そして、木々の間から見える屋敷の方へ歩き出した。


「……さて、帰るか」


 今日も、なかなかの大収穫だった。


 《跳躍》がLv.2になった。


 《視覚強化》も手に入った。


 レベルは上がらなかったけれど、それでも十分だ。


 ……あとは。


「……この破れた袖、どう説明しようかな」


 俺は自分の服を見下ろした。


 腕のところが、見事に裂けている。


 ……マリアに見つかったら、絶対に怒られるよな。


 俺は小さくため息をついた。


 スキル集めは順調だけど。


 どうやら、こっちの問題はまだまだ解決しそうになかった。

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