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落ちこぼれの剣術修行

 翌朝。


 俺はいつもより少し早く目を覚ました。


 理由はもちろん、今日から騎士団の訓練場に行けるからだ。


「ふふふ……楽しみだな」


 ベッドから飛び起き、窓の外を見る。


 空はよく晴れている。


 絶好の訓練日和だ。


 昨日、解体場でスキル収集に失敗してから、俺はいろいろ考えていた。


 魔物からスキルを獲得するには、おそらく死んでからの時間が関係している。


 だったら、倒した直後に《収集》を使えばいい。


 問題は、その魔物をどうやって倒すかだ。


 今の俺は五歳児。


 しかも、剣術スキルも魔法スキルも持っていない。


 正直、ホーンラビットと戦っても勝てるかどうか怪しい。


「……やっぱり、鍛えるしかないよな」


 そう呟きながら、俺は着替えを始めた。


     ◇


 朝食を終えた俺は、兄さんと一緒に訓練場へ向かった。


「レオン。本当に剣術を習いたいのか?」


「うん!」


「《剣術》のスキルがないと、上達するのは難しいぞ」


「それでもやってみたい!」


 兄さんは少し驚いたように俺を見た。


 この世界では、スキルを持つ者と持たない者の差は大きい。


 《剣術》スキルを持っている人間は、同じ練習をしても技術の習得が早い。


 身体の動かし方や剣の扱い方が、自然と身についていくらしい。


 一方、スキルがない人間は、地道に練習するしかない。


 もちろん、努力によって新しく《剣術》スキルを獲得することもある。


 ただし、そのためには相当な鍛錬が必要だそうだ。


「……まあ、お前がやりたいなら止めないさ」


 兄さんは笑った。


「ガルドにも頼んである。無理のない範囲で教えてもらうといい」


「ありがとう、兄さん!」


 やっぱり兄さんは頼りになる。


 ……この屋敷に兄さんがいてくれて、本当によかった。


     ◇


 訓練場には、すでに大勢の騎士たちが集まっていた。


 木剣を打ち合わせる音。


 掛け声。


 走り回る足音。


 朝から随分と賑やかだ。


「おっ! レオン坊ちゃん!」


 ガルドさんが大きく手を振ってきた。


「よく来ましたね!」


「こんにちは!」


「今日は剣術をやってみたいんでしたよね?」


「うん!」


「よし! じゃあ、まずはこれを持ってみましょうか」


 ガルドさんは、壁際に並べられていた木剣の中から、小さなものを一本取り出した。


 子ども用らしい。


 俺は両手で受け取った。


「……おお」


 思ったより重い。


 前世で木刀を持ったことはあるけれど、今の身体は五歳児だ。


 腕の力も握力も全然違う。


「どうです?」


「……ちょっと重い」


「はっはっは! そりゃそうでしょう!」


 ガルドさんは豪快に笑った。


「じゃあ、まずは構え方からですね」


 そう言って、俺の正面に立つ。


「足を肩幅に開いて、剣をこう持ちます」


「こう?」


「そうそう。もう少し右手を上に」


「うん」


「背筋を伸ばして。肩の力は抜いてください」


「……これでいい?」


「おお、なかなか筋がいいですよ!」


 褒められた。


 ちょっと嬉しい。


 しかし、その喜びは長く続かなかった。


 十分後。


「……う、腕が……」


 限界だった。


 木剣を構え続けただけなのに、腕がぷるぷる震えている。


「はっはっは! 最初はそんなもんですよ!」


 ガルドさんは笑いながら、俺の肩を叩いた。


「今日は無理せず、少しずつ慣れていきましょう」


「……うん」


 くそぅ。


 異世界転生した主人公って、もっとこう、最初から剣を振り回せたりするものじゃないのか?


 いや、分かっている。


 俺には剣術スキルも身体強化スキルもない。


 だから、地道に鍛えるしかないんだ。


 ……よし。


 気を取り直して、もう一回だ!


     ◇


 それからしばらく、俺は基本の素振りを繰り返した。


 一回。


 二回。


 三回。


 ……十回。


「……はぁ、はぁ……」


 腕が痛い。


 肩も痛い。


 何より、木剣が重い。


 それでも、何とか二十回ほど振ったところで、ガルドさんから休憩を言い渡された。


「坊ちゃん、今日はこのくらいにしましょう」


「えー、まだできるよ?」


「顔が真っ赤ですよ」


「……そう?」


「そうです。無理をして身体を壊したら元も子もありませんからね」


 うーん。


 仕方ない。


 俺は木剣を置き、訓練場の端にあるベンチに腰掛けた。


 そこから、騎士たちの訓練を眺めることにする。


 それにしても、みんなすごいな。


 木剣を振る速さも、足の運びも、俺とは比べものにならない。


 特に、ガルドさん。


 大きな身体なのに動きが速く、相手の攻撃を軽々とかわしている。


「……かっこいいなぁ」


 思わず呟いた。


 いつか、俺もあんなふうに戦えるようになるのだろうか。


 ……いや。


 なってやる。


 せっかく異世界に転生したんだ。


 魔法も剣術も使えないまま終わるなんて、もったいないじゃないか。


 ただ、闇雲に素振りを繰り返すだけでは、効率が悪い気がする。


 前世でも、スポーツの上達には筋力だけでなく、身体のバランスや反応速度が重要だと聞いたことがある。


 それなら、剣を振る練習だけじゃなく、足運びやバランスを鍛える練習もした方がいいんじゃないだろうか。


 片足立ち。


 短い距離のダッシュ。


 左右への素早い移動。


 ……うん。


 これなら五歳の身体でも、無理のない範囲で練習できそうだ。


 それに、前世の知識を利用すれば、もっと効率のいい方法が見つかるかもしれない。


「……よし。今度、自分で練習メニューを考えてみよう」


     ◇


 休憩中、俺はあることを思いついた。


「……そういえば」


 昨日獲得した《聴覚強化》。


 あれ、訓練にも使えないだろうか?


 音がよく聞こえるだけのスキルだけど、使い方次第では何か役に立つかもしれない。


「……聴覚強化」


 小さく呟く。


 すると、周囲の音が少しだけ鮮明になった。


 木剣がぶつかる音。


 騎士たちの足音。


 革鎧が擦れる音。


 ……ん?


 俺は耳を澄ませた。


 すると、あることに気がついた。


 騎士たちが動く直前、必ず小さな音がしているのだ。


 足が地面を踏み込む音。


 装備が擦れる音。


 息を吸う音。


 もちろん、相手によって違いはある。


 でも、攻撃する直前には、何かしらの動きがあるらしい。


「……へえ」


 これ、もしかして。


 相手の動きを予測するのに使えるんじゃないか?


 俺は興味が湧いてきた。


「ガルドさん!」


「ん? どうしました?」


「もう一回、剣をやってみたい!」


「おや、元気ですねぇ」


 ガルドさんは笑った。


「じゃあ、軽く打ち込みの練習でもしてみますか」


「うん!」


     ◇


 俺は再び木剣を握った。


 今度は、ガルドさんと向かい合う。


「坊ちゃん、俺がゆっくり剣を振りますから、避けてみてください」


「分かった!」


「もちろん、当たらないようにしますから安心してくださいね」


 ガルドさんは木剣を構えた。


 俺も少し腰を落とす。


 そして、《聴覚強化》を発動した。


 ……よし。


 集中だ。


「いきますよ!」


 ガルドさんが剣を振り下ろす。


 その直前。


 ざっ。


 小さな足音が聞こえた。


 俺は反射的に横へ動いた。


 ぶんっ。


 木剣が目の前を通り過ぎる。


「……おっ?」


 ガルドさんが少し驚いた顔をした。


「なかなかいい反応ですね」


「えへへ」


 やった!


 避けられた!


 もっとも、ガルドさんはかなりゆっくり振ってくれたんだけど。


「じゃあ、もう一回いきますよ」


「うん!」


 今度は横薙ぎ。


 その直前に、足が地面を擦る音がした。


 俺は慌てて後ろへ下がる。


 ぶんっ!


 ……よし!


 また避けられた!


「ほう……」


 ガルドさんが少し目を細めた。


「坊ちゃん、相手の動きをよく見ていますね」


「えっ? あ、うん!」


 本当は音を聞いているんだけど。


 まあ、わざわざ説明する必要もないか。


「では、もう少し速くしてみましょう」


「うん!」


 次の瞬間。


 ざっ!


 足音が聞こえた。


 右!


 そう思って身体を動かした。


 しかし。


 こつん。


「……あ」


 木剣が、俺の肩に軽く触れた。


「はっはっは! 残念!」


 ガルドさんが笑った。


「音だけに頼っていると、こういうこともありますよ」


「……えっ?」


 思わず顔を上げる。


 今、何て言った?


「気づいていないとでも思いましたか?」


 ガルドさんはにやりと笑った。


「坊ちゃん、さっきから足音に反応していますよね」


「……バレてた?」


「そりゃあ、これでも騎士ですからね」


 うわぁ。


 さすが本職。


「でも、面白い戦い方です」


 ガルドさんは木剣を肩に担いだ。


「相手の動きを音で判断する。確かに、それも一つの方法です」


「本当?」


「ええ。ただし、音だけでは駄目です。今みたいに、わざと音を立てて相手を誘導することもできますから」


「……なるほど」


 確かに。


 音が聞こえたからといって、必ずその方向から攻撃が来るとは限らない。


 そういう駆け引きもあるのか。


「剣術というのは、ただ剣を振るだけではありません」


 ガルドさんは真面目な顔で続けた。


「相手をよく見る。音を聞く。距離を測る。そして、次に何をしてくるか考える」


「……うん」


「坊ちゃんには、そういう工夫が向いているのかもしれませんね」


 その言葉が、妙に嬉しかった。


 スキルがないから、剣術は苦手。


 そう思っていた。


 でも、今ある能力を工夫すれば、少しは戦えるようになるかもしれない。


 ……面白い。


 やっぱり、この世界は面白い!


     ◇


 訓練を終えた俺は、ガルドさんに礼を言って屋敷へ戻ることにした。


「今日はありがとう!」


「おう! またいつでも来てください!」


「うん!」


 俺は元気よく手を振った。


 訓練場から屋敷へ向かう途中、ふとステータスを確認してみる。


【レオン・グランフェルト】


【年齢:5】


【Lv.1】


【HP:38/38】


【MP:2,518/2,743】


【保有スキル】

《収集 Lv.1》

《聴覚強化 Lv.1》


 ……うん。


 レベルは相変わらず一。


 スキルも増えていない。


 でも、今日は大きな収穫があった。


 《聴覚強化》は、ただ音がよく聞こえるだけじゃない。


 使い方次第では、戦闘にも役立つ。


 そして、スキルがなくても、工夫すれば戦い方は見つけられる。


「……ふふふ」


 なんだか、楽しくなってきた。


 よし。


 これからも訓練を続けよう。


 剣術も、魔法も、スキルも。


 全部少しずつ、できることを増やしていくんだ。


 そうすれば、いつか自分の力で魔物を倒せる日が来るかもしれない。


 ……いや、きっと来る。


 俺はそんなことを考えながら、屋敷へと歩き出した。


 そのときだった。


「おーい! レオン坊ちゃん!」


 背後から、ガルドさんの声が聞こえた。


「ん?」


 振り返ると、ガルドさんが訓練場の入口から手を振っていた。


「明日の朝も来ませんか?」


「えっ? いいの?」


「もちろんです。坊ちゃん、なかなか面白い考え方をしますからね」


 ガルドさんはにやりと笑った。


「今度は剣だけじゃなく、身体の動かし方も教えてやりますよ」


「本当!?」


「ええ。ただし、俺の訓練は厳しいですよ?」


「大丈夫! 頑張る!」


「はっはっは! その意気です!」


 俺は大きく手を振り返した。


 身体の動かし方、か。


 そういえば、前世でも身体の使い方を工夫することで、運動が上達するという話を聞いたことがある。


 それなら、ガルドさんに教えてもらうだけじゃなく、自分でもいろいろ試してみよう。


 片足立ち。


 短い距離のダッシュ。


 左右への素早い移動。


 それに、《聴覚強化》を使った反応練習なんかも面白そうだ。


 五歳の身体で無理をするのはよくないけれど、工夫できることはたくさんある。


「……よし。俺も自分で練習メニューを考えてみるか!」


 どうせなら、毎日の訓練を記録してみよう。


 何ができるようになったか。


 どんな練習が効果的だったか。


 そういうことを少しずつ調べていけば、もっと効率よく強くなれるかもしれない。


 俺は期待に胸を膨らませながら、屋敷へと歩き出した。


 明日から、また楽しみが一つ増えそうだった。

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