収集できない魔物たち
翌朝。
俺は朝食を食べながら、昨日の出来事を思い返していた。
《聴覚強化 Lv.1》。
俺が初めて手に入れた、二つ目のスキル。
効果は地味だった。
耳が少しよくなる。それだけだ。
でも、自分でスキルを増やせると分かったことは、何よりも大きな収穫だった。
もしかしたら《火魔法》だって、《水魔法》だって手に入るかもしれない。
そう考えると、自然と頬が緩んでしまう。
「……レオン。何をにやにやしている?」
「えっ?」
顔を上げると、兄さんが不思議そうにこちらを見ていた。
「何かいいことでもあったのか?」
「うん! ちょっとね!」
「そうか。それはよかった」
兄さんは笑った。
相変わらず優しい。
ちなみに父上は、今日も俺の方を見ることなく食事を終え、さっさと席を立ってしまった。
まあ、いつものことだ。
今はそんなことより、もっと大切なことがある。
「ねえ、兄さん」
「ん?」
「騎士団の解体場って、見に行ってもいい?」
「解体場?」
兄さんが眉を上げる。
「どうしてまた、そんなところに?」
「魔物を近くで見てみたいんだ!」
「魔物なら、図鑑にも載っているだろう?」
「本物が見たいの!」
嘘ではない。
実際、いろいろな魔物を見てみたい。
ただ、本当の目的は別にあるけどね。
「うーん……」
兄さんは少し考え込んだ。
「危険な場所ではないが、解体作業中は刃物も使うからな」
「邪魔しないよ!」
「……分かった。俺から騎士団の者に話を通しておこう」
「本当!?」
「ああ。ただし、勝手に魔物に触ったり、作業の邪魔をしたりするなよ」
「うん! ありがとう、兄さん!」
よし!
これで準備は整った。
待ってろよ、魔物たち!
◇
解体場は、屋敷の裏手にある騎士団の施設の一角にあった。
大きな木造の建物で、中からは何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「おっ、レオン坊ちゃんじゃないですか!」
入口で声をかけてきたのは、がっしりとした体格の男だった。
短く刈り込んだ黒髪に、日に焼けた顔。
腰には大きな剣を下げている。
「こんにちは!」
「アルベルト様から話は聞いてますよ。魔物を見たいんですって?」
「うん!」
「はっはっは! 変わった坊ちゃんだ!」
男は豪快に笑った。
「俺はガルド。ここの解体場の管理も任されてる騎士です。よろしくお願いしますよ!」
「よろしく、ガルドさん!」
「おう! ただし、中の物には勝手に触らないでくださいね」
「分かってる!」
ガルドさんに案内され、俺は建物の中へと入った。
そして。
「……おおおっ!」
思わず声が出た。
そこには、見たこともない魔物が何体も並べられていた。
大きな牙を持つ猪。
灰色の毛皮に覆われた狼。
角の生えたウサギ。
さらには、人間の背丈ほどもある巨大なトカゲまで。
すごい!
まるでモンスター図鑑の世界だ!
「こいつはフォレストボア。こっちはグレイウルフです」
ガルドさんが一体ずつ説明してくれる。
「このトカゲは?」
「ロックリザードですね。皮が硬くて、なかなか厄介な魔物ですよ」
「へえー!」
俺は目を輝かせた。
こんなにたくさんの魔物がいるなんて!
これは大収穫の予感しかしない。
俺はさっそく、一番近くにあったホーンラビットに意識を向けた。
昨日と同じ魔物だ。
今度はどんなスキルが手に入るのだろう。
「……収集」
小さな声で呟く。
すると、目の前に文字が浮かんだ。
【対象:ホーンラビット】
【スキル収集不可】
「……ん?」
あれ?
俺はもう一度試してみた。
【スキル収集不可】
……おかしい。
昨日はできたのに。
もしかして、一度収集した種類の魔物からは、もうスキルを取れないのだろうか?
いやいや、それは困る。
さすがに魔物の種類が一つにつき一回だけなんてことはないよな?
俺は慌てて、隣のグレイウルフに目を向けた。
「収集」
【対象:グレイウルフ】
【スキル収集不可】
「……ええ?」
こっちも駄目?
なら、フォレストボアは?
【スキル収集不可】
ロックリザード!
【スキル収集不可】
「…………」
なんでだよ!
昨日はあんなに簡単に成功したじゃないか!
俺は思わず頭を抱えた。
「どうしました、坊ちゃん?」
「えっ? あ、いや……」
ガルドさんが不思議そうにこちらを見ている。
「この魔物たちって、いつ倒したの?」
「こいつらですか? 昨日の昼から夕方にかけてですね」
「昨日?」
「ええ。森の巡回で討伐した連中です。今朝方こちらに運び込まれましてね」
「……そっか」
昨日か。
俺は昨日のホーンラビットを思い出した。
あいつは、身体がまだ温かかった。
周囲の血も乾いていなかった。
つまり、死んでからそれほど時間が経っていなかったはずだ。
一方、ここにある魔物たちはどうだろう。
昨日討伐されたということは、少なくとも半日近くは経っている。
「……もしかして」
俺は小さく呟いた。
死んでからの時間が関係している?
そう考えると、辻褄が合う。
いや、まだ決まったわけじゃない。
単に魔物の状態が悪いのかもしれないし、別の条件があるのかもしれない。
でも、可能性は高そうだ。
「ガルドさん!」
「はい?」
「ここにある魔物って、いつも昨日倒したやつなの?」
「だいたいそうですね。討伐してから運ぶまでに時間がかかりますから」
「今日倒した魔物はないの?」
「今日の分ですか?」
ガルドさんは首をかしげた。
「今朝も巡回隊が森に出ていますから、夕方には戻ってくると思いますよ」
「そっかぁ……」
夕方か。
それでも、討伐からは何時間か経ってしまうだろう。
うーん。
これは困った。
◇
結局、その日は一つもスキルを獲得できなかった。
あんなにたくさんの魔物がいたのに。
俺は少し肩を落としながら、屋敷へ戻った。
でも、完全に無駄だったわけじゃない。
大きな発見があった。
《収集》には、対象となる魔物の状態に条件があるらしい。
そして、おそらく重要なのは、死んでからの時間だ。
「……となると」
どうすればいいんだろう。
自分で魔物を倒す?
いや、無理だ。
今の俺は五歳児。
持っているスキルは《収集》と《聴覚強化》だけ。
いくら耳がよくなったところで、魔物に勝てるとは思えない。
そもそも、剣だってまともに扱えないし。
「……困ったなぁ」
せっかくスキルを増やせると分かったのに、肝心の魔物をどうやって確保すればいいのか分からない。
俺は庭のベンチに腰掛けた。
そのとき。
「おい、レオン!」
聞き覚えのある声がした。
顔を上げると、ガルドさんがこちらへ歩いてきていた。
「あれ? ガルドさん?」
「坊ちゃん、今日は随分と魔物に興味津々でしたね」
「うん! 面白かった!」
「ははっ。そうですか。なら、今度は訓練場にも遊びに来ませんか?」
「訓練場?」
「ええ。騎士たちが剣の稽古をしているところです。魔物との戦い方も教えてますよ」
……おお。
それは面白そうだ!
「行きたい!」
「よし! なら、アルベルト様にも伝えておきますよ」
「ありがとう!」
ガルドさんは笑いながら去っていった。
俺はその背中を見送りながら、考えた。
騎士の訓練か。
魔物と戦うためには、やっぱり自分の身体も鍛えなくちゃいけない。
それに、この世界では魔物を倒すと経験値が手に入り、レベルが上がる。
レベルが上がれば、筋力や敏捷などの基礎能力も上昇するらしい。
今の俺はLv.1。
つまり、身体能力はまだ普通の五歳児と大して変わらない。
「……よし!」
決めた。
まずは剣術を習おう。
魔法が使えないなら、剣で戦えるようになればいい。
それに、強くなれば自分で魔物を倒せるようになるかもしれない。
そうすれば、スキルを収集する機会だって増えるはずだ。
……もっとも、いきなり魔物と戦うつもりはない。
俺は自由に生きたいのであって、死にたいわけじゃないからな。
「まずは、できることからだな」
そう呟いて立ち上がる。
その瞬間、少し離れた木の枝から、小さな木の実が落ちてきた。
ころん。
地面に転がった木の実を見て、俺は笑った。
「……収集!」
木の実が手のひらに飛び込んでくる。
相変わらず、大したことはできない。
でも、それでいい。
少しずつ。
一つずつ。
できることを増やしていこう。
今はまだ、魔物一匹倒せない五歳児だけど。
いつかきっと、自分の力だけで冒険できるようになってやる。
俺はそんなことを考えながら、手の中の木の実をポケットにしまった。




