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初めてのスキル収集

 あの日から、俺の日課が一つ増えた。


「収集!」


 ころころっ。


 庭の隅に落ちていた小石が、俺の足元へ転がってくる。


「よし、成功!」


 もう一つ。


「収集!」


 今度は木の実が一つ、ぴょこんと跳ねて手のひらに収まった。


「ふふふ……便利だな、これ」


 鑑定の儀から、三か月ほどが経った。


 あれ以来、俺は暇さえあれば《収集》を使っている。


 最初は本当に小さな物しか引き寄せられなかった。


 それも、かなり近くにある物だけだ。


 しかし、何度も試しているうちに、少しずつ遠くの物も引き寄せられるようになってきた。


 最初は一メートルほど。


 それが二メートルになり、三メートルになり。


 今では庭の端に落ちている木の実くらいなら、わざわざ歩いて取りに行く必要もない。


 ……まあ、歩いて取りに行った方が早いことも多いんだけど。


 そこは気にしない。


 便利かどうかより、使っていて楽しいことの方が重要なのだ。


 前世では魔法なんて存在しなかった。


 そんな俺にとって、手を伸ばすだけで物が動くというのは、それだけで十分に面白かった。


 もっとも、周囲の反応はあまり芳しくない。


「レオン様。また《収集》でございますか?」


 庭仕事をしていたメイドのマリアが、少し困った顔でこちらを見ていた。


「うん。今日はあそこの木の実まで届いたんだよ!」


「それはようございました。ですが、あまり魔力を使いすぎないでくださいね」


「分かってるって」


「本当でございますか?」


「……たぶん」


「レオン様!」


 マリアが眉をつり上げる。


 俺は慌てて笑ってごまかした。


 実際、最初の頃は何度か魔力切れを起こしていた。


 一度は中庭で倒れ、兄さんにこっぴどく注意されたほどだ。


 それからは、残りMPを確認しながら使うようにしている。


 さすがに、毎回倒れていたら心配をかけるからな。


 さて。


 今日の残りはどれくらいだろう。


 俺は意識を集中させ、ステータスを開いた。


【レオン・グランフェルト】


【年齢:5】


【Lv.1】


【HP:38/38】


【MP:1,264/1,682】


【保有スキル】

《収集 Lv.1》


「……うん。まだまだ余裕だな」


 そう呟いてから、ふと手が止まった。


 ……あれ?


 俺はもう一度、数字を確認した。


【最大MP:1,682】


 千六百八十二。


 確か、鑑定の儀では九百八十七だったはずだ。


「……増えてる?」


 いや、待て。


 そういえば、少し前に確認したときも千を超えていたような気がする。


 あまり気にしていなかったけれど、もしかして最大MPって成長するのか?


 試しに、ほかの能力値も確認してみる。


 HPは変わっていない。


 レベルも一のまま。


 筋力や敏捷も、大きな変化はなかった。


 でも、MPだけは明らかに増えている。


「……なんでだ?」


 首をひねる。


 思い当たることといえば、毎日の《収集》くらいしかない。


 もしかして、魔力って使えば使うほど増えるものなのだろうか。


 前世のゲームでも、似たような仕組みがあった気がする。


 使い込むことで熟練度が上がる、というやつだ。


「……ふむ」


 俺は庭の小石を見つめた。


 試してみる価値はありそうだ。


 それからというもの、俺は毎日、残りMPに注意しながら《収集》を使い続けることにした。


     ◇


 さらに二か月が経った。


 俺の生活は、相変わらず平和だった。


 朝起きて、朝食を食べる。


 家庭教師の授業を受けて、昼食を食べる。


 午後は庭で遊んだり、本を読んだり、《収集》を使ったり。


 そして夜になったら眠る。


 貴族の子どもというのは、なかなか気楽なものだ。


 ……もっとも、父上からの扱いは以前と変わらない。


 鑑定の儀以来、父上が俺に声をかけることはほとんどなくなった。


 食事の席でも、兄さんやほかの兄弟には稽古や勉強の進み具合を尋ねるのに、俺には何も聞かない。


 どうやら、すっかりいないものとされているらしい。


 まあ、仕方ない。


 俺だって、いまさら父上に褒められたいとは思わない。


 前世の記憶があるせいか、五歳児にしては多少達観しているところがあるのかもしれない。


 それに、俺には目標があった。


 いつかこの家を出て、自由に暮らすこと。


 せっかく異世界に来たんだ。


 冒険者になって、ダンジョンに潜って、珍しい魔物を見て回りたい。


 美味しいものを食べたり、知らない街を旅したりするのもいい。


 そのためには、まず自分で稼げるようにならなくちゃいけない。


 今の俺は、立派な屋敷に住んでいるとはいえ、結局は親の世話になっている身だからな。


「……早く大人になりたいなー」


 そんなことを考えていた、ある日の午後。


 俺は屋敷の裏手にある小道を歩いていた。


 この辺りは庭師が管理している場所で、少し先には森が広がっている。


 もちろん、森の奥は危険だ。


 魔物が出るから、子どもだけで立ち入ってはいけないと言われている。


 ただ、屋敷の敷地内にある小道なら問題ない。


 俺はいつものように、落ちている木の実や枝を《収集》しながら歩いていた。


 すると。


「……ん?」


 草むらの向こうに、何か白いものが見えた。


 近づいてみると、一匹のウサギが倒れていた。


 ただし、普通のウサギではない。


 額の中央から、小さな角が一本生えている。


「……ホーンラビット?」


 本で読んだことがある。


 ホーンラビットは、この辺りの森に生息する低級魔物だ。


 身体は小さいが、角を使って突進してくるため、普通のウサギよりは危険らしい。


 とはいえ、魔物の中では最弱の部類に入る。


 そのホーンラビットが、草むらに横たわっていた。


「……死んでる?」


 恐る恐る近づいてみる。


 身体には傷があり、周囲の草にも血が付いていた。


 どうやら、ほかの魔物に襲われたらしい。


 それにしても、珍しい。


 魔物の死骸をこんな近くで見るのは初めてだ。


 俺はしゃがみ込んで、その身体を眺めた。


「……角、かっこいいな」


 前世の世界には、こんな生き物はいなかった。


 せっかくだし、角だけでも持ち帰ってみようか。


 いや、でも死骸に触るのはちょっと抵抗がある。


 そこで、ふと思いついた。


「……あ、《収集》で引き寄せればいいのか」


 我ながら名案だ。


 わざわざ触らなくても、欲しいものを手元に持ってこられる。


 俺はホーンラビットの角を見つめた。


「収集!」


 すると、いつものように半透明の文字が現れた。


【対象:ホーンラビット】


【収集を実行しますか?】


「……あれ?」


 角だけを指定したつもりだったのに、対象はホーンラビットになっている。


 まあ、いいか。


 魔物の身体ごと引き寄せられるなら、それはそれで面白い。


 俺は実行を選択した。


 その瞬間。


【スキル収集を開始します】


「……ん?」


 見慣れない文字が現れた。


 スキル収集?


 物を引き寄せるんじゃなくて?


 次の瞬間、身体の奥から大量の魔力が抜けていく感覚があった。


「うわっ!?」


 慌ててステータスを確認する。


 MPがものすごい勢いで減っていた。


 おいおいおい!


 ちょっと待て!


 こんなに消費するなんて聞いてないぞ!


 しかし、スキルは止まらなかった。


【投入MP:2,431】


【収集成功率:100%】


【収集に成功しました】


 ふっと、魔力の消費が止まる。


 俺はその場に座り込んだ。


「……び、びっくりしたぁ」


 何だったんだ、今の。


 物を引き寄せるときとは、消費量がまるで違う。


 それに、スキル収集って……。


 そう考えた瞬間、再び文字が現れた。


【ホーンラビットからスキルを獲得しました】


【獲得スキル:《聴覚強化 Lv.1》】


「…………え?」


 俺は目を瞬かせた。


 聴覚強化?


 ……スキル?


 まさか。


 慌ててステータスを開く。


【レオン・グランフェルト】


【年齢:5】


【Lv.1】


【HP:38/38】


【MP:312/2,743】


【保有スキル】

《収集 Lv.1》

《聴覚強化 Lv.1》


「……増えてる」


 確かに、増えている。


 それまで《収集》しかなかったスキル欄に、新しいスキルが追加されていた。


 俺は何度も画面を見返した。


 見間違いじゃない。


 本当に、魔物からスキルを獲得したのだ。


「……マジか」


 心臓がどきどきしてきた。


 鑑定の儀で、あの老人が言っていたことを思い出す。


 《収集》には、魔物からスキルを獲得する能力がある。


 ただし、成功率が極端に低く、実用的ではない。


 そう説明されていた。


 なのに、俺は一回で成功した。


「……これ、もしかして」


 俺のMPが多いから?


 さっき、成功率百パーセントって表示されていたよな。


 それに、投入MPが二千四百以上。


 普通の人がどれくらいMPを持っているのか詳しくは知らないけど、五歳児としては相当な量のはずだ。


 もし、収集の成功率が投入するMPに関係しているのだとしたら……。


「……すごい能力なんじゃないか、これ?」


 俺は思わず笑ってしまった。


 ハズレスキルだと思っていた《収集》。


 でも、実際には魔物から新しい能力を手に入れられる。


 それも、魔法スキルを持たない俺にとっては、ものすごく大きな意味がある。


 もしかしたら。


 魔法を使える魔物からスキルを収集すれば、俺も魔法を使えるようになるんじゃないか?


「……おおおっ!」


 想像しただけで、わくわくしてきた。


 これはすごい!


 ものすごい発見だ!


 ……とはいえ。


「……聴覚強化って、何ができるんだ?」


 試しにスキルを発動してみる。


「聴覚強化!」


 すると、周囲の音が少しだけはっきり聞こえるようになった。


 遠くで鳥が鳴いている。


 木の葉が風に揺れている。


 それから、少し離れた場所を誰かが歩いている音。


「……おお」


 確かに、聞こえる。


 でも。


「……地味だな」


 いや、便利ではある。


 普通より耳がよくなったのだから。


 ただ、もっとこう、すごい能力を想像していた。


 例えば、遠く離れた街の声まで聞こえるとか。


 魔物の気配を完全に把握できるとか。


 そういう感じのやつだ。


 でも、実際には周囲の音が少し聞き取りやすくなる程度。


「……まあ、Lv.1だしな」


 それでも、俺は満足だった。


 だって、これまで一つしかなかったスキルが、二つになったのだから。


 しかも、自分の力で獲得したのだ。


 これ以上に嬉しいことがあるだろうか。


「……よし」


 俺は立ち上がり、もう一度ホーンラビットを見た。


 今度は試しに、もう一回《収集》してみようか。


 そう思い、スキルを発動しようとした。


 しかし。


【対象から収集可能なスキルはありません】


「……あれ?」


 どうやら、同じ魔物から何度もスキルを獲得することはできないらしい。


「……なるほど。一匹につき一回ってことか」


 少し残念だ。


 でも、考えてみれば当然かもしれない。


 もし何度でも収集できたら、この一匹だけで大量のスキルを集められてしまう。


 さすがに、そんな都合のいい話はないか。


 俺は苦笑しながら立ち上がった。


 それにしても、今日は大収穫だ。


 まさか、ただのウサギの死骸から、こんな発見があるとは思わなかった。


 これからは、魔物を見つけたら積極的に《収集》を試してみよう。


 ただし、魔物と戦うのはまだ怖い。


 俺は五歳児だ。


 身体も小さいし、剣術も魔法も使えない。


 だから、まずは安全な場所で死んだ魔物を探すところから始めよう。


 ……そういえば。


 この屋敷には、領地の騎士団が討伐した魔物を運び込む解体場があったはずだ。


 以前、兄さんに案内してもらったことがある。


 確か、屋敷の裏手にある訓練場のさらに向こうだった。


「……あそこなら、魔物の死骸がたくさんあるんじゃないか?」


 そう思った瞬間、胸が高鳴った。


 魔物の死骸があれば、スキルを収集できる。


 スキルが増えれば、今よりもっといろいろなことができるようになる。


 そして、いつか。


 俺も本物の魔法を使えるようになるかもしれない。


「……ふふふ」


 思わず笑みがこぼれた。


 これは、明日が楽しみだ。

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