たった一つのハズレスキル
第1話 たった一つのハズレスキル
俺には、前世の記憶がある。
日本という国で生まれ、学校に通い、働いて、それなりに普通の人生を送っていた記憶だ。
もっとも、どうして死んだのかは、よく覚えていない。
気がついたときには赤ん坊になっていて、知らない女性に抱かれていた。
そして、五年が経った。
現在の俺の名前は、レオン・グランフェルト。
アストリア王国の北部、魔物の生息する広大な森林地帯に領地を持つグランフェルト辺境伯家の末息子である。
いわゆる貴族の坊ちゃんというやつだ。
前世では考えられないほど大きな屋敷で暮らし、身の回りのことは使用人がやってくれる。
食事は美味しいし、寝床もふかふか。
正直、転生先としては相当恵まれていると思う。
ただ、一つだけ問題があった。
この世界は、実力がものを言う世界なのだ。
剣と魔法。
そして、スキル。
生まれ持った才能によって、人生が大きく左右される。
特に、代々優秀な騎士や魔法使いを輩出してきたグランフェルト家では、その傾向が強い。
そして今日。
五歳になった俺は、人生を左右するという『鑑定の儀』を受けることになっていた。
◇
「レオン、準備はできたか?」
部屋の扉が開き、一人の青年が顔を出した。
アルベルト・グランフェルト。
俺より七つ年上の兄だ。
整った顔立ちに、明るい茶色の髪。年齢の割に落ち着いていて、剣術も魔法も優秀。
何より、俺にとってはこの屋敷で数少ない、気兼ねなく話せる相手だった。
「うん。大丈夫だよ、兄さん」
「そうか。緊張しているか?」
「ちょっとだけ」
「ははっ。無理もない。俺も五歳のときは随分緊張したものだ」
兄さんは笑いながら俺の頭を撫でた。
「何が出ても、お前はお前だ。あまり気負うなよ」
「……うん」
やっぱり、兄さんは優しい。
この世界では、五歳になると神殿で鑑定の儀を受ける。
そこで、自分が持つスキルと能力値が明らかになるのだ。
普通の人間は、最初から複数のスキルを持っているらしい。
例えば《剣術》《身体強化》《火魔法》といったものだ。
もちろん、生まれ持ったスキルだけで一生が決まるわけではない。
訓練や経験、特定の条件を満たすことで、新しいスキルを習得することもできる。
だが、最初から優秀なスキルを持っている方が有利なのは間違いない。
そして、俺は今日、自分の才能を知ることになる。
……できれば魔法が使いたい。
せっかく異世界に転生したんだ。
火の玉を飛ばしたり、空を飛んだりしてみたいじゃないか。
そんなことを考えながら、俺は兄さんと一緒に部屋を出た。
◇
鑑定の儀は、屋敷の大広間で行われた。
本来は神殿で受けるものらしいが、辺境伯家ともなると、神殿から鑑定官を招くことができるようだ。
広間には父上をはじめ、家族や使用人、数名の騎士たちが集まっていた。
中央には、大人の頭ほどもある透明な水晶が置かれている。
「それでは、レオン・グランフェルト様。こちらへ」
白い祭服を着た老人に促され、俺は水晶の前に立った。
「手をお乗せください」
言われた通り、右手を水晶に置く。
ひんやりとした感触が伝わってきた。
「それでは、鑑定を始めます」
老人が何やら呪文を唱える。
その瞬間、水晶が淡い青色に輝いた。
おおっ!
思わず声が出そうになる。
魔法だ。
本物の魔法!
五年間この世界で暮らしていても、こういう光景にはやっぱり興奮する。
やがて、水晶の上に半透明の文字が浮かび上がった。
――ステータスだ。
俺は期待に胸を膨らませた。
しかし。
「……む?」
鑑定官が首をかしげた。
何か問題でもあったのだろうか。
「どうした?」
父上の低い声が響く。
「いえ、その……少々珍しい結果が出ておりまして」
「構わん。読み上げよ」
「はっ」
鑑定官は一度咳払いをすると、ゆっくりと言葉を続けた。
「レオン様の保有スキルは……《収集》でございます」
静寂。
一瞬、広間が妙に静かになった。
「……それだけか?」
父上が尋ねる。
「はい」
「ほかには?」
「……ございません」
父上の眉間に、深いしわが刻まれた。
周囲の使用人たちも、小声で何かを話している。
俺はというと、別の意味で驚いていた。
収集?
それって、もしかして……。
前世で遊んでいたゲームにも、似たような能力があった気がする。
アイテムを集めたり、素材を回収したりするスキルだろうか。
悪くないんじゃないか?
異世界でのんびり暮らすなら、むしろ便利そうだ。
「……魔力量は?」
父上の声で我に返った。
「そちらは……非常に優秀です」
鑑定官の声が少し明るくなる。
「いえ、優秀という言葉では足りませんな。五歳児としては、見たことのない数値です」
おっ?
これは期待できるのでは?
「最大MPは……九百八十七」
ざわり、と広間が揺れた。
「九百八十七だと!?」
「まさか、そんな……」
どうやら、かなり高いらしい。
俺にはまだ比較対象が分からないけれど、周囲の反応を見る限り相当なものなのだろう。
しかし、父上の表情は晴れなかった。
「魔法のスキルはないのか?」
「……はい。一つも」
「魔力操作は?」
「ございません」
「では、その魔力を何に使うというのだ」
鑑定官は答えなかった。
代わりに、申し訳なさそうな表情で俺を見た。
「《収集》は、魔力を用いて物品を引き寄せることができるスキルでございます。ただし……」
「ただし?」
「極めて魔力効率が悪いことで知られております」
老人は言いにくそうに続けた。
「また、魔物からスキルを獲得できるという記録もございますが、成功率が非常に低く、実用的ではありません」
……ん?
ちょっと待って。
今、何て言った?
魔物からスキルを獲得?
俺は思わず鑑定官を見上げた。
「それって、魔物のスキルを自分のものにできるってこと?」
「理論上は、そうでございます。しかし、成功したという記録はごくわずかでして……」
「へえ……」
それ、結構すごくないか?
俺としては、むしろそこが気になる。
ところが、父上の反応は違った。
「もうよい」
冷たい声だった。
「これ以上、聞く必要はない」
「父上?」
「魔力量だけは多いが、それを生かせる才能がない。そういうことだろう」
鑑定官が黙って頭を下げる。
父上は大きく息を吐いた。
「……期待外れだ」
その一言が、妙にはっきりと耳に残った。
やがて父上は席を立ち、俺を見ることもなく広間を出ていった。
ほかの家族も、次々とその場を離れていく。
何となく、居心地が悪い。
別に、俺だって好きで《収集》を選んだわけじゃないんだけどな。
「レオン」
声をかけてきたのは兄さんだった。
「気にするな」
「……兄さん」
「確かに、珍しい結果ではある。でも、魔力量は素晴らしかったじゃないか」
「うん。でも魔法、使えないんだよね?」
「今はな。これからどうなるかは分からないさ」
兄さんは笑った。
「それに、スキルが一つだからといって、お前の価値が決まるわけじゃない」
俺は少しだけ笑い返した。
「ありがとう、兄さん」
「さあ、部屋に戻ろう。今日は疲れただろう」
「うん!」
こうして、俺の鑑定の儀は終わった。
家族にとっては、期待外れの結果。
でも、俺にとっては。
――少しだけ、面白いことが始まりそうな予感がしていた。
◇
その日の午後。
俺は屋敷の中庭にいた。
もちろん、目的は一つ。
新しく手に入れた《収集》を試すためだ。
「さて、と」
足元には、小さな石ころが転がっている。
まずはこれで実験してみよう。
俺は石に向かって右手を伸ばした。
「……収集!」
しん。
……あれ?
何も起こらない。
「収集!」
もう一度。
やっぱり何も起こらない。
「……使い方が違うのかな?」
そういえば、魔力を使うスキルだと言っていた。
つまり、魔力を込めればいいのだろうか。
でも魔力って、どうやって込めるんだ?
うーん。
前世のゲームだったら、スキルを選択するだけで発動したんだけどな。
そう考えた瞬間だった。
視界の端に、小さな文字が浮かび上がった。
【固有スキル《収集》】
【対象を指定してください】
「……おっ?」
出た!
ステータス画面みたいなやつ!
俺は興奮しながら石ころを見つめた。
【対象:小石】
【収集を実行しますか?】
もちろん!
心の中でそう答える。
すると。
ころころっ。
小石が地面を転がり、俺の手のひらに収まった。
「おおおっ!」
すごい!
本当に動いた!
……いや。
冷静に考えると、石ころが転がってきただけなんだけど。
でも、自分の意志で物を動かせるって、結構すごいことじゃないか?
「もう一回やってみよう!」
今度は少し離れた場所にある木の実を指定する。
【対象:木の実】
【収集を実行しますか?】
実行!
ころん。
木の実が手元に転がってきた。
「おおっ!」
これは面白い!
俺はすっかり夢中になっていた。
小石。
木の実。
落ち葉。
少し離れた場所にある枝。
次々と《収集》を試していく。
すると、奇妙なことに気がついた。
何度も使っていると、身体が少しだるくなるのだ。
「……これがMPの消費ってやつかな?」
試しに、自分のステータスを意識してみる。
すると、また文字が浮かんだ。
【レオン・グランフェルト】
【年齢:5】
【Lv.1】
【HP:38/38】
【MP:117/987】
【保有スキル:収集 Lv.1】
「……うわ」
MP、めちゃくちゃ減ってる。
確かに魔力効率が悪いという話だったけど、石ころや木の実を集めただけでこれか。
普通の魔法使いが使いたがらない理由も分かる気がする。
でも。
「……寝れば回復するんだよな?」
そう考えると、別に問題はない気がした。
どうせほかにMPの使い道もないし。
それに、何より。
「……楽しいしな!」
俺は笑いながら、もう一度手を伸ばした。
「収集!」
ころん。
また一つ、小石が手元に転がってきた。
その直後。
【MP:0/987】
「……あ」
視界がぐらりと傾いた。
身体から力が抜ける。
まずい。
これ、もしかして……。
「……やりすぎ、た?」
そこで、俺の意識は途切れた。
◇
目を覚ますと、自分の部屋のベッドに寝かされていた。
窓の外は、すっかり夕暮れだ。
「あ、起きたか」
「……兄さん?」
椅子に座っていた兄さんが、安心したように笑った。
「中庭で倒れていたんだぞ。何をしていたんだ?」
「えっと……スキルの練習?」
「《収集》か?」
「うん」
兄さんは目を丸くした。
そして、大きなため息をついた。
「レオン。《収集》は大量の魔力を消費するスキルなんだ。あまり無理をするな」
「……はーい」
「まったく。お前というやつは」
そう言いながらも、兄さんは怒っていなかった。
むしろ、少し楽しそうだった。
「でも、スキルを使えたんだな?」
「うん! 石ころが動いたんだ!」
「そうか。それはよかったな」
兄さんは、また俺の頭を撫でた。
「ただし、次は倒れる前にやめること。約束だぞ」
「うん!」
俺は元気よく頷いた。
そして、ふと思いついてステータスを開く。
【MP:987/987】
おお、全回復している。
よかった。
……ん?
いや、待てよ。
何かがおかしい気がする。
俺はもう一度、数字を確認した。
九百八十七。
確か、昼間の鑑定でも同じ数字だったよな。
まあ、そう簡単に最大MPが増えるわけないか。
俺はそれ以上気にせず、ステータスを閉じた。
この世界では、幼少期に魔力を消費し、回復する経験を重ねることで、最大MPが成長していく。
それも、若ければ若いほど成長しやすいらしい。
そんな知識を、今の俺は持っていなかった。
そして、普通の人間ならすぐに魔力が尽きてしまう《収集》を、毎日のように使い続ける子どもなど、まず存在しなかった。
もちろん、俺自身もそんなことは知らない。
ただ、便利そうだから。
面白いから。
そんな理由で、俺は翌日も、その翌日も、《収集》を使い続けることになる。
そして数か月後。
俺は屋敷の裏手で、死んだばかりの一匹の魔物を見つけることになる。
その何気ない出会いが、俺の人生を大きく変えることになるとは。
このときの俺は、まだ想像もしていなかった。




