《収集》の限界
「よし、行くぞ!」
屋敷の門を抜けた俺は、思わず声を弾ませた。
腰には、昨日完成したばかりの愛剣《蒼牙》。
アルベルト兄上からもらった剣帯に、ぴったりと収まっている。
昨日は嬉しくて、寝る前にも何度か鞘から抜いて眺めてしまった。
淡い銀色の刀身に、角度によって青く輝く黒い筋。そして、根元に刻まれた『蒼牙』の二文字。
ロイドが俺のために作ってくれた、世界に一本だけの剣だ。
「ふふっ……」
思い出しただけで、顔が緩んでしまう。
しかも、今日は記念すべき日でもある。
ガルドさんの独り立ち試験に合格し、父上からも許可をもらったことで、東の林とその周辺なら一人で探索できるようになったのだ。
誰かに連れていってもらうのではなく、自分で行き先を決める。
魔物を見つけるのも、戦うのも、自分の判断だ。
冒険者ギルドに登録できるのは十歳からだけど、気分はもう立派な冒険者だった。
「さて、今日は何に出会えるかな!」
俺は期待に胸を膨らませ、東の林へと歩き出した。
◇
林に入ってしばらくすると、茂みの向こうから低い唸り声が聞こえてきた。
「……おっ?」
足を止め、音のする方向へ目を向ける。
灰色の毛皮。
鋭い牙。
大きな身体。
「あれは……フォレストウルフか!」
魔物図鑑で見たことがある。
普通の狼よりも一回り大きく、群れで獲物を追い詰める習性を持つ魔物だ。
実物を見るのは初めてだった。
「へぇ……思ってたより大きいな」
茂みから現れたのは三匹。
先頭の一匹が俺を見つけると、残りの二匹が左右に散った。
なるほど。
正面から注意を引いて、横から襲うつもりらしい。
「面白いな……でも!」
俺は《蒼牙》の柄に手をかけた。
「こっちも、初陣だからね!」
シャリンッ!
鞘から剣を抜いた瞬間、手の中にあの感覚が広がった。
吸い付くように馴染む柄。
重さがあるのに、重さを感じさせない絶妙な重心。
まるで、剣の方から俺の手に収まってくるみたいだ。
「グルルル……!」
先頭のフォレストウルフが地面を蹴った。
鋭い牙をむき出しにして飛びかかってくる。
俺は半歩だけ身体をずらし、すれ違いざまに剣を振った。
ザシュッ!
一匹目が地面に倒れた。
続けて右から二匹目。
俺は振り抜いた剣を返し、そのまま斜め上へ斬り上げる。
ザンッ!
二匹目も倒れる。
「おおっ!」
思わず声が漏れた。
すごい。
今まで使っていた剣なら、斬り返すときに少しだけ手首へ力を入れる必要があった。
でも《蒼牙》は違う。
振り抜いた勢いが、自然と次の動きにつながる。
剣を動かしているというより、自分の腕がそのまま伸びたような感覚だ。
背後から三匹目が迫る。
《聴覚強化》が足音を捉えた。
「そこっ!」
振り向きざまに一閃。
銀色の刃が弧を描き、最後の一匹を斬り伏せた。
わずか数秒。
三匹のフォレストウルフが、地面に倒れていた。
「……すごいな、蒼牙!」
俺は剣を目の前に掲げた。
今回は《雷纏い》も使っていない。
純粋な剣技だけで戦ったのに、今までよりずっと身体が動かしやすかった。
もちろん、剣が勝手に敵を倒してくれるわけじゃない。
でも、ガルドさんとの稽古で身につけた動きを、余計な力を入れずに繰り出せる。
「ロイド、本当にいい剣を作ってくれたなぁ」
帰ったら、改めて礼を言おう。
俺は刀身を拭い、剣を鞘へ収めた。
◇
「さて、こっちも忘れずに」
俺は倒したフォレストウルフに近づいた。
せっかくの実戦だ。
《収集》で新しいスキルも手に入れたい。
「《収集》!」
淡い光が魔物の身体を包み込んだ。
いつものように、スキルが流れ込んでくる感覚を待つ。
ところが。
『スキルの獲得に失敗しました』
「……え?」
思わず瞬きをした。
失敗?
そんなこと、今まであったっけ?
「おかしいな……」
倒してから時間が経ちすぎたわけじゃない。
魔力も十分残っている。
俺は首を傾げながら、二匹目へ手をかざした。
「《収集》!」
『スキルの獲得に失敗しました』
「また!?」
どういうことだ?
フォレストウルフからはスキルを獲得できないのか?
いや、そんなはずは……。
「……もう一匹、試してみるか」
最後の一匹へ向き直る。
「《収集》!」
淡い光が魔物を包み込む。
そして――。
『《聴覚強化》を獲得しました』
『《聴覚強化 Lv3》が《聴覚強化 Lv4》に上昇しました』
「……あれ?」
今度は成功した。
しかも、ちゃんとレベルが上がっている。
「なんだ、使えるじゃないか!」
思わず喜んだものの、すぐに首を傾げた。
同じフォレストウルフなのに、二匹は失敗して、一匹だけ成功。
何が違うんだろう。
《収集》で獲得するスキルはランダムだ。
だから、同じ種類の魔物を倒しても、必ず同じスキルが手に入るわけじゃない。
だけど、今まで失敗したことなんてなかったのに……。
「……そういえば」
ふと思い出し、自分のスキル一覧を開いてみる。
《収集 Lv2》
《聴覚強化 Lv4》
《平衡感覚 Lv3》
《跳躍 Lv3》
《剣術 Lv2》
《観察 Lv3》
《視覚強化 Lv3》
《雷纏い Lv1》
《雷撃 Lv1》
《硬化 Lv1》
「一、二、三……十個?」
ちょうど十個だった。
そういえば、昨日グランボアから《硬化》を獲得したばかりだ。
その前は九個。
そして今は十個。
俺はスキル一覧をじっと見つめた。
すると、今まで気にしていなかった小さな表示が目に入った。
『所持スキル数:10/10』
「…………」
十。
分母も十。
「……まさか」
嫌な予感がした。
試しに、もう一度その表示を確かめる。
やっぱり、十のままだ。
「これ以上、新しいスキルを覚えられないってことか!?」
思わず大きな声を上げてしまった。
近くの枝に止まっていた鳥が、驚いて飛び立つ。
「いやいや、ちょっと待ってくれよ……!」
俺の夢は、世界中を旅しながら、いろんな魔物と出会うことだ。
そして、その魔物たちからスキルを集めることも、大きな楽しみの一つだった。
それなのに……。
「十個って、少なくないか!?」
まだ八歳だぞ?
冒険者になる前に、もういっぱいになってしまった。
俺は思わず頭を抱えた。
「うーん……これは困ったなぁ」
けれど、ここで一つ気になることがあった。
さっき《聴覚強化》のレベルは上がった。
つまり、新しい種類のスキルは獲得できなくても、今持っているスキルなら成長させられるということだ。
「……なるほど!」
俺は顔を上げた。
十個の枠が埋まっていても、まだ強くなる方法は残っている。
それに、スキルのレベルが上がらなくたって、ガルドさんとの稽古で剣の腕は磨ける。
今日、《蒼牙》を使って改めて分かったことだ。
「よし!」
俺は勢いよく立ち上がった。
「だったら、まずは今あるスキルを育ててみるか!」
《跳躍》も《観察》も、まだLv3だ。
《雷纏い》や《雷撃》なんてLv1のまま。
伸ばせるものはたくさんある。
それに、この世界にはまだ俺の知らないことが山ほどあるはずだ。
十個という制限を超える方法だって、どこかにあるかもしれない。
「……なんだか、面白くなってきた!」
さっきまでの落胆が、少しずつ期待に変わっていく。
今まで《収集》は、魔物を倒せばスキルが増えていく便利な能力だと思っていた。
でも、どうやらそれだけじゃないらしい。
知らない仕組みが、まだ隠されている。
だったら、それを一つずつ確かめていけばいい。
「よし、次はレベル上げだ!」
俺は《蒼牙》の柄を軽く叩いた。
「まだまだ付き合ってくれよ、相棒!」
木々の向こうから、何かが枝を揺らす音が聞こえてきた。
俺は思わず笑みを浮かべる。
「おっ、早速何かいるな!」
今度はどんな魔物だろう。
そして、どんなスキルが手に入るんだろう。
俺は期待に胸を膨らませながら、音のする方へ駆け出した。
初めての単独探索は、まだ始まったばかりだ。




