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試験当日

「坊ちゃん、準備はよろしいですかな?」


「うん! ばっちり!」


 屋敷の東に広がる林。


 今日は、ガルドさんが用意してくれた独り立ちの試験だ。


 腰には、予備の片手剣。


 ロイドに頼んだ剣はまだ完成していないから、今日はこれで戦うことになる。


「では、試験の内容を説明いたしますぞ」


「はい!」


「この林を探索し、魔物と遭遇した場合はご自身で対応していただきます。討伐するか、戦わずに進むかも坊ちゃんの判断にお任せいたしましょう」


「分かった!」


「私は少し離れた場所から見ております。では、存分に腕を振るってきてください」


「うん! 行ってきます!」


「はっはっは! よい報告を楽しみにしておりますぞ!」


 俺はガルドさんに手を振り、林の中へ足を踏み入れた。


     ◇


 林の中は、思ったより静かだった。


 木漏れ日が地面に落ち、風が葉を揺らしている。


 《聴覚強化》を意識すると、遠くの鳥の声までよく聞こえた。


 ……さて。


 ガルドさんが言っていた森猪、いるかな?


 久しぶりの実戦だ。


 できれば一匹くらいは戦ってみたい。


 もっとも、魔物が見つからなければそれまでだ。


 俺は周囲を観察しながら歩いた。


 しばらくすると、地面に何かの足跡を見つけた。


「……ん?」


 大きな蹄の跡だ。


 しかも、ずいぶん深く土がへこんでいる。


 ……猪かな?


 足跡は林の奥へ続いていた。


 その先で、がさがさと茂みが揺れる音がする。


 俺は剣の柄に手を添え、ゆっくり進んだ。


 そして――。


 ズシン。


「……ん?」


 ズシン、ズシン。


 重たい足音が響いた。


 次の瞬間、木々の間から巨大な影が姿を現した。


「……でっか!」


 思わず声が出た。


 現れたのは、巨大な猪だった。


 全身を覆う黒い岩のような皮膚。


 大きく湾曲した二本の牙。


 その身体は、俺の背丈を軽く超えている。


 ……これが森猪?


 想像していたより、ずいぶん大きいな。


 でも、ガルドさんは簡単に倒せるって言ってたし。


 俺は目の前の猪を見た。


 相手もこちらに気づいたらしく、低い唸り声を上げている。


 ……うん。


 戦うなら、突進に気をつければよさそうだ。


 ガルドさんの教えを思い出す。


 相手の動きを見て、間合いを見極める。


 それから、一撃で決める。


「よし!」


 俺は剣を抜いた。


     ◇


「ブオオオオッ!」


 猪が吠えた。


 前脚で地面を蹴り、こちらへ身体を向ける。


 ……来る!


 次の瞬間。


 ドンッ!


 巨体が勢いよく飛び出した。


 速い!


 あの大きさで、この速度か。


 でも、動きは一直線だ。


 俺は軽く腰を落とし、剣を構えた。


 普通に斬っても、あの硬そうな皮膚には弾かれるかもしれない。


 だったら――。


「《雷纏い》!」


 バチバチッ!


 青白い雷が刀身を包む。


 身体の内側から魔力が一気に流れ出していく。


 相変わらず、すごい消費量だ。


 でも、今は一瞬だけでいい。


 猪が目の前に迫った。


 俺は横へ踏み込み、剣を振り抜く。


「《雷閃一刀》!」


 ズバンッ!


 青い閃光が走った。


 猪の巨体が俺の横を通り抜ける。


 数歩進んだところで、その動きが止まった。


 そして――。


 ドズウウウン!


 地響きを立てて倒れた。


「……よし!」


 俺は《雷纏い》を解除した。


 倒れた猪は、もう動かない。


 ……一撃だ!


 思ったよりずっと大きかったけど、ガルドさんの言ったとおりだったな。


 俺は剣を軽く振り、刃を確かめた。


「……あー、やっぱり」


 刀身に細い亀裂が入っている。


 短時間しか《雷纏い》を使っていないのに、これか。


 ……ロイドの新しい剣、早くできないかな。


 そう思っていると、林の向こうから声が聞こえた。


「坊ちゃん!」


「あっ、ガルドさん!」


 ガルドさんがこちらへ歩いてくる。


「ずいぶん大きな音が響きましたが、ご無事ですかな?」


「うん! 猪が出てきたから倒したよ!」


「ほう。森猪ですかな?」


「たぶん! ガルドさんが言ってたとおり、一撃だった!」


「はっはっは! それは何より――」


 ガルドさんの言葉が止まった。


 倒れた猪をじっと見ている。


「…………」


「ガルドさん?」


「……坊ちゃん」


「ん?」


「これは、森猪ではありませんぞ」


「……え?」


「《黒鎧猪グランボア》ですな」


 ……グランボア?


「違う魔物なの?」


「ええ。熟練の冒険者でも単独討伐は容易ではない、大変強力な魔物ですぞ」


「……ええっ!?」


 俺は倒れた猪を見た。


 ……そんなに強かったの、これ!?


「でも、ガルドさんが簡単に倒せるって……」


「私が申し上げたのは、森猪ですぞ!」


「……あっ。そうだったね!」


 猪にもいろいろ種類があるんだな。


 ……そういえば、名前まではちゃんと確かめなかった。


 ガルドさんは、倒れたグランボアと俺の剣を交互に見た。


 そして、突然――。


「がっはっはっは!」


 大きな笑い声を上げた。


「いやはや! まさかグランボアを一撃で仕留められるとは!」


「そんなにすごいことなの?」


「すごいも何も! 普通の冒険者であれば、複数人で挑む相手ですぞ!」


 ガルドさんは嬉しそうに笑い続けている。


「がっはっは! まったく、坊ちゃんには驚かされてばかりですな!」


「へへっ!」


「これほどの一撃を放てるようになられたとは! 剣の腕前だけなら、もはや一人前の冒険者と言ってもよろしいでしょう!」


「……本当!?」


「ええ! このガルドが保証いたしますぞ!」


 ……一人前の冒険者!


 その言葉に、胸が高鳴った。


 もちろん、ガルドさんにはまだまだ敵わない。


 リゼットさんにも、一撃すら当てられなかった。


 それでも。


 あのガルドさんが、俺を一人前と言ってくれたんだ。


「やったあ!」


「がっはっは! 見事ですぞ、坊ちゃん!」


 俺も嬉しくなって笑った。


     ◇


「ねえ、ガルドさん!」


「はい?」


「それじゃあ、独り立ちの試験は……?」


 ガルドさんはにやりと笑った。


「もちろん、合格ですぞ!」


「本当!?」


「ええ! これだけの力を見せられて、不合格にはできませんな!」


「やったあ!」


 俺は思わず拳を突き上げた。


 これで、一人で探索できるようになる!


「ただし、旦那様への報告は必要ですからな」


「うん!」


「それにしても……」


 ガルドさんはグランボアに目を向けた。


「本来、この辺りに現れる魔物ではないのですがな」


「そうなの?」


「ええ。北の森の異変と関係があるかもしれません。こちらは私が調べておきましょう」


 ……なるほど。


 また森の奥から魔物が移動してきたのかもしれないのか。


 それは気になる。


 でも、今は。


「ガルドさん! 《収集》してもいい?」


「おお、そうでしたな! もちろんですとも!」


「ありがとう!」


 俺は倒れたグランボアに近づいた。


 ……さて。


 どんなスキルが手に入るかな?


「《収集》!」


 淡い光が、魔物の身体から浮かび上がった。


 そして――。


【スキル《硬化 Lv1》を獲得しました】


「……おおっ!」


 硬化!


 これは嬉しい!


 今の俺は攻撃力や速さは上がってきたけど、防御の面ではまだ不安がある。


 《硬化》なら、その弱点を補えるかもしれない。


「ガルドさん! 新しいスキルが手に入ったよ!」


「ほう! 何を得られましたかな?」


「《硬化》っていうんだ!」


「おお! 守りを固めるスキルですな!」


 ガルドさんは再び笑った。


「がっはっは! 攻める力に加えて、守る力まで手に入れられるとは!」


「へへっ! 早く試してみたいな!」


「それもまた、稽古の楽しみが増えましたな!」


 ……よし!


 これで、また一つ強くなれる。


     ◇


 屋敷へ戻った俺たちは、そのまま父上の執務室へ向かった。


「……黒鎧猪グランボアを、一撃で?」


 父上が顔を上げた。


「はい!」


 ガルドさんが満面の笑みで頷いた。


「見事な一撃でしたぞ。私が確認したときには、すでに討伐を終えておられました」


「……そうか」


 父上はしばらく俺を見つめた。


「レオン。よくやった」


「ありがとうございます!」


「ガルド。お前の判断は?」


「合格ですな。坊ちゃんの戦闘能力は、もはや並の冒険者を超えております」


 父上は頷いた。


「分かった。約束どおり、屋敷周辺での単独探索を認めよう」


「……本当ですか!?」


「ああ。まずは東の林と、その周辺だ。行き先と帰る時刻は知らせるように」


「はい!」


 父上は少しだけ笑った。


「お前が自分で考え、自分の足で進めるところまで来たのだな」


「……父上」


「これからも励みなさい」


「はい!」


 俺は深く頭を下げた。


     ◇


 夕方。


 部屋に戻った俺は、兄上からもらった剣帯を机に広げた。


 まだ新しい剣は完成していない。


 でも、これからは一人で探索に出られる。


 自分で魔物を見つけ、自分で戦い、そして《収集》する。


 冒険者になる夢に、また一歩近づいたんだ。


「……ふふっ」


 思わず笑みがこぼれた。


 そのとき、扉がノックされた。


「レオン様。お届け物がございます」


「はーい!」


 マリアが差し出したのは、一枚の紙だった。


「街の鍛冶工房から、使いの方がお持ちになりました」


「……ロイドから?」


 紙には、勢いのある文字で短く書かれていた。


『レオン! 剣のことで一つ試したいことがある。今度、工房に来てくれ!』


「……おおっ!」


 思わず声が出た。


 ロイドも頑張ってるんだな!


 俺は手紙をもう一度読み返した。


 ……よし!


 明日は工房へ行ってみよう!


 どんなことを思いついたんだろう。


 楽しみが、また一つ増えた。

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