独り立ちへの第一歩
「レオン様! お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう、マリア!」
朝、目を覚ますと、マリアが満面の笑みで迎えてくれた。
今日で俺は八歳だ。
この世界に転生して、もう八年。
五歳で《収集》を授かってからは、特にいろいろなことがあった。
ガルドさんとの剣の稽古。セラとの出会い。そして、ヴァルグリオンとの戦い。
……我ながら、なかなか濃い三年間だったな。
「今日は厨房の皆さんも張り切っておられますよ」
「本当? 楽しみ!」
「ふふっ。夕食までのお楽しみです」
マリアはそう言って、窓のカーテンを開けた。
朝日が部屋いっぱいに差し込んでくる。
よし。八歳最初の一日だ!
◇
「レオン、誕生日おめでとう」
「ありがとう、兄上!」
朝食の席で、アルベルト兄上が細長い箱を差し出してくれた。
「開けてごらん」
「うん!」
中に入っていたのは、丈夫そうな革製の剣帯だった。
丁寧に縫われた革に、銀色の留め具。派手な装飾はないが、しっかりした作りだ。
「わあ! 格好いい!」
「新しい剣を作ってもらっているんだろう? 完成したら使えるようにと思ってね」
「ありがとう! 大切にするね!」
兄上は嬉しそうに笑った。
ロイドの剣作りも順調だろうか。
完成したら、さっそくこの剣帯を使いたいな。
「レオン」
父上が声をかけた。
「はい!」
「私からも贈り物がある」
父上が差し出した包みには、新しい訓練着と革の手袋が入っていた。
「ガルドから、今の訓練着が合わなくなってきたと聞いている。手袋もお前の手に合わせて作らせた」
「……ありがとうございます、父上!」
「うむ」
父上は短く頷いた。
手袋をはめてみると、指先までぴったりだった。
……嬉しいな。
以前の父上なら、剣の稽古に使うものをこうして選んでくれただろうか。
いや、今は素直に喜んでおこう。
「大切に使います!」
父上はほんの少しだけ口元を緩めた。
◇
「坊ちゃん、八歳のお誕生日おめでとうございますぞ!」
「ありがとう、ガルドさん!」
朝食後、いつもの訓練場へ向かうと、ガルドさんが迎えてくれた。
「新しい訓練着ですな。よくお似合いですぞ」
「へへっ! 父上からもらったんだ!」
「それは結構。では、さっそく動きやすさを確かめてみましょうか」
ガルドさんが木剣を持ち上げる。
「えっ、今日も普通に稽古するの?」
「もちろんですとも。誕生日だからといって、剣の腕が勝手に上がるわけではありませんからな」
「それはそうだけど!」
「はっはっは!」
……まったく、相変わらずだ。
でも、こういうところがガルドさんらしい。
俺は笑いながら木剣を構えた。
◇
昼前。
稽古を終えた俺たちは、父上の執務室へ呼ばれた。
部屋には父上と兄上がいて、机の上には領地の地図が広げられていた。
「北の森について、話しておきたいことがある」
父上が地図を指さした。
「二週間後、調査隊を派遣することにした」
「北の森……」
ヴァルグリオンが現れた、あの森だ。
ギルドの鑑定で見つかった古傷。
そして、森の奥から外へ移動している魔物たち。
まだ、何が起きているのか分かっていない。
「ガルドとアルベルトにも同行してもらう」
「兄上も行くの?」
「ああ。森の地形や魔物の移動経路を、実際に確かめてくるよ」
兄上は頷いた。
「調査隊には、北部の森に詳しい者も加わる予定だ」
「なるほど……」
ガルドさんと兄上が、二人とも屋敷を離れるのか。
少し寂しくなるな。
でも、それ以上に興味が湧いた。
「あの、父上!」
「何だ?」
「俺も調査に行ってみたいです!」
父上は俺を見た。
「理由は?」
「北の森で何が起きているのか、自分の目で見てみたいんです。ヴァルグリオンのことも気になるし……」
父上はしばらく考えてから答えた。
「気持ちは分かる。だが、今回は未知の危険を調べる任務だ。お前の訓練を兼ねる余裕はない」
「……そっか」
「それに、お前が加われば、ガルドたちはお前の安全にも注意を割く必要がある」
……確かに。
調査が目的なのに、俺が足を引っ張ってしまったら意味がない。
「分かりました! 今回は諦めます」
父上は頷いた。
「お前が力をつけてきたことは、私も認めている。だが、今はまだ経験を積む時期だ」
「はい!」
その言葉に、少し驚いた。
父上が、俺の実力を認めてくれている。
五歳のとき、《収集》を授かった俺に言った「期待外れ」という言葉。
あれは今でも覚えている。
けれど、今の父上は違う。
俺が積み重ねてきた努力を、ちゃんと見てくれているんだ。
……よし。
もっと強くなって、いつか一緒に調査に行けるようになろう。
◇
執務室を出たあと、俺はガルドさんに声をかけた。
「ねえ、ガルドさん」
「はい?」
「調査に行けないのは仕方ないけど、その前にもう少し実戦経験を積みたいんだ」
「ほう。魔物との戦いですかな?」
「うん!」
俺は頷いた。
「最近はずっと剣の稽古が中心だったでしょ? リゼットさんとの手合わせでも、実戦でしか分からないことがたくさんあったし」
「ええ。確かにそうですな」
「それに、《収集》も試したいんだ」
俺は少し声を落とした。
ガルドさんは、俺の秘密を知っている数少ない一人だ。
「新しいスキルが手に入るかもしれないし、今の自分にできることを増やしたいんだよね」
「なるほど……」
ガルドさんは顎に手を当てた。
そして、何かを思いついたように笑った。
「坊ちゃん。それでしたら、一つ提案がございますぞ」
「何?」
「今回の実戦訓練を、試験にしてみませんかな?」
「……試験?」
「ええ。独り立ちの試験です」
……独り立ち?
俺は思わずガルドさんを見上げた。
「どういうこと?」
「坊ちゃんは、すでに相当な実力を身につけておられます。ですが、これまでは私がそばにいることを前提に戦ってこられました」
「……うん」
「そろそろ、ご自身の判断で行動する経験を積まれてもよい頃でしょう」
「それって……」
ガルドさんが頷いた。
「試験に合格したならば、屋敷周辺の一定の範囲で、坊ちゃんお一人での訓練や探索を認めるよう、旦那様に進言いたしましょう」
「……本当!?」
「はっはっは。もちろん、旦那様のご許可が必要ですがな」
……すごい!
一人で探索できるようになるのか!
それなら、自分で魔物を探して戦うこともできる。
《収集》を使う機会だって、今までよりずっと増えるはずだ。
「やりたい! その試験、受けたい!」
「よろしい」
ガルドさんは嬉しそうに笑った。
「ただし、試験で確かめたいのは、魔物を倒す力だけではありませんぞ」
「……ほかにもあるの?」
「ええ。相手を観察し、戦うべきか退くべきかを判断する力。そして、何かあったときに、自分で対処する力ですな」
……なるほど。
強い魔物を倒せれば合格、というわけじゃないのか。
「それって、ガルドさんに教わってきたことだね」
「そのとおりです」
ガルドさんは頷いた。
「剣を振るだけなら、坊ちゃんはもう十分にお上手です。しかし、冒険者として生きていくには、それだけでは足りません」
「……うん!」
「私が見たいのは、坊ちゃんが一人になったとき、どう行動するかです」
その言葉に、胸が高鳴った。
これまでの稽古で教わったこと。
ヴァルグリオンとの戦いで経験したこと。
全部を試す機会だ。
「ガルドさん!」
「はい?」
「絶対、合格してみせるよ!」
「はっはっは! 楽しみにしておりますぞ!」
◇
その日の夕方。
父上の執務室を訪れたガルドさんは、俺との話を報告してくれた。
「……単独での探索を認める試験、か」
父上は腕を組んだ。
「はい。坊ちゃんの実力ならば、次の段階へ進むことを考えてもよろしいかと」
「お前がそう判断するのなら、理由があるのだろう」
父上は少し考えた。
「だが、試験の内容はお前に任せる。甘い判断はするな」
「もちろんですとも」
「合格した場合も、初めから遠方へ行かせるつもりはない。活動できる範囲は段階的に広げる」
「承知しております」
父上は椅子に背を預けた。
「……ガルド」
「はい?」
「レオンは、そこまで成長したのだな」
ガルドさんは穏やかに笑った。
「ええ。私の想像を超える速さで、成長しておられますぞ」
父上はしばらく黙っていた。
やがて、小さく頷く。
「……ならば、試してみよう」
◇
翌朝。
「坊ちゃん!」
「はい!」
訓練場に向かうと、ガルドさんが待っていた。
その手には、いつもの木剣ではなく、一本の地図があった。
「旦那様から、試験の許可をいただきましたぞ」
「本当!?」
「ええ」
俺は思わず拳を握った。
「やった!」
「ただし、試験は明日です」
「……明日!?」
「はっはっは。準備の時間は十分にございますぞ」
ガルドさんが地図を広げる。
屋敷の外に広がる草地と、その先にある小さな林。
何度か通ったことのある場所だ。
「試験の内容は、こちらの区域を使った実戦です」
「……なるほど」
「詳しい条件は、明日お伝えいたします」
「ええっ! 今は教えてくれないの?」
「事前に何もかも分かっていては、判断力を試せませんからな」
……そう来たか。
ガルドさんらしいな。
俺は地図をじっと見つめた。
明日、この場所で何が起きるんだろう。
どんな魔物がいるのか。
どうやって戦えばいいのか。
そして、もし《収集》で新しいスキルが手に入ったら……。
「……ふふっ」
「おや、坊ちゃん。何やら楽しそうですな」
「うん! すっごく楽しみ!」
「はっはっは! それは結構!」
ガルドさんも楽しそうに笑った。
「では明日に備えて、今日の稽古を始めましょうか」
「よーし! お願いします!」
俺は木剣を構えた。
今まで、ガルドさんと一緒に何度も戦ってきた。
でも、これからは自分で行き先を決め、自分で考えて戦えるようになるかもしれない。
……そのためにも、明日は絶対に合格したい!
俺は気合いを入れ直し、ガルドさんに向かって踏み込んだ。




