職人の意地
カンッ!
鋭い音が工房に響いた。
「……くそっ」
ロイドは槌を下ろし、目の前の金属片を見つめた。
細い亀裂が、刃の中央を走っている。
「また駄目か」
背後から親方の声がした。
「ああ。魔力を通すと、どうしてもここに負担が集中する」
ロイドは亀裂を指でなぞった。
昨日、レオンから見せられた壊れた剣。
あれは外からの衝撃だけで傷んだものではなかった。刀身の内側に、強い力が加わった痕跡が残っていた。
その原因を確かめるため、ロイドは普通の鋼で試験片を作っていた。
「強度だけ上げても駄目だな。重くなりすぎる」
「面倒な注文だ」
「ははっ! だろ?」
ロイドは楽しそうに笑った。
親方は呆れたように息を吐く。
「笑ってる場合か。貴重な素材を預かってんだぞ」
「だから、まだ使ってねえだろ」
机の隅には、黒い牙と銀色のたてがみが厳重に保管されている。
ロイドは設計図を広げた。
そこには、少し短めの片手剣。
そして、その隣にもう一本、さらに短い剣の輪郭が描かれていた。
「……二本作る気か?」
親方が眉を上げる。
「いや、今は一本だ」
ロイドは首を振った。
「昨日、あいつに二本持たせてみたんだ。全然慣れてなかったけどな」
「なら、なんで描いた?」
「気になったんだよ」
ロイドは短い剣の図を指さした。
「あいつ、踏み込みも速えけど、次の動きに移るのが妙に速い。二本を使いこなせるようになったら、面白え戦い方ができるかもしれねえ」
「……かもしれねえ、か」
「ああ。でも、まずは一本だ。そいつをまともに作れなきゃ話にならねえ」
親方は設計図を眺め、小さく頷いた。
「分かってんならいい」
「当たり前だろ!」
ロイドは再び槌を握った。
◇
「……二刀流、か」
俺は訓練場で、二本の木剣を見つめていた。
昨日、ロイドに試してほしいと言われた組み合わせだ。
右に少し長い剣。
左に短い剣。
……格好いいんだけどな。
実際に持つと、思った以上に難しい。
「坊ちゃん、何をお考えですかな?」
ガルドさんが近づいてきた。
「昨日のこと。二本の剣って、やっぱり難しいね」
「はっはっは。そうでしょうな」
「ガルドさんは二刀流もできるの?」
「扱うことはできますぞ。ですが、私は一振りの剣を最も得意としております」
「そうなんだ!」
ガルドさんは二本の木剣を見た。
「二本あれば、攻撃の手数は増えるでしょう。しかし、その分だけ判断も難しくなります」
「うん。剣同士がぶつかりそうになるんだよね」
「右の剣で攻めるとき、左をどこに置くか。どちらで受け、どちらで攻めるか。足運びも変わりますぞ」
なるほど。
二本持てば単純に強くなるわけじゃない。
むしろ、今のままでは自分の動きを邪魔してしまう。
「まずは一振りの剣を、確実に扱えるようになることですな」
「うん! じゃあ、今日も一本で練習する!」
「よろしい」
「でも、いつか二刀流も教えてね!」
「もちろんですとも。そのときが来ましたらな」
……よし。
楽しみが一つ増えた。
俺は短い木剣を置き、いつもの一本を構えた。
◇
その日の夕方。
工房では、ロイドが新しい試験片を光にかざしていた。
「……今度はどうだ?」
親方が尋ねる。
「前よりはいい。でも、まだ納得できねえ」
「で、次は?」
「素材の組み合わせを変える」
ロイドは黒い牙を見た。
「こいつを使えば、魔力を通す問題は解決できるかもしれねえ。でも、性質も分からねえうちに本番で使うのは怖い」
「ほう。じゃあどうする?」
「まずは似た性質の素材で試す。それから少しずつ条件を詰める」
親方はしばらくロイドを見つめた。
「……いい判断だ」
「へへっ」
「調子に乗るなよ。まだ一本も作れちゃいねえ」
「分かってるって!」
ロイドは笑い、試験片を炉へ戻した。
今度こそ。
そう呟く代わりに、槌を握り直した。
◇
――アストリア王国、王城。
「グランフェルト領の調査、でございますか」
王女の前に、一人の女性が立っていた。
肩までの灰色の髪をきちんとまとめ、濃紺の制服を身につけている。
王宮監察官、アルヴィン・レイス。
各地の情勢を調査し、王家へ報告する役目を担う女性だった。
「ええ。蒼雷の魔狼の件よ」
王女は机の上の報告書を示した。
「討伐者はガルド。あなたはどう思う?」
レイスは少し考えてから答えた。
「不自然ではございません。ガルド殿であれば、名のある魔物を討伐することも可能でしょう」
「そうね」
「ヴァルグリオンほどの魔物であれば、屋敷に大きな被害が出たことも説明できます」
「……ええ」
王女は頷いた。
レイスは報告書の一節に視線を落とした。
「ですが、殿下が気にされているのは、別の点でしょう」
「分かる?」
「討伐に至る経緯が、あまりに簡潔です」
王女の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「そうなのよ」
「記載内容に明確な矛盾はございません。ただ、被害の規模に比べ、交戦の経過に関する説明が少ない」
レイスは報告書を閉じた。
「何か事情があって省略された可能性はあります。まずは現地で確認すべきでしょう」
「お願いできるかしら」
「もちろんです」
「正式な追及ではなく、魔物被害の状況確認という形にしてちょうだい」
「承知いたしました」
レイスは一礼した。
「もう一つ、よろしいでしょうか」
「何?」
「殿下は、何か特定の事実を疑っておられますか?」
王女は少し考えた。
「いいえ。だからこそ、知りたいの」
レイスは頷いた。
「では、先入観を持たずに調べてまいります」
「頼りにしているわ、レイス」
「お任せください」
彼女は報告書を手に取り、静かに部屋を後にした。
◇
夜。
俺は自室で、机の上に置いた木剣を眺めていた。
ロイドは今ごろ、剣の試作をしているんだろうか。
ガルドさんには、まだまだ教わることが多い。
それに、リゼットさんの《魔糸術》もすごかった。
……知らない技術って、本当にたくさんあるんだな。
そう考えていると、扉がノックされた。
「レオン様、お手紙が届いております」
「ありがとう、マリア!」
差し出された封筒には、見覚えのある紋章が押されていた。
ルーヴェンハルト家。
「……セラからだ!」
俺はさっそく封を切った。
手紙には、屋敷に戻ってからのことや、新しく始めた魔法の訓練について書かれていた。
そして最後に、こうあった。
『次に会ったときは、私ももっと強くなっているわ。楽しみにしていなさい』
「ははっ! セラらしいな!」
俺は便箋を机に置いた。
……負けていられないね。
ロイドの剣が完成するまでに、俺もできることを増やそう。
明日の稽古では、今日うまくいかなかった切り返しをもう一度試してみようかな。
俺は木剣を手に取り、軽く握りを確かめた。




