命を預ける一本を
カン! カン! カン!
通りの先から、金属を打つ音が聞こえてきた。
「ここよ」
リゼットさんが足を止めたのは、大きな煙突のある建物だった。
開け放たれた扉の向こうでは、何人もの職人が忙しそうに働いている。
「この街でも評判の工房なの。武器も日用品も、いいものを作るんだよ」
「へえ! 楽しみ!」
ギルドで聞いた話では、ヴァルグリオンの素材は武器にも使えるらしい。
ただ、加工には相当な腕が必要だという。
せっかくの機会だ。どんな職人がいるのか、見ておきたい。
◇
「おう、リゼットじゃねえか!」
出迎えたのは、白髪交じりの髭を生やした大柄な男だった。
「久しぶり、親方!」
「今日はどうした? またポポの修理か?」
「もう! 今日は違うってば!」
……ポポの修理?
俺がぬいぐるみに目を向けると、リゼットさんは笑ってポポを抱き直した。
「今日は、この子を案内しているの」
「ほう。見学か?」
「はい! 武器がどうやって作られているのか、見てみたくて!」
「はっはっは! そりゃいい。危ねえ場所には近づくなよ」
「はい! ありがとうございます!」
工房の壁には剣や斧、槍が並んでいた。
華やかな装飾が施されたものもあれば、実用性を重視した無骨な武器もある。
どれも見事な出来だ。
だが、俺が足を止めたのは、少し離れた棚の前だった。
「……これ」
そこに並んでいたのは、包丁や小さなナイフ。
何の変哲もない生活用品だ。
けれど、一本だけ妙に気になった。
「すみません。これ、手に取ってみてもいいですか?」
「おう。刃には気をつけな」
「ありがとうございます!」
許可をもらって、ナイフを手に取る。
……軽い。
いや、単に軽いだけじゃない。
握ったときの重心が絶妙だ。
刃先を動かしても、手首に余計な力がかからない。
しかも、薄い刃なのに、どこかしっかりしている。
専門的なことは分からないが、これまでガルドさんと剣を振ってきたからこそ、手に伝わる違いが分かる。
「……すごいな、これ」
「ほう?」
親方が俺を見た。
「坊主、何が気に入った?」
「持ったときのバランスです。動かしやすいのに、刃がぶれない感じがして」
親方は少しだけ目を細めた。
「……なるほどな」
「これ、誰が作ったんですか?」
「ああ。うちの弟子だ」
親方は工房の奥へ声をかけた。
「ロイド! ちょっと来い!」
◇
「おう! 何だ、親方!」
奥から現れたのは、赤茶色の髪をした少年だった。
俺よりずっと年上に見える。がっしりとした体格で、煤のついた前掛けを身につけていた。
手には、大きな槌を持っている。
「ん? なんだ、ちびっ子か」
「……君だって子どもじゃん」
「あー、そうだな! 悪い悪い!」
少年はあっさり笑った。
「俺はロイド。十二歳だ。よろしくな!」
「レオンだよ。よろしく!」
「おう! で、何か用か?」
「このナイフ、ロイドが作ったの?」
「そうだけど?」
「すごいね、これ! すごく使いやすそう!」
「……おっ、分かるか?」
ロイドの顔がぱっと明るくなった。
「こいつは、長く使っても疲れねえように重心を調整してあるんだ。刃も薄くしすぎると欠けやすいからな」
「へえ! そんなところまで考えてるんだ!」
自分の作ったものについて話すときのロイドは、さっきまでとは少し違っていた。
説明が具体的で、こちらの疑問にも迷わず答えてくれる。
「ロイドは剣も作るの?」
「いや。まだ親方に許してもらってねえんだ。今は包丁やナイフばっかりだな」
「そうなんだ」
「まあ、こいつらも立派な刃物だけどな!」
ロイドは笑った。
その言い方に、拗ねた様子はない。
任された仕事に誇りを持っているんだろう。
……いいな。
こういう職人、好きだ。
◇
俺は手にしていたナイフを、もう一度見た。
ヴァルグリオンの素材。
あれを使って、いつか自分の剣を作れたらとは思っていた。
でも、誰に頼むかまでは考えていなかったんだよな。
「ねえ、ロイド」
「ん?」
「もし剣を作るとしたら、どんなところを大事にするの?」
「そりゃ、使うやつ次第だな」
即答だった。
「力任せに叩きつけるやつと、細かく振り回すやつじゃ、欲しい剣は違うだろ?」
「……確かに」
「重さも長さも、使うやつに合ってなきゃ意味がねえ。見栄えがよくても、振れねえ剣じゃ困るからな」
……なるほど。
やっぱり、この人は面白い。
「じゃあさ。俺の剣について、相談してもいい?」
「おう。もちろんだ!」
そこへ親方が口を挟んだ。
「待ちな。そっちの騎士様、どちらの方だ?」
「グランフェルト辺境侯爵家に仕えるガルドと申します」
ガルドさんが答える。
「こちらは、ご当主のご子息、レオン様です」
「……グランフェルト家?」
ロイドが俺を見た。
「お前、貴族の坊ちゃんだったのか!」
「うん。そうだよ」
「ははっ! そりゃ驚いた!」
ロイドは少し考えてから言った。
「だったら、悪いこと言わねえ。剣は俺以外のやつにしな」
「……どうして?」
「貴族の坊ちゃんの剣だろ? 親方なら飾り彫りも宝石の細工も、すげえ立派に仕上げてくれるぜ」
ロイドが示した先には、美しい装飾剣が並んでいた。
確かに見事だ。
でも、俺が求めているものとは違う。
「……飾りはいらないんだ」
「ん?」
「俺が欲しいのは、壊れない剣だから」
ロイドの表情が、少しだけ変わった。
「……ほう。そりゃ、どういう意味だ?」
俺はガルドさんを見た。
ガルドさんが頷き、持参していた剣を差し出してくれる。
ヴァルグリオンとの戦いで使った剣だ。
「これ、見てもらえる?」
ロイドは鞘から剣を抜いた。
そして、黙った。
「……なんだ、こりゃ」
刀身には、細かな亀裂が走っている。
ロイドは剣を光にかざし、角度を変えながら確かめた。
「……妙だな。外から叩かれた傷じゃねえ」
……おっ。
そこまで分かるのか。
「どうやって壊した?」
「……それは内緒」
「ははっ! そりゃ参ったな」
ロイドは笑ったが、それ以上は聞いてこなかった。
代わりに、もう一度刃を眺める。
「……なるほど。だから壊れねえ剣が欲しいのか」
「うん」
「けど、なんで俺なんだ? 親方の方が経験もあるぜ」
俺は手元のナイフに目を落とした。
「このナイフを作ったから。それに、今の剣の傷にもすぐ気づいたでしょ?」
ロイドは黙って聞いていた。
「俺が欲しいのは、飾っておく剣じゃない」
俺は彼の目を見た。
「自分の命を預けられる剣が欲しいんだ」
ロイドはしばらく俺を見つめた。
「……七歳の坊主が、ずいぶんなこと言うじゃねえか」
「駄目かな?」
「いや。嫌いじゃねえよ、そういうの」
ロイドは口元を緩めた。
「……ただなぁ」
そう言って、親方を見た。
◇
親方が大きくため息をついた。
「……たまにいるんだよな。こういう客が」
「親方?」
「見栄も飾りもいらねえ。ただ、本物が欲しいって奴だ」
親方は俺の剣に目を落とした。
「おまけに、職人泣かせの注文ときた」
それから、ロイドを見る。
「……で、そういう仕事をやりたがる馬鹿が、うちに一人いる」
「おいおい、親方!」
「褒めてんだよ」
親方は鼻を鳴らした。
「……ロイド。打ってみろ」
ロイドの表情が止まった。
「……いいのか?」
「客が職人を指名したんだ。応えられるか、試してみろ」
親方は腕を組む。
「ただし、半端なもん作ったら、俺が叩き折る。分かってるな?」
ロイドは真顔になった。
「……ああ。任せろ」
「坊ちゃん」
ガルドさんが静かに声をかけた。
「本当に、ロイド殿でよろしいのですかな? 貴重な素材を使うことになりますぞ」
「うん」
迷いはなかった。
「俺は、ロイドに作ってほしい」
ガルドさんは俺を見つめ、それから頷いた。
「……承知いたしました」
ロイドが、にやりと笑う。
「よし。じゃあ最高の一本にしてやるよ!」
◇
「さて、肝心の素材を見せてくれ」
ロイドが言った。
ガルドさんが親方に確認を取り、箱を机に置いた。
中には、ヴァルグリオンの牙と爪、銀色のたてがみ。そして青い光を宿した魔石の一部。
「……おい、待て」
ロイドの手が止まった。
「これ……」
慎重に牙を持ち上げ、魔石を光にかざす。
それから、先ほどの壊れた剣に目を向けた。
「…………」
ロイドの視線が、俺に戻る。
「……もしかして、お前……」
……気づいたか?
ロイドはしばらく俺を見ていたが、やがて小さく笑った。
「……いや。何でもねえ」
それ以上は聞いてこなかった。
代わりに、素材を一つずつ確かめていく。
「親方。こいつは普通のやり方じゃ駄目だな」
「……だろうな」
「まずは試作だ。本番の素材を無駄にはできねえ」
親方が満足そうに頷いた。
「その判断なら、ひとまず合格だ」
ロイドは俺に向き直った。
「レオン。お前、どんな戦い方をする?」
「速さを生かした戦い方かな」
「……なるほど」
ロイドは少し考え込んだ。
「なら、まずはお前の動きを見せてもらいてえ」
「俺の?」
「ああ。使うやつを知らねえと、剣は作れねえからな」
……確かに、そのとおりだ。
「分かった!」
「よし! 明日、時間あるか?」
「もちろん!」
「決まりだな!」
こうして、俺の専用剣作りが始まった。
どんな剣になるのかは、まだ分からない。
でも、ロイドならきっと面白い一本を作ってくれる。
……明日が楽しみだ。




