見えない間合い
「ところで、レオン君」
「ん?」
依頼掲示板をひととおり見終えたところで、リゼットさんが尋ねた。
「ガルドから剣を習ってるんだって?」
「うん! 毎日稽古してもらってるよ」
「へえ。あのガルドが弟子を取るなんて、珍しいわね」
「はっはっは。坊ちゃんは見どころがありますからな」
「……あなたがそこまで言うの?」
リゼットさんが興味深そうに俺を見た。
「よかったら、ちょっと剣を見せてくれない?」
「いいの!?」
「もちろん。裏に訓練場があるから」
ガルドさんも頷いた。
「よい経験になるでしょう。ただし、無理は禁物ですぞ」
「了解!」
◇
ギルドの裏手にある訓練場。
俺が木剣を構えると、リゼットさんはポポを椅子に座らせた。
「ちょっと待っててね、ポポ」
そして、何も持たずに俺と向き合った。
「私に一撃でも当てられたら、レオン君の勝ちね」
「武器は使わないの?」
「うん。まずはそのままでいいよ」
……余裕だな。
でも、ガルドさんが認める冒険者だ。
簡単に当たるとは思わない方がいい。
「いきます!」
俺は一気に踏み込んだ。
正面から振り下ろすと見せて、途中で剣筋を変える。
リゼットさんは軽く身体をひねり、剣をかわした。
……やっぱり、速い。
いや、動き自体は大きくない。
俺が剣を振るより先に、避ける場所を決めているんだ。
もう一歩、踏み込む。
今度は剣を大きく振らず、最短距離で突く。
「……あら」
リゼットさんの目がわずかに見開かれた。
木剣の先が、彼女の肩へ迫る。
その瞬間。
ぴんっ。
何かが剣に触れた。
「……っ!?」
木剣が、不自然な方向へ弾かれる。
リゼットさんはその隙に一歩下がった。
「……ふふっ。ちょっと驚いたわ」
「今、何したの?」
「いい踏み込みだったね。思わず使っちゃった」
リゼットさんが指先を持ち上げる。
陽の光を受けて、細い線がきらりと光った。
「……糸?」
「そう。《魔糸術》よ」
……なるほど。
武器を持っていなかったんじゃない。
最初は使う必要がなかっただけか。
「でも、今のは私も少し予想外だったな」
リゼットさんが笑う。
「ガルドが褒めるわけね」
……嬉しいな。
ただ、ここからは本来の戦い方を見せてくれるらしい。
「もう一回、お願い!」
「ふふっ。いいよ」
◇
二度目は、最初から糸を警戒した。
《視覚強化》と《観察》を意識する。
見える。
リゼットさんの指先から伸びる、細い糸。
まずはあれを避けて――。
「はい、そこ」
「うわっ!」
足を取られ、体勢が崩れた。
……なんで!?
地面に手をついて、ようやく気づく。
見ていた糸とは別に、足元にも一本張られていた。
……そういうことか。
見えている糸に注意を向けさせて、別の糸で動きを止めたんだ。
「目はいいね、レオン君」
リゼットさんが言った。
「でも、見つけたものだけが全部とは限らないよ」
……なるほどな。
相手が何を見せ、何を隠しているのか。
そこまで考えなきゃいけないわけだ。
「もう一回やる?」
「お願い!」
「ふふっ。元気ねえ」
ガルドさんが声をかけた。
「坊ちゃん、次で最後ですぞ」
「了解!」
◇
三度目。
俺はすぐには踏み込まなかった。
リゼットさんの指先だけじゃなく、足元や周囲にも目を向ける。
……糸そのものを追うだけじゃ駄目だ。
彼女がどこへ動かそうとしているのかを考えよう。
リゼットさんが、わずかに笑った。
「……ふうん」
俺は斜めから踏み込んだ。
木剣を振ろうとした瞬間、リゼットさんの指先が動く。
……来る!
俺は踏み込みを止め、逆方向へ跳んだ。
足元を細い糸が通り抜ける。
……よし、避けた!
すぐに向きを変え、木剣を突き出す。
だが――。
こつん。
額に、リゼットさんの指が触れた。
「はい。おしまい」
「……え?」
目の前に、彼女の笑顔があった。
……いつの間に?
「今のはよかったよ。ちゃんと糸の動きを予想してた」
「でも、全然届かなかった……」
「私だって、簡単には負けられないもの」
リゼットさんはいたずらっぽく笑った。
悔しい。
でも、それ以上に面白かった。
身体能力だけで押し切れる相手じゃない。
しかも、この人はまだ本気じゃないはずだ。
「リゼットさん、ありがとう!」
「どういたしまして。楽しかった?」
「うん! すっごく!」
「それならよかった」
◇
「……驚いたわ」
訓練場を出たあと、リゼットはガルドに小さく声をかけた。
「坊ちゃんのことですかな?」
「ええ。あの歳で、三度目には糸を避け始めたもの」
「はっはっは。私も日々驚かされております」
「それに、最初の一撃。あれはちょっと危なかったな」
リゼットは微笑んだ。
「あなたが認めるだけのことはあるわね」
「まだまだ未熟ですがな」
「もちろん。でも、先が楽しみよ」
少し先では、レオンが掲示板を眺めていた。
「ガルドさん! 街には鍛冶工房もあるんだよね?」
「ええ。どうされました?」
「せっかくだから、見てみたいなって!」
リゼットがくすっと笑った。
「鍛冶工房なら、いいところを知ってるよ」
「本当!?」
「うん。ちょっと面白い子がいるの」
「……面白い子?」
「ふふっ。会えば分かるわ」
リゼットはポポを抱き上げた。
「じゃあ、案内してあげる」
俺たちはギルドを出て、鍛冶工房へ向かった。
歩きながら、俺はガルドさんを見上げた。
「ねえ、ガルドさん。リゼットさんって、本当にすごいね!」
「ええ。あの方の《魔糸術》は見事なものですな」
「糸が見えるようになっても、全然追いつけなかったよ」
「はっはっは。ですが、坊ちゃん」
「ん?」
「リゼット殿は、まだ本当の武器を使っておられませんからな」
「……え?」
俺は思わず足を止めた。
……本当の武器?
魔糸術じゃないのか?
前を歩くリゼットさんを見る。
彼女はいつもと変わらない様子で、ポポを抱きながら歩いていた。
「二人とも、どうしたの?」
「い、いや! 何でもない!」
「ふふっ。変なの」
リゼットさんは首を傾げ、また歩き出した。
……いや、待てよ。
あれだけ強くて、まだ本来の武器を使っていない?
いったい、何を隠してるんだ……?
俺はリゼットさんの背中を見つめながら、あとを追った。




