リゼット・クロフォード
「坊ちゃん、街が見えてまいりましたぞ」
「……おおっ!」
馬車の窓から外をのぞくと、石造りの建物がずらりと並んでいた。
行き交う馬車に、賑やかな露店。そして、剣や杖を携えた人々。
「ガルドさん! あの人たち、冒険者かな?」
「恐らくそうでしょうな」
「へえ……!」
剣士らしい男の隣には、杖を持った女性と大きな盾を背負った青年がいる。
役割の違う仲間で組んでいるのか。
前世のゲームで見た光景を思い出すが、ここでは依頼の失敗が命に関わる。
どうやって仲間を集め、仕事を選ぶのか。聞いてみたいことが山ほどある。
◇
馬車を降り、ガルドさんに案内された建物を見上げた。
入口には、剣と盾を組み合わせた紋章。
『冒険者ギルド』
……ついに来た!
「ガルドさん、入ろう!」
「はっはっは。そう慌てずとも、ギルドは逃げませんぞ」
扉を開けると、賑やかな声が飛び込んできた。
「西街道の護衛、あと二人だ!」
「薬草採集の報告はこっちか?」
「北の森は、まだ立入制限中だぞ!」
鎧を着た剣士、杖を持つ魔法使い、弓を背負った狩人。
壁には依頼書がびっしり貼られている。
……すごい。
これが、本物の冒険者ギルドか!
「ふふっ。ずいぶん楽しそうね」
不意に、横から声がした。
振り向くと、小柄な少女が立っていた。
淡い金色の髪に、緑色の瞳。髪の間から、少し長い耳がのぞいている。
腕には、小さな熊のぬいぐるみ。
「……君も冒険者?」
「そうだよ」
「へえ! 何歳なの?」
少女は一瞬きょとんとしたあと、くすっと笑った。
「あら、レディに年齢を聞くものじゃないよ?」
「あっ、ごめんなさい!」
「ふふっ。いいよ。少なくとも、あなたの何倍も生きているけどね」
……何倍も?
そこで、彼女の耳に改めて目が向いた。
なるほど。長命種か。
見た目だけで年齢を判断するのは、この世界では禁物だな。
「私はリゼット。よろしくね」
「レオンだよ! よろしく!」
「うん。それで、そちらの立派な騎士様は……」
彼女の視線がガルドさんに移った。
「あら、ガルドじゃない!」
「お久しぶりですな、リゼット殿」
「久しぶり! 相変わらず大きいわねえ」
「はっはっは。リゼット殿もお変わりなく」
……知り合いなのか。
しかも、ずいぶん親しそうだ。
「ガルドさん、リゼットさんってすごい人なの?」
小声で尋ねると、ガルドさんは笑った。
「すごい、どころではありませんぞ」
「……え?」
「この辺りの冒険者で、リゼット殿を知らぬ者はおりますまい。特に魔物の追跡や森林での戦闘では、右に出る者はそうおりません」
「ガルド、褒めすぎよ」
「事実を申し上げたまでです」
リゼットは困ったように笑う。
そのとき、近くを通りかかった冒険者が足を止めた。
「リゼットさん! 昨日の件、助かりました!」
「もう大丈夫?」
「はい! おかげで全員無事に戻れました!」
「それならよかった。次は無理して進まないでね」
「肝に銘じます!」
男は深々と頭を下げて去っていった。
……今の人、かなりしっかりした装備だったよな。
その冒険者が、まるで師匠に報告するような態度だった。
「リゼット殿には、私も以前、森で助けられたことがありましてな」
「えっ、ガルドさんが!?」
「はっはっは。剣が強いだけでは、森では生き残れませんからな」
「もう、ガルドったら。昔の話でしょ」
リゼットは照れくさそうにポポを抱え直した。
……なるほど。
王国でも屈指の剣士であるガルドさんが、ここまで認めている。
それだけで、彼女の実力は十分伝わってきた。
◇
「それで、今日は何の用事?」
「少々、素材の鑑定をお願いしたくて参りました」
「素材? 私も見ていい?」
「もちろんですとも」
リゼットは俺に微笑んだ。
「レオン君、ギルドは初めてなんでしょう? あとで案内してあげるね」
「本当!? ありがとう!」
「どういたしまして」
彼女は腕の中の熊を撫でた。
「……そのぬいぐるみ、好きなの?」
「うん。この子はポポ。私の大切な相棒よ」
「相棒?」
「そう。ね、ポポ?」
リゼットは楽しそうに笑う。
……凄腕冒険者が、ぬいぐるみを相棒と呼ぶのか。
変わってるな。
でも、あのガルドさんが認める人だ。
きっと何か理由があるんだろう。
◇
案内された鑑定室で、白髪交じりの男性が俺たちを迎えた。
「ガルド殿。お待ちしておりました」
「よろしくお願いいたします」
ガルドさんが持参した箱を机に置く。
中には、ヴァルグリオンの牙と爪、銀色の毛が収められていた。
鑑定士は牙を一目見て、動きを止めた。
「……これは」
慎重に持ち上げ、光にかざす。
「蒼雷の魔狼ヴァルグリオン。報告は聞いておりましたが、実物を見ることになるとは……」
リゼットも興味深そうにのぞき込んだ。
「へえ。立派な牙ね」
「ええ。魔力を通す性質も、通常の魔物とは比べものになりません」
「武器にも使えるの?」
俺が尋ねると、鑑定士は頷いた。
「もちろんです。ただ、加工には相当な腕が必要でしょう」
……なるほど。
希少な素材ほど、扱う側の技術も問われるわけか。
そのときだった。
「……ちょっと、これ見せて」
リゼットが爪の一本を手に取った。
さっきまでの柔らかな表情が、わずかに変わっている。
「ここ。傷の縁が変色しているでしょう?」
鑑定士が顔を寄せた。
「……確かに。古い損傷ですね」
「うん。それに、この削れ方……」
リゼットは途中で言葉を止めた。
「何か分かるのですかな?」
ガルドさんが尋ねる。
「まだ何とも言えない。でも、少なくとも今回の戦いでできた傷じゃないと思う」
……ヴァルグリオンが、屋敷に来る前から負っていた傷。
あの魔物を傷つけられる相手が、森にいたってことか?
俺は爪を見つめた。
気になる。
だが、今ある情報だけで何かを決めつけるのは早いな。
「この件、ギルドからも調べてもらえる?」
ガルドさんが尋ねると、リゼットは頷いた。
「ええ。森に入る冒険者には、私からも注意を呼びかけておくわ」
◇
鑑定が終わり、俺たちは再びギルドの広間へ戻った。
「さて、レオン君。約束どおり案内してあげる」
「やった!」
「まずは依頼掲示板からね」
リゼットは掲示板の前で立ち止まった。
「冒険者の仕事って、魔物を倒すことだけじゃないの。採集も護衛も、行方不明者の捜索もある」
「うん。さっきから気になってたんだ!」
「ふふっ。何が?」
「依頼の難しさって、どうやって決めるの? 同じ魔物でも、場所によって危険度が違うよね?」
リゼットが少し目を丸くした。
「……いいところに気づくね」
彼女は掲示板の一枚を指さした。
「だから、魔物の種類だけじゃなくて、地形や目撃情報、依頼を受ける人数も考えるのよ」
「なるほど!」
「それと、もう一つ」
リゼットは俺を見た。
「依頼を達成することより、大切なことがあるの」
「……生きて帰ること?」
「……あら」
リゼットが微笑んだ。
「もう知ってるのね」
「ガルドさんに、ずっと教わってきたから!」
「そっか。それなら安心ね」
彼女は嬉しそうに笑った。
……この人からは、学べることが多そうだ。
ガルドさんとは違う経験と、違う強さを持っている。
冒険者になりたい俺にとって、これほどありがたい出会いはない。
「リゼットさん! もっといろいろ教えて!」
「もちろん。時間はたっぷりあるからね」
リゼットはポポを抱え直し、次の掲示板へ歩き出した。
初めての冒険者ギルド。
来てみて分かった。
俺が知らない世界は、想像していたよりずっと広い。
……やっぱり、冒険者って面白そうだ!




