生きて帰った、その先に
「……終わった、のか?」
目の前には、巨大な狼が倒れていた。
蒼雷の魔狼ヴァルグリオン。
さっきまで恐ろしいほどの力を振るっていた魔物は、もう動かない。
俺の手には、まだ剣が握られている。
刀身には細かな亀裂が走り、青白い雷も消えかけていた。
「……レオン?」
背後から、小さな声が聞こえた。
振り返ると、セラが地面に座り込んだまま俺を見ていた。
「……勝ったの?」
俺は頷いた。
「うん。勝ったよ」
セラの目が大きく見開かれる。
そして、ゆっくりと笑顔になった。
「……よかった」
「セラのおかげだよ」
「……え?」
「あの魔法がなかったら、俺だけじゃ倒せなかった」
ヴァルグリオンの肩に残っている、深い傷。
最後の一撃を叩き込めたのは、セラの《紅蓮槍》があったからだ。
「二人で勝ったんだ」
そう言うと、セラは少し泣きそうな顔になった。
「……ええ」
俺は剣を下ろした。
……ああ。
生きてる。
二人とも、生きてる。
そのことが、何より嬉しかった。
◇
その瞬間だった。
《ネームドモンスターの討伐を確認しました》
「……ん?」
突然、頭の中に声が響いた。
《格上の強敵を討伐したことにより、特殊報酬が発生します》
《ジャイアントキリング達成》
《スキル《雷撃 Lv1》を獲得しました》
《称号《雷の申し子》を獲得しました》
「……称号?」
そんなものまであるのか?
《称号《雷の申し子》の効果が適用されます》
《レベルアップ時の能力値上昇に補正が加わります》
《経験値を獲得しました》
《レベルが3から8に上昇しました》
「……ええっ!?」
一気に五つも!?
思わず目を丸くする。
ヴァルグリオンって、いったいどれだけ強かったんだ……。
俺は慌ててステータスを開いた。
⸻
【ステータス】
名前:レオン・グランフェルト
年齢:7歳
レベル:8
HP:37 / 268
MP:12 / 9850
筋力:88
耐久:30
敏捷:130
器用:95
知力:89
精神:91
【スキル】
《収集 Lv2》
《聴覚強化 Lv3》
《平衡感覚 Lv3》
《跳躍 Lv3》
《剣術 Lv2》
《観察 Lv3》
《視覚強化 Lv3》
《雷纏い Lv1》
《雷撃 Lv1》
【称号】
《雷の申し子》
⸻
「……すっげぇ」
思わず呟いた。
敏捷、130!?
筋力も88。器用は95。
昨日までとは、まるで違う数値だ。
でも……。
「耐久、30か……」
他の能力値と比べると、ずいぶん低い。
それに、いくら数値が上がっても、剣の技術まで急に身につくわけじゃない。
ガルドさんの剣を思い出す。
あの無駄のない動き。相手を読む目。正確な間合い。
……まだまだ、遠いな。
でも。
「……へへっ」
思わず笑みがこぼれた。
強くなれた。
少なくとも、昨日までの俺よりは。
諦めずに続けてきて、よかった。
「……レオン?」
「あっ、ごめん!」
セラが不思議そうに俺を見ていた。
「なんでもない! それより、ここから出よう!」
「……ええ。でも、私、まだ立てそうにないわ」
「大丈夫。少し休もう。きっと誰か来てくれるよ」
俺だって、もうほとんど魔力が残っていない。
レベルが上がっても、傷や疲れが消えるわけじゃなかった。
……今は無理しない。
ちゃんと二人で帰るって、約束したんだから。
◇
「いたぞ! こちらだ!」
しばらくして、騎士たちの声が響いた。
崩れた塀の向こうから、何人もの兵士が駆け込んでくる。
「レオン様! セレスティア様!」
「二人ともご無事か!」
「うん! でも、セラが魔力を使い切っちゃって……!」
「すぐに治療師を!」
騎士たちは素早く動いた。
俺とセラは治療を受け、屋敷の安全な場所へ運ばれることになった。
巨大な狼の亡骸を見た騎士たちが、言葉を失っている。
「……これを、二人で?」
「まさか……」
驚くのも無理はないと思う。
俺自身、まだ少し信じられないんだから。
◇
屋敷へ戻って間もなく、父上たちが帰ってきた。
最初に駆け込んできたのは、ガルドさんだった。
「坊ちゃん!」
「ガルドさん!」
いつも豪快に笑っているガルドさんが、今日は珍しく険しい顔をしていた。
でも、俺の姿を確かめると、大きく息を吐いた。
「……よくぞ、生き抜きましたな」
その声は、少し震えていた。
「ガルドさん……」
「お二人で、あの魔物を退けられたと聞きました」
「……うん。セラと一緒に頑張ったよ」
ガルドさんはゆっくりと頷いた。
「立派ですぞ。実に、立派です」
その言葉に、胸が熱くなった。
ガルドさんには、何度も教わってきた。
強くなることだけじゃない。
危険を見極めること。
命を大切にすること。
そして、生きて帰ること。
「……ただいま、ガルドさん」
俺がそう言うと、ガルドさんは目を細めた。
「こちらこそ、よくぞ戻ってきてくださいました」
大きな手が、俺の頭にそっと置かれる。
「おかえりなさい、坊ちゃん」
「……うん!」
◇
「レオン!」
次に飛び込んできたのは、兄さんだった。
「兄さん!」
アルベルト兄さんは俺の前で膝をつき、肩に手を置いた。
「……本当に、無事でよかった」
「うん。俺、大丈夫だよ!」
「大丈夫って……こんなに怪我をしているじゃないか」
「治療師さんに診てもらったから!」
「そういうことじゃなくて……」
兄さんは途中で言葉を切った。
そして、俺をそっと抱きしめた。
「……よかった」
小さな声が聞こえる。
「本当に、よかった……」
俺も兄さんの背中に腕を回した。
「……ただいま、兄さん」
「ああ。おかえり、レオン」
いつも頼もしい兄さんの声が、少しだけ震えていた。
◇
「セレスティア!」
「お父様!」
隣では、バルドリック公爵が娘を抱きしめていた。
「がっはっは! よく無事でいてくれた!」
「お父様、苦しいです……!」
「おお、すまんすまん!」
そう言いながらも、公爵はなかなか腕を離さなかった。
セラも、少し困ったように笑っている。
……よかったな、セラ。
その光景を見ていると、俺の前に一人の影が落ちた。
「……レオン」
父上だった。
「……父上」
エドガー・グランフェルト。
いつも厳しい表情をしている父上が、俺をじっと見つめている。
……なんだろう。
いつもと、少し違う。
父上はゆっくりと手を伸ばした。
そして、俺の頭に置いた。
「……よく、生きていてくれた」
「……え?」
思わず顔を上げる。
父上は俺から目をそらさなかった。
「……それだけで、十分だ」
その言葉に、胸の奥がぎゅっとなった。
五歳のあの日。
《収集》しか持たないと分かったとき、父上は俺を「期待外れ」だと言った。
あの言葉は、今でも覚えている。
でも……。
今、目の前にいる父上は。
俺が強くなったことよりも、生きていることを喜んでくれている。
「……ただいま、父上」
気づけば、そう言っていた。
父上の手が、ほんの少しだけ動いた。
「……おかえり、レオン」
短い言葉だった。
でも。
俺には、それがたまらなく嬉しかった。
◇
その日の夕方。
俺はベッドに横になりながら、窓の外を眺めていた。
ヴァルグリオンを倒した。
新しい力を手に入れた。
レベルも上がった。
冒険者になる夢に、少しだけ近づけた気がする。
でも、今日一番嬉しかったのは、そんなことじゃない。
ガルドさんが笑ってくれたこと。
兄さんが抱きしめてくれたこと。
父上が「おかえり」と言ってくれたこと。
そして……。
セラと、また笑えたこと。
「……へへっ」
俺は小さく笑った。
強くなりたい。
もっともっと、強くなりたい。
でも、それは。
大切な人たちと、また笑って会うためでもあるんだ。
俺はゆっくりと目を閉じた。
明日から、また頑張ろう。
今はできなくても、いつか絶対に。
だから、諦めない。
……まずは、この怪我をちゃんと治さないとな!




