蒼雷の魔狼
――ドンッ!
突然の衝撃に、俺はベッドから飛び起きた。
「……何だ!?」
窓の外が青白く光る。
続いて、何かが砕けるような音が響いた。
……雷?
いや、違う。
この音、屋敷のすぐ近くだ!
「レオン坊ちゃん!」
扉が勢いよく開き、マリアが飛び込んできた。
「起きていらっしゃいますか!?」
「うん! 何があったの!?」
「魔物が現れました! すぐに避難します!」
……魔物?
ここは屋敷だぞ!?
俺は急いで服を着替え、木剣を手に取った。
「マリア、セラは!?」
「警備隊の方がお迎えに向かっています!」
「分かった!」
俺たちは廊下へ飛び出した。
◇
「レオン!」
階段のところで、セラと合流した。
「セラ! 無事だった!?」
「ええ。でも、外が……!」
そのとき。
――バリバリバリッ!
耳をつんざく轟音が響いた。
窓の向こうを、青い稲妻が走る。
そして、中庭の外壁が一瞬で吹き飛んだ。
「……っ!?」
崩れた壁の向こうに、巨大な影が立っていた。
黒い毛並み。
銀色のたてがみ。
そして、暗闇の中で光る青い瞳。
狼だ。
ただし、普通の狼とは比べものにならない。
屋敷の門よりも大きな身体。
その周囲には、青白い稲妻がまとわりついている。
「……何、あれ……」
セラが小さく呟いた。
俺も答えられなかった。
あんな魔物、見たことがない。
「お二人とも、こちらへ!」
警備隊長が叫んだ。
「裏手の避難路へ向かいます! 急いで!」
「はい!」
俺はセラの手を取った。
「行こう!」
「……ええ!」
走り出す。
今は戦うときじゃない。
まずは逃げる!
◇
屋敷の裏手へ続く廊下。
俺たちは警備隊長と数人の騎士に守られながら、避難路へ向かっていた。
「……あの魔物、何者なんですか!?」
俺が尋ねると、隊長は険しい顔で答えた。
「分かりません。ただ、尋常な魔物ではない!」
そのとき。
――グオオオオッ!!
凄まじい咆哮が響いた。
身体が震える。
床まで揺れた気がした。
「……っ!」
セラが俺の手を強く握った。
「大丈夫!」
俺はそう言った。
……大丈夫。
絶対に、一緒に帰るんだ。
だが、その直後だった。
――バチッ!
天井を青い光が走った。
「……まずい! 伏せろ!」
警備隊長が叫ぶ。
次の瞬間。
――ドガァァァン!!
廊下の一部が爆発した。
俺はセラを抱えるようにして床へ倒れ込んだ。
飛び散った破片が頬をかすめる。
「……くっ!」
耳がきんきんする。
顔を上げると、通路の向こうは瓦礫に塞がれていた。
「……避難路が!」
警備隊長が舌打ちした。
「別の道へ回る! 急げ!」
だが。
――ズシン。
重い足音が響いた。
崩れた壁の向こう。
青い光が、ゆっくりと近づいてくる。
「……嘘だろ」
狼だ。
さっき外にいたはずの巨大な狼が、もうここまで来ている。
「お二人を下がらせろ!」
警備隊長が剣を抜いた。
「我々が食い止める!」
「でも……!」
「レオン様! ここは我々にお任せください!」
隊長の声に、俺は歯を食いしばった。
……分かった。
今、俺がやるべきことは一つだ。
「セラ! こっち!」
俺は彼女の手を引き、残された通路へ走った。
◇
――ギィン!
背後で剣がぶつかる音がした。
続いて、騎士たちの叫び声。
振り返りたくなる。
でも、今は止まれない。
「レオン……!」
「大丈夫! まだ道はある!」
俺は《観察》で周囲を見渡した。
左の通路は崩れている。
正面には階段。
右には中庭へ続く扉。
……階段は駄目だ。
上へ逃げたら、行き止まりになるかもしれない。
「中庭から回ろう!」
「ええ!」
扉を開ける。
冷たい夜風が吹き込んできた。
だが、そこで俺は足を止めた。
中庭の向こうに、青白い光が見えたのだ。
「……まさか」
――バリッ!
稲妻が走る。
巨大な黒い影が、崩れた壁を飛び越えてきた。
……速すぎる!
さっきまで騎士たちが食い止めていたはずなのに!
「……レオン!」
セラが叫んだ。
狼がこちらを見た。
その青い瞳が、まっすぐ俺たちを捉える。
……まずい。
逃げろ!
頭では分かっている。
でも、身体が動かない。
あまりにも強烈な殺気だった。
狼が一歩、踏み出す。
バチッ!
青い稲妻が地面を走った。
「……っ!」
その瞬間。
「《影縛り》!」
セラが叫んだ。
地面から黒い影が伸び、狼の脚に絡みつく。
――グルルッ!?
狼の動きが、一瞬止まった。
「レオン! 今よ!」
「……っ! うん!」
俺たちは再び走り出した。
だが。
――バリバリバリッ!
狼の身体から放たれた稲妻が、影を吹き飛ばした。
「……嘘!」
セラが息を呑む。
狼がこちらへ跳躍した。
……速い!
俺は咄嗟にセラを突き飛ばした。
「セラ、避けろ!」
次の瞬間。
――ドォン!
巨大な前脚が、俺たちの間に叩きつけられた。
地面が砕け散る。
「……ぐっ!」
俺は転がりながら距離を取った。
セラも何とか立ち上がる。
「レオン!」
「大丈夫!」
……いや。
大丈夫じゃない。
狼は俺たちを見下ろしている。
あの巨体。
あの速さ。
あの雷。
今の俺じゃ、まともに戦って勝てる相手じゃない。
それでも。
俺は木剣を握り直した。
……考えろ。
どうすれば、二人で逃げられる?
◇
セラが俺の隣に立った。
「……レオン」
「何?」
「私、戦えるわ」
彼女の手のひらに、炎が灯った。
「……分かってる」
俺は頷いた。
セラは強い。
炎魔法も、黒魔法もLv.5。
俺なんかより、ずっと強力な攻撃ができる。
「でも、倒すことが目的じゃない」
「……え?」
「逃げるために、少しだけ時間を稼ごう」
俺は周囲を見渡した。
壊れた外壁。
中庭の樹木。
そして、屋敷の裏門へ続く細い道。
……あそこだ!
「セラ、影で足止めできる?」
「……長くは無理よ」
「一瞬でいい!」
俺は裏門を指さした。
「あそこまで走れれば、外に出られる!」
セラは頷いた。
「……分かった!」
狼が低く唸った。
青白い稲妻が、全身を包み込む。
「……いくぞ!」
「ええ!」
二人は同時に動き出した。
――しかし、その瞬間。
狼の青い瞳が、ひときわ強く輝いた。
その口元に、青白い雷が集まり始める。
……まずい。
あれは、今までの雷とは違う!
俺は叫んだ。
「セラ! 伏せろ!!」
次の瞬間。
夜の中庭が、青い閃光に包まれた。




