豪快な来客
「レオン坊ちゃん! 大変です!」
「……ん?」
朝の訓練を終えた俺のところへ、マリアが駆け込んできた。
「今日は大切なお客様がいらっしゃるんです!」
「お客さん?」
「はい! ルーヴェンハルト公爵様です!」
「……公爵?」
公爵といえば、貴族の中でもかなり偉い人だ。
うちの父上は辺境侯爵。
つまり、それより上の爵位を持つ人物がやってくるということか。
「レオン様にも、お出迎えをお願いしたいそうです」
「……俺も?」
「もちろんです! 公爵様のお嬢様もいらっしゃるそうですよ」
「へえ。何歳?」
「八歳と伺っております」
……八歳。
俺より一つ年上か。
貴族の子どもと会うのは、あまり慣れていない。
変に気を遣う相手じゃなければいいんだけど。
◇
昼前。
屋敷の正門に、立派な馬車が到着した。
金色の装飾が施された馬車の周囲には、武装した騎士たちが並んでいる。
「……すごいなぁ」
さすが公爵家。
護衛の数も、馬車の豪華さも桁違いだ。
俺は兄さんの隣に並び、静かに到着を待った。
父上も珍しく正門まで出迎えに来ている。
やがて、馬車の扉が開いた。
最初に降りてきたのは、大柄な男だった。
肩幅が広く、立派な体格。
赤みがかった髪と、短く整えた髭。
そして何より、ものすごく楽しそうな顔をしている。
「おおおっ! エドガー!」
……え?
男は大声を上げると、両腕を広げた。
「久しぶりだなぁ!」
「……バルドリック。声が大きい」
父上が眉をひそめる。
しかし、男はまったく気にしていなかった。
「がっはっは! 相変わらず堅苦しい男だ!」
ばしんっ!
男は父上の肩を豪快に叩いた。
……おお。
父上の肩を叩く人なんて、初めて見たぞ。
「公爵ともあろう者が、少しは落ち着け」
「お前こそ、昔から変わらんな!」
そう言って、二人は笑い合った。
……ええっ!?
父上が笑った!?
俺は思わず兄さんを見上げた。
「……兄さん。あの人、誰?」
「ルーヴェンハルト公爵だよ」
「……父上と仲がいいの?」
「ああ。若い頃からの親友らしい」
……へえ。
父上にも、あんなふうに笑い合う友達がいるんだな。
ちょっと意外だ。
◇
「おお! アルベルトじゃないか!」
公爵は兄さんに気づくと、嬉しそうに近づいてきた。
「大きくなったなぁ! 立派な騎士になりそうじゃないか!」
「お久しぶりです、バルドリック様」
「がっはっは! そんな堅苦しい挨拶はいらん!」
……本当に豪快な人だな。
すると、公爵の視線が俺に向いた。
「ん? そっちの小僧は……」
「末息子のレオンだ」
父上が短く答えた。
「……ほう!」
公爵は俺の前にしゃがみ込んだ。
「お前がレオンか!」
「は、はい!」
「がっはっは! そんなに緊張せんでいい!」
そう言って、大きな手で俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「元気そうで何よりだ!」
「あ、ありがとうございます!」
……すごい勢いだ。
でも、不思議と嫌な感じはしない。
むしろ、ちょっと面白い人だ。
「父上。そろそろ」
馬車の中から、女の子の声が聞こえた。
「おお、そうだった!」
公爵が振り返る。
「セレスティア! 降りてこい!」
馬車から、一人の少女が姿を現した。
銀色の長い髪。
透き通るような紫の瞳。
上品な黒と紫のドレス。
俺より一つ年上とは思えないほど、落ち着いた雰囲気だった。
……おお。
いかにもお姫様って感じだ。
少女は静かに馬車を降りると、美しい所作で一礼した。
「セレスティア・フォン・ルーヴェンハルトです。このたびはお招きいただき、ありがとうございます」
……すごい。
八歳であんな挨拶ができるのか。
俺だったら途中で噛みそうだぞ。
「よく来てくれた、セレスティア嬢」
父上が頷いた。
「滞在中は、ゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます」
少女は微笑んだ。
そして、俺の方へ視線を向けた。
「……あなたがレオン様?」
「うん! レオン・グランフェルトです!」
「そう。よろしくお願いいたします」
「よろしく!」
……あれ?
それだけ?
少女はすぐに父親の方へ向き直った。
どうやら、俺にはあまり興味がないらしい。
まあ、初対面だしな。
そんなものかもしれない。
◇
その日の午後。
俺は訓練場で木剣を振っていた。
公爵家の一行はしばらく滞在するらしい。
父上と公爵は仕事の話。
兄さんは客人の対応。
俺は特にやることがなかったので、いつもどおり訓練することにした。
「……せいっ!」
ぶんっ!
足を踏み込み、腰を回す。
最近は、剣を振る感覚が以前よりずっと自然になってきた。
……よし。
「……あなた、毎日そんなことをしているの?」
「……ん?」
振り返ると、セレスティアが立っていた。
「あ、セレスティア様!」
「……セレスティアでいいわ」
「えっ、いいの?」
「ええ。年も近いのだし、そんなにかしこまらなくても結構よ」
「分かった! じゃあ、セレスティア!」
「……ええ」
彼女は小さく頷いた。
……やっぱり、貴族のお嬢様って落ち着いてるなぁ。
「それで、何をしていたの?」
「剣の練習!」
「それは見れば分かるわ」
……ですよね。
「どうして毎日練習しているのか、聞いているの」
「ああ! 強くなりたいから!」
「……そう」
セレスティアは静かに頷いた。
「でも、あなたは魔法が使えないのでしょう?」
「うん。今はね!」
「それに、授かった固有スキルも《収集》だけだと聞いたけれど」
「……そうだね」
まあ、今はほかにもあるけど。
それをわざわざ説明する必要もないか。
「……だったら、どうしてそんなに練習しているの?」
「だって、強くなりたいから」
「でも、努力したからって、必ず強くなれるとは限らないわ」
「そうかもね」
「……そうかもって」
セレスティアは少し呆れたように眉を寄せた。
俺は木剣を握り直した。
「でもさ、今できないからって、これからもずっとできないとは限らないだろ?」
「…………」
「何回やっても上手くいかないことだってあるよ。でも、やめちゃったらそこで終わりじゃん」
俺は訓練場の向こうへ目を向けた。
いつか、この屋敷を出て、知らない世界を旅してみたい。
見たことのない街や景色。
まだ知らない魔物。
そんなものが、この世界には山ほどあるはずだ。
「俺、いつか絶対に強くなって、冒険者になるって決めてるんだ」
「……絶対に?」
「うん!」
俺は大きく頷いた。
「だから、できるまで諦めないよ」
セレスティアはしばらく俺を見つめていた。
そして、小さく呟いた。
「……あなた、本当に変わっているのね」
「そうかな?」
「ええ。とても」
そう言いながら、彼女は少しだけ笑った。
……まあ、いいか。
変わっていると言われるのは、もう慣れてきたしな。
◇
一方、その頃。
屋敷の執務室では、二人の男が向かい合っていた。
「……それで、エドガー」
バルドリック公爵が紅茶のカップを置いた。
「お前の末息子だが」
「……レオンがどうした」
「随分と面白い子に育っているじゃないか」
エドガーは黙った。
「魔法の才能がないと聞いていたが、なかなかどうして。あの目はいい」
「……何の話だ」
「強くなりたくて仕方がないという目だ。昔のお前にそっくりだぞ!」
「……くだらん」
エドガーは視線をそらした。
しかし、公爵は見逃さなかった。
「ところで、お前。ガルドから毎月報告を受けているそうだな?」
「……何のことだ」
「レオンの訓練の進み具合だよ」
「…………」
「訓練道具の手配も、お前が許可しているとか」
「……必要なものを用意しただけだ」
公爵がにやりと笑った。
「がっはっは! 素直じゃないなぁ!」
「……うるさい」
「心配なら、本人にそう言えばいいだろう!」
エドガーは答えなかった。
しばらくして、ようやく口を開いた。
「……あいつには、ひどいことを言った」
「……ほう」
「五歳の鑑定のときだ」
エドガーは窓の外へ目を向けた。
「期待外れだと……そう言ってしまった」
公爵は黙って聞いていた。
「今さら、何を言えばいいのか分からん」
「……そうか」
珍しく、バルドリックは笑わなかった。
少しの沈黙のあと、静かに言った。
「なら、まず謝ればいい」
「……簡単に言うな」
「簡単ではないさ」
公爵は肩をすくめた。
「だが、言わなければ伝わらんぞ」
「…………」
「子どもは、大人が思っているよりずっと多くのことを覚えているものだ」
エドガーは何も答えなかった。
ただ、窓の向こうにある訓練場を見つめていた。
そこでは、小さな少年が再び木剣を振り始めている。
その姿を、父親はしばらく黙って眺めていた。
◇
「……ねえ、レオン」
「ん?」
訓練場では、セレスティアがまだ俺の隣に立っていた。
「あなた、魔法を見たことはある?」
「……魔法?」
「実際に使うところを、よ」
俺は思わず身を乗り出した。
「あるにはあるけど、近くでじっくり見たことはない!」
「……そう」
セレスティアは少し考えた。
「だったら、明日見せてあげる」
「……本当!?」
「ええ。私の魔法を」
「やったぁ!」
俺は思わず飛び跳ねた。
炎魔法!
黒魔法!
しかも、天才と呼ばれる少女の魔法だ!
これは楽しみすぎる!
「……そんなに喜ぶこと?」
「もちろん!」
俺は即答した。
「だって、すごい魔法が見られるんでしょ!?」
セレスティアは少し不思議そうな顔をした。
「……やっぱり、変わっているわね」
「またそれ!?」
俺が笑うと、彼女もほんの少しだけ笑った。
「じゃあ、明日ね」
「うん! 楽しみにしてる!」
そう言って、セレスティアは訓練場を後にした。
……何だか、最初に会ったときよりも話しやすくなった気がする。
明日が楽しみだ!
こうして、天才と呼ばれる公爵令嬢との、不思議な出会いの日は終わった。
このときの俺は、まだ知らなかった。
彼女との出会いが、俺の運命を大きく変えることになるなんて。




