恋せよ、姉ちゃん④
大学の講義が終わって外に出ると、もう日が暮れ始めている。
「今日は疲れたな」
そう言って浩太はグッと背伸びをして、「でもお前は終始ニヤニヤしてたけどな」と笑った。
片思いの相手と京都旅行に行けるのだ。
ニヤニヤするだけで抑えただけ褒めて欲しい。
「あとは他に誰を誘うかだよな」
浩太の発言に次男はキョトンとした顔で見返した。
「さすがに男2人に女の子1人はまずいでしょ」
言われてみればそうだ。
こちらとしては安全は保証したいところだが、美園ちゃんが不安になってやっぱりと断られたりしたら終わりだ。
「誰か女の子誘うとしてもなー、俺は彼女以外に仲のいい女なんて蛯名くらいだしな」
「美園ちゃんの友達とかは?」
「蛯名に聞いたけど、みんな予定があったり、相方がいたりしていけないって断られたってさ。お前誰かいねぇの?」
「俺の友人関係をお前は知ってるだろ?」
「だな。どうしたもんか。お前の姉ちゃんでも誘う?」
「おい、冗談でもそんなこというなよ。旅行先まで姉の世話なんて勘弁だ」
「会ってみたい!次男君のお姉さん」
「み、美園ちゃん」
次男と浩太が座っているベンチに美園は腰掛けた。
「私、お姉さんに会ってみたいな」
「いや、あんなゴリラ、じゃなくて、姉と会ってもいいことは何一つないと思うよ」
「俺もお前の姉ちゃんに久々に会いたいな」
浩太がニヤニヤしている。
(こいつ・・・!)
「ねぇ、断られるかもしれないけど、聞いてみてくれない?」
美園のくりっとした天使の瞳で見つめられたら断れるはずもない。
「でも姉ちゃんの仕事の都合もあるから、聞いてはみるけど、無理じゃないかなぁ」
「行けるわよ」
叶夢は唐揚げをかじりながら、軽く返事をしてきた。
「・・・仕事は?」
「有休溜まってるし、その時期ならいける」
「ねぇ、つーちゃん。何のお話?」
「いや、でも休みの日はゆっくり寝たいんじゃない?」
「全然。久しぶりに京都とか旅行楽しみだわ~」
そう言って叶夢はビールをぐびっと飲みきって、足取り軽く次の缶を冷蔵庫に取りに行く。
「つーちゃん、旅行って何?」
「嘘だろ…」
頭を抱える次男の横で、耳のついたフードをかぶって猫になった歩夢が拗ねて丸くなった。
「これもか…」
次男は編集部で書類整理に追われていた。
ため息をつきそうになると、後ろから視線を感じる。
振り返ると叶夢が睨んでいる。
文句があるなら辞めてもいいんだぞと言葉がなくても何を言いたいのかわかる。
メンバーを集めてどうにかこうにか旅行は行けそうだが、次男には先立つものがない。
こんなことになるならゲーム機なんか買わなきゃ良かったと思うが、後悔しても遅い。
かなり悩んだものの、叶夢にお金を貸してもらえないかと頭を下げた。
「いいわよ」
あまりにもあっさりした返事にひょうしぬけしたが、姉がそんな優しいわけがなかった。
「姉ちゃん、俺休みないんだけど…」
メールで送られたシフト表を見ると、旅行の前日までシフトが入っている。
風呂上がりの姉に声をかけると、「私が決めたもの」と言いながらビールをプッシュと開けた。
「私はね、お金貸すなら返してくれる保証が欲しいのよ」
「保証…」
「嫌ならいいのよ」
ふんと鼻で笑うと、姉はビールをグビグビと飲んだ。
◇◆◇
「毎日出勤してませんか?」
桃子は気遣うように声をかけてくれる。
姉に仕事を頼みたいから、桃子と2人待つように言われたがなかなか戻ってこない。
「そうなんですよ、毎日出勤になっちゃって」
姉のせいだと言いたいところだが、その後が怖すぎていえるはずもない。
「いやーちょっと旅行に行きたくて」
「旅費のために?」
「はい。姉にお願いしてシフトを入れてもらいました」
「そうなんですね。どこに行くんですか?」
「京都です」
桃子の表情がキラキラとしたものに変わった。
「京都ですか!いいなぁ…」
「えっと…好きなんですか?」
「はい!私、歴女なんで」
「レキジョというのは…?」
「歴史が好きな女子です!私、特に織田信長が大好きで」
勢いよく話し始めたかと思うと、恥ずかしそうに押し黙った。
「どうしたんですか?」
「気持ち悪いですよね…こんな歴史の話を突然する女なんて」
「いや、全然そんなことないです」
「気を使わせてすいません。わかってるんです、この前も合コンでも歴史について話しすぎて引かれちゃうし、友達にもうざがられるし…」
「そうなんですか?歴史の話は面白そうだし、俺で良ければいつでも聞きますよ」
姉から聞かされる話なんて、仕事愚痴か俺の家事に対してのクレームくらいだ。
姉に比べたら、歴史好きなんて博学な感じがしてプラスしかない。
「本当ですか?」
「もちろん」
「すごく嬉しいです。京都に行かれるのであれば、歴史のおすすめスポットご紹介しますよ」
桃子がスマホを取り出した時、「それはいらないわ」と気づいたら姉が立っていた。
「仕事中にすいません」
桃子が小さくなって謝り、それに続いて次男も頭を下げた。
「いや、そういうことじゃなくて、あなたも京都旅行に来ればいいじゃない」




