第6話 ばーちゃんの手紙
大樹の枝は、思ったより高く売れた。
市場に持ち込むと、素材商の老人が目を丸くした。砂漠で木の枝など何十年ぶりかだという。生きた木の枝なら薬にもなるし、香料の元にもなるし、建材の芯にも使える。三本で、双子が三か月分の採取行で稼ぐ金額になった。
「帰るか」とマブロが言った。
「帰ろう」とアルブは言った。
大樹の枝を拾ったあとも、採取行は続いた。
砂根草を掘り、夜露甲虫を集め、朽落の壁土を削り、風鳴り骨を拾った。
けれど、あの日見た大樹のことだけは、三人とも一度も口にしなかった。
そして、一か月の採取行が終わった。水筒は空に近く、薬包みはほとんど使い切り、二人の足の裏には砂漠の歩き方が染み込んでいた。ガラムは市場で仕事があると言って別れた。別れ際に「来月も出るなら声をかけろ」とだけ言った。それがガラムの、またよく働いたという意味だった。
村への道は半日歩きだ。
二人は並んで歩いた。マブロは珍しく静かだった。アルブも黙っていた。砂漠から村に戻るとき、いつも少し時間が要った。砂漠の静けさに慣れた体が、村の音に慣れるまでの時間。
でも今日は、その静けさの中に別の何かがあった。
アルブは気づいていた。ばーちゃんのことを考えていた。出発の朝、布団に潜ったばーちゃんの顔を思い出していた。咳をしていた。咳はずっと前からあったが、最近は深くなっていた。アルブはそれを考えないようにしていた。考えると足が遅くなるから。
給水塔が見えた。
村の東外れの、傾いた塔。半分砂に沈んだ石造りの家。
何かが違った。
遠目からでも分かった。塔の入り口に、人が来ていた。隣の家の女の人と、井戸端をよく使う男の人と、名前を知らない子供が二人。皆、塔の前に立って、中を見ていた。
「なんだ」とマブロが言った。
足が速くなった。二人とも走り始めた。
近づくにつれて、人々がこちらを見た。女の人が困った顔をした。男の人が視線を逸らした。
「ばーちゃんが」と女の人が言いかけた。
アルブは塔の中に入った。
ばーちゃんの部屋は静かだった。
荷物と干し草と小石と骨と枝が積まれた、狭い部屋。薄い布団の上に、ばーちゃんがいた。
眠っているようだった。でも呼吸がなかった。
アルブは布団の縁に座った。ばーちゃんの手を取った。冷たかった。石のように冷たかった。でもそれは白い井戸の石の冷たさとは違う。水の記憶がない冷たさだった。
「いつ」とアルブは言った。声がうまく出なかった。
後ろで、女の人が答えた。「三日前だと思います。私が気づいたのはおとといで——屑守の……あの、ご老人が、どこにも出られなくなってから一週間くらいは経ってたかと」
別の女の人がぼそりと言った。「私たちでできるだけ整えたんだけど、家の中のものは勝手に動かせなくて……」
マブロが入ってきた。部屋を見て、ばーちゃんを見て、止まった。
何も言わなかった。
アルブも何も言わなかった。
ばーちゃんの手は小さかった。砂漠で長年働いた手で、節だらけで、傷だらけだった。でも小さかった。こんなに小さかったのか、とアルブは思った。
しばらくして、マブロがしゃがんで荷袋を開けた。大樹の枝を売った金を取り出して、女の人に渡した。「葬儀の支度を頼む。やり方を教えてくれれば俺たちがやる」
女の人は驚いた顔をして、でも頷いた。
人々が出て行った。
二人だけになった。
「手紙がある」とマブロが言った。
アルブは顔を上げた。マブロがばーちゃんの枕元を指差していた。石の下に紙が挟まっていた。折りたたんだ紙に、アルブとマブロの名前が書いてあった。
アルブが取って、開いた。
ばーちゃんの文字だった。きれいな文字ではなかったが、ばーちゃんらしい文字だった。
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*アルブとマブロへ。*
*二人が帰る前に逝くことになりそうじゃ。すまんな。*
*言いたいことはたくさんあるが、手が動くうちに大事なことだけ書く。*
*まず真法のことじゃ。おまえたちはもう気づいておると思うが、真法は使うものではなく拾うものじゃ。世界に命令してはいけない。世界に思い出してもらうのじゃ。役目を失ったものが、自分の役目を思い出せるように、そばにいてやるのじゃ。それ以上でも以下でもない。*
*次に制限のことじゃ。真法拾いは一人につき二つまでしか深く抱えられん。アルブは水と土、マブロは火と風。それ以上を抱えようとしたら、世界の記憶に呑まれて自分が消える。どんなに必要に思えても、欲張るな。*
*それから魔法のことじゃ。魔法は世界の未来を前借りする。使えば使うほど世界の根源力、真力が失われる。川が消え、森が消え、土が痩せるのはそのせいじゃ。魔法を使う者たちの中には、それを知る者もおる。どちらにせよ、これ以上続けば世界は取り返しのつかないところへ行く。*
*おまえたちに止めろとは言わん。一人や二人で止められるものではないし、止めようとして記憶に呑まれては意味がない。ただ、真法を拾い続けてほしい。失われた役目をつなげ返し続けてほしい。それが世界を選び直すための土台になる。*
*最後に一つ。岬の灯台へ行け。灯台守に会え。わしの古い知り合いじゃ。真法のことを教えてくれる。わしより詳しい。*
*アルブは世界をよく見る子じゃ。マブロは世界へよく届ける子じゃ。二人で拾え。*
*ばーちゃんより。*
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アルブは手紙を折りたたんで、膝の上に置いた。
泣かなかった。泣けなかったのではなく、泣く前に何かが胸の中で固まった。ばーちゃんの言葉を受け取った、という感覚。手紙の紙がまだ温かい気がした。ばーちゃんの手が触れていた紙だから。
「灯台へ行くか」とマブロが言った。
「行く」とアルブは言った。
「岬の灯台は砂漠を越えた先だ。ガラムが危ないと言ってた」
「危なくても行く」
マブロはしばらく黙った。それから言った。「分かった。俺も行く。当たり前だけど」
当たり前だけど、という言葉がアルブには嬉しかった。マブロにとっては本当に当たり前のことで、言わなくても分かっていて、でも言ってくれた。それがマブロだった。
翌日、葬儀をした。
村人はほとんど来なかった。女の人と男の人と子供数人。あとはガラムが聞きつけて戻ってきた。ガラムは何も言わずにただ立っていたが、一番長く立っていた。
村の墓地に埋めるとき、誰かが「真法婆もようやく楽になったな」と小さく言った。
マブロが振り返って何かを言おうとした。アルブはマブロの袖を引いた。マブロは一瞬止まって、それから黙って前を向いた。
今はいい。今ではない。
土を被せる前に、アルブはばーちゃんの手紙を一度開いて、また閉じた。それから土の中に入れた。ここに置いていく言葉と、持っていく言葉がある。手紙の言葉は全部、自分の中に入った。
アルブは手紙をもう一度読んだ。
そして、要所だけを自分の採取帳に写した。
それから、元の手紙を土に入れた。
埋め終わった後、ガラムが近づいてきた。
「灯台へ行くつもりか」
「分かりますか」
「手紙に書いてあったんだろう」ガラムはぶっきらぼうに言った。「あの婆さんならそう書く。岬の灯台は砂漠を越えた先の断崖にある。道のりは十日。途中に砂嵐の通り道が二か所、流砂の帯が一か所、昼でも方角を失う熱砂の平地がある」
「越えられますか」
「死ぬ気があれば越えられる」ガラムは言った。「でも死ぬ気で行くな。生きる気で行け。違いが分かるか」
「分かります」
「ならいい」ガラムは懐から古い地図を出した。双子に渡した。「岬までの俺の地図だ。途中まで同行する。そこから先は二人で行け」
アルブは地図を受け取った。古くて薄い紙。ガラムが長年かけて書き込んだ砂漠の記録。
「ありがとうございます」
「礼は要らん」ガラムは踵を返した。「出発は明後日だ。用意しろ」
ガラムが歩いていった。
マブロがアルブの隣に来た。「出発できそうか」
「できる」
「ばーちゃんのこと、ちゃんと泣けたか」
アルブは少し考えた。「泣いてない」
「俺も」マブロは砂の地面を見た。「どこかで泣けるといいな」
「砂漠の途中で泣くかもしれない」
「砂漠で泣くのはもったいない。塩が勿体ない」
アルブは少しだけ笑った。マブロも笑った。ばーちゃんならそれを聞いて「馬鹿なことを言うな」と言っただろう。
給水塔の塔が夕陽を受けて赤くなっていた。傾いた、半分砂に沈んだ石造りの塔。ここがずっと家だった。これから先も家かどうかは分からない。でも帰る場所は、場所じゃないのかもしれないとアルブは思った。
拾ったものを持って歩けば、どこでも帰る場所になる。
ばーちゃんがそう言ったわけではない。でもそんな気がした。
明後日の出発まで、残り一日。アルブはばーちゃんの部屋を片付けながら、積まれていた石や骨や枝の中に、一つだけ見慣れないものを見つけた——小さな貝殻だ。砂漠に貝殻はない。海のものだ。裏に、「灯台守より」と小さく書いてあった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第6話で、第一章「屑守の双子」は一区切りです。
ばーちゃんは、二人に大切な言葉を残しました。
魔法は使うもの。
真法は拾うもの。
この違いが、物語全体の柱になっていきます。
魔法は未来を前借りし、真法は失われた役目を今へつなげ返す。
次回から第二章「灯台と真法」に入ります。
双子は、ばーちゃんの手紙を頼りに砂漠を越えます。




