表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屑守の真法拾い 〜魔法は世界の未来を前借りする禁術でした。拾ったガラクタで失われた役目をつなげ返す〜  作者: 妖怪ステーキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/8

第6話 ばーちゃんの手紙

挿絵(By みてみん)


大樹の枝は、思ったより高く売れた。


市場に持ち込むと、素材商の老人が目を丸くした。砂漠で木の枝など何十年ぶりかだという。生きた木の枝なら薬にもなるし、香料の元にもなるし、建材の芯にも使える。三本で、双子が三か月分の採取行で稼ぐ金額になった。


「帰るか」とマブロが言った。


「帰ろう」とアルブは言った。


大樹の枝を拾ったあとも、採取行は続いた。


砂根草を掘り、夜露甲虫を集め、朽落の壁土を削り、風鳴り骨を拾った。


けれど、あの日見た大樹のことだけは、三人とも一度も口にしなかった。


そして、一か月の採取行が終わった。水筒は空に近く、薬包みはほとんど使い切り、二人の足の裏には砂漠の歩き方が染み込んでいた。ガラムは市場で仕事があると言って別れた。別れ際に「来月も出るなら声をかけろ」とだけ言った。それがガラムの、またよく働いたという意味だった。


村への道は半日歩きだ。


二人は並んで歩いた。マブロは珍しく静かだった。アルブも黙っていた。砂漠から村に戻るとき、いつも少し時間が要った。砂漠の静けさに慣れた体が、村の音に慣れるまでの時間。


でも今日は、その静けさの中に別の何かがあった。


アルブは気づいていた。ばーちゃんのことを考えていた。出発の朝、布団に潜ったばーちゃんの顔を思い出していた。咳をしていた。咳はずっと前からあったが、最近は深くなっていた。アルブはそれを考えないようにしていた。考えると足が遅くなるから。


給水塔が見えた。


村の東外れの、傾いた塔。半分砂に沈んだ石造りの家。


何かが違った。


遠目からでも分かった。塔の入り口に、人が来ていた。隣の家の女の人と、井戸端をよく使う男の人と、名前を知らない子供が二人。皆、塔の前に立って、中を見ていた。


「なんだ」とマブロが言った。


足が速くなった。二人とも走り始めた。


近づくにつれて、人々がこちらを見た。女の人が困った顔をした。男の人が視線を逸らした。


「ばーちゃんが」と女の人が言いかけた。


アルブは塔の中に入った。


ばーちゃんの部屋は静かだった。


荷物と干し草と小石と骨と枝が積まれた、狭い部屋。薄い布団の上に、ばーちゃんがいた。


眠っているようだった。でも呼吸がなかった。


アルブは布団の縁に座った。ばーちゃんの手を取った。冷たかった。石のように冷たかった。でもそれは白い井戸の石の冷たさとは違う。水の記憶がない冷たさだった。


「いつ」とアルブは言った。声がうまく出なかった。


後ろで、女の人が答えた。「三日前だと思います。私が気づいたのはおとといで——屑守の……あの、ご老人が、どこにも出られなくなってから一週間くらいは経ってたかと」


別の女の人がぼそりと言った。「私たちでできるだけ整えたんだけど、家の中のものは勝手に動かせなくて……」


マブロが入ってきた。部屋を見て、ばーちゃんを見て、止まった。


何も言わなかった。


アルブも何も言わなかった。


ばーちゃんの手は小さかった。砂漠で長年働いた手で、節だらけで、傷だらけだった。でも小さかった。こんなに小さかったのか、とアルブは思った。


しばらくして、マブロがしゃがんで荷袋を開けた。大樹の枝を売った金を取り出して、女の人に渡した。「葬儀の支度を頼む。やり方を教えてくれれば俺たちがやる」


女の人は驚いた顔をして、でも頷いた。


人々が出て行った。


二人だけになった。


「手紙がある」とマブロが言った。


アルブは顔を上げた。マブロがばーちゃんの枕元を指差していた。石の下に紙が挟まっていた。折りたたんだ紙に、アルブとマブロの名前が書いてあった。


アルブが取って、開いた。


ばーちゃんの文字だった。きれいな文字ではなかったが、ばーちゃんらしい文字だった。


---


*アルブとマブロへ。*


*二人が帰る前に逝くことになりそうじゃ。すまんな。*


*言いたいことはたくさんあるが、手が動くうちに大事なことだけ書く。*


*まず真法のことじゃ。おまえたちはもう気づいておると思うが、真法は使うものではなく拾うものじゃ。世界に命令してはいけない。世界に思い出してもらうのじゃ。役目を失ったものが、自分の役目を思い出せるように、そばにいてやるのじゃ。それ以上でも以下でもない。*


*次に制限のことじゃ。真法拾いは一人につき二つまでしか深く抱えられん。アルブは水と土、マブロは火と風。それ以上を抱えようとしたら、世界の記憶に呑まれて自分が消える。どんなに必要に思えても、欲張るな。*


*それから魔法のことじゃ。魔法は世界の未来を前借りする。使えば使うほど世界の根源力、真力が失われる。川が消え、森が消え、土が痩せるのはそのせいじゃ。魔法を使う者たちの中には、それを知る者もおる。どちらにせよ、これ以上続けば世界は取り返しのつかないところへ行く。*


*おまえたちに止めろとは言わん。一人や二人で止められるものではないし、止めようとして記憶に呑まれては意味がない。ただ、真法を拾い続けてほしい。失われた役目をつなげ返し続けてほしい。それが世界を選び直すための土台になる。*


*最後に一つ。岬の灯台へ行け。灯台守に会え。わしの古い知り合いじゃ。真法のことを教えてくれる。わしより詳しい。*


*アルブは世界をよく見る子じゃ。マブロは世界へよく届ける子じゃ。二人で拾え。*


*ばーちゃんより。*


---


アルブは手紙を折りたたんで、膝の上に置いた。


泣かなかった。泣けなかったのではなく、泣く前に何かが胸の中で固まった。ばーちゃんの言葉を受け取った、という感覚。手紙の紙がまだ温かい気がした。ばーちゃんの手が触れていた紙だから。


「灯台へ行くか」とマブロが言った。


「行く」とアルブは言った。


「岬の灯台は砂漠を越えた先だ。ガラムが危ないと言ってた」


「危なくても行く」


マブロはしばらく黙った。それから言った。「分かった。俺も行く。当たり前だけど」


当たり前だけど、という言葉がアルブには嬉しかった。マブロにとっては本当に当たり前のことで、言わなくても分かっていて、でも言ってくれた。それがマブロだった。


翌日、葬儀をした。


村人はほとんど来なかった。女の人と男の人と子供数人。あとはガラムが聞きつけて戻ってきた。ガラムは何も言わずにただ立っていたが、一番長く立っていた。


村の墓地に埋めるとき、誰かが「真法婆もようやく楽になったな」と小さく言った。


マブロが振り返って何かを言おうとした。アルブはマブロの袖を引いた。マブロは一瞬止まって、それから黙って前を向いた。


今はいい。今ではない。


土を被せる前に、アルブはばーちゃんの手紙を一度開いて、また閉じた。それから土の中に入れた。ここに置いていく言葉と、持っていく言葉がある。手紙の言葉は全部、自分の中に入った。


アルブは手紙をもう一度読んだ。


そして、要所だけを自分の採取帳に写した。


それから、元の手紙を土に入れた。


埋め終わった後、ガラムが近づいてきた。


「灯台へ行くつもりか」


「分かりますか」


「手紙に書いてあったんだろう」ガラムはぶっきらぼうに言った。「あの婆さんならそう書く。岬の灯台は砂漠を越えた先の断崖にある。道のりは十日。途中に砂嵐の通り道が二か所、流砂の帯が一か所、昼でも方角を失う熱砂の平地がある」


「越えられますか」


「死ぬ気があれば越えられる」ガラムは言った。「でも死ぬ気で行くな。生きる気で行け。違いが分かるか」


「分かります」


「ならいい」ガラムは懐から古い地図を出した。双子に渡した。「岬までの俺の地図だ。途中まで同行する。そこから先は二人で行け」


アルブは地図を受け取った。古くて薄い紙。ガラムが長年かけて書き込んだ砂漠の記録。


「ありがとうございます」


「礼は要らん」ガラムは踵を返した。「出発は明後日だ。用意しろ」


ガラムが歩いていった。


マブロがアルブの隣に来た。「出発できそうか」


「できる」


「ばーちゃんのこと、ちゃんと泣けたか」


アルブは少し考えた。「泣いてない」


「俺も」マブロは砂の地面を見た。「どこかで泣けるといいな」


「砂漠の途中で泣くかもしれない」


「砂漠で泣くのはもったいない。塩が勿体ない」


アルブは少しだけ笑った。マブロも笑った。ばーちゃんならそれを聞いて「馬鹿なことを言うな」と言っただろう。


給水塔の塔が夕陽を受けて赤くなっていた。傾いた、半分砂に沈んだ石造りの塔。ここがずっと家だった。これから先も家かどうかは分からない。でも帰る場所は、場所じゃないのかもしれないとアルブは思った。


拾ったものを持って歩けば、どこでも帰る場所になる。


ばーちゃんがそう言ったわけではない。でもそんな気がした。


明後日の出発まで、残り一日。アルブはばーちゃんの部屋を片付けながら、積まれていた石や骨や枝の中に、一つだけ見慣れないものを見つけた——小さな貝殻だ。砂漠に貝殻はない。海のものだ。裏に、「灯台守より」と小さく書いてあった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第6話で、第一章「屑守の双子」は一区切りです。


ばーちゃんは、二人に大切な言葉を残しました。


魔法は使うもの。

真法は拾うもの。


この違いが、物語全体の柱になっていきます。

魔法は未来を前借りし、真法は失われた役目を今へつなげ返す。


次回から第二章「灯台と真法」に入ります。

双子は、ばーちゃんの手紙を頼りに砂漠を越えます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ