表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屑守の真法拾い 〜魔法は世界の未来を前借りする禁術でした。拾ったガラクタで失われた役目をつなげ返す〜  作者: 妖怪ステーキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/56

第47話 世界は戻らない

挿絵(By みてみん)


声は、声ではなかった。


記憶だった。


装置が変わり始めたとき、古い循環の道が目を覚ました。ずっとそこにあって、ずっと塞がれていて、ずっと待っていた道が、少し開いた。


その隙間から、来た。


世界の記憶が、来た。


アルブの体を通り抜けた。


水の記憶が来た。


今の水の記憶ではない。川があった頃の水の記憶だった。大きな川が流れていた。小さな川が枝分かれして、森に入り込んでいた。湿地があった。泥があった。魚がいた。鳥がいた。虫がいた。


土の記憶が来た。


森の土の記憶だった。深く、暗く、温かかった。根が網のように張り巡っていた。虫が何千万匹も住んでいた。土が呼吸していた。


森の記憶が来た。


木が倒れ、腐り、また芽吹いた。何百回も繰り返した記憶が来た。


火の記憶が来た。


山が噴いた。森が燃えた。その後に、新しい草が生えた。火は終わりではなかった。始まりでもあった。


風の記憶が来た。


種が飛んだ。雲が動いた。雨が降った。


そして。


全部が削られていく記憶が来た。


川が細くなった。森が薄くなった。土が砂になった。火が制御されて、始まりを失った。風が止められて、届けることを失った。


砂漠の記憶が来た。


砂漠は死ではなかった。


削られ続けた世界が、これ以上削られないように、表面を固めた。かさぶたを作った。砂は、世界の傷を守っていた。


---


記憶が多すぎた。


アルブの体に入りきらなかった。


自分の輪郭が、溶け始めた。


最初の真法拾いが感じたものと、同じだった。


怖くなかった。それが怖かった。


広がることが、怖くなくなっていた。自分がどこで終わり、世界がどこから始まるか、分からなくなっていた。


世界の記憶の方が、自分の記憶より大きくなっていた。


「アルブ」


声がした。


「アルブ」


マブロの声だった。


「手がある」


何かが手に触れた。


熱い手だった。黒砂塊を握り続けてきた手だった。火の役目を拾い続けてきた手だった。


「俺がいる」


マブロが言った。


アルブは輪郭を、少し取り戻した。


「ウラ」


「ここ」


冷たい手が、反対側を掴んだ。水路で竿を使い続けてきた手だった。


「ソウダ」


「おる」


足元に、手が触れた。素足で七十三年土を踏んできた手だった。


「ニル」


火種の温かさが、背中に当たった。


「センは」


「頭の上」


風読みの少年の手が、頭の上から支えた。


五人が、アルブを繋ぎ止めていた。


---


世界の記憶が続いた。


五人がいたから、アルブは流されなかった。


流されずに、受け取った。


受け取りながら、分けた。


水の記憶の重さを、ウラが支えた。


土の記憶の重さを、ソウダが支えた。


火の記憶の重さを、ニルが支えた。


風の記憶の重さを、センが支えた


全部を一人で抱えなかった。


流れ込んでくる記憶を、仲間に分けながら受け取った。


アルブは水と土の中心にいた。


マブロは火と風の中心にいた。


中心を双子が持ち、重さを仲間が分けた。


世界の記憶が、六人に分かれて流れた。


それが、最初の真法拾いが一人でやろうとしたことだった。


一人でやれば消える。


六人で分ければ、残る。


---


アルブは世界の記憶の中で、見た。


砂漠の未来を見た。


世界が昔に戻る未来ではなかった。


ある土地で、川が戻ろうとしていた。でもかつての川と同じではなかった。違う形の川になろうとしていた。


ある土地で、森が芽吹こうとしていた。でもかつての森と同じではなかった。砂漠を生き延びた草と、古い森の種が混ざった、新しい森になろうとしていた。


ある土地では、湿地になろうとしていた。


ある土地では、草原になろうとしていた。


そして、ある土地は砂漠のままだった。


でも砂漠に、虫がいた。砂ワームが水脈を掘っていた。夜露甲虫が夜露を集めていた。砂根草の根が砂を固めていた。


砂漠は砂漠のまま、命が巡っていた。


「世界を戻さなくていい」


アルブは言った。


記憶の海の中から、声を出した。


「世界を選び直させればいい」


---


ヴォルウが動きを止めていた。


杖を持ったまま、止まっていた。


装置の向きが変わっていた。吸い上げていた管が、少しずつ巡らせる管に変わっていた。全部ではなかった。でも、装置が反転し始めていた。


球体の光が、揺れた。


「術式が」


ヴォルウが言った。


「術式の前提が変わっている。装置が変わっている。わたしの設計通りに動いていない」


「動いてますよ」


アルブが言った。


体が、戻ってきていた。


五人が繋ぎ止めてくれていた。


「装置はヴォルウさんが設計した通りに動いています。ただ、吸い上げる方向が逆になっています。真力を前借りするのではなく、巡らせる方向に」


「それは」


「この装置の本来の役目です。この都が建てられる前から、ここにあった循環の道を、この装置は覚えていました。吸い上げるために作られたはずの装置が、巡らせることを選んだ」


ヴォルウが球体を見た。


球体の光が、変わっていた。


爆発するような白ではなく、ゆらぐような光になっていた。


「世界を役目から解放するために」


ヴォルウは言った。


「百年かけた」


「分かります」


「お前たちが間違っているとは言えない」


ヴォルウはしばらく黙った。


杖が、下がった。


「ただ」


アルブは言った。


「水に濁ることを選ばせてください。土に休むことを選ばせてください。火に届けることを選ばせてください。風に運ぶことを選ばせてください。役目は鎖ではないかもしれない。選んだ役目は、続きます」


球体が静かになった。


術式が、止まった。


地下の揺れが、収まった。


「俺は、役目を鎖だと思っていた」


ヴォルウは球体を見た。


「だが、鎖にしていたのは、俺たちだったのかもしれないな」


---


しばらくして、都の光が変わった。


魔法の光が、少し弱くなった。


でも消えなかった。


装置が逆転したことで、真力が還流し始めていた。完全ではなかった。全部が変わるには、何年もかかる。でも、一方向に流れ続けることは止まった。


砂漠の端で、かすかな変化が起きていた。


アルブには分かった。


遠い砂地の表面に、細い足跡が現れていた。


虫の足跡だった。


砂ワームではなかった。もっと小さい、地面を歩く虫の足跡だった。


その虫が、どこから来たのか分からなかった。


でも、いた。


役目があった。


砂漠の砂の上を歩いて、土をほぐして、砂根草の根を助けて、水脈の水を少し動かす、小さな役目が、そこにあった。


世界は昔に戻らなかった。


ただ、小さな命の足跡が、一本だけ、砂の上についた。


地上に出ると、夜明けだった。都の空が白んでいた。


光の橋がまだあった。水路がまだあった。治療院の灯りもまだあった。


魔法の都は、続いていた。変わり始めていたが、続いていた。


マブロが空を見上げた。


「終わったか」


アルブは砂漠の方角を向いた。


足の裏に、遠い砂漠の虫の足跡を感じていた。


「終わっていない。始まった」


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第47話では、物語を通して描いてきた一つの答えが示されました。


世界は、昔の姿には戻りません。


消えた川が、まったく同じ川として戻るわけではない。

失われた森が、以前と同じ森になるわけでもない。


砂漠のまま残る土地もあります。


けれど、その砂漠には砂ワームがいて、夜露甲虫がいて、砂根草がある。

傷ついた世界が生き延びるために選んだ、新しい役目があります。


だから、過去へ戻す必要はない。


世界を戻さなくていい。

世界を選び直させればいい。


そしてアルブは、世界の記憶に呑まれかけます。


最初の真法拾いは、一人で全部を抱えて消えました。

今回はマブロ、ウラ、ソウダ、ニル、センがアルブをつなぎ止め、記憶の重さを分け合いました。


一人で世界を救うのではなく、世界の重さをそれぞれが持てる分だけ持つ。


その結果、最終術式の装置は、真力を奪うものから、巡らせるものへと変わり始めました。


都は消えませんでした。

魔法もすべて失われませんでした。


ただ、未来を前借りし続ける流れが止まり、小さな虫の足跡が砂漠に残りました。


世界が救われたという大きな証ではありません。

けれど、つながりが戻り始めた確かな一歩です。


次回はいよいよ最終話です。

変わり始めた世界で、アルブとマブロが何を選び、どこへ帰るのかを描きます。


「世界は戻らない」という答えや、六人がアルブをつなぎ止めた場面が印象に残りましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ