第48話 屑守の真法拾い
帰り道は、長かった。
魔法の国を出て、火の国の港で船に乗って、水の国の岬を回って、土の国の沖を過ぎて、砂漠の島の港に着いた。
四人は、それぞれの国へすぐ戻らなかった。戻れば、変化の続きを見届ける仕事がある。
けれどその前に、砂庭船を見たいと言った。自分たちが支えたものが、どこから始まったのかを見たい、と。
港から砂漠を歩いた。南へ向かった。港で聞いた最後の報せでは、サニワは南の砂地にいるということだった。
二つ目のマニハを作りながら、そこに留まっているらしい。
六人で歩いた。
話すことは多くなかった。
話すより、砂を踏む方が多かった。
砂漠の砂は、変わっていなかった。黄褐色で、乾いていて、踏むと沈んで、風が来ると表面が波打った。あの都の光とは全然違う砂だった。何も輝いていなかった。何も命令していなかった。
ただ、そこにあった。
「戻ってきた」
マブロが言った。
「うん」
アルブが答えた。
それだけだった。
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サニワが見えたのは三日目だった。
砂丘の向こうに、帆柱の頭が見えた。風鳴り骨の帆柱だった。風が来ると、小さく鳴いた。あの音を聞いたとき、アルブは足が速くなった。気がついたら、速くなっていた。
マブロが先に走っていた。
「遅い、白」
「速すぎる、黒」
言いながら、二人とも走った。
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ガラムが甲板の端に座って、道具の手入れをしていた。
双子が走ってくるのを見て、手を止めた。
立ち上がろうとして、また座った。
「遅かった」
ガラムが言った。
「すみません」
「謝るな。それだけかかる仕事だったんだろ」
「そうです」
「終わったか」
「終わっていない」
「終わっていないのか」
「始まった」
ガラムはしばらくアルブを見た。
それからマブロを見た。
「変わったな、二人とも。婆さんが見たら、何て言ったかな」
ガラムが言った。
マブロが「遅い、って言う」と答えた。
アルブが「拾ったものを見せろ、って言う」と言った。
ガラムは少し笑った。
「どっちも言いそうだ」
「何も変わってない」
マブロが言った。
「変わってる」
「変わってない。俺は俺だ」
「変わった上で、お前はお前だ。そういう意味で言った」
マブロが黙った。
反論しなかった。
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子供たちが来た。
ダウルが連れてきた二人と、家族連れの娘と、マニハの子供たちが、走ってきた。
家族連れの娘が、アルブの前で止まった。
「水の国の、水の匂い」
アルブは懐を探した。
ウラが水の国を出るとき、小さな瓶に水を入れて渡してくれていた。水路の水だった。泥の筋が最初に流れた日の水だった。
瓶を渡した。
娘が蓋を開けて、嗅いだ。
「匂いがする」
「うん」
「砂漠の水と、違う匂い」
「違う」
「でも、水の匂いだ」
「そうだ」
娘が瓶を大事に持った。
アルブは「覚えてきた」と言った。
娘は少し考えて、うなずいた。
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その夜、火を囲んで全員が集まった。
ガラム、ダウル、リナ。
ダウルが拾ってきた子供たち。
マニハに流れ着いた家族。
博守たち。
それに、ウラ、ソウダ、ニル、センも加わった。
二十人を超えていた。
火が大きかった。
マブロが木を足した。
リナが「ちょっと大きすぎる」と言った。
「いいじゃないか」
「火が大きいと温度の管理が難しい」
「今夜は管理しなくていい」
「それは認める」
リナが少し笑った。
珍しかった。
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誰かが言った。
「英雄が帰ってきた」
声の主は分からなかった。
火の明かりの外から来た声だった。村の方から聞こえた気がした。
アルブが困った。
マブロも困った。
英雄という言葉が、体に合わなかった。
「違う」
マブロが言った。
「俺たちは英雄じゃない」
「でも、世界を」
「世界は変わっていない。変わり始めただけだ。始まったばかりだ。それに、俺たち二人でやったわけじゃない」
マブロはニルを見た。ウラを見た。ソウダを見た。センを見た。ガラムを見た。ダウルを見た。全員を見た。
「ここにいる全員でやった。それとサニワで、俺たちが来るのを待っていた全員と。それ以前に、ばーちゃんと。もっと前の、最初の真法拾いの記録と。そういう積み重ねがあった」
誰も返事をしなかった。
火がぱちりと鳴った。
「俺たちはただの屑守だ」
マブロは言った。
「砂漠の屑を拾って、生きてきた。今もそれをやっている。名前が変わっても、やってることは同じだ」
「真法拾い、だろ」
ダウルが言った。
マブロは少し間を置いた。
「それでもいい」
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夜が深くなった。
子供たちが眠った。老人が眠った。ガラムがいつの間にかいなくなっていた。甲板で眠っているらしかった。
アルブとマブロだけが残った。
火が小さくなっていた。
「マブロ」
「何だ」
「明日、新しい朽落を調べに行く」
「どこの」
「東に三日。砂の流れが変わった場所がある。砂ワームの穴が集まり始めているらしい。水脈が動いているかもしれない」
「行く」
「一つだけ」
「何だ」
「怖がりのまま行く。変わらない」
マブロが火を見た。
「俺も変わらない。考えるより先に走る。それでいい」
「それでいい」
二人は並んで火を見た。
火が小さくなりながら、最後の熱を出していた。
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翌朝、アルブとマブロはサニワを出た。
二人だけで出た。
サニワの周りには、低い草が広がっていた。出発前にはなかった草だった。
二つ目のマニハは、まだ小さい。それでも、確かに根を張っていた。
荷は少なかった。
水甕一つ。砂根草の茎。黒砂塊。ばーちゃんが形見に残した鉄棒。それだけだった。
砂を歩いた。
砂の温度が、足の裏から来た。
夜露甲虫の這い跡が見えた。砂根草の根が、砂の表面を固めていた。どこかで砂ワームが砂の下を掘っていた。その振動が、かすかに伝わってきた。
砂漠は、変わっていなかった。
変わっていなくて、でも生きていた。
死にかけたまま、別のやり方で生き延びていた。
三日歩いて、朽落に入った。
砂に半分沈んだ旧集落だった。石の壁が残っていた。崩れた柱があった。埋もれた井戸があった。
アルブは井戸に近づいた。
白い石が、砂の上に出ていた。
かつて井戸の縁に使われた石だった。白く、乾いていた。
触れた。
記憶が来た。
川の記憶だった。遠い、細い、でも消えていない川の記憶が来た。水がここを流れていた頃の記憶だった。
痛みも来た。
枯れた日の痛みも来た。
受け止めた。
流した。
消えていない。まだここにある。
マブロが近くで何かを拾っていた。
風鳴り骨だった。砂に埋もれていた骨が、少し顔を出していた。マブロが引き抜いた。
「鳴るか」
マブロが骨を持って、風に向けた。
風が来た。
低い音がした。
細く、長く、骨の中を風が通る音がした。
誰かの笑い声のような音が、混じった気がした。
アルブは白い石から手を離さなかった。
手のひらの奥に、かすかな冷たさがあった。
水の記憶だった。まだある、という記憶だった。
水は出なかった。
奇跡は起きなかった。
ただ、冷たさがあった。
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魔法は、未来を前借りした。
真法は、失われた役目を拾った。
白は、世界の痛みを受け止めた。
黒は、世界の声を運んだ。
砂の中から過去を拾い、今へつなげ返す。
それが、屑守の仕事だった。
それが、真法拾いの仕事だった。
そしてそれは、まだ、続いていた。
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風が来た。
砂が、少し動いた。
その砂の動いた跡に、虫の足跡が一つ、ついた。
砂漠は、まだ終わっていなかった。
だから二人は、また拾いに行く。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
最終話では、アルブとマブロが砂漠へ帰ってきました。
世界を救った英雄としてではなく、拾ったものをつなげ返す屑守として。
魔法の国で最終術式を止めても、世界が元通りになったわけではありません。
川も森も、すぐには戻らない。
砂漠も、砂漠のままです。
けれど、水路には泥が戻り、土は眠ることを覚え、火は届ける役目を持ち、風は再び種や声を運び始めました。
大きな奇跡ではなく、小さな変化が始まっています。
アルブとマブロも、まったく別の人間になったわけではありません。
アルブは怖がりのまま進む。
マブロは考えるより先に走る。
欠点を消したのではなく、それぞれの弱さを抱えたまま、誰かとつながる方法を覚えました。
そして二人は、また朽落へ向かいます。
水はまだ出ない。
奇跡も起きない。
それでも石の奥には冷たさが残り、風鳴り骨には声のような音が残っている。
失われたもののすべてが、完全に消えたわけではありません。
魔法は、未来を前借りした。
真法は、失われた役目を拾った。
この物語で描きたかったのは、世界を一人の英雄が元通りにする話ではありません。
壊れたもの、役目を失ったもの、屑と呼ばれたものを拾い、持てる人たちで重さを分けながら、次へつなげていく物語です。
砂漠は、まだ終わっていない。
だから二人の仕事も、これから先も続いていきます。
最後までアルブとマブロの旅を見届けてくださり、本当にありがとうございました。
好きだった人物、印象に残った場面、この物語を読んで感じたことなど、感想で聞かせていただけると嬉しいです。
完結まで読んで少しでも心に残るものがありましたら、作品への評価やブックマークで応援していただけると、今後の創作の大きな励みになります。
また別の物語でお会いできれば幸いです。




