第40話 魔法使いたちの都
魔法の国は、ほとんど一つの巨大な都だった。
周辺の村や畑を吸い込み、都そのものが国の形をしていた。
光の橋を渡った。
本当に光でできた橋だった。足元が光っていた。透明で、その下に空があった。高さが二十メートルはある橋の上を、人々が普通に歩いていた。荷車も通っていた。子供が走っていた。
アルブは足元を見ないようにして渡った。
マブロは最初の一歩で足元を見て、二歩目からは見なかった。見ると足が止まる、と判断したらしかった。
橋を渡ると、都があった。
王都より広かった。
水路が縦横に走っていた。水路の上に、空中を走る通路があった。通路を人が乗った台が流れていた。魔法で動く乗り物だった。乗っている人間が、操作している様子がなかった。ただ乗っていれば、目的地まで運ばれるらしかった。
緑が多かった。
街路に木が並んでいた。木の下に花が植えられていた。花が咲いていた。色が鮮やかだった。砂漠では見たことのない色だった。
「きれいだ」
センが言った。
素直だった。
感嘆でも批判でもなく、見たまま言った。
ニルが空を見た。
「光が多い」
「炉から来てる光ですか」
「全部ではないと思うが、多くはそうだろう」
「炉の規模は」
「この都を維持するためなら、火の国の中央炉を、都全体に薄く広げたような規模かもしれない」
マブロが黙った。
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治療院の前を通った。
開いていた。中から声が聞こえた。子供の泣き声と、大人の落ち着いた声が聞こえた。
足が止まった。
マブロの足が止まった。
のぞいた。
子供がいた。六歳か七歳の子供が、台の上に横になっていた。腕に何かが巻かれていた。怪我をしていたらしかった。医師が何かを唱えながら、手を当てていた。光が漏れた。魔法の光だった。
子供の表情が変わった。
痛みが消えた顔だった。
それから笑った。
治った、という顔で笑った。隣にいた母親が抱きしめた。
マブロは何も言えなかった。
何かを言おうとしていた。この光も前借りした真力だ、とか、この美しさにも代償がある、とか、そういうことを言おうとしていた。
言えなかった。
笑っている子供の顔を見て、言えなかった。
アルブが横に来た。
「怒らなくていい」
小声で言った。
「……怒っていない」
「分かってる。怒れないのが苦しいんだろ」
マブロが視線を外した。
「あの子が魔法で治った。それは本当のことだ。その真力がどこから来てるかは、あの子に関係ない。あの子が笑うのは、正しい」
「じゃあ何が間違ってる」
「仕組みが間違ってる。でも、仕組みの中で生きている人間が間違っているわけじゃない」
マブロはしばらく黙っていた。
「……複雑だ」
「うん」
「お前は最初からそう思ってたのか」
「王都に行ったときから」
「なんで言わなかった」
「あのときのマブロに言っても、多分届かなかった」
マブロが振り返った。
「今は届く、と思って言ったのか」
アルブが少し間を置いた。
「今は届くと思った」
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夕方、宿に入った。
宿の窓から都が見えた。
夜になっても、都は光っていた。街路の光、水路の光、空中通路の光、治療院の光、家々の窓の光。全部が輝いていた。砂漠の夜と全く違う夜だった。砂漠の夜は暗い。星が見えるのは、砂漠の夜が暗いからだ。ここの夜は、星が見えない。光が多すぎて、星が隠れている。
ウラが窓の外を見ていた。
「水の国とも違う」
「どう違う」
「水の国の光は、人間の数だけあった。ここは、人間の数より多い」
「余分な光がある」
「見せるための光だ。美しく見せるための」
ソウダが床に座って目を閉じていた。
「土の匂いがしない」
ソウダがまた言った。
「都に入ってから、ずっとしない。土がない。石と光と水路だけが都を作っている。農師として言えば、ここは種を植える場所がない」
「種を植える必要がないから」とニルが言った。「全部、魔法で作れる」
「作れる、というのはどういうことかな」
ソウダが目を開けた。
「食べ物を、土なしで作れるということか」
「そうなります」
ソウダが少し考えた。
「種の記憶は?」
「記憶?」
「去年の土、一昨年の虫、五年前の雨の記憶が土に積もる。その記憶がある土で育った作物は、次の種を持つ。次の種が次の作物を育てる。記憶のない土で育てた作物の種は、どうなるんだろうな」
誰も答えなかった。
分からなかった。
アルブだけが、かすかに、答えを感じていた。
記憶のない土で育った作物の種は、記憶を持てない。次の世代へ、積み重ねを渡せない。毎年、一から魔法で作り直さなければならなくなる。依存が深まる。真力が削られる。さらに依存が深まる。
この都は、その循環の中にある。
美しく輝きながら、少しずつ、自分で自分の根を食べていた。
翌朝、アルブは宿の中庭の木に触れた。王都で触れた庭の木と同じ感覚が来た。
記憶がない土。魔法で作られた土。
でも、一つだけ違った。この木の根の先に、かすかに、古い土の層があった。
都が作られる前の土の記憶が、深い場所でまだ残っていた。
アルブは手を離さなかった。まだある、とアルブは思った。消えていない。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第40話では、六人が魔法の国の都へ入りました。
光でできた橋。
自動で動く乗り物。
豊かな水路と緑。
怪我をその場で治す治療院。
この都の魔法は、人々の暮らしを確かに支えています。
だからこそ、マブロは怒ることができませんでした。
怪我が治り、笑顔になった子供に罪はありません。
その子を抱きしめる母親も、魔法の仕組みを知らずに暮らす人々も、間違っているわけではありません。
間違っているのは仕組みであって、仕組みの中で生きている人間ではない。
かつてなら届かなかったアルブの言葉が、今のマブロには届きました。
そして都の美しさの裏には、土や種の記憶を必要としない、魔法への深い依存が見え始めています。
次回は、街にあふれる緑が、本当に生きているものなのかを確かめます。
魔法で救われた子供の場面や、アルブとマブロの会話について感じたことがあれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




