第4話 黒砂と風鳴り骨
マブロが黒砂塊を出したのは、朝飯の後だった。
昨日の朽落で拾ったものだ。手のひらに乗るくらいの大きさで、砂が固まったものとも違う、石とも違う、黒くて少し温かい塊。砂漠でこういうものを見つけたら博守は持ち帰って売る。燃料になるか、素材になるか、薬になるか、市場で分かる。でもマブロはそれをしまわずに、ずっと眺めていた。
「触るのか」とアルブは言った。
「昨日のおまえを見てた」
「見てたなら分かるだろう。あれは、痛い」
「痛いのは知ってる」マブロは塊を指先で回した。「でも、おまえにしか見えなかったって言ったよな」
「うん」
「俺には見えないのか」
アルブは黙った。分からなかった。ばーちゃんから真法のことは少し聞いていた。拾うもの、使うものではない。でも誰が拾えるのか、どうすれば拾えるのか、そこまでは教えてもらっていない。アルブが昨日触れたのは、衝動だった。この石が何かを持っていると感じて、手が動いた。それだけだ。
「やってみないと分からない」とアルブは言った。
マブロは頷いて、黒砂塊を両手で包んだ。
何も起きなかった。
マブロは眉を寄せて、もっと強く握った。それでも何も起きなかった。アルブは見ていた。昨日の自分は触れた瞬間に引き込まれた。マブロはそうならない。
「感じるか」とアルブは聞いた。
「温かい。それだけ」
「温かい?」
「ああ。石なのに、温かい。中に何かある気がする。でも見えない」
アルブは考えた。自分が昨日感じたのは冷たさだった。白い石が水のように冷たかった。マブロが感じているのは温かさ。逆だ。でも逆だから意味がないのではなく、逆だからこそ何かがある気がした。
「白い石は水と土の記憶を持ってた」とアルブは言った。「黒い塊は火と風かもしれない」
「だから温かい」
「俺が水と土を拾えるなら、おまえは火と風を拾えるかもしれない」
マブロはしばらく黙って、塊を見た。それから言った。「どうすれば拾える」
「分からない。俺は手が動いただけだった」
「感じようとすればいいのか」
「押しつけたら駄目だと思う。命令じゃない。思い出してもらうんだから」
マブロはそれを聞いて、少し笑った。おかしそうではなく、なるほどと思ったときの笑い方だった。それから目を閉じて、塊を両手で持ったまま、静かになった。
マブロが静かになるのは珍しかった。
アルブは待った。砂漠の朝の風が吹いた。遠くで砂ワームが砂を掘る低い振動が伝わってきた。砂ワームは昔の川の代わりに砂の下で水脈を掘る。川がなくなってから、その役目を引き受けた生き物。
それから突然、マブロが低く声を上げた。
「熱い」
アルブはとっさに立ち上がった。「離せ」
「離さない」
「昨日の俺みたいになる、離せ」
「まだ大丈夫だ」マブロの声は落ち着いていた。震えていたが、落ち着いていた。「見える。炉が見える」
アルブは止まった。
「炉?」
「でかい炉だ。鉄を溶かしてる。すごく明るい。職人が何人もいる。砂漠じゃない、森の中だ。川のそばに炉がある。火が燃えてる、ちゃんと燃えてる。役目がある火だ。ただ燃やしてるんじゃない、鉄を変えてる、土を焼いて器にしてる、冬に人を温めてる——」
声が途切れた。
今度はアルブが肩を掴む番だった。マブロの肩を強く掴んで、名前を呼んだ。「マブロ」
「分かってる」マブロはゆっくり目を開けた。「大丈夫だ」
塊を握ったまま、深く息をついた。手が少し赤くなっていた。熱を持っていた。
「見えたのか」
「見えた。火だけじゃなかった。風も聞こえた。炉に風を送る器具があって、その風が火を大きくして、その火が金属を溶かして、それが刃になって、鍋になって、鐶になって——風がなければ火は消えて、火がなければ鉄は変わらなかった」
マブロは塊を砂の上に置いた。それから自分の手を見た。
「痛みも来たか」とアルブは聞いた。
「来た。森が消えるやつ。川が枯れるやつ。炉の火が消えるやつ。職人がいなくなるやつ」マブロは短く息をついた。「おまえが昨日言ってた痛みって、こういうやつか」
「そうだ」
マブロはしばらく黙っていた。それから言った。「なんで消えたんだ」
「分からない」
「どうして人は、火と風と水と土のある場所から、消えなきゃいけなかったんだ」
アルブには答えられなかった。それはアルブが昨日から考えていたことと同じだった。どうして川は消えたのか。どうして森は消えたのか。砂漠になる前、世界にはこんなにも豊かなものがあったのに。
「魔法じゃないか」とアルブは静かに言った。
マブロが顔を上げた。
「ばーちゃんが言ってた。魔法は世界の未来を前借りする。使えば使うほど世界が減る。川が消えて、森が消えて、土が痩せて——それが全部魔法の前借りの結果だとしたら」
「王都の光は」
「世界の未来を燃やして灯してる光かもしれない」
二人は黙った。砂漠の風が吹いた。黒砂塊は砂の上で、かすかに温かいままだった。
その日の午後、採取を再開した。砂根草の繊維を集めて、虫殻を数えて、風鳴り骨を探す。風鳴り骨は砂漠に沈んだ木の根が長い時間をかけて変質したものだ。風が当たると低く鳴る。燃料にも素材にも使えるが、鳴る骨は特に値が張る。音を出す役目をまだ覚えているからだ。
マブロが砂丘の陰で三本まとめて見つけた。
拾い上げると、風が鳴らした。低く、長い音だった。
マブロは今度は迷わず骨を握った。目を閉じた。それほど長くなかった。少しして目を開けると、骨を丁寧に荷袋にしまった。
「見えたか」とアルブは聞いた。
「ああ。木の根が風を感じてた記憶だ。森が生きてたときの風の記憶。風が種を運んで、花粉を運んで、雲を呼んで、雨を降らせて——風に役目があった」
「今の砂漠の風は」
「役目がない風じゃない。砂を運んでる。でも砂を運ぶのが風の本来の役目じゃない」マブロは空を見上げた。「本来の風は、もっと先まで届けるものだったんだ」
アルブは頷いた。マブロが感じたことが、アルブには直接は分からない。でもマブロの言葉を聞くと、分かる気がした。二人で拾えば、水と土と火と風がつながる。
ばーちゃんが言っていた。アルブは見る子、マブロは動く子。でも見るだけでも動くだけでも世界は戻らない。
拾ったものは、つなげ返さないといけない。
夕方、ガラムの野営地に戻ると、師匠は焚き火の前でぶっきらぼうに「遅い」と言った。でも双子の顔を見て、何かを察したように黙った。それから言った。
「何か拾ったな」
「拾った」とマブロが言った。
「見えたか」
「見えた」
ガラムは焚き火を棒でつついて、それ以上聞かなかった。でも夕飯のとき、いつもより少し多く食料を双子の皿に盛った。それがガラム流の、よくやったという意味だとアルブは知っていた。
翌朝、ガラムが「今日は大砂丘を越える」と言って先に立った。越えた先に、地図の端に書かれた大きな朽落がある。ただしその手前に、この季節に必ず現れる流砂の帯があることを、そのときのアルブはまだ知らなかった。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第4話では、マブロが火と風の役目に触れました。
火は燃やすだけのものではない。
風は吹き荒れるだけのものではない。
この作品では、自然の力を「攻撃」ではなく、「役目」として描いていきたいと思っています。
アルブは水と土。
マブロは火と風。
二人でなければ拾えないものが、この先たくさん出てきます。
次回は、双子の力が初めてつながります。




