表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屑守の真法拾い 〜魔法は世界の未来を前借りする禁術でした。拾ったガラクタで失われた役目をつなげ返す〜  作者: 妖怪ステーキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/49

第31話 アルブ、水の国へ

挿絵(By みてみん)




船が港を出て三日目の朝、水の色が変わった。


砂漠の海は灰青色だ。砂が混じって、濁った青をしている。だがこの海域に入ったとき、色が澄んできた。青が深くなった。透明度が上がった。船底が見えた。海底の石の形が見えた。


船頭の老人が「水の国の海はこんなもんだ」と言った。


アルブは舷側から水を見ていた。


きれいだった。きれいだったが、何か引っかかった。引っかかりが何なのか、最初はうまく言えなかった。


水面に鳥が来なかった。


三日間の航路で、海面近くを飛ぶ鳥は何十羽も見た。だがここに来てから、鳥が来ない。鳥は魚を取りに来る。魚がいる場所の水面に来る。水がきれいなのに鳥が来ないなら、魚がいないことになる。


「魚はいないんですか」


アルブは船頭に聞いた。


「いる。いるがな、前より減った。水がよくなったのに、魚が減った。不思議なもんだ」


不思議ではない、とアルブは思った。


でも言わなかった。まだ言える段階ではなかった。


---


港は石造りで、桟橋が何本も並んでいた。


船が多かった。荷を積んだ船、人を乗せた船、網を干している船。水の国は海だけでなく、内陸にも水路が張り巡らされた国だと、地図で見ていた。実際にそうだった。港の奥に、運河が見えた。運河の両側に家が並んでいた。


水がどこにでもあった。


砂漠では考えられないことだった。


路地を歩くと、細い水路が足元を流れていた。家の壁を水が伝っていた。石畳が常に湿っていた。砂漠ではひと口の水を惜しむ。ここでは水が空気のようにあった。


それなのに、と思った。


それなのに、何かが足りない。


水路を歩きながら、アルブは考えた。匂いがない。水の匂いがしない。水路に水が流れているのに、川の匂いがしない。砂漠でわずかに見つかる水脈には、必ず匂いがある。土の匂い、藻の匂い、虫の匂い、微かに腐ったものの匂い。それが水の匂いだ。ここの水には、それがなかった。


透明で、清潔で、匂いのない水だった。


---


宿を探していたとき、声をかけてきた人間がいた。


「旅人ですか。宿なら、あっちの通りの方が安い」


振り返ると、十六か七歳の少女が船の上に立っていた。細い舟の上で、竿を持っていた。荷物を乗せる平底の舟だった。


「ありがとうございます」


「どこから来たの」


「砂漠の島から」


「砂漠」少女が目を丸くした。「水がない場所から、ここへ?」


「水を調べに来ました」


「水を? なんで」


アルブは少し詰まった。


こういうとき、マブロがいれば代わりに説明した。マブロは人前で話すのが得意だった。考えるより先に口が動く。アルブが言えないことを、大雑把だが伝わる言葉で言ってくれた。


今は一人だった。


「……この国の水が、きれいすぎる気がして」


アルブはゆっくり言った。


「きれいすぎる?」


「水路に魚がいない。水面に鳥が来ない。水に匂いがない。きれいなはずなのに、何かが欠けている気がして」


少女がしばらく考えた。


「舟守のウラだ」と少女は言った。「よかったら案内する。水路なら誰より知ってる」


「ウラさん、ありがとうございます」


「ウラでいい。さん、は変な感じ」


「ウラ、ありがとう」


「それでいい」


---


ウラが案内した水路の奥に、湖があった。


国の中央にある大きな湖で、水の国の水源だとウラが言った。すべての水路は、この湖からつながっている。


湖は、本当に透明だった。


水底まで見えた。石があった。砂があった。水草があった。だが魚がいなかった。虫もいなかった。水面を何かが揺らすことがなかった。鏡のように静かだった。


アルブは湖岸に座って、水に手を入れた。


冷たかった。


清潔だった。


記憶を読もうとした。


来た。


だが、少なかった。


砂漠の枯れ井戸に触れたときのように、古い記憶が溢れ出てくることがなかった。薄かった。記憶が薄い。長い時間をかけて積み重ねられた水の記憶が、削られていた。


清めるたびに、記憶も清められていた。


「この水」


アルブは呟いた。


「何も運んでない」


ウラが


「何も運んでない、ってどういうこと」


と聞いた。


アルブは答えようとして、また詰まった。どう言えばいいか分からなかった。


水が本来何を運ぶべきか。泥を、藻を、魚の卵を、流れの途中で腐ったものを、次の命の栄養になるものを。


それを全部清めたとき、水は水の役目をどこまで持てるのか。


ウラがアルブの顔を見て、


「明日、王宮の浄水場を見に行こう」


と言った。



---


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第31話では、アルブが一人で水の国へ到着しました。


水は豊富で、どこまでも透明で、街の中を当たり前のように流れている。

砂漠から来たアルブにとって、それは憧れに近い景色だったはずです。


けれど、魚がいない。

鳥が来ない。

虫も、水の匂いもない。


きれいであることと、生きていることは同じではありません。


そして今回、アルブは舟守のウラと出会いました。

マブロがいない中で、自分の言葉だけで違和感を伝えようとするアルブにとって、ウラは新しい旅の支えになっていきます。


次回は、水を清め続けた結果、何が失われたのかが明らかになります。


透明すぎる湖や、何も運んでいない水をどう感じたか、感想で聞かせていただけると嬉しいです。

評価やブックマークでの応援も、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ