幕間 サニワ船内名簿:屑守たち
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**砂庭船サニワ 乗員記録**
**記録者:ガラム**
**記録日:出航より六日目、白と黒が海へ向かった後の夜、火種部屋にて**
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字が汚いのは勘弁しろ。
博守に書き物の習慣はない。
必要なことだけ書く。
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### ガラム 五十四歳 博守歴三十七年
双子の師匠、という肩書になっているらしいが、俺はそう思っていない。俺は博守の技を教えた。砂の読み方、素材の扱い、朽落への入り方。それだけだ。
真法は教えていない。教えられない。俺には拾う力がない。
ただ、真力を壊さない知恵は持っている。七つの掟も、その知恵の一部だ。
サニワでの役割:砂漠の航行判断、危険地帯の回避、物資管理の総括。
荒っぽいと言われるが、雑ではない。荒っぽいのと雑なのは違う。
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### ダウル 六十一歳 博守歴四十二年
俺より長い。それだけで尊敬に値する。
南の砂地で三十年、一人で採取をしていた。子供を拾う習慣がある。本人は拾っただけだと言うが、捨てていけないだけだろう。子供たちは「じいさん」と呼んでいる。
子供のころから屑守と呼ばれ続けた。一度も言い返したことがない。言い返す代わりに黙って砂漠に出て、黙って帰ってきた。その繰り返しが四十二年分ある。
博守の掟を完全に守れる人間を俺は三人しか知らない。ダウルはその一人だ。
サニワでの役割:外部採取、子供の管理、深夜当直。
「管理」という言葉を本人に言ったら怒られた。「子守じゃねえ」と言っていたが、毎晩子供の毛布を直している。
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### マウリ 四十八歳 元博守歴二十年
何人かが「元博守の老人」と呼んでいたが、四十八歳である。老人ではない。本人に確認したら「老人でもいい」と言っていた。砂漠で二十年働けば年齢より老けて見える。
旗なしの兵を退けたあの夜、アルブとマブロのことを「真法拾い」と最初に呼んだ人間がこの男だ。本人はそのことを特別だとは思っていない。「見たまま言っただけだ」と言っている。
二十年前、足を悪くして博守を辞めた。農業に転じたが、土地が砂に飲まれて農業もできなくなった。マニハに流れ着いたのは去年の夏だ。
サニワでの役割:船体の修繕判断、素材の在庫管理、新人への採取技術の伝達。
砂漠のことを誰より知っているが、あまり話さない。必要なことしか言わない。必要なことは的確に言う。
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### セラン 三十一歳 と ヌイ 七歳
母と息子。南西の村から来た。夫は三年前、砂嵐で行方不明になった。息子と二人で村に残ったが、井戸が枯れて移動を余儀なくされた。
セランは水を運ぶことに慣れている。水の重さを知っている。水甕一杯の価値を、数字ではなく体重で知っている。
サニワでの役割:水甕の管理、水の配給、苗床への水やり担当。
ヌイは七歳で、船の中で一番活発に動く。どこにでも入り込む。今日は虫殻倉庫に迷い込んで、棚を一段崩した。明日から立入禁止にする。
ただし、苗床の草の様子を毎朝報告してくることが習慣になっている。「今日は虫が十八匹いた」「草が二ミリ伸びた」という報告は正確で、アルブが出航前に教えた数え方を完全に習得している。
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### カバ 七十二歳 砂読みの老婆
本名をカバといい、他の名を持たない。生まれたときから砂漠にいた人間だ。
砂の色と形から、三日後の天候を読む。砂の振動から、砂ワームの位置を当てる。砂の匂いから、地下の水の有無を判断する。アルブが真法で砂を読むとすれば、カバは経験で砂を読む。方法は違うが、精度は同等かそれ以上の場合もある。
どこから来たか、なぜマニハにいたか、聞いても教えてくれない。「砂漠にいたら流れ着いた」としか言わない。
サニワでの役割:航行中の砂漠状況の読み取り、嵐の予兆の早期警告。
砂読み台の前に座ると動かない。アルブが座ろうとすると「あんたはあっちで読め」と言って場所を譲らない。アルブがもう一つ読み台を作ったら「ここは左、あっちは右、同時に読めば二倍わかる」と言った。
正しかった。
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### ジルウ 十四歳 虫殻細工の少年
両親は五年前に疫病で亡くした。その後、一人で砂漠を歩き、朽落に入り、虫の殻を集めて細工物を作って売っていた。十四歳の子供が一人で五年間やり遂げたことを、周囲の大人は「かわいそうに」と言っていたらしいが、本人は「稼げていたから問題ない」と言っている。
虫殻の扱いは、サニワに乗っている大人全員より上手い。夜露甲虫の殻をサニワの屋根に並べる作業を任せたとき、ダウルが用意した並べ方の図を見て「これより密にした方が水が入らない」と言い、実際にそうした。結果、屋根の防水性が三割上がった。
サニワでの役割:虫殻倉庫の管理、虫殻素材を用いた修繕全般。
自分が「屑守」と呼ばれていたことは知っている。「屑守でいい、屑は売れる」と言っていた。
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### リナ 十一歳 火種番の少女
ダウルが砂漠の朽落で拾った二人のうちの一人。もう一人は兄のワウ(十三歳)で、この名簿では後述する。
リナは火種番を自分から希望した。火種部屋の管理は大人がやる予定だったが、「私がやる」と言って、一週間で火種の扱いを完全に覚えた。
火種を絶やしたことは一度もない。
砂漠の夜は消えない火が必要だ。風が強い夜も、砂嵐の日も、火種番は休めない。リナは一度も文句を言ったことがない。ただ、消えそうになると「消えかけてる」と報告する。それだけを正確にやっている。
サニワでの役割:火種部屋の管理全般、夜間の照明維持。
マブロが出航前に「火の扱い方を教えてやる」と申し出たとき、リナは「もう知ってる」と答えた。マブロが「じゃあ俺より上手いか確かめよう」と言ったら「確かめなくていい」と答えた。
俺は笑った。
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### ワウ 十三歳 リナの兄
リナの兄。ダウルが同じ朽落で拾った。二人は血がつながっていない。兄妹になったのは、砂漠で二人だけになったときから、らしい。
ワウは藻干し場を仕切る元農民のテールという男を手伝っている。農業の知識はないが、力仕事と荷の持ち運びに長けている。
口数は少ないが、誰かが困っていると黙って手伝いに来る。気づいたら来ている。
サニワでの役割:甲板での力仕事全般、荷物の積み替え。
妹のリナが何かを決めると、ワウは「分かった」と言う。ほぼ例外なく。
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### テール 四十三歳 元農民
三代続く農家の出身だったが、土地が砂に飲まれた。農業ができなくなって十年間、何をするか分からないまま各地を転々としていた。マニハに来たとき、苗床を見て、初めて自分から手を動かした。
藻の乾燥と保存に習熟している。乾かしすぎず、湿らせすぎず、藻の状態を見ながら管理できる人間は少ない。
サニワでの藻干し場を設計したのはアルブだが、実際の運用方法を作ったのはテールだ。藻を干す順番、向き、裏返すタイミング、乾燥具合の判断基準。全部テールが決めた。
サニワでの役割:藻干し場の管理、保存食材の管理全般。
土地を失ってから十年、何もできなかったと言っている。土と藻と草の前では、テールの手が止まらない。役目を思い出した人間の手は、止まらないのだ、とアルブが言っていた。たぶん正しい。
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### その他十一名
水汲みをする者、帆を縫う者、苗床の虫を数える者、夜番をする者、子供を寝かしつける者。
名前を書けばきりがない。
ただ、一つだけ書く。
この名簿に書いた人間全員が、どこかで「屑守」と呼ばれたか、それに準じる言葉で蔑まれたか、あるいは誰にも必要とされないと思い込まされてきた人間だ。
砂漠の屑を拾って生きてきた人間が、砂漠の上を庭ごと動いている。
以上。
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**追記**
船長、未定。
たぶん、白と黒の二人。
ただし、本人たちはまだ分かっていない。
ガラム 記
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ガラムはこの名簿を書いた後、火種部屋に置いた。
誰でも読めるように。
リナが翌朝、自分の欄を読んで
「ガラムじいさん、字が汚い」
と言った。
ガラムは
「じいさんと言うな」
と言った。
それから少し間があって、
「内容は合ってるか」
と聞いた。
リナは
「火種を絶やしたことは一度もない、は合ってる」
と言った。
「それだけか」
「それだけ確認した」
──サニワは今日も砂の上を進む。
白と黒の二人が、それぞれの海を越えている間も。




