第29話 屑守たちの出航
試し走りを終え、荷の積み直しと補強を済ませた翌朝、サニワは本当の出航を迎えた。
試走のあいだに、乗る者は少し増えた。
迷っていた者が、最後の夜になって荷をまとめたからだ。
出発の朝は、風が北から来ていた。
南へ向かうサニワには、追い風だった。
帆が、夜のうちにマブロが調整していた。風の向きに合わせて角度を変えた。風鳴り骨の帆柱に、マブロが手を当てて風を読んだ。骨が鳴いた。乾いた笛のような音で、今日の風の強さと向きを教えた。
「いい風だ」
マブロが言った。
「どのくらい」
「今日一日走れる。夕方に少し向きが変わるが、そこで一回調整すれば、夜も行ける」
「行こう」
アルブは甲板の前方に立った。
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乗り込む順番は自然に決まった。
子供たちが最初に乗った。四人が走り込んで、苗床の周りに陣取った。次に家族連れが来た。赤ん坊を抱いた母親と父親が、ゆっくり乗り込んだ。老婆が二人目の子供に手を引かれて乗った。元博守たちが道具を抱えて乗った。最後にガラムとダウルが乗った。
二十三人だった。
前にマニハを始めたとき、アルブとマブロとダウルの三人だった。
それが今、二十三人になっていた。
アルブは水甕に手を添えた。
六つの甕に、水が満ちていた。マニハの水だった。あの砂の下から滲み出てきた水だった。役目を思い出した水脈が、じわりと砂を濡らした、あの水だった。
冷たかった。
水甕越しに、冷たさが手のひらに伝わってきた。
「行くぞ」
マブロが帆柱の根元で言った。
帆が開いた。
北からの風を受けて、帆がゆっくり膨らんだ。骨格が軋んだ。車軸が砂を噛んだ。サニワが、動いた。
ゆっくりだった。
最初はゆっくりだった。
砂の抵抗を受け止めながら、少しずつ速度が乗っていった。砂ワームの殻の底面が、砂の上をなめらかに滑った。何十年も砂の下を掘り続けたあの体が、今度は砂の上を走っていた。
「速い」
子供の一人が言った。
「これ、速い」
「速くない」
ダウルが言った。
「馬の方が速い」
「でも馬より大きい」
「大きい」
「庭より大きい」
「庭を運んでる」
「庭ごと動いてる」
子供たちが次々と言い合った。止まらなかった。しばらく放っておいた。
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村が後方に見えた。
給水塔の跡が、砂漠の中に小さく立っていた。ばーちゃんが死んだ村。双子が育った村。屑守と蔑まれ続けた村。
マブロが後ろを向いた。
見ていた。
何も言わなかった。帆柱に手を当てたまま、後ろを向いて、村の輪郭が小さくなっていくのを見ていた。
アルブは前を向いていた。
砂読み台の前に座って、床越しに砂の声を聞いていた。砂ワームの穴が集まる南の砂地まで、三日かかる。途中に岩場が一か所ある。砂嵐の季節にはまだ間があるが、風向きが変わりやすい場所がある。気をつけながら行けば、着く。
砂根草の茎が、懐にある。
あの子が押し込んでくれた茎。王都の地図庫でも折れなかった茎。着いたら、植える。
老人の元博守が、甲板の端に腰を下ろして、砂漠を見ていた。
何十年も砂漠を歩いてきた目で、砂漠を見ていた。歩いていた砂漠を、今は船の上から見ていた。同じ砂漠が、少し違って見えるだろうか、とアルブは思った。
「どうですか」
アルブは聞いた。
老人が振り返った。
「違うな」
「どう違いますか」
「歩いてると、砂しか見えない。足元しか見えない。でもここから見ると、砂漠に起伏がある」
「起伏」
「砂が丘になって、谷になって、また丘になる。歩いてたときは、登って、降りての繰り返しで、全体の形が分からなかった。ここからは、形が見える」
アルブは砂漠の起伏を見た。
波のようだった。大きな波が、砂で作られていた。
「きれいですね」
「きれいだ」
老人は少し間を置いた。
「こんなに長く砂漠にいたのに、きれいだと思ったのは初めてだ」
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夕方、砂丘を一つ越えた。
丘の頂上で、サニワが一瞬止まった。登りきって、降り始める瞬間の、止まる間だった。
子供の一人が砂丘の頂上から後ろを見た。
村は見えなくなっていた。
砂漠だけが見えた。
砂漠の砂と、砂漠の空と、遠くにかすかな雲と、それだけだった。
「村が見えなくなった」
子供が言った。
誰かが「うん」と答えた。
サニワが砂丘を降り始めた。
骨格が、今日一番大きく軋んだ。
丘を越えた。
三日目の夜、砂読み台の前でアルブが地図を広げた。
地図の四隅に、炎・水・土・風の印がある。
印はまだ黒ずんでいた。マブロが横に来た。
「どっちが先だ」
「先じゃない。同時に行かないと間に合わない」
「つまり」
「別れる」
マブロが黙った。
砂漠の夜が、二人の間にあった。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第29話では、二十三人を乗せた砂庭船サニワが、本当の旅へ出ました。
かつて三人から始まったマニハに人が集まり、今度はその人々が庭とともに移動していきます。
歩いているときには足元の砂しか見えない。
けれど船の上から見ると、砂漠にも丘があり、谷があり、大きな形がある。
同じ場所でも、立つ位置が変われば、見えるものも変わります。
村が見えなくなる場面は、双子や屑守たちにとって、過去を捨てる瞬間ではありません。
拾ったものを抱えたまま、次の場所へ進む瞬間です。
そして最後に、四つの国の異常が同時に進んでいることが分かりました。
次回、アルブとマブロは、これまでずっと一緒だった旅を分ける決断をします。
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