幕間 砂漠生物誌:マニハに集まるものたち
火が小さくなってきた頃、ダウルは子供たちに言った。
「寝るまでに話してやる。いいか」
子供は四人いた。ダウルが砂漠で拾ってきた二人と、家族連れの一家の娘だ。三人とも目を開けたまま毛布にくるまって、火を見ていた。眠れないのだ、とダウルは思った。遠くから来て、慣れない土地で、知らない大人に囲まれている。眠れなくて当然だ。
ダウルは砂の上に胡坐をかいて、火の向こうに目をやった。
マニハの夜は、来たばかりの頃より静かではなかった。人が増えれば音が増える。寝息、寝返り、水を飲む音。赤ん坊が一人いて、その子が夜中に泣くこともある。だがそれは悪い静けさではない、とダウルは思っていた。
「お前たちは、砂ワームを見たことがあるか」
一番年上の男の子が「ある」と言った。
「怖かったか」
「……怖かった」
「そうだな。でかいし、砂の下から突然来るし、怖いのは当たり前だ」
ダウルは枯れた砂根草の茎を拾って、火の端に突っ込んだ。じりじりと燃えた。
「ただな、砂ワームが何をしてるか、お前たちは知ってるか」
三人とも首を振った。
「昔、この島には川があった。大きな川がいくつも流れていた。川は水を運ぶだけじゃない。川の底を掘る。流れながら土を削って、砂の下に水が通る道を作る。それが水脈というやつだ」
「川が、道を作るの?」
「そうだ。川が流れるから、砂の下に水の通り道ができる。でも川が消えた。魔法が真力を前借りしすぎて、川が干上がった。水脈も消えかけた」
ダウルは火を見た。
「砂ワームは、その代わりをしてる」
「ワームが?」
「砂の下をあいつらが掘り進む。体がでかいから、通った後に太い穴ができる。その穴が水の通り道になる。川の代わりに、砂の下で水脈を掘ってるんだ」
男の子がしばらく考えた。
「じゃあ、ワームがいなくなったら」
「水脈が詰まる。砂の下の水が動かなくなる。そしてもっと砂漠が広がる」
静かになった。
火がぱちりと鳴った。
「気持ち悪いと思ってた」
女の子が言った。家族連れの娘だ。小さい声だった。
「怖いのは仕方ない。でも、気持ち悪いは違う」
ダウルは言った。
「あいつらは、誰も頼んでないのに、川の役目をやってる」
---
「夜露甲虫は知ってるな」
「知ってる。背中に水をつけてる虫」
「そうだ。夜になると砂の上に出てきて、朝まで動かないでいる。そうすると背中に夜の冷気で露がつく。朝になると口まで水を流して飲む」
「自分で水を作るの?」
「自分でじゃない。夜の空気に頼んでる」
ダウルは空を見上げた。星が出ていた。砂漠の夜は、空だけが贅沢だ。
「昔、木があった頃はな、葉が夜露を集めてた。葉の形が、露を集めるのにちょうどいい形をしてる。朝になると葉から雫が落ちて、根元の土を湿らせる。木が自分で水を集めて、自分に与えてた」
「でも木がなくなった」
「そうだ。だから夜露甲虫が、背中を葉の代わりにしてる。形は全然違うが、やってることは同じだ。空気の中の水を集めて、地面に戻す」
男の子が「すごい」と言った。
「すごくない」
ダウルが言った。
「すごくない。あいつらは生きようとしてるだけだ。生きるために水が要る。水を集める方法を、長い長い時間をかけて、体がそうなった。それだけだ。すごいじゃなくて、必死だ」
子供たちはしばらく黙った。
「必死なほうが、すごいよりすごいかもしれない」
女の子が言った。
ダウルは答えなかった。答える代わりに、鼻を鳴らした。
---
「砂根草は、そこにも生えてるな」
ダウルが水場の方を顎でしゃくった。暗くて見えないが、子供たちは昼間見ていた。
「あれは森の根の代わりをしてる」
「根の代わり?」
「森があるとき、木の根が土の中に網を張る。根が砂を抱きかかえて、風に飛ばされないようにする。砂嵐が来ても、根が土を離さない。だから森の近くは砂が安定してる。でも森が消えたら、根もなくなる。砂が飛ぶ。崩れる。砂漠が広がる」
「砂根草の根が、それをしてる?」
「ああ。細くて短い根だが、横に広がる。砂根草が一本生えると、その根が周りの砂をまとめる。一本では小さい。でも百本集まると、砂が動きにくくなる。砂根草が消えた場所から、砂漠が広がっていく」
「じゃあ砂根草、大事にしないといけないね」
「お前が言うな」
ダウルが言った。
「お前らが今日の昼間、砂根草の上を走り回ってたのを見てたぞ」
子供たちが少しだけ縮こまった。
「踏むな。抜くな。引っ張るな。以上だ」
---
「殻蟲は知ってるか」
「名前だけ知ってる。見たことない」
「夜に動く。丸くて黒い。死んだ虫や、動物の骨を食う」
「気持ち悪い」
「また気持ち悪いか」
「だって死んだものを食べるんでしょ」
「落ち葉を知ってるか」
「葉っぱが落ちたやつ?」
「秋になると木の葉が落ちる。落ちた葉は土の上に積もる。積もった葉は、時間が経つと土になる。腐って、砕けて、土の栄養になる。それが次の草や木を育てる」
ダウルは砂を一摘み拾って、指の間からこぼした。
「砂漠に落ち葉はない。木がないから。でも死骸はある。虫が死ぬ。小動物が死ぬ。そのままにしておくと、乾いて、砂の上に残るだけだ。砂には戻らない」
「殻蟲が食べると?」
「砕く。消化して、排泄する。その排泄物が土の栄養になる。落ち葉と同じことを、死骸でやってる」
しばらく間があった。
「……やっぱり気持ち悪いけど」
男の子が言った。
「でも大事なんだよね」
「気持ち悪くて大事なものは、砂漠にたくさんある」
ダウルが言った。
「きれいで役に立たないものより、気持ち悪くて役目を持ってるものの方が、砂漠では価値がある」
---
「乾き蜥蜴は、お前たちもよく見るだろう」
「見る。しっぽが短い」
「トカゲのくせになんで短いの、ってよく聞かれる。本当は短くない。体にものがいっぱいついてて、長く見えないんだ」
「ものって?」
「砂根草の種。藻の欠片。乾いた苔の破片。砂漠で転がってるものが、うろこに引っかかって取れなくなってる」
「汚い……」
「何が汚い」
ダウルが珍しく、少しきつく言った。
子供たちがびくりとした。
「昔な、風が種を運んでた。草の種は軽いから、風に乗って遠くまで飛んでいける。落ちた先に水があれば芽を出す。それで草が広がる。森が広がる」
「風が運んでたんだ」
「ところが砂漠では、乾いた砂嵐が強すぎて、小さい種が先に死ぬ。熱で乾く。砂に埋もれる。遠くへ運ばれる前に消える。だから草が広がらない。砂が広がる」
ダウルはそこで一度止まった。
「乾き蜥蜴は、涼しい岩陰から岩陰へ動く。暑い砂の上は避けて、岩陰から岩陰へ移動する。その体に引っかかった種が、岩陰に落ちる。岩陰は水分が残ってる。種が芽を出せる場所だ」
「トカゲが、種を運んでるの?」
「トカゲは運ぼうとしてない。ただ涼しいところへ移動してるだけだ。でも結果として、種が生きられる場所へ運ばれる」
女の子がしばらく考えた。
「知らないうちに、役目を持ってるんだ」
「知らなくていい」
ダウルが言った。
「役目は、知っててやるもんじゃない。それぞれが生きようとして、動いて、その結果が役目になる。誰かに頼まれなくてもそうなる。砂漠のやつらは皆そうだ」
---
火が小さくなった。
眠れそうにないと思っていた子供たちが、いつの間にか静かになっていた。
女の子だけがまだ目を開けていた。
「ダウルじいさん」
「じいさんって言うな」
「砂漠って、死んでないの?」
ダウルは火を見た。
小さくなりかけた火の、最後の赤さを見ていた。
「死んじゃいねえ」
静かに言った。
「死なねえように、形を変えたんだ」
女の子はそれから少しして、目を閉じた。
ダウルはもう少しだけ起きていた。
マニハの夜は、人の寝息と、虫の気配と、砂がかすかに動く音でできていた。
翌朝、女の子がダウルに聞いた。
「形を変えたら、もとに戻れるの?」
ダウルは答えなかった。答えを持っていなかった。
その問いに答えられるのは、真法拾いだけだ、とダウルは思った。
双子がその答えを持って帰ってくる日のために、この庭は今日も水を滲ませている。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は幕間として、砂漠に生きる生き物たちの役目を、ダウルが子供たちへ語る形で描きました。
砂ワームは、失われた川の代わりに水脈を掘る。
夜露甲虫は、葉の代わりに空気の水を集める。
砂根草は、森の根の代わりに砂を抱える。
殻蟲は、落ち葉のない砂漠で死骸を土へ戻す。
乾き蜥蜴は、知らないうちに種を運ぶ。
彼らは世界を救おうとしているわけではありません。
ただ生きるために動き、その結果として、失われた役目を支えています。
砂漠は死んだ土地ではない。
死なないために、形を変えた土地です。
だからこそ、真法拾いの役目も、昔の世界へそのまま戻すことではありません。
今を生きているものたちの役目を壊さず、次のつながりを探すことになります。
最後に子供が尋ねた、
形を変えたら、もとに戻れるの?
この問いへの答えは、これからアルブとマブロがそれぞれの旅で探していきます。
今回登場した砂漠生物の中で、特に印象に残ったものがあれば、感想で教えていただけると嬉しいです。
評価やブックマークでの応援も、とても励みになります。




