第27話 砂庭船サニワ
完成したのは、深夜だった。
完成、と言っても、完全ではなかった。
補強は走りながら続ける。棚も、屋根の継ぎ目も、まだ直す場所がある。
それでも、動ける形にはなった。
最後の帆の縁を風鳴り骨の繊維で縫い止めたとき、針を持っていたダウルが「終わった」と言った。
終わった。
アルブはサニワの全体を見た。
全長八メートル。幅四メートル。砂ワームの殻を底に持ち、大樹の枝を骨格に、砂根草の繊維の床を張り、夜露甲虫の殻を屋根に並べた。帆柱には風鳴り骨を二本立て、乾いた藻を繊維に混ぜて作った帆を広げた。
拾った大樹の枝は三本だけではなかった。
売ったのは折れて乾いた枝で、芯の残る細枝はガラムが一本だけ取っておいた。
船ではなかった。
船に似た何かだった。
前から見れば、確かに船の形をしていた。横から見れば、砂漠の生き物たちが形を変えて集まったもの、という方が正しかった。砂ワームの曲線。甲虫の光沢。樹木の節。草の繊維の均一さ。みんながそれぞれの形で、一つのものになっていた。
砂ワームの殻は、重さを砂に沈めず、横へ逃がす形をしていた。
車輪で走るというより、殻で滑り、車軸で向きを変える。
帆は進むためだけでなく、船体をわずかに浮かせるように風を受ける。
内部は、アルブが設計した。
正面に砂読み台を設けた。砂の振動を読むための台で、床板を一枚だけ薄くして、地面に近い層の音が伝わりやすくなっていた。その横に火種を守る小部屋。外の風から守りながら、換気ができる構造をガラムが考えた。
左側に水甕を並べた。六つ。全部で三百リットル入る。藻の干し場は甲板の端に設けた。風が当たりやすく、日差しも当たる場所だ。虫殻倉庫は右側の壁際に作った。棚があって、種類別に分けて収納できる。
奥に苗床があった。
ここだけは、船らしくなかった。
木の枠に砂根草の繊維を敷き、その上に赤みがかった古い土を入れた。水場から少しずつ運んだ、記憶のある土だ。マニハで根付いた草の根を、苗として移した。虫を二十匹、連れてきた。土ごと移動する。役目ごと移動する。
屋根に並べた夜露甲虫の殻は、ただの日除けではない。
夜になると殻の背に露がつき、朝には溝を通って小さな受け皿へ落ちる。
飲み水には足りない。けれど苗床を湿らせるには十分だった。
これが、移動するマニハだ。
子供たちの寝床は、苗床の隣に作った。苗の呼吸が届く場所に、眠る場所を作った。ばーちゃんが昔言った言葉があった。草の匂いがする場所で育った子供は、砂漠でも帰る場所を忘れない、と。
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夜明け前に、全員がサニワの前に集まった。
博守七人。マニハから来た家族。老婆。子供四人。それとアルブとマブロとガラム。二十人近くが、砂の上でサニワを囲んでいた。
「乗るぞ」
マブロが言った。
「乗る前に確認する」
アルブが言った。
「水甕、満タンか」
「満タン」誰かが答えた。
「苗床の水、入れたか」
「入れた」
「虫の確認」
「二十一匹いる。一匹増えた」
「増えたか」
「産んだみたいだ」
出発前に虫が増えた。アルブは少し目を細めた。
良いことだと思った。理由はなかった。ただ、良いことだと思った。
「帆の向き」
「今夜は北北西の風。帆はその向きに合わせた」
「行き先は」
「南に三日。砂ワームの穴が集まってる場所がある。水脈が太い。マニハの二つ目を作るのに向いてる」
「全員、中へ」
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サニワが動いた。
最初はゆっくりだった。
砂ワームの殻を底に持つ船体が、砂の上を滑り始めた。古い車軸の車輪が砂に食い込んで、押し返して、また食い込んだ。帆が風を受けた。骨格が軋んだ。軋みは不安な音ではなく、力を受け止める音だった。木が荷を負う音だった。
「動いた」
マブロが甲板の端で言った。
前に立って、砂の上を見ていた。マブロの目が、普段と違っていた。怒っていない。苛立っていない。ただ、前を見ていた。
「動いてる」
もう一度言った。今度は独り言だった。
アルブは砂読み台の前に座っていた。
薄い床板越しに、砂の振動が伝わってきた。砂の下の声が、かすかに聞こえる。水脈の向き。砂の密度の変化。深い場所で何かが動く気配。
船の上で、砂が読める。
これでいい、とアルブは思った。
移動しながら、砂を読める。庭を持ちながら、砂漠を渡れる。
骨格がまた軋んだ。
今度は、苗床の方から軋みが来た。植えた草の根が、揺れに慣れようとしている感覚がした。根が、船の振動を学んでいる。
庭が、動くことを覚えている。
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夜明けに、後ろを振り返ると、マニハが小さくなっていた。
あの場所はまだある。草もある。水も滲んでいる。置いてきた虫もいる。人が来れば水を分ける。それは変わらない。
ただ、庭はここにも、ある。
子供の一人が、サニワの縁から外を見ていた。砂漠の夜明けを初めて船の上で見ている顔だった。怖いのか、嬉しいのか、自分でも分からない顔だった。
「ダウル」
その子が言った。
「ここ、庭が歩いてるみたい」
ダウルが来て、横に立った。
砂漠の夜明けを、老博守と子供が並んで見た。
「そうだな」
ダウルが言った。
それだけ言った。
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サニワが砂の上を進んでいく中で、マブロの後ろにいた元博守の一人が言った。
男は五十代で、若い頃からずっと砂漠を渡ってきた人間だった。誰にとも言わずに、ただ前を見て呟いた。
「屑守の庭が、砂の上を歩いた」
誰かが笑った。笑いながら泣いていた。誰だか分からなかった。
アルブは砂読み台の前から、その声を聞いた。
屑守。
その言葉が、今日は違う音をしていた。
蔑まれた言葉が、誇りのある言葉に変わったわけではなかった。言葉はそのままだった。でも、その言葉を口にした人間の声が、違っていた。
拾ったものを、つなげ返した。
ばーちゃんの声が、耳の奥で聞こえた気がした。
アルブは砂読み台に手を置いて、砂の声を聞きながら、前を向いた。
南へ三日、砂ワームの穴が集中する場所に向かいながら、ガラムが言った。
「博守の掟を知ってるか」
アルブは首を振った。
「知らない」
「教えてやる。ただし、これは砂漠で死なないための掟だ。真法とも、王国とも関係ない」
だがガラムが語り始めた掟の一つ一つが、アルブの耳の中で、ばーちゃんの言葉と重なっていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第27話では、砂庭船サニワが完成し、初めて砂漠の上を動きました。
砂ワームの殻が船底になり、甲虫の殻が屋根になり、草の繊維が床になり、風鳴り骨が帆柱になる。
さらに船の中には苗床があり、土と草と虫まで一緒に移動します。
これは単なる乗り物ではありません。
真庭を持ち運び、立ち寄った場所で次のつながりを作るための、移動する庭です。
そして今回、「屑守」という言葉の響きも少し変わりました。
馬鹿にするための呼び名だった言葉が、拾い、作り、運ぶ者たちの名前として語られ始めています。
次回から、サニワは新しいマニハを作るために砂漠を進みます。
その旅の中で、古くから博守に伝わる掟も語られていきます。
砂庭船サニワの中で、特に好きな仕組みや素材があれば、感想で聞かせていただけると嬉しいです。
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