第25話 固定された庭は奪われる
王都から帰って最初にしたことは、水場の草を確かめることだった。
アルブは膝をついて、草の根元に指を差し込んだ。湿っていた。水が続いていた。虫の這い跡も増えていた。留守の間、ダウルが水場の周りを踏み荒らさないよう見ていてくれたらしかった。
「生きてた」
マブロが言った。
「うん」
アルブは立ち上がった。
マニハは二週間前より少し大きくなっていた。草が広がっていた。砂根草の根がさらに伸びて、端の砂が固まっていた。水場の面積も、指一本分ほど広がっている。
悪くない。悪くないが。
アルブはマニハ全体を見渡した。
ここにある。場所がある。形がある。見える。
それが問題だった。
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夜、ダウルと三人で話した。
「次に来るのは、シルワンとは限らない。
王国が本気で動けば、もっと多くの兵と魔法使いが来る。」
アルブは言った。
「今度こそ管理下に置くつもりで来る。私兵を防風林で止めたのは一度だけ通じた。次は対策を取ってくる。魔法使いを連れてくるかもしれない。魔法でここの土地を削れば、草は萎れる。水脈は死ぬ」
「分かってる」
マブロが言った。
「じゃあどうする。逃げるか?」
「逃げるとは言ってない」
「守りきれないなら、次の手を考えるって話だ」
「守れる。前も守った」
「前は相手が一回目だったから通じた。同じ手は二度目は通じない」
マブロが砂を踏んだ。
苛立っている。逃げることへの抵抗ではない、とアルブには分かった。ここを手放すことへの抵抗だ。ばーちゃんの教えを根にして、二人で作ったこの場所を。人が集まってきたこの場所を。
「逃げるんじゃねえ」
ガラムが言った。
二人が振り返った。ガラムは火の前に胡坐をかいて、黙って聞いていた。
「逃げるんでも、守るんでもない」
ガラムは火をつついた。
「庭を守るんじゃねえ。庭を運ぶんだ」
沈黙があった。
「運ぶ」
マブロが繰り返した。
「庭を」
「場所は奪われる。土地は王国のものだ、法の上ではな。だが庭が場所じゃなくなれば、奪いようがない」
「庭を動かすって、どうやって」
ガラムは何も言わなかった。
考えろ、という沈黙だった。
アルブは砂を見た。
火の光が届く範囲の砂を見た。砂の表面に、夜露甲虫が一匹いた。動いていた。砂の上を、ゆっくり、確実に動いていた。
その横に、古い砂ワームの抜け殻が落ちていた。
大きな砂ワームが脱皮した後の殻で、半月形に湾曲していた。軽い。でも丈夫だ。砂漠で何年も風雨にさらされているのに、まだ崩れていない。内側が滑らかで、外側に細かい鱗状の突起が並んでいる。
突起が砂を受け流す。
内側が滑らかだから、砂の上を摩擦なく動ける。
アルブは抜け殻を拾い上げた。
湾曲した形を、手のひらで確かめた。
船底だ。
この形は、船底だ。
「ガラム」
「なんだ」
「砂ワームの抜け殻の大きいものを、見たことがありますか」
ガラムが少し間を置いた。
「ある。南の砂地に、人が三人入れるくらいのがある。死んで十年は経つ」
「行きたい」
「明日でいいか」
「明日で」
マブロがアルブの手元を見た。
「何を考えてる」
アルブは抜け殻の湾曲を指でなぞった。
「船を作る」
「砂漠に船?」
「砂の上を走る船。その上に、庭を乗せる」
翌朝、ガラムが案内した砂地に、それはあった。
体長七メートル、幅三メートルの巨大な砂ワームの抜け殻が、砂の中から半分だけ顔を出していた。
マブロが殻を叩いた。乾いた、硬い音がした。
「これ、船になるのか」
アルブは殻の湾曲を確かめた。
「骨組みになる」
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第25話では、マニハを守る方法そのものを、アルブたちが考え直しました。
どれだけ大切な場所でも、そこに固定されている限り、王国に場所ごと奪われるかもしれない。
ならば、庭を守るのではなく、庭を運ぶ。
ガラムのその言葉から、砂漠を進む船という発想が生まれました。
そして材料になるのは、砂ワームの抜け殻。
川の代わりに砂の下を掘り、水脈を通してきた生き物の役目が、今度は砂の上を進むものへつながっていきます。
次回は、屑守たちが集まり、拾ってきた素材だけで船を作り始めます。
これまで役に立たないと笑われてきた知識が、ひとつの形になる回です。
「庭を運ぶ」という考え方が印象に残りましたら、感想で聞かせていただけると嬉しいです。
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