第23話 止めれば王都が死ぬ
翌朝、王が呼んだ。
昨日の謁見の間ではなかった。もっと小さな部屋だった。窓が一つあって、外が見えた。王都の屋根が連なっていた。その向こうに青い空があった。
王はすでに椅子に座っていた。テーブルの上に湯気の立つ椀が二つ置いてあった。双子の分だった。
「座ってくれ」
アルブは座った。マブロは座らなかった。立ったまま、窓の外を見ていた。
「昨日、見てもらった」
王は言った。謁見の調子ではなく、ただ話す声だった。
「ええ」
「どう思った」
マブロが振り返った。
「最悪です」
王は頷いた。
「そうだな」
「分かってるんですか」
「分かっている」
「じゃあ止めてください」
「止められない」
「なぜ」
王は窓の外を見た。屋根の連なりを見た。
「止めれば王都が死ぬ。水が消える。今日の昼食も、明日の食料も、魔法で輸送されている。治療院の薬も、橋の維持も、冬の暖房も。真力炉を止めた翌日から、人が死ぬ」
「徐々に止めれば」
「試みた。二十年前、先代の王が段階的な縮小を試みた。三か月で諦めた。物価が上がり、貧しい者が先に死んだ。富める者は蓄えがある。貧しい者には蓄えがない。縮小の痛みは、必ず弱い者から来る」
マブロが黙った。
「地方も、弱い者から死んでいます」
アルブが言った。
「知っている」
「知っていて、止められないと」
「止める方法を、私は持っていない」
王は椀を両手で包んだ。湯気が上がっていた。
「この王都に百三十万の民がいる。この島全体では三百万だ。そのうち百三十万が、この炉によって生きている。残りの百七十万が、その代償を払っている」
数字が、部屋に重く落ちた。
アルブはその数字を聞きながら、足の裏を感じていた。この部屋の床の下の土からも、かすかに記憶が上がってくる。疲れた記憶。削られ続けている記憶。
「王都の人間が悪いとは思っていない」
マブロが言った。
声が変わっていた。怒鳴ろうとしていない声だった。
「市場の婆さんを見た。普通に暮らしてた。昨日も子供が走り回ってた。あの人たちは、自分たちが何の上に立ってるか、知らない。知らないから、罪とも言えない」
「そうだ」
「でも」
マブロは王を見た。
「あなたは知っている。知っていて続けている。百三十万のために、百七十万の未来を奪っている。その百七十万の中に、俺たちの村がある。ばーちゃんが死んだ村がある。井戸が枯れた村がある」
王が目を閉じた。
「知っている」
「知っていることが、何かを変えましたか」
王は答えなかった。
アルブは王の顔を見ていた。
苦しんでいる、とアルブは思った。本当に苦しんでいる。何十年も、この問いを抱えて生きてきた顔だった。答えを探し続けて、見つからなくて、それでも毎日この椅子に座ってきた顔だった。
悪人ではない。
ただ、悪人でないことと、正しいことは別だ。
アルブには、責める言葉が出てこなかった。
出てこないことが苦しかった。
正しく怒れない自分が、もどかしかった。
「アルブ」
マブロが言った。
「分かってる。お前が何を感じてるか分かる」
「……うん」
「でも」
マブロは王に向き直った。
「それでも、奪っていい理由にはならない」
静かな声だった。
怒鳴らなかった。声を荒げなかった。
それが今まで聞いた中で、一番重いマブロの言葉だった、とアルブは思った。
王が目を開けた。
マブロの顔を見た。
「……その通りだ」
王は言った。
ただそれだけ言った。
反論しなかった。言い訳もしなかった。
ただ「その通りだ」と言って、また湯気を見た。
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沈黙が続いた。
部屋の外から、王都の音が聞こえた。荷車の音、人の声、子供が笑う声。百三十万の民が、今日も普通に暮らしている音だった。
「一つだけ聞いていいですか」
アルブが言った。
「どうぞ」
「この島の外に、何があるか知っていますか」
王が少し目を細めた。
「なぜそれを」
「昨日、地図庫の前を通りました。古い地図が保管されていると、シルワンさんが言っていた」
「……見るか」
「はい」
地図庫は城の東端にあった。
司書の老人が一人管理していて、双子を見て最初に
「子供は入れない」
と言ったが、シルワンの一言で黙った。
部屋は天井まで棚があり、棚に丸めた地図が何百本も収まっていた。
アルブはその匂いを嗅いだ。
紙と、革と、インクの匂い。
それと、かすかに、潮の匂い。
海の向こうの何かが、この紙の中にあった。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第23話では、真力炉を止められない理由が語られました。
炉を止めれば、王都の水や食料、薬、暖房が失われる。
そして最初に傷つくのは、蓄えを持たない弱い人たちです。
けれど炉を動かし続ければ、地方の村々と未来の命が削られていく。
百三十万人を今生かすために、百七十万人の未来を奪う。
数字にすると合理的に見えても、その中にはアルブたちの村や、枯れた井戸や、ばーちゃんの死があります。
今回のマブロは怒鳴りませんでした。
それでも、奪っていい理由にはならない。
静かに口にしたからこそ、重い言葉になったと思います。
次回は、王国の外にも同じ問題が広がっていることが明らかになります。
この島だけではない世界の姿を、双子が初めて知る回です。
王の選択とマブロの言葉について、感じたことがあれば感想で聞かせていただけると嬉しいです。




