第22話 地下の真力炉
階段は百段あった。
アルブは数えていた。数えていないと、足が止まる気がした。石段は古く、表面がすり減っていた。何千回、何万回と踏まれた跡だった。壁に灯された光は魔法の光で、青白く、影をほとんど作らなかった。自然な光ではない光だった。
百段降りると、扉があった。
金属製の重い扉で、縁に文様が刻まれていた。シルワンが何かを触れると、扉が内側へ開いた。
最初に来たのは音だった。
低く、一定の、脈動する音だった。心臓の音に似ていたが、心臓より重く、心臓より大きかった。地面全体が、その音に合わせてかすかに揺れていた。
次に来たのは匂いだった。
マブロが先に反応した。
「焦げてる」
「真力が燃えている匂いだ」とシルワンが答えた。
扉の奥は広かった。
天井が高く、壁が遠く、空間の規模が地上の建物と比べ物にならなかった。その中央に、それはあった。
炉だった。
高さが二十メートルはあるだろうか。円筒形で、表面が金属と石を組み合わせた材質でできていた。全体が薄く発光していた。赤でも青でもなく、その中間のどちらでもない色で、じんわりと光っていた。美しかった。
アルブは思った。美しい、と思った。
それが最初の感想だったことが、後になって苦しくなった。
炉の周囲に管が伸びていた。床から天井へ向かう管、壁を這う管、炉の側面から放射状に広がる管。細いものから、大人が二人で抱えるような太いものまで。全部の管が、発光していた。光が流れていた。光の流れには方向があった。全部、炉の方向へ向かっていた。
「各地から真力を集める管です」
シルワンが説明した。
「地下を通じて、島全体に張り巡らされています。真力は世界の根源力ですから、どこの土地にも存在します。それを少しずつ集めて、ここで精製し、王都へ供給しています」
「少しずつ」
アルブは呟いた。
「ええ、各地から少しずつ。一か所から大量に取れば、その土地が死ぬ。ですから薄く広く」
「薄く広く取り続ければ、全部が少しずつ死ぬ」
シルワンは答えなかった。
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炉の近くへ進むと、体が重くなった。
アルブの体が、重くなった。真法を拾うときに感じる重さとは違う。何かが流れていく重さだ。体の中を通り過ぎていく感覚。この場所にいるだけで、自分の中の何かが少しずつ引かれていく。
マブロも感じているのだろう、顔が険しくなっていた。
炉の底の方に、装飾のような突起物があった。金属の突起で、細工が施されていた。アルブはそこへ近づいた。
「触れない方がいい」
シルワンが言った。
「分かってます」
アルブは触れた。
来た。
洪水だった。
一つの記憶ではなかった。百の、千の、数えられない記憶が一度に来た。村の井戸が枯れる記憶。畑の土が砂になる記憶。川底が露わになる記憶。木の根が乾く記憶。虫が消える記憶。草が消える記憶。人が去る記憶。建物が砂に沈む記憶。
その中に、見覚えのある井戸があった。
ばーちゃんの村の、古い井戸だった。
水が引いていく瞬間だった。底が白く乾いていく瞬間だった。老人が泣いていた。あの夜の老人と同じ泣き方をしていた。
この炉が、あの記憶を作っていた。
アルブは突起物から手を離した。
膝が折れた。
マブロが支えた。
「アルブ」
「平気」
「平気じゃない」
「立てる」
アルブは立った。足が震えていたが、立った。吐き気があった。口の中に苦いものが上がってくる感覚があった。
炉は静かに脈動していた。
美しく光っていた。
この光の一粒一粒が、どこかの土地の未来から盗まれた真力だった。
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「王都の上の庭園の花は」
アルブは言った。
「ここから養われているんですね」
「そうです」
「貴族たちの若さも」
シルワンが少し間を置いた。
「……真力は、人の生命力にも作用します。適切に分配されれば」
「地方の人間の寿命を前借りして、貴族が若さを保っている」
「そのような言い方は」
「違いますか」
シルワンは答えなかった。
マブロが炉を見ていた。
怒りを抑えている顔だった。手が拳になっていた。震えていた。声を出したら何をするか分からない自分を、黙ることで止めていた。
アルブはそのマブロの手を見た。
震えている拳を見た。
正しい、とアルブは思った。この怒りは正しい。ただ、正しい怒りをここで爆発させたら、今夜この場所から出られなくなる。
「戻りましょう」
アルブは言った。
「今日はもう、戻りましょう」
部屋に戻ると、マブロは壁を殴った。
一度だけ殴って、それきり動かなかった。
アルブは何も言わなかった。言える言葉がなかった。
窓の外に王都の光が見えた。美しい光だった。
今は、その光の一つ一つが、どこかの村の井戸の水だと分かっていた。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第22話では、王都の地下にある真力炉が明らかになりました。
王都の光も、水も、庭園の花も、貴族たちの若さも。
その豊かさは、島全体から少しずつ集められた真力によって支えられていました。
一か所から奪えば、その土地だけが死ぬ。
だから薄く広く奪う。
けれど、それは島全体を少しずつ枯らしていく方法でもあります。
アルブが触れた炉の記憶の中には、故郷の井戸が枯れる瞬間もありました。
美しく見えた光が、どこかの村の未来だったと知る回です。
次回は、「炉を止めれば王都が死ぬ」という現実と向き合います。
正しい怒りだけでは解けない問題に、双子がどう答えるのか。
真力炉の光をどう感じたか、感想で聞かせていただけると嬉しいです。
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