第21話 王の保護
王は思ったより年を取っていた。
謁見の間は広く、天井が高く、柱に蔦が絡んでいた。王は玉座に座っていたが、背もたれには寄りかかっていなかった。背筋が伸びていた。疲れているのに、伸ばしている背筋だった。
五十代か、六十に近いか。白髪が多く、顔に皺が深い。目が疲れていた。
悪人の目ではなかった。
疲れた人間の目だった。長い間、重いものを持ち続けてきた目だった。
「来てくれた」
王は言った。
声は穏やかだった。威圧しなかった。双子を見下ろしているはずの玉座から、なぜか見下ろされている感じがしなかった。
「招待を受けていただいて、礼を言う」
アルブは頭を下げた。
マブロは下げなかった。王の目と視線を合わせたまま、動かなかった。失礼ではあった。それでも王は気にした様子がなかった。
「聞いている。砂漠に真庭を作ったと」
「はい」
「素晴らしいことだ」
王は立ち上がって、玉座の段を降りてきた。シルワンが止めようとしたが、王が手で制した。二人の前に立った。近くで見ると、さらに疲れが分かった。目の下が濃い。
「率直に話そう」
王は言った。
「君たちの力は、国を救える。いや、国だけではない。砂漠化は止まっていない。この島全体が、少しずつ砂になっていく。君たちが作ったものを、もっと大きく、もっと多くの場所に展開できれば、多くの民が救われる」
「そのために王家が保護する、と」
マブロが言った。
「そうだ」
「前も同じことを聞きました。シルワンという使者から」
「知っている。彼から報告を受けた」
「彼が魔法を使ったとき、庭の草が萎れました」
王が少し黙った。
「……申し訳なかった。彼に悪意はない。だが真力を扱う者は、どうしても」
「どうしても何ですか」
マブロの声は怒っていなかった。静かだった。静かな怒りだった。
「どうしても、土地を削る。それが魔法だから。王国の魔法は、世界の未来を前借りして現象を起こす。それを分かっていて、王国は使い続けている。分かっていて、ですよね」
「……分かっている」
王が言った。
アルブは驚いた。否定すると思っていた。言い訳をすると思っていた。分かっていないと言うか、知らなかったと言うか、大局のためにやむを得ないと言うか、そのどれかだと思っていた。
「分かっている。分かっていて、止められない」
王は玉座の方を見た。玉座ではなく、その奥の、壁の向こうを見るような目だった。
「この王都に百万の民がいる。魔法を止めれば、水が消える。食料が消える。輸送が消える。明日にでも飢える民が出る。今すぐ止める力が、私にはない」
「地方の土地を削り続ければ、いつか全部消えます」
「分かっている」
「分かっていて、続けるのですか」
「今の民を生かすために、続けている」
沈黙があった。
誰も動かなかった。
アルブはその沈黙の中で、王の足元の石畳を見ていた。石畳の下の土から、かすかな記憶が上がってくる。疲れた土の記憶だ。削られ続けている土の記憶だ。でも、まだある。まだ消えていない。
この王は嘘をついていない。
アルブはそれを、足の裏から感じた。
本当に分かっていて、本当に止められないと思っていて、本当に苦しんでいる。それでも選択できない。百万の民と、名前も知らない地方の土地を天秤にかけて、百万の方を選び続けている。悪意ではなく、切迫から。
だからこそ、アルブは何も言えなかった。
正しいとは思えない。でも間違いだとも言い切れない。百万人が明日飢えることを、止める方法が今の自分にはない。
揺れた。
アルブの中で、何かが揺れた。
「行けません」
マブロが言った。
間を置かなかった。一瞬も迷わなかった。
「保護とは、自由を失うことです。私たちが王国の管理下に入れば、王国が必要とする場所に、王国が必要とするやり方で真法を使わされる。それは真法じゃない。真法は命令するものじゃない。拾うものです。命令されて拾えるものじゃない」
「しかし」
「アルブ、行くぞ」
マブロが振り返った。
アルブは王を見た。
王の目が、少し変わった。諦めではなく、何か別のものを考え始めている目だった。
「では」
王が言った。
静かだった。
「君たちには、本当の王国を見てもらおう」
その声には、申し訳なさと、それから何か別の、覚悟のようなものが混じっていた。
シルワンが扉の方へ動いた。
アルブはその「本当の王国」という言葉を聞いた瞬間、足の裏の土の叫びが少し変わった気がした。城の奥の方から、別の何かが上がってくるような気がした。
深い場所からの、冷たい記憶の気配だった。
シルワンが先導した廊下は、大通りとは反対方向だった。
下へ向かっていた。
石段を降りながら、アルブは足の裏の感覚が変わっていくのを感じた。
土の記憶が濃くなる。濃くなりながら、重くなる。
マブロが小声で言った。
「なんか臭う」
アルブも感じた。土ではない。
焦げた何かの匂い。真力が燃え続けている匂いだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第21話では、アルブとマブロが王と向き合いました。
王は、魔法が世界の未来を削っていることを知っていました。
それでも、王都に暮らす百万人を明日生かすために、魔法を止められない。
完全な悪人ではなく、苦しみながら誰かを切り捨て続けている人物です。
アルブは王の苦しみを感じ取り、簡単に否定できなくなりました。
一方でマブロは、「保護とは自由を失うことだ」と迷わず拒みます。
同じものを見ても、受け止め方は違う。
その違いが、これから双子にとって大きな意味を持っていきます。
そして王は、「本当の王国」を見せると言いました。
次回、双子は王城の地下へ向かいます。
そこには、王都の豊かさを支えているものが隠されています。
王の選択とマブロの拒絶、どちらの考えに近いと感じたか、感想で教えていただけると嬉しいです。
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