第18話 真法拾い
十五頭だった。
馬十五頭と、騎乗の兵士が十五人。後ろに歩兵が十人ほど。シルワンの姿はなかった。武器を持っていた。抜いてはいないが、持っている。
ダウルが子供たちを後ろへ下がらせた。老婆も、家族連れも、集まっていた村人も、水場から離れた。
双子だけが前に残った。
正確には、双子が残ったのではなく、双子が前に出た。
アルブが先に出て、マブロがその横に来た。
足が震えていた。アルブの足が、確実に震えていた。膝が笑いそうになるのを、つま先に力を入れて止めていた。怖い。本当に怖い。武器を持った大人が十五人来て、怖くない人間はいない。
それでも、水場の前に立った。
「退いてくれれば、傷つけません」
先頭の兵士が言った。
台本通りの言葉だった。退かなければ傷つける、という意味だ。
「退かない」
マブロが言った。
「止まれ」
兵士たちが動いた。
「マブロ」アルブが言った。
「分かってる」マブロが答えた。「飛び込まない。やるぞ」
「やる。でも、待って。読む」
アルブはしゃがんだ。
砂に両手をついた。兵士たちが近づいてくる蹄の振動が、地面から手のひらに伝わってくる。それより深い場所に、土地の記憶がある。
来た。
渇きではなかった。
今度来たのは、土が受け止めてきた風の記憶だった。
この土地には、かつて森があった。背の高い木ではなく、砂を固める低い木が、帯のように連なっていた。防風林だ。砂嵐を受け止め、砂を固め、風の勢いを殺す。木と木が根を絡ませて、土を守っていた。
まだある。
木は消えた。根も、ほとんど腐って消えた。でも、土の中に、その記憶がある。木が立っていた場所に、根が張っていた形に、土の記憶が残っている。
「マブロ」
「聞こえてる」
「風を呼んで。砂を動かす風じゃなくて、根が伸びるときみたいな、ゆっくりした風」
「根が伸びるときの風?」
「分かる?」
一瞬の間があった。
「……やってみる」
アルブは土地の記憶の中に手を差し込んだ。
木が立っていた場所を撫でた。根が張っていた形を、指でなぞった。ここにいたね、と伝えた。ここに役目があったね、と伝えた。
体に記憶が入ってきた。
砂嵐の記憶だった。何度も何度も来た砂嵐を、この木たちが体で受け止めた記憶。根が千切れそうになりながら踏ん張った記憶。隣の木と根を絡ませて、一本では折れるところを、一緒に立ち続けた記憶。
その記憶が体をすり抜けるとき、アルブは声を出さなかった。
声を出したら、崩れそうだった。
受け止めた。流した。
「砂が、動いてる」
誰かの声が聞こえた。
地面が変わっていた。
馬の前方、水場を囲むように、砂が盛り上がっていた。盛り上がりながら固まっていた。ゆっくりだった。木が生えているのではない。根が伸びているのでもない。でも、土の形が変わっていた。砂が固まって、壁のように、低い壁のように、連なっていた。
風がそこを通ると、分散した。鋭い突風が、低い砂の凸凹に当たって、速度を失って広がった。
馬が止まった。
馬が嫌がった。砂がおかしい、と馬が感じた。足場が読めない。踏み込めない場所がある。騎馬で突っ込める地形ではなくなっていた。
兵士の一人が徒歩で越えようとする。
しかし足を踏み入れた瞬間、砂が沈むか、固まった砂の筋が足首を取る。
それを見て、先頭の兵士が「無理に入れば馬を折る」と判断して退く。
「なんだこれは」
兵士の一人が言った。
「砂が動いた?」
「魔法か?」
「魔法じゃない」
アルブはようやく立ち上がった。
体が重かった。受け止めた記憶の重さが、まだ体の中に残っていた。骨の芯が冷えているような感覚があった。
「これは、前からここにあったものです」
静かに言った。
「このあたりに、昔、木が生えていた。砂を止める木が。その役目を、土が覚えていた。思い出してもらっただけです」
兵士たちが動かなかった。
攻め込めない、というよりも、何が起きているか分からない、という顔だった。砂が動いた。それだけで、彼らの想定していた戦いとは、別の話になっていた。
「退いてください」
アルブは続けた。
「俺たちは、あなた方を傷つけません。この砂も、傷つけません。ただ、ここを通ることはできない」
長い沈黙があった。
先頭の兵士が馬を返した。
後ろの兵士たちも続いた。
砂煙が遠くなっていった。
---
砂の壁は、その日の夕方には崩れていた。
木が生えたわけではない。根が戻ったわけではない。記憶を引き出して、一時だけ形にしただけだった。形は消えても、役目は消えない。また引き出せる。あの土地には、まだ記憶がある。
アルブは砂の上に座り込んだ。
立っていられなかった。体の奥が、まだ重かった。
「すごかった」
後ろからダウルの声がした。
「砂が動くのを見たのは初めてだ。古い博守に聞いた話では、昔そういうことができる人間がいたらしいが」
ダウルはそこで少し間を置いた。
「屑守じゃねえ」
ぽつりと言った。
「あいつらは、真法拾いだ」
アルブはその言葉を聞いた。
マブロも聞こえたはずだった。
振り返ると、マブロが少し離れた場所で砂の上に腰を下ろしていた。黒砂塊を手のひらで転がしながら、じっと見ていた。さっきまでの昂りはなく、ただ静かに、砂を見ていた。
アルブは自分の手を見た。
砂だらけだった。爪の間にも砂が入っていた。記憶を拾った後の手は、いつも少し冷たい。
真法拾い。
その言葉が、体の中でじわりと沈んでいった。
受け止めきれなかった。重すぎた。誇りとも違う。恐れとも違う。
ただ、砂だらけの手だけが、そこにあった。
三日後、シルワンが戻ってきた。今度は輿ではなく、馬に乗っていた。一人だった。兵士を連れていなかった。「話をさせてください」と言った。マブロが「信用できない」と言った。アルブが「聞く」と言った。シルワンが馬から降りて、砂に足をつけた。その瞬間、アルブはこの男が本当に困っていることを、足の裏から感じた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第18話では、アルブとマブロがマニハを守るために、兵士たちの前に立ちました。
武器を持った大人たちが迫ってくる。
足は震えている。
それでも、退かない。
今回アルブが拾ったのは、防風林の記憶でした。
かつて砂を受け止め、根を絡ませて土を守っていた木々の役目。
それを土に思い出してもらうことで、誰も傷つけずに兵を止めました。
そして、ダウルの口から初めて「真法拾い」という言葉が出ました。
屑を拾う者ではなく、失われた役目を拾う者。
この物語のひとつの節目になる回です。
次回は、シルワンが一人で戻ってきます。
敵なのか、味方なのか。
少なくとも、彼にも何か抱えているものがありそうです。
「真法拾い」という言葉が印象に残りましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。
アルブとマブロの守り方についても、感想で聞かせていただけたら励みになります。




