第16話 屑守たちの庭
博守の老人は三日いた。
名をダウルといった。六十を過ぎた体で、革鎧は継ぎ接ぎだらけだが、手入れは行き届いている。連れてきた子供は二人とも十歳前後で、血はつながっていないらしかった。砂漠で拾ったのだとダウルは言った。言い方はぞんざいだったが、子供たちが眠るとき、その革鎧を毛布代わりに掛けてやっていた。
アルブはそれを見て、何も言わなかった。
ダウルはマニハの水を毎朝飲んだ。飲んで、水場の周りを一人で歩き回った。草の根を確かめ、土の固さを踏んで、虫の這い跡を数えた。博守の目だった。砂漠で長年生きてきた目だった。
四日目の朝、ダウルが言った。
「ここ、保つか?」
アルブは少し考えた。
「分からない」
「正直だな」
「水の量は増えてる。でも、人が増えれば足りなくなる」
ダウルは水場を見た。
「そうだな」
それだけ言って、またしゃがんで土を触りはじめた。
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その週のうちに、七人が来た。
最初に来たのは、隣村から歩いてきた一家だった。父親と母親と、幼い娘が一人。父親は農民で、畑の土が完全に死んで、作物が何も育たなくなったと言った。王都に陳情しに行ったが、魔法の農業試験場への登録が必要で、登録には金が要り、金はないと言われ、帰ってきたと言った。目に光がなかった。
次の日に来たのは、老婆が一人と、その息子夫婦だった。息子夫婦は若く、老婆を「足手まといだ」と言って村から出ていったが、結局老婆だけが残されて、そこから歩いてきたらしかった。老婆は何も言わなかった。ただ水を一口飲んで、草の芽の前にしゃがみ込んだ。
「ここ、生きてる」
老婆が言った。
「うん」
アルブが答えた。
それが全部だった。老婆はそのまま動かなくなった。居場所を決めたらしかった。
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「全員いればいい」
夕方、マブロが言った。
「来た奴は全員、ここにいればいい。庭が育てば水も増える。人手があれば草も増える。増えれば増えるほどいい」
「水が追いつかない」
アルブは言った。
「今は小さい。あの水場で飲める人数は、一日十人が限界だ。今日だけで七人来た。明日も来る。明後日も来る」
「だから守る。その間に庭を広げる」
「順番が逆だ。庭を広げながら、人を受け入れる数を考えないと、全員が渇く」
マブロは黙った。
怒っているわけではなかった。苛立っているわけでもなかった。ただ、アルブの言っていることが正しいと分かっていて、それでも「来た奴を断れない」という気持ちが勝っていた。
「断れないのか」と聞かれたら、マブロは「断れない」と答えるだろう。そういう奴だ、とアルブは思った。そういう奴だから、この場所をここまで守ってきた。
「じゃあ、どうする」
「庭を広げる。急いで」
「急ぎ方は?」
「それを考えてる」
「……一人で考えるな」
「うん」
マブロが隣に座った。二人で水場を見た。草が増えていた。虫も増えていた。土の色が変わってきている。赤みがかった古い土の層が少しずつ広がっている。
ダウルが後ろから来た。
「見てたぞ、お前ら」
二人が振り返ると、老博守が腕を組んで立っていた。
「白いのが計る。黒いのが動く。ちょうどいい組み合わせだ」
「うるさい」マブロが言った。
「褒めてんだよ」ダウルが言った。「片方だけだと庭は守れない。計るだけでも崩れる。動くだけでも崩れる。両方いて、初めて庭になる」
アルブは何も言わなかった。
ただ、水場の端に、今日の夕方に来た家族の子供がしゃがんでいるのを見ていた。砂の上に棒で何かを描いていた。絵か、字か、分からない。ただ何かを描いていた。
庭が、この子を変えるかもしれない。
この子が、庭を変えるかもしれない。
水だけでは、ここは守れない。
アルブはそのことを、はっきりと理解した。
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翌朝、遠くから砂煙が来た。
砂煙の中に、旗が見えた。
緑と金の旗だった。王国の旗だった。
マブロが立ち上がった。ダウルも立ち上がった。
アルブは座ったまま、旗の色を見ていた。
使者は馬ではなく輿に乗っていた。砂漠に輿を運ばせる人間が来た、ということを、アルブはまず考えた。それだけの人手を動かせる人間が、わざわざここへ来た。理由は一つしかない。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第16話では、マニハに少しずつ人が集まり始めました。
水がある。
草がある。
虫がいる。
そして、行き場をなくした人たちが来る。
真庭は、ただの水場ではなくなっていきます。
誰かの居場所になり、誰かの選択になり、同時に守らなければならない場所にもなっていく。
アルブは受け入れられる人数を考え、マブロは来た人を断れない。
白が計り、黒が動く。
ダウルの言う通り、この二人だから庭は少しずつ形になっているのだと思います。
次回は、王国からの使者がやって来ます。
真庭が見つかったとき、この場所は誰のものになるのか。
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