第2章 — 隠された世界
第2章 — 隠された世界
「なあ、まだ技術が“永遠に生きる”レベルまで来てないのは分かってるけど……これはさすがにやりすぎだろ。誰かとんでもない金をこのセットに注ぎ込んだな。」
ユナエは、魂の奥底から出たようなため息をついた。
「あなたの想像力って、この世界そのものより大きいわ。」
「よし。」
ザイレンは腰に手を当てて、挑戦的な顔になった。
「もしこれが本当に本物なら、俺ここから飛び降りて――」
ユナエの目が見開かれる。
「待って、それはやめた方が――」
「うわあああああああああああああああ!!」
そして彼は飛んだ。
本当にそのまま飛び降りた。
彼女が言い終える前に。
常識が止める暇もなく。
何もかもより先に――
ザイレン・ヴァルケンの身体は魔法の扉の縁から消え、真下の虚空へ落ちていった。
沈黙はちょうど一秒。
「このバカァァァ!!」
ユナエは考えるより先に飛び込んだ。
風がすべてを激しく切り裂く。
顔も、髪も、空に向けたザイレンの悲鳴も。
「死ぬぅぅぅぅ!!」
その時だった。
――ブオォォォッ。
巨大な影が空を裂いた。
鳥ではない。
ザイレンの知っている何にも当てはまらない。
翼を広げ、太陽を一瞬覆い隠し、旋回しながら急降下する。
そして一瞬で、彼と地面の間に割って入った。
ドラゴンだった。
嵐の空のような色の鱗。
皿ほどもある黄金の瞳。
広げた翼は、計算する気すら失せるほど巨大だった。
隠された世界に生きる――天空竜の一体。
その前脚の爪がザイレンを掴んだ。
あまりにも優しく。
あの巨体からは想像もつかないほど慎重に。
数秒後、ドラゴンは着地した。
ザイレンはしばらく鱗の上に寝転がったまま目を閉じていた。
片目を開く。
周りを見る。
もう片方も開く。
「……あれ?」
理解した。
「生きてる!!俺、生きてるぞぉぉぉ!!」
「叫ぶのやめて!」
ユナエが続いてドラゴンの背に着地した。
「ちゃんと聞こえてるから!」
「これで叫ぶなって無理だろ!?」
彼は両腕を伸ばしてドラゴンを指した。
「こういうのってアニメだけの存在だと思ってた!」
「ここじゃ普通よ。ほら、立って。」
ユナエは立ち上がり、ドラゴンの頭の近くへ歩く。
そこには太い綱の手綱が固定されていた。
両手で掴み、足場を整え、振り返る。
反論を許さない顔。
「どいて。私が操縦する。」
ザイレンは彼女を見た。
ドラゴンを見る。
もう一度彼女を見る。
「……操縦できるのか?」
「もちろん。」
「本音で言うけど……全然そう見えない。」
「見てなさい。」
次の瞬間――
ドラゴンは飛び出した。
加速じゃない。
発射だった。
ゼロから“不可能”まで、一秒もかからない。
空が左右へ裂ける。
ザイレンは本能で鱗にしがみついた。
「ちょ、ちょっと!気をつけろ!!」
ユナエは答えない。
「ユナエ!!ちゃんと操縦しろ!!」
彼女が少し左に体を傾ける。
ドラゴンが急旋回。
ザイレンは落ちかけ、足で必死に踏ん張った。
そして。
恐怖の真っただ中で、彼は下を見る。
隠された都市が広がっていた。
一つの世界。
彼の知る世界の下にずっと眠っていた別の世界。
魔法の光が脈打つ街路。
塔の間を飛ぶ生き物たち。
重力を無視した橋。
空に浮かぶ商品が並ぶ市場。
光の軌跡を残しながら訓練する人々。
ザイレンは言葉を失った。
本物だ。
全部、本物だ。
彼はユナエを見る。
何百回もやったような自然さでドラゴンを操る彼女。
髪を風になびかせながら。
「……で、どこに連れてく気だ?」
「秘密。」
「今言え。」
例の顔だった。
“いいから早く言え”の顔。
ユナエは前を見る。
沈黙。
今度は違う沈黙だった。
「今日あなたが知ることが……何であっても。」
声が小さくなる。
手綱を握る指に力が入る。
「……お願い。許して。」
ザイレンは固まった。
横顔を見る。
緊張した顎。
視線を逸らす理由。
本能で分かった。
初めて見た。
こんな顔のユナエを。
「ユナエ……」
自然と真面目な声になる。
「本気で怖くなってきた。」
ドラゴンはゆっくり降下した。
地面に降りた瞬間、ザイレンは見上げる。
そして止まった。
学院。
上から見た時とは別物だった。
壁はビルのように高い。
門は未知の金属。
紋章が角度によって動いて見える。
生徒たちが行き交う。
巨大な剣を持つ者。
浮遊する魔導書を従える者。
制服姿。
別世界のような衣装。
ザイレンは複雑な顔で言う。
「……これってつまり、巨大な保育園?」
「学院よ!!」
ユナエが怒鳴る。
ザイレンは降参のように手を上げた。
二人は中へ入る。
高い廊下。
訓練場の見える窓。
壁にはランキング。
ユナエを見て道を空ける生徒たち。
ザイレンは思う。
ここは何なんだ。
「なあ……」
手をポケットに入れる。
「今日のお前、かなり変だぞ。」
沈黙。
「どこに向かってるのかもまだ言わないし。」
沈黙。
「嫌な予感しかしない。」
ユナエが階段で止まる。
背を向けたまま。
「……父に会いに行くの。」
「父!?」
ザイレンは混乱する。
「待て待て待て!!今日だけで情報量が多すぎる!」
指を折る。
「好きなアニメ新シーズン発表。人を蹴って半殺し。金の目。魔法の扉。隠された世界。魔女は実在。ドラゴンも実在。そして今からお前の父親に会う!?」
ユナエは目を伏せる。
「お願い……怒らないで。」
小さな声。
「約束して。」
ザイレンはため息。
両手を広げる。
「……俺たち友達だろ?」
ユナエがゆっくり顔を上げる。
「だったら……最後にお願い。」
「何だ?」
「……強く抱きしめて。」
ザイレンは動けなかった。
次の瞬間。
ユナエが抱きついていた。
強く。
冗談じゃない。
重すぎる何かを一人で抱えてる人の抱擁。
二秒。
そして。
ザイレンは少し笑った。
静かに抱き返す。
「もちろんだよ。バカ。」
ユナエは目を閉じた。
何も言わない。
廊下の先。
黒い木の扉。
「着いた。」
ザイレンが看板を見る。
「父さん、仕事二つあるのか?」
ユナエが笑う。
「本人も大変よ。」
「初めて会うのにそんな緊張するなって。」
ユナエは視線を逸らす。
「……三か月ぶりなの。」
「三か月!?」
「任務で……」
「三か月も父親に会ってないのか!?」
「あとで分かる。」
ザイレンは腕を組む。
「しかも知らない男を連れて?」
「大丈夫。」
微笑む。
「あなたが来るの、ずっと分かってたから。」
扉が開く。
広い執務室。
本棚。
大きな窓。
書類。
そして。
宙に浮く椅子。
そこに――
男が寝ていた。
完全に熟睡。
ザイレンは指差す。
「……大丈夫か?」
「平気。」
ユナエは棚へ。
マイクを取る。
「ちょっと待て、それ何に使う――」
カチッ。
赤いランプ。
「言い忘れてたけど。」
「彼、最高統治者なの。」
「え?」
「お父さぁぁぁぁぁぁん!!起きてぇぇぇぇぇ!!」
爆音。
ザイレンは耳を塞ぐ。
「ユナエ!?!?」
男が飛び起きた。
「起きてる!起きてる!」
勢い余って机に頭をぶつける。
ゴン。
「痛っ!」
ザイレンは呆然。
「……ありえない。」
ユナエは平然。
「慣れてるから。」
男が頭を押さえながら座り直す。
「父さん。連れてきたよ。」
男が顔を上げる。
目が合う。
空気が変わる。
静かに立ち上がる。
高い身長。
長く責任を背負ってきた身体。
「……君がザイレンか。」
質問ではなかった。
手を差し出す。
ザイレンは握る。
しっかりと。
男は微笑む。
「会えて嬉しい。」
服を整える。
真剣な表情。
「私の名は――ネツロ・ハヤツメ。」
向こうでユナエの声。
「ザイレン!鞄の忍者マンガ借りていい?」
「いいよ。」
「ユナエ。」
父の低い声。
ユナエが口を押さえる。
ネツロは目を閉じる。
二秒。
開く。
ザイレンを見る。
笑みは消えていた。
静かな重み。
「……単刀直入に言おう。」
視線がまっすぐ刺さる。
「私は――君の父の、親友だった。」
**第2章・隠された世界 完**
作者:Takumi Camargo
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