宗盛記0124 応保二年八月 右衛門佐
応保二年八月葉月
一日
上西門院への出仕日。この頃になるとかなり涼しい日が多くなってくる。
ちなみに上西門院では工事が始まって、統子様は東の対に移っておられる。俺の仕事は工事監督で、柱と梁桁を足して小屋組みにして天井をつけ、蔀を雨戸と障子に変えて、厠と風呂を整えてと割と忙しい。丸柱はさすがに放置。新築でないとどうにもならない。
ついでに大工をはじめ職人たちには遠江と伊豆の私とか、柘植の宿舎の建造とかいろいろ頼む。特に梁夫には負担をかけるが、できれば技術は広めたくないので仕方ない。そう言いつつ木工寮にばらしちゃったりしてるが。作業はそれぞれの地元の職人でもできるので、その指揮を頼むわけだが、それなりの期間の出張になるなぁ。工賃ははずんでおこう。
その日の夜。俺は父上に呼ばれて寝殿に向った。
「そろそろ働け」
ああ…半ニート期間もここまでらしい。
「右衛門佐だ。左衛門佐には一昨年重盛が、その前年は基盛が就いておった職だ」
「武官束帯かぁ。せっかく雑袍宣旨を頂いたのに」
「お前は本当に嫌がる所が変わっておるな。ちゃんと胡籙を背負っていけよ」
「検非違使は?」
「正官だから兼任はない。というか検非違使には推せん」
「ちょっと前まで犯罪者一歩手前だったからなぁ」
「それを言うなら儂はその督だ」
「「ははは⋯」」
ズブズブである。
六衛府の次官である。唐名金吾次将。正確には執金吾次将。金色の守護の霊鳥金吾を象った杖を執る者、のことらしい。
平三郎金吾宗盛にジョブチェンジ。軍隊なら大佐か少将クラスかな。もっともこの時代、少将という職は近衛府の次官のことである。中将も同じく近衛府の次官。少将よりちょっと偉い。近衛少将はいても衛門少将はいない。近衛少将と近衛中将は、左右どちらも複数居る。次官がいっぱいいるのだ。長官の近衛大将は左右の二人。源氏物語とかにも出てくる。
衛門佐は従五位下相当職なので俺の位階より随分低い。まぁ、武官初任官で実務能力ないからそんなもんか。
父上が右衛門督なのでその次官。事務でこき使う気満々だろう。楽はできそうにない。
「それと伊豆をお前にやる。知行国主を移して貰っておこう。国司は誰にする?」
「父上ありがとう。本当にありがとうございます。今までこれ程父上に感謝したことはないです」
カエルのように平伏した。
「やめんか、あほぅ」
「とりあえず二年は是行に、その後は景家に任そうと思います」
「あとお上のお許しにより昇殿宣旨が降りた。殿上が許される」
「おお…」
殿上人だ。出世にガツガツする気のない俺もさすがにこれはうれしい。本物の貴族である。
貴族というのは世間的には位階を持っているもので、俺の家人達なんかも広い意味ではそれにあたるが、普通は殿上の可能性のある五位以上を言う。免罪特権とか死罪や拷問を(めったに)受けないとかいろいろ優遇される。
中でも殿上を許されると上の位階からもれっきとした貴族として扱われる。殿上人以外は地下と呼ばれ、公卿からは半貴族と扱われる。蔵人は六位でも殿上人なので、超がつくほどの人気職なのだ。そういう意味では殿上人リバイバル。
これより上には三位以上の公卿があるが、これは前世の大臣、副大臣、局長クラス、概ね閣僚みたいなものである。
「まぁ、気をつけろ。そろそろ風当たりも強くなるぞ」
「はっ」
そりゃ十六のガキと一緒に働きたくないという大人は多いだろう。警備職の衛門府では前世知識という俺の利点もたいして役に立たないだろうし。こっちで七年目だから中身はそろそろアラサーのはずなんだが。
後で聞いたところでは、蔵人を経ていた俺は、去年の夏の矢切の件以来帝の話に出ることもあり、京官になればすぐに殿上との話もあったそうだ。しかし市司正とかに任官しちゃった上に、源親治の件でやらかしちゃったのでのびのびになっていたらしい。全部俺のせい。
三日には宣旨が降りて、出仕が始まった。遠江守と上西門院判官代は兼職。清涼殿…と言っても里内裏、押小路東洞院第に作られた清涼殿代だが、その南庇の一画を区切って作られた殿上の間に席ができた。清涼殿は帝の生活と執務の場所である。ここに位階の順に向かい合ってニ列に並ぶ。従四位上は真ん中位の席だが、それでも俺より下位にそれなりの数が居る。皆愛想はいいが俺を見る目が底の方で冷たいのがわかる。成り上がりに対する憎悪…か。祖父のころから続く、平家を滅ぼそうとする力の一つだな。これを緩和するには利益を再分配することなんだろうが、不必要な貴族が多すぎると思っている俺にそんな気はさらさらない。
殿上はブランドとしては嬉しいが、行事の参加は必須となるし宿直も増えるし、旅となると勅許がいる。仕事を長く休んでいると除籍されるのだ。そうすると新たに任官もできなくなる。親隆様がその一歩手前だった。そこには年齢とかの考慮はない。
朝は早いのであんまり夜更けまでいたすとツラい。前世の新婚サラリーマンみたいなこと言ってるが、基本の勤務時間は昼前までなのでそこまで厳しくはないんだが。でも残業である宿直も増える。重ねて言うが宿直も増える。
ちなみに宿直には昼の宿直という午後の仕事と、夕の宿直という夕食後の宿直があり、他に深夜から朝まで待機する夜の宿直もある。部署によっては夕の宿直が朝までの場合も多い。
二十日を超える所もある。まぁ、午後まで働くのが二十日超えてなんなのかという話もある。
予想どおり衛門府では数字関連は全部俺に投げられた。
久しぶりに四条の親隆様と忠子叔母上のところに行って、伊豆土産の鰹節と敷布団を贈る。
「叔母上ではありません。義姉上と呼びなさい」
あれ?めんどくさいこと言い始めたぞ。母上の五つ下なので気分はどうしても叔母上なのである。同母妹なんで母上に似てるし。御歳三十二歳で俺の倍。
「で、糸子といい仲になりそうなんですって?」
助けてくれ。そんなことまで誰が知らせたんだよ。
叔父上、親隆様に視線で助けを求めるもついとそらされた。
「それで、どうするの?」
「げふんげふん。昼餉を作りますからその辺で勘弁して下さい」
「ふふふ。姉妹でってどんな風なのかしら。次は糸子に直接聞いてみないと」
しばらく厨に籠もった。里芋の煮付と焼き茄子の削り節あえ、メインは干し鮎の焼魚に早生の柚子を半切りにして大根おろしに添える。親雅殿も呼んで昼餉となった。食後さらに追求されそうになったので逃げ帰った。
六日
上西門院に出仕。今日は一応武官束帯で向かう。武官束帯は脇を縫い留めず腕が動かしやすい作りで、冠の纓を垂らさずに巻いて止める(巻纓)。こめかみの前に緌と言う半円形に馬の尾を広げたものを着ける。毛抜形太刀を帯びて平胡籙(ひらやなぐい、矢入れ)を背負う。神社の随神門や雛人形の随身が着ている服。例によって下襲の裾がうざい。
ちなみに雛人形の随身のことを左大臣右大臣と言うが、大臣はあんな格好はしない。三位以上は武官も文官と同じ文官束帯を着るからだ。精々近衛中将か少将といった装束である。赤の袍を着ていると五位で少将だ。俺は四位の黒袍を着るので、雛人形ならいわゆる左大臣の格好をしている。おじいちゃんじゃないけどね。
武官束帯の窮屈さを訴えると、統子様から次回より直衣で良いとのお許しを頂いた。代わりに一刻ほど武官束帯のままで晒された。女房みんな呼んで立ったり座ったりポーズをとったり。なんでやねん。
とりあえず家にあった太刀を借りているが、切れ味は今ひとつ心もとない。粟田口の國家の所に行って、一本買うことにする。鉄雄にアドバイザーとして付き合ってもらう。服装は好みの萌黄の直垂。
國家から聞いていた辺りの場所に行くと、工房からカンカン槌音がするのですぐわかった。
「武官になったんで毛抜形太刀が要るんだ。ないかな?」
「あんまりでるもんじゃないんで今は在庫はありません。少しかかりますが打ちましょうか?」
ということらしいので頼む。どうせ頼むならと注文をつける。
「二尺七寸位で山陰の鉄で頼む。元反りはそれほどきつくなくていい。むしろ輪反り位で。刃は厚めに。大切先で。刃文は直刃で刃先ほど細くで頼む」
「刃文なんて指定できるんですか?」
と鉄雄。
「ああ、あれって焼刃土で土置きして厚みで熱の通りを変えているだけだからな。焼入れの時にできる硬さの違いによる色の差だよ。絵を描いてるようなもんだから。作者の好みである程度は変えられる。その気になれば多分飛沫を散らしたり花びら模様を入れたりできる」
「え?あれって刃金と地金の境じゃないんですか?」
「刀の場合は刃金で芯鉄をくるむんだ。甲伏せって言ってな。だから外に出てるのはほとんど全部刃金だ」
「待て!待て待て!店先でサラッと話していいことじゃねぇぞ!」
國家からストップがかかる。周りの弟子の視線も集中していた。
「いきなりなんて話を始めるんだ!というかなんでそんなことまで知ってる」
「てへ」
焼入れで結晶構造が変わってオーステナイトがマルテンサイトになることも知ってるよ。
「勘弁してくれよ。俺から漏れたとなったらこの商売続けられないんだぞ」
「そんなもんか。悪い悪い」
すっかり國家の敬語が崩れている。かなり危うい話だったらしい。
「あの、それで具体的にはどうやって…」
「お前も聞くんじゃねぇ!」
まぁ、後でこっそり教えてやろう。
十一日は定考の日だ。官人の勤務評定のことだ。定考と書いて「こうじょう」と読む。上皇に通じるのを避けるための慣例らしい。いっそ考定にすればいいのに。
赴任したばかりの俺には関係ないが、翌日には小定考という六位以下の官人の評定があるのでウチの家人達の勤務状況報告をちょっと盛っとこう。
後はたいして関係ないやと思っていたら父上が昇位した。従二位。更に皇太后宮権太夫兼任とか。宣旨は司召の除目に併せて二十日に下りるらしい。ついでに是行の伊豆守の除目も押し込んでもらう。
今の皇太后殿下は先々帝の中宮九条院、呈子様。太政大臣藤原伊通様の長女。御歳三十三歳。伊通様にはウチは大変お世話になっているそうだが、筋が通らないことが嫌いでかなり毒舌な方だとか。
「私が国司⋯ですか?」
伊豆守のことを頼むと是行がうろたえている。
「すまんな。今は景家を遠江に送ったばかりで動かせない。任せられるのが他にいないんだ。二年ばかり頼む」
「それは光栄ではありますが、私に務まるでしょうか?」
「なに、俺にできたんだから大丈夫だよ。近くで見ていたんだから大体あんな感じで頼む。貪らずに在国の家人達と相談して治めてくれ。俺の希望は伊豆を豊かにして実入りを上げること。都度手紙は送るし、年一回位は様子を見に行くから」
是行は妻子を伊勢から六波羅に移して慣れてきた頃で悪いが、六月に従六位下に昇位したので下国の守にはちょうど位が合う。狩野茂光を伊豆掾、伊東祐親を伊豆目に就けておく。
戸惑い気味の是行。
俺の仕事上の副官は秀次に頼もう。
経盛叔父上が太皇太后宮亮赴任。太皇太后は藤原多子様。上西門院別当を辞任。左馬権頭、若狭守、如元。
併せて教盛叔父上が能登守赴任。上西門院別当赴任。
上司が経盛叔父上から教盛叔父上に変わった。元々教盛叔父上の母は待賢門院の女房だった方だ。統子様の小さな頃にお使えしていたらしい。教盛叔父上はなんかゴツく育っちゃったので、ちょっと縁遠くなっていたと統子様から聞いたことがある。経盛叔父上と違って教盛叔父上は体育会系で文系は弱い。俺を別当にしたいと統子様はゴネたらしいが、外聞が悪すぎると周りに却下されたとか。
十五日は当然月見…なんだが昼に石清水八幡宮の放生会がある。放生会というのは仏教の行事で、わざわざ捕まえた生き物をもう一度放すというエコじゃない催しだ。正直そんなものに全くありがたみを感じないんだが、大納言以下多くの勅使が出席するので六衛府こぞって警護しないといけない。だもんで今生初の石清水である。ちょうど親隆様も勅使に選ばれておられて、俺はその横にずっと控えていた。ルートは宇治まで行って舟に乗り換え。都から出る場合貴族でも馬を使うので合計三刻ほどで行ける。朝一に出て昼に着いて帰ってくるのが日暮れ過ぎ。場所は同じだが前世よりずっと見晴らしがよく、建物はキラキラしていた。ほとんどの建屋が杮葺なのも新鮮だった。儀式は舞楽が演じられる中、捕まえた鶴とか魚とか放すだけ。なんたるマッチポンプ。これで功徳が増えるとか笑わせる。
「年寄に日参はキツイな。そう言えば馬車というのがあると忠子から聞いたが」
「そっちのほうが楽でしたね。次はご用意しておきます」
孫とお爺ちゃんみたいな会話をしながら都に帰った。
帰るとすぐ月見の宴。神泉苑に舟を浮かべて月見をしながらの宴である。肴は里芋と茄子の煮物。おや、醤油味だ。今年はよくわからんが特に味が良いと好評だった。そら去年までは、鰹の煮汁で炊いただけの芋に、塩か醪をつけて食ってたからな。さすがに酒や酢に浸ける人は見ない。
後日、お褒めに預かったと高橋喜実殿から礼物が届いた。
十六日
赴任したばかりの教盛叔父上と上西門院で打ち合わせ。教盛叔父上の出仕日は一、四、七の付く日で経盛叔父上と同じ。俺は当分一、六出勤の現場監督のままである。
臨時の県召で伊豆守となった是行を送る。一度国元に帰って寄ってから行くという是行に、ついでに柘植に康慶の大日如来坐像を届けてもらう。父上に見せて売り込んでみたら大変好評だったやつだ。後世まで残れば国宝とかなりそう。でも伊賀だと戦国時代を乗り切るのはちょっときついか。信長に焼かれそう。まぁ、変わっちゃう可能性もあるか。
併せて型物の小仏像の原型もできた。泉作と製品化の打ち合わせをする。
二十日
父上が昇位した。従二位。もちろん武家で初。そろそろ右衛門督も位に合わなくなったそうだ。退任を考えているとか。まぁ、気心のしれた上司にもう少しはいて欲しい。でも遠慮なくこき使われるからなぁ。
六波羅挙げての宴。昇位の祝に馬車を贈る。とても喜んでいる。母上も。
兄上や叔父上達の突き上げが来るので、六波羅乗り回して見せびらかすのやめてくれないかな…。
泉作や蒔介に探してもらっていた染職人の家を尋ねる。崇仁坊、鴨川沿いの八条通りの端っこのかなり寂れた感じの家だ。石置きの板屋根の軒桁が腐って波打っている。雨漏りが酷そう。ほっとくと近いうちに屋根が落ちるな。
出てきたのは二十歳位の娘だった。
割と整った顔立ちだがすっかり生活に疲れた感じ。染屋なのに生成りの小袖もぱっとしない。でも身綺麗にはしているな。その辺袖口や襟の汚れ、何より臭いでわかる。貧しい庶民は大抵臭いのだ。
「俺の名は宗盛。焼物職人の泉作から紹介されて来たんだけど、女の職人とは聞いてなかったな」
「父が…身体を壊しまして」
「そりゃ大変だね。染の仕事はできる?」
「父から一通り教えは受けて、手伝ってきているのですが、女ということで今までの取引先から相手にしてもらえなくなって⋯」
「何か染めたものはある?」
奥に入って一反の黄色い麻布を持ってきた。刈安か。元手ほとんどかからないしな。
「ムラはないし濃く丁寧に染まってるね。何度も重ねて染めたんだろう。よし、これを買おう」
「え?」
「ウチの職人になるなら、決まった給金は払うけどどうする?」
ポロポロと泣きながら何度も頷く。
名前を聞くと茜というらしい。
とりあえず布の代金と父親の薬代と半月ほどの生活費と材料費を手持ちの銭で渡して、兵達の直垂用の麻布を染めてもらうことにする。色は萌黄。
「俺の名は平宗盛。右衛門佐だ。また来るから他に入用があったら言って。急の時は六波羅の泉殿に。俺は職人は大事にする方だから安心していいよ」
これからどうしていいかわかんなかったんだろうな。顔をぐちゃぐちゃにして泣いているので、泣き止むまで頭を撫でてやった。俺の手は剣ダコとかで庶民みたいなので心地よくはないか。それに俺より歳上っぽいけど。大学の後輩位の歳なんだよな。
泉作に聞いたら、やはり紹介しようとしたのは茜の父親だったらしい。まぁ、これから頑張って上手くなってくれるなら構わない。




