宗盛記0124 応保二年七月 二つの荘園
ご指摘頂いた、帰路の日付を修整しました。 (2026.05.05.01:00)
桑名>草津に再度調整(05.05.21:50)
応保二年七月文月
十五日
朝から一人でもう一度三嶋神社に参拝。宮司の矢田部盛春殿が別れを惜しんでくれる。
帰り支度を済ませて、家人となった伊東、狩野、北条、天野と大庭、土肥、俣野、土屋に是行、秀次、景経と糸子も交えて、今後の計画を話し合うことにした。
「あの…そちらの姫様は?」
来たときの宴に居なかった大庭景親が尋ねてくる。
「そうか、ちゃんと紹介してなかったな。俺の女房の糸子、糸は縫い物の糸だ。とても優れた姫なので仕事の事もいろいろ相談してる」
「初めまして、平糸子と申します。大庭殿、土肥殿にはいつも宗盛様をお助けくださっていると聞いております」
「ちなみに本物の姫君だ。一つ上の姉は昨年院の七宮をお産みになった方だよ」
しばらく呆然としていた大庭と土肥が、後ずさって平伏する。更に残りの皆も。
「知らぬこととはいえ、御無礼致しましたっ!」
「誠に申し訳ございません!」
「いえいえ、そんな!皆様お顔を上げてください。宗盛様もここでそんなこと言わなくても」
糸子がこちらを可愛く睨む。
「ということで、高貴な方なので今後も気を配っていて欲しい」
「自分だって当今の乳母子のくせに」
「ゲェッ」
妙な声を上げてまた平伏する一同。
「たしかにこういうのは恥ずかしいな。もうやめよう」
「でしょう」
糸子にはかないそうにない。
気をとりなおして話し合いに戻る。
箱根の峠の難路に車を通すのはさすがに大変すぎるから、官道の東海道は現状維持するが、それ以上手は入れず、沼津と三嶋と伊東を結ぶ陸路を整備する。そこからは海路で、吉田と沼津、伊東と小田原、平塚を結ぶ。桑名熱田の様にだ。相模国内の領地近くの東海道の警備を大庭と土肥に頼む。箱根峠から沼津までの伊豆国内は、伊豆の家人の受け持ち。これは国衙にも受け持たせる。まぁ、自領近くの街道の安全が保たれないと困るのは領主である。
併せて伊東から平塚までは兵道として陸路も少しずつ整備していく。岬周辺の道の整備だ。
特に相模川河口の平塚港を整備する。具体的には、伊東祐親の協力で伊東港と同じような防波堤を作る。それと相模川には渡し綱を設置する。ここはもう少し頑張ってゆくゆくは下を舟が通れる仮橋も作りたい。相模の話なんで伊豆の国費は出せんが個人的な技術、資材援助はできる。
後は産業振興。伊東の塩は港湾整備と冷川峠維持に振り分ける。家人全体に進めていくのは綿の生産。鶏と大豆を併せる。鶏糞のリン酸、カリウムと豆の窒素で消費した地力を補う。綿は土が割と塩気を含んでいても育つが、多湿の所はむかない。伊豆の土は適していた様だが、合わない所は諦めたほうが良い。多分酸性の土だが、これは言ってもわかるまい。大庭と、土肥にもワタの種を渡す。
ついでに頼み事、硝石(硝酸カリウム)の回収も頼んでおこう。肥料の開発に使うと言っておく。精製するときの廃液は希釈して田畑に使えばいいし。
木綿は一部をそのまま残して後は糸、ゆくゆくは布にもっていきたい。
実は布は厚織りの帆布を作りたいと思っている。キャンバス生地というか松右衛門帆というか。これは麻とどちらが使い良いか、検討が必要だ。ちなみに現在使われている帆は筵帆。遣唐使の船は網代帆だったようだ。どちらも耐久性か運用面に難点が多い。帆布はできる限り秘匿して軍事物資として平家が独占するつもり。
綿は遠江でも作らせるが、いろんな国で作れるから、種とかの持ち出しには注意するように言っておく。
ちなみにワタの種は油が取れるから、翌年の作付分と予備を残して全部搾ってしまうようにと。もし足りなくなれば家人間で融通しあえばいいか。
でもこういうのはすぐに広まっちゃうだろうなぁ。なんせ作り手の農民が独占の旨味を理解できないだろうし。
宴が終わって、満月を見上げる。
来月だったら三嶋神社の祭礼だったのに。
伊豆最後の夜も一人寝だ。
十六日
朝三嶋を立つ。
「清盛義兄様の子なのに、ちゃんと我慢したのね」
叔母上が感慨深そう。
叔母上は藤原資憲殿の娘で名は憲子様。男の子が二人いる。長男は通盛君十歳。辞任してこちらに来ているが従五位下の元蔵人。教二郎はまだ三つ。髪置きしたばかりで小さな荒法師みたいな感じになってる
半年暮らした任地を離れる教盛叔父上も感慨深そう。
…だったんだが、馬車に乗った子どもたちが大はしゃぎで、なんか湿っぽい空気が飛んでしまう。あんまり跳ねないでね。
叔父上がとても乗りたそうだ。
沼津まではみんなで送ってくれると言う。沿道の皆に手を振りつつ、また大人数で港に向かう。
二里ほどの道をのんびりと進む。
憲子叔母上が
「すごいわね、この車。牛車とか比べ物にもならないわよ。もっと作れないの?」
と凄く欲しそう。
「いろいろ手を加えてるのと順番待ちで」
と答えておく。
しっかり予約は承りました。
天気が良くて海路にはいい日となった。
沼津を出港して遠江に向かう。伊豆から離れる。
みんな見えなくなるまでずっと手を振ってくれた。
++
「行ってしまわれたな」
大庭景親が感慨深そうに話す。
「また来てくださるでしょう。それにしても帝の乳母子でもあられるとは」
伊東祐泰が答える。
「あれでまだ十六とはそら恐ろしい気もするな」
土肥実平が言う。
「それにしても都の暮らしは楽しゅうございました。土産話が尽きません。又お仕えしたいものです」
と祐泰。
「その辺りの話も是非聞きたい。今日は皆さんも三嶋の私の館にお越しになりませんか?」
伊東祐親の誘いに、一同は馬首を廻らすのだった。
++
沼津吉田間は陸路で十里、海路なら八里位かな。近くなった富士を眺めつつ、三刻ほどで吉田に着く。まだ早いが、今日は牧之原の相良頼景の屋敷に泊めてもらう。
相良の屋敷には質侶荘の下司の横地長重と、駿河の益津荘から中村将広が来ていた。中村将広も長重と同年輩の初老の武士だ。
横地長重は困惑、中村将広ははっきり腹を立てている。
「着いたばかりで悪いが、一部屋貸してくれないか?」と相良頼景に頼んで対屋に案内してもらう。
「やぁ、お呼びだてして申し訳ない」
「遠江守様!いきなり我が領地に武士を入れ、一日中何やら測っておったと聞き及びましたが、どういうおつもりか!」
と中村将広。当日は居なかったと聞いている。ちょうど良かった。
「吾が領でも同じ様な報告がありました。先日の渡し綱の件でしょうか?」
こちらは少し遠慮がちな横地長重。
「いやすまんすまん。連絡が行ってなかったかな」
「「…」」
行ってないよな。してないから。
「お二人の領地は質侶荘と益頭(益津)荘、どちらも本家は円勝寺で質侶荘の領家は藤原信業殿、でいいかな?」
「そう、そして円勝寺は先の皇后陛下の勅願寺。もちろん不輸不入の権は有ります。非礼があれば遠江守様とて無事に済みませんぞ」
ガチにいきり立っている中村将広。
「ああ、話が早くて助かるよ。その先の皇后様は上西門院統子様。円勝寺の経理は上西門院庁が扱っている」
「そ、それがどうしたと。なにか遠江守殿に関係すると言われるか…」
「申し遅れたけど、上西門院判官代の平宗盛です」
「あ、え?」「そんな…」
いや、かなり驚いたようだ。なんかモゴモゴ言っている。
「つまり本家から所領を実見に来たわけだけど、なにか入っちゃまずかったかな?」
二人の顔から血の気が引いていく。見る間にホント真っ白になった。
あらかじめ用意しておいた書類を取り出す。
「で、これが上西門院にある立券状の内容の写し。これが上西門院への寄進状の写し。これが兵に測ってもらった土地の図…」
先行した一部の兵達に測ってもらった測量図を見せる。そこまでしっかりしたものではないが、従来の地図とは段違いの精度だと、領主ならわかるだろう。
立券というのは土地の登記みたいなもんだと思えばいい。
「これが現在の質侶荘の地図で、こっちが益頭荘の地図。二人共頑張って随分開墾したね」
「「…」」
「その割には報告もないし貢納も増えてないんだけど、どうしてかな?質侶荘の大楊郷に至っては大井川の増水のため貢納不能となってるんだが」
返事がない。ただのしかばねのようになっている。
「ちなみに質侶荘は今の田地がざっと四百二十町程になってるね。畑地も二百五十町ほどか。申請がないので税の滞納は一年で約二千石って所かな。ああ、近年は大楊郷の分もあるから二千八百石位か」
「そ、そ、それは近年開拓したばかりで、立券が間に合っておりませんで…」
震えながら長重が弁解する。
「いつ開墾したかの証拠はあるかな?無いなら税は当然立券時に遡っての請求になるけど。相論になったら証拠は出せるかい?」
脱税の証拠なんて出せるわけがない。
仕組みはこうだ。未開拓の部分の多い土地を荘園として寄進する。もしくは管理を引き受ける。これを後日開拓しても、現地まで来て確認されることはほぼない。国衙の役人の様に専門でない者には、確認する手段もない。それだといくら開拓しても誰にも税は取られない。
「そ、それは⋯」
「立券が三十四年前か。開拓分が年二千石として六万八千石。これに大楊郷の分が別に二千四百石。もちろん利息は別計算になる」
七万四百石は大体前世で換算すると70億円位か…滞納凄いなぁ。
長重はもう気を失う寸前である。
「さて、次は益頭荘」
会った時は強気だった将広が鯉みたいに口をパクパクしている。
「こちらはざっと年千二百石位だね。ただし立券が四十二年前。利息なしで五万と四百石」
「おおお⋯おおお…」
なにやら呻き始めた。
「年利十割で計算したら石高で十桁超えちゃって笑ったよ」
月一割位は普通なので年利十割はそれほど暴利ではない。でも年二倍。2の年数乗の複利なのでものすごいことになる。
「こうなると土地管理の権利と家屋敷土地財産一切合切売り飛ばして、自分も妻も子供孫まで身売りしても全く届かないと思うな」
そらそうである。年貢の単位が兆石とかになる。ちなみに江戸時代の全国の石高が三千万石位、だったかな。複利計算って怖すぎるね。
「「……」」
「ちなみにこのことに気がついているのは俺だけだ」
二人の顔色が変わる。真っ白だった顔色が赤黒く充血していく。左手が太刀を探すように彷徨う。もちろん他人の屋敷に入るんで預けてあるけどな。下からねめあげる目が怖すぎる。
少し溜めて、
「もう都に手紙を送っちゃったけどね。今頃は桑名辺りかな」
再び二人の血の気が引いて真っ青に変わる。
「宛名は俺自身宛だから、俺に何かあったらすぐ開封されるだろうな。帰りに俺が事故に遭ったり病気になったら大変だと思わないか?」
カチカチと歯のなる音が聞こえてくる。二人分。
「宗盛様っ!何卒っ!何卒っ!御慈悲を!」
長重が平伏する…というか額をこすりつけての土下座だな。初めて見る。
「お、お、お願い致しまする!」
続いて将広も土下座。
たっぷり二十ほどためて、
「いいよ。黙っておく」
「「え?」」
「開墾の許可は俺が出したことにしとくから、来年の秋までに立券し直しておくんだな」
「よ、よろしいので?」
横地長重、目が血走ってる。ここで倒れられたら困るな。
「あ、あ、ありがたき⋯ありがたき…」
もう何言ってるか判らない中村将広。
「お前たちにとってはただ奪っていくだけに見える本家だろうが、俺にとっては敬愛する主人なんだ。それに他から奪われないように保護してもらう為に寄進したんだろう。税だけケチるのは筋違いだよ。今後貢納はちゃんと納めろよ」
「「ははぁっ!!」」
何度も繰り返し頭を下げる二人に
「この話はもう終わりだ。帰っていいよ」
と告げるとヨロヨロと下がっていった。少し間を置いて俺も緒太を履いて対屋の裏に回る。蔀戸の向こうに涙目の糸子が居た。
「だめだろう。場合によってはとっても危ないんだから」
抱きついてくる。気配はしてたからな。二人は逆に誰か伏せてあると思ってくれたみたいだが。
「怖かった!怖かったの!」
「うんうん、もう大丈夫だから」
震えている糸子を抱きしめる。
また熱烈なキスされました。
「あれでよかったの?」
「一から開墾して深い愛着もある。土地のことを誰よりも知ってる荘官だからね。勿体無くてそうそう変えられない」
「あんな怖いことしてるなんて…」
「武家だからね」
いや武家関係ないか…。
夜、相良頼景の屋敷で宴。
伊豆から持ってきた醤油とわさびのおかげで刺身がうまい。作り方を教えた海苔の佃煮も出てきてこれも好評。更に米の炊き方を教えたのでご飯もうまい。兵達もガツガツ食べているからやはりこっちのほうがうまいのだろう。糸子も叔父上一家もご機嫌である。
「明日の国庁でも頼めんかなぁ」
と教盛叔父上。もう以前の飯には戻りたくないとのこと。伊豆効果だな。
温泉ないのがツラい。とりあえず水浴び。夏で良かった。
トイレが穴なのがツラい。叔父上が紙貸してくれとやってくる。
夜できないのが一番つらい。
十七日
朝から面会希望。
横地長重と中村将広。
あれ?あの落とし所で気に入らなかったのかな?
話を聞いてみると、どうか俺の家人にしてくれとのことだった。俺の恩に報いたいと言う。マッチポンプだなぁ。意外な所で二人も釣れた…。
もちろん受け入れる。国庁までは同行するという。後日上洛もするように言って、相良頼景の屋敷を出る。
三刻ほどで国庁。降り出しそうだったので心配してたんだがなんとか間に合った。午後から雨…。
宴になるが、飯の炊き方くらいは覚えて貰おうと厨の者達を集めて教える。汁も豚汁…じゃなくて猪汁に仕立てる。牛蒡、里芋、慈姑、ネギ。鰹節あるし。茄子もあったのでこちらは味噌田楽に。
あと刺身があれば宴の体裁はできるだろう。
なんで視察中の国守が自分のもてなしの料理してるのかは置いといて、宴の方は大いに盛り上がりました。
十八日
豊橋まで。天竜川の渡河では入れ替わった兵達が慣れていないので少し手間取ったが、渡し綱のおかげで格段に楽になった。降りずに川を渡る車に、子供達は大喜び、憲子叔母上は絶句していた。叔父上と新たに加わった兵達も。
糸子が自慢げなのが可愛い。今回交替しなかった兵達が生暖かい目で見守っていた。
十九日熱田、二十日桑名、二十一日柘植、二十二日草津、二十三日近江泊まりで、二十四日の昼過ぎに六波羅に帰った。
山科辺りで、久しぶりの都に叔父上も感慨ひとしおでしょう…と聞いたら、馬車に乗れなかったのが一番の心残りだそうだ。残りの僅かな旅程だけ糸子と交替して乗って貰った。とても嬉しそうだった。
俺の家人が四人増えたことを父上に報告すると、何故か頭を抱えていた。
南泉殿にようやく戻る。
旅支度の始末を終えて一休みの段階で、糸子と一緒に清子に話すことにした。
「無事のお帰り安心いたしました」
という清子の表情がちょっと硬い。なんか察するところがあるのかな。
少し話したあと、糸子から勧められて先に寝ることにする。
++
女同士の話もあるからと宗盛を先に休ませて、
「言っておくけど、なにもなかったわよ」
と糸子が切り出す。
「え?」
清子がびっくりしたような声を上げる。
「今回、あなたが来れなかったのにそうなるのは気が咎めたの」
「え、えと、ありがとう?」
普通そういうことをためらったりはしないわよねと、清子はぼんやりと思う。
二度も口づけしたとか糸子も言わない。
「でも次の機会は遠慮しないから。馬練習しておきなさいよ」
「う、うん」
「それに、身が持たない日とかでも替わってあげるからね」
「う、うん?」
「あなたの夫、仕事中は凄くかっこいいわよ。すぐにその手の話がいっぱい増えるから。だから私と一緒になってそういう気をなくしましょう?」
「いや、それはいいから」
横で聞いていた季子の、興味津々の視線がイタい。
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二十五日は教盛叔父上の帰還の宴だった。俺が料理を差配した。教盛叔父上は伊豆の魚の話と馬車の話をずっとしていた。一族内での車の予約が続いた。
終わり際に、教盛叔父上と憲子叔母上から料理を教えてくれと懇願された。もちろん厨の者達にであるが。
++
宴の後。泉殿寝殿母屋。憲子は先に帰宅した。
「長らくの田舎暮らしご苦労だったな。帝への根回しは終わっておる。今後元の都暮らしに戻れるだろう」
「ありがとうございます、兄上」
「それで、どうだった?」
「常陸と伊豆に行って思い知りました。宗盛が拘っていたように、東国は大きく変わっております」
「力をつけておるのか?」
「予想しておったより遙かに。いまや低位の公家よりもはるかに豊かになった在庁官人、荘官も数多く」
「伊豆の弓比べの時にも思ったが、やはりそうか」
「有力なものが率いる兵は万に及ぶかと」
「それほどにか…公家共が都しか見ておらんうちに国が様変わりしておるということだな」
「それと宗盛の評価も坂東ではかなり高まっております。国政を見て、正直私も宗盛を見直さざるをえませんでした。今回家人を増やしたのも頷けます。特に伊豆での施策ですが…」
その夜、教盛の報告は長く続いた。
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二十六日
上西門院にご挨拶。
統子様から帰ってくるのが遅いと叱られた。いや、かなり早いと思うんですが。
ここで理を説いても仕方ないのは明らか。
横地長重と中村将広の質侶荘と益頭荘で大掛かりな開拓ができそうで、貢納が来年からは増えるだろうことを報告して、機嫌を直して頂いた。理より利である。
他にもいろいろ忙しい日だった。




