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宗盛記  作者: 常磐林蔵
第5章 遠江守

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宗盛記0119 応保二年五月

応保二年五月皐月


中旬は連日雨。恐懼きょうくの為に出仕が無くて雨がふるとすることが無い。日が高いうちは清子といちゃつくのも気が引けるので、ひたすら酒を蒸留する。火炎玉の有効性は確かめたしな。三台に増えた蒸留器を順に操作するのに没頭していると、昼過ぎに来客だと雜仕が呼びに来た。こんな雨の日に誰だろう。


通された客は見たことのない三十程の実直そうな男性。袍の色は緋、つまりは五位の官人ということだ。

「お初にお目にかかります。従五位下、大膳亮だいぜんのすけ兼醤院勾当けんしょういんのこうとう高橋喜実と申します」

「おお、大膳職の。はじめまして、従四位下、遠江守平宗盛です。今日はどの様な御用で?」

「いきなりお伺いして不躾なお願いなのですが…」

大膳職とは、宮中で臣下に出す料理全般を担当する部署だ。大膳亮はその次官。結構偉い。話を聞くと、勾当とは大膳職の別館の醤院でひしおを担当する官らしい。ちなみに醤は、麹と塩とで作る調味料のことで、豆醤、肉醤、魚醤、等があるが、普通豆醤。味噌に近い調味料と思っていい。

そうしてうちの醤油の噂が気になって、食べてみたいというのだ。ちまちま他所で使ってるからなぁ。上西門院とか親隆様のところとか。

「それはご熱心なことで。わざわざお越し頂いたのですからどうぞ。軽い食事なら入りますか?」

「恐縮です」

麦湯と梅襲を持ってきてくれた雑仕女ぞうしめに、厨に行って昼飯を二人分持ってきてくれるように頼む。醤油だけ出すわけにもいかんだろう。と言っても軽くなので、焼いた干し魚とご飯と味噌汁、そうだ、奈良漬もどきも持ってきてくれるように頼む。これくらいなら厨の者なら誰でも作れるようになっている。海苔と卵があれば定番の旅館の朝飯になるのに…そうか、海苔か…遠江で作らすかな。

「これは!」

麦湯を飲んだ高橋殿が驚いている?

「これほど冷えているのは、氷を使っておられるのですか?」

「いやいや、それはない」

氷室ひむろというものがあるので、ウチの財力ならその気になればできなくはないだろうが、氷室は普通寒冷地の山の尾根に作る。そこからの運搬を考えるとさすがに麦湯を冷やすのには使わない。

「しかし井戸水でもここまで冷やすのは難しいのでは?」

「ああ、そうですね。風も使って冷やしてます」

「は?」

うちの麦湯は夏には素焼きの陶器に井戸水を入れ変えて薬缶を入れて冷やし、水温近くまで下がったら更に扇風機で風を送って冷やしているのである。流石に冷蔵庫とは比較にならないが、汲みたての井戸水よりも冷たいのだ。

⋯カルノーサイクルや熱ヒステリシス、俺の大学は熱力ねつりきがくも必修だった。原理はわかってるからいつかやってみるかな。

牛がメインだが鴨川も横を流れていて、水汲みにも送風にも人力は出来るだけ使わないのでできる。麦湯は作り置きもたっぷり作らせている。雑菌繁殖前に回転させるために女房や雑仕達にも、家族の必要量さえ残せば自由に飲んで良いと言ってあるのでとても好評である。詳細はあんまり人には説明したくないけど。

「あと、この唐菓子は初めて見ますが」

「梅を使った菓子です。梅襲と名づけました」

おそるおそる口に入れて驚いている。そうか、普通に配っていたが知らない人には驚きなのか。

「ここまで美味な唐菓子は初めてです」

大絶賛を貰う。照れるなぁ。

「お褒め頂いて光栄です」

「唐物…ではありませんね。どなたがお作りになったのですか?」

「…ウチの雑仕かな?」

嘘は言ってない。

「素晴らしい。大膳職に務めさせるわけには?」

「いや、それはちょっと無理かも…」

市司正クビになったばかりだし。

「なんとかなりませんかね」

いかん。なんかいろいろまずいかも。

「この甘みは水飴のようですが…」

さすがにプロである。ちまちま情報を吸い出されていると、吉野がいないし、波路も所用で出かけているので、小袿姿の糸子が雑仕女を連れて食事を持ってきてくれた。

「…」

いかん。糸子を見て絶句している。

さらにいろいろまずい。

「な…なんと美しい」

思わず口に出す高橋喜実殿。

「ダメです。こちらは俺の女房です。外にやる気は全くありませんから。外で口外するのもやめて下さい」

糸子が真っ赤になって出ていった。

今後男の来客には出ないように言っとかないと。呆然としている高橋殿に促す。急いで空気を変えよう。

「どうぞ召し上がってください。その小さな瓶に入っているのが醤油です」

普通調味料は小鉢にとりわけたのを匙でかけるが、ウチは無論醤油差しも作っている。注ぎ口の設計は俺がエクアン並にこだわった。

「醤油?」

「油…では無いのですが、元々はひしおの上澄みの部分なのでそう呼んでおります」

流石はプロ、すぐに食事の方に意識を切り替えた。

魚は鯵の干物だった。伊豆の一夜干しが懐かしい。暑くなってきたので、一夜干しは当分入ってこない。海のある近国に領地が欲しいなぁ。淡路と伊豆を交換したのがちょっとだけ惜しい。

高橋殿は少し箸の先につけた醤油を舐めている。ねぶり箸はお行儀悪いです。

「なんという豊かな旨味だ…」

なんだか気恥ずかしくなって、大根おろしを鯵に乗せて醤油をかけると、高橋殿も見様見真似で同じようにする。

食事が始まったが、何か食べるたびに

「おお」とか「ああ」とか呻かれるととてもこそばゆい。

「これは…大根おおねをすりおろして?この醤油とこれほど合うとは」

「この姫飯ひめいいは…なぜこんなにもちもちと…この様に仕上げるにはどうしたら」

「これは…豆醤まめぴしおの…汁に…鰹汁?…なんという豊かな旨味だ」

「こちらは白瓜の粕漬なのか…なぜこんなにも味が違うのだ…ありえない…」

しまった。醤油だけ持たせてさっさと帰らすんだった。

なんというか、いたたまれなかった。

食事の後に

「この食事を作りだした厨の者に、是非是非会わせていただきたい」

いや、会っても説明はできんと思います。というとどうかお願い致しまする、と平伏された。頼んでも頭を上げてくれない。やめてー。

「その…すいません…全部俺が考えました」

その後の日暮れまで続いた質問責めは思い出したくない。

とりあえず醤油の製法は教えることにした。

お願いだから弟子にしてくれと言い出した高橋殿をなんとかして帰した後、精根尽き果てていると、

「あら?夕食は良かったの?」

と糸子に聞かれた。この上夕食を出したらどんなことになるか。

「しばらく文とか届くかもしれないけど関わっちゃダメだからね」

「ふふふ…はいはい。私はあなたの女房ですもんね」

「何よそれ?」

話を聞いて清子がプンスカした。俺に。

心から疲れた。



月も後半になると、結構暑くなってきた。雨の日はともかく、上がった後なんかはひたすら蒸し暑い。

こんなときのために、と清子と俺の寝室を用意しておいた離れに移す。

ここの屋根は桐の木の上に薄く叩き伸ばした銅板を被せた瓦葺なんで、水には強いし、下地の木も腐りにくいし、錆びて青白くなっても反射率も割と高い。費用はかなり掛かるが。さらに栓を開くと棟まで上げた管から水が流れるように作ってあるので他の部屋よりかなり涼しいのだ。落ちる水で扇風機が回り、高い所に設置した扇風機で天井際の暑い空気を外に排気する。作り付けの二重網戸完備。低い方の扇風機は、上に空けた細かな穴から水を垂らしてある簾に風を吹き込んで冷風扇になるように作ってある。寝殿よりは多分体感で数℃以上は涼しい。

清子が大喜びしてくれた。

夏の衣になっても着る枚数の多い女性にとって都の夏の暑さはキツいのだ。まぁ、前世のクーラーにはどうやってもかなわないんだけどね。

その日は存分に仲良くなって寝た。


数日後。家人との訓練から帰ってきて絶句した。いっぱいいるのだ。

清子が助けを求めてこっちを見てくる。

母上、糸子、季子、母上の女房達まで数人居る。

たかだか十二畳の部屋である。さらに新婚夫婦の寝室である。もちろんお帰りいただく。

母上が、

「ここが一番涼しいの…動きたくないの…夜が更けたら帰るからもうしばらく居させて頂戴?」

と可愛くおねだり。

「もちろんダメです」

冬もやったなぁ。これ。


結局、父上に命じられてもう一棟離れを作ることになった。断ったら寝殿の弟妹ごとここに通って来ると言うのだ。両親との別居を真剣に考えた。



十七日の夕方に、経盛叔父上がウチに寄って、二十一日に上西門院に顔を出すようにと言われた。出仕ではないとのこと。

「罷免ですか?」

「それはない」

断言された。なんだが疲れた顔をしていた。



二十一日。

上西門院にて。

「御無沙汰致しております」

「ほんとにです。なぜ顔を出さないのですか」

あれ?統子様不機嫌?

「いや、恐懼中ですから?」

「出仕しなくても顔くらい出しなさい」

「???」

恐懼はもういいと言われて二十六日からの出仕が決まった。

俺の長期休暇…途中で終わっちゃった。

その日は一日統子様とお話して、更に昼の食事の差配は俺がした。

これ、出仕と変わらなくない?


「ところで、宗盛の屋敷は色々と快適だそうですね」

「ああ、まぁ、そうかも?」

「滋子様が手紙で教えてくれました。妹達だけずるいって怒ってたわよ」

「いや、院の御所には手がだせませんから」

「でもここなら大丈夫でしょう?」

上西門院改造工事を命ぜられました。

梁夫、続けて無理を言ってすまん。



銅線に膠を塗って紙を巻き付けて、それを径二寸位の円筒形の紙芯に巻く。その上に紙を重ねてまた銅線を巻く。こうして三重巻のコイルを作った。もちろん回転方向は右ねじの法則に従っている。筒の中央部に針を置く台をとりつける。

硫黄を焼けば二酸化硫黄になる。これを水に溶かせば亜硫酸となる。放って置けば酸化して一部は希硫酸となる。残念ながらここからさらに酸化して濃硫酸に持っていく方法を俺は知らない。化学もちゃんと勉強しておけば良かった。

コイルの両端の銅線に小さな鉄板と金の薄板を取り付ける。金の板を先に亜硫酸に浸けて、鉄板をつけると、鉄板から泡が立ち上る。よし。通電してる。コイルの中に置いた凝灰岩の台に、ふいごおこした炭火で赤熱させた三寸ほどの鉄の磁針をピンセットで摘んで設置する。十分冷ましてから磁針を笹舟に乗せて水に浮かべてみると…うん、北を向く。

ちゃんと磁化している。熱せられて自由度を増した鉄のクラスターのそれぞれの分子スピンが、冷却中に概ね磁場方向に並んで冷えて固定したのだ。古代では地磁気で固定していたようだが、通電した磁場中でやるほうが磁化が強くなるのは当然だ。重心の位置にくぼみが作ってあるので三百六十度の目盛を入れた羅盤の針の上に乗せる。ガラスカバーが無いので毎回磁針を置くことになるが、まぁ思い通りの磁石ができた。とりあえず二十程作る。これはさすがに人には見せられない作業だな。技術的に怪しすぎる。

出来上がった方位磁石は俺と副官の是行、五人の部隊長に一つずつ。残りはストックだ。

渡した時に皆が仰天していた。唐渡りのものだ…ということにした。実はこの時代だと磁鉄鉱に針をこすりつけて作るか地磁気で磁化するのが精一杯だろう。当然俺の作ったものの方が遙かに強く磁化されている。

偏角は、前世の−7°、北微西の353°辺りを予想してたが、天測と合わせるとほとんど0°。地磁気は100年単位ではかなり変動する。そうか、この頃は偏角は考えなくていいのか。



割といい磁石が手に入ったので平板測量の訓練の精度を少し上げる。こういうことには得意苦手がはっきりでる。大木の中程に目印をつけて、高さと位置の測量精度を競わせて、成績優秀な者は認定して測量兵手当を少しつける。月五十文。学習効率が跳ね上がった…。


測量の他には応急処置もやった。止血法と消毒法、固定法、縫合法。実技の試験をして衛生兵手当も出す。


塹壕の掘り方や簡単な障壁、防御施設の構築や宿営地の設営、これは工兵手当。


どれも月に二、三回位だが雨の日の気分転換にもなっているようで概ね好評。

布製の徽章も作った。鎧の胸に縫い留める形。学習効率がさらに上がった。

これらの特技持ちを各隊最低一人は充てたい。


弓(立射と騎射)や馬術(障害)や水泳も訓練し、たまに競技会を開いて表彰している。これもいい成績を出せば弓兵手当、騎兵手当、水練兵手当がつく。もちろん徽章もある。

水泳は桂川まで行って泳ぐ。池は澱みがあるので水草臭いし感染症が怖いのだ。鴨川は水位が低すぎるし、宇治川は流れが早すぎる。

桂川では鮭のように川を遡る。流れるプールを遡る感じ。これも専用の短時間用の水時計を使って、張った縄の間を進んだ距離を競うのだ。溺れそうになったら縄を掴めばいい。そこで失格だけど。結構キツいが、涼しいし体力もつく。

皆の下着が下袴だったので、褌を支給した。

ちなみに褌は相撲取りなんかがつける特殊な下着で、貴族や武士は袴を直に履く。更に豊かでない庶民や子供は腰下に下着は着ないことさえある。女性用の月の障りの日に着ける月帯けがれのぬの、又の名をもっこ褌なんてのもある。紐パンみたいで割とエロい。

越中褌を採用した。

瀬戸内の沿岸育ちの俺は前世から普通に遠泳できるので、水練の競技に出ると大抵上位に入る。東国からの家人は、今のところ伊豆と相模から来ているので割と泳げるのが多い。都や大和、伊賀、伊勢辺りの生まれの泳げない者のために、長さ二尺ほどの竹を横木に結び合わせてミニ筏を作った。ビート板代わりである。名付けて小筏。まんまである。そんなこんなで水に怯えていた秀次や景経も少しずつ泳げるようになってきた。指揮官だけ泳げないと格好つかないからなぁ。割と必死である。

こういった訓練を続けるうちに、軍としての動きに少しずつまとまりが出てきた気がする。わずか百人だけどね。



「ところで次の職についてだが」

と月末に父上が言い出したので

「あ、七月に遠江と伊豆に行くのでそれ以後にして下さい」

と答えると、扇でペシペシ叩かれた。でも対外自粛中だからということで許してもらう。サーセン。



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