宗盛記0120 応保二年六月
応保二年六月水無月
一日
そろそろ梅雨が明けたかな。今年は閏月のせいで梅雨明けが早い。
で、降ってないととても暑い。
出仕の日なので上西門院に行って、氷室開きの氷でかき氷を食べる。
今年は新作のかき氷機を使って氷を削ることにした。円形の氷は無いので、鋸で切り出す氷の方量を決めておいて、クランクのハンドルを回すと下から台がわずかにせり上がりつつ板状の氷の縁を広刃の台鉋が往復するようにしてみた。梅の他にも作っておいた苺のシロップをかける。どちらも好評で二杯ずつみんな食べていく。夏に実がなる柑橘系はまだないようなので、次のシロップはミルク辺りかな。おいおい抹茶や金時も試してみたい。
二日、家に帰ったらウチにも氷が来ていた。父上は四月に皇太后宮権大夫にも就かれた正三位の公卿。氷も普通に届く様になったのだ。同じく削って食べる。かき氷機をみんな回したがる。知盛、三の君、四の君、五郎、五の君と、真面目くさってハンドルを回し、出てきたかき氷を見てうれしそうにしている。水飴を溶かして味付けしたシロップはここでも大ウケである。ちなみに甘蔓も届くようになったが、酸味のある果実の味付きのシロップのほうが好評だ。
四の君は早くも今年の秋に袴着と決まった。七歳で成人となる。縁談でも来ているんだろうか。
一番下の五の君も五つになった。
更に下の弟妹は八条の別邸。
父上が検非違使別当兼右衛門督に復職した。ひと月ぶりである。その間空席だったので、実質休職に近い。
宇野合戦について、結局ウチの主張が通った形になった。当然反感も大きいだろうが、次男を害されているわけで、誰もここで強く反発する訳にもいかなかったのだろう。ガチでウチと対立することになる。
俺は上西門院判官代の出仕が五日に一度。後は休みの早めの夏休みのつもりが、俺にも昇位の御沙汰が下ったという。
「え?俺が昇位ですか?なんで?」
「伊豆の官人一同からの感謝と、坂東に豌豆瘡の対策をいち早く拡めた功による、らしいぞ」
「伊豆からの…それは嬉しいかも」
実際は父上への慰留だろう。
「国司苛政の上訴はあっても、感謝を上申されたのは初めてらしい。これが続くと煩わしいので今後は受け付けないそうだがな」
「うわぁ。照れるなぁ」
まぁ、実際領国への出費は国司の中では俺が断トツだと思うが。誰かがインフラに初期投資しないと生産量も増えないんだがなぁ。
「基盛の服喪と源親治の件で延びておったらしいな」
「ああ、基盛兄上を重盛兄上の対抗にできなくなったので、俺に回ってきたっていうのもあるのか」
ちょっとやるせない。
「バカモノ」
父上の蝙蝠扇がいい音を鳴らす。俺の頭で。
「余計なことを考えずに喜んでおけ」
「ははっ」
五日
久しぶりの束帯を着て、久しぶりの内裏に出仕する。謹慎もこれでおしまいである。
夏の盛りにこのゴワゴワ。これ考えだした奴はクソだな。実はそのクソの名前もわかっている。俺が生まれた年に死んだ左大臣源有仁様。あと鳥羽上皇陛下である。生涯に渡ってロクなことせん人だと思うが、おおっぴらに口にはできない。なんせ統子様の父上だからな。有仁様は花園左大臣と呼ばれた人で、名前で何となく分かるように臣籍降下した皇族である。女好きで有名な方で、待賢門院の妹にあたるその妻と鳥羽院との間にも噂のあった様で、俺の生まれた年に死んだ。さらにその娘が上西門院の女房に居るらしいし…。
昇位の儀式の後、御礼の言上の際に御簾奥の帝よりお声をかけられた。
「先の夏以来だな。乳母子殿」
「久方ぶりに帝のお声を拝聴することができまして、恐悦至極にございます」
「よく焼けておるな。ついぞ内裏には見かけぬ形だ」
声に弾みがある。ご機嫌のようだ。
「日々父にこき使われて、野山を走り回っております」
ミシッ。
父上の蝙蝠扇から音がする。また烏帽子が凹むかな。
「清盛は頼んでも奥義を見せてくれんのだ。また披露してくれ」
あ、リクエストはされたんだ。
「ははっ。父の技に近づきますよう精進しておきます」
またミシッと扇のなる音がした。
俺は従四位上になった。この年でこの位は、もちろん一族初めてのことだ。まぁ、知盛か五郎がすぐに抜いていくような気もするが。
併せて重盛兄上が正四位上に、教盛叔父上が正四位下に昇位された。
つまりは教盛叔父上も年季明けってことだ。伊豆赴任も終わりだろうな。
ついでにうちの家人たちにも位をねだっておいた。もちろん父上に。宇野合戦の褒賞も兼ねてである。
今回は父上もゴリゴリ頑張ってくれた。
つまり、源親治は叛賊で、それを平家が討伐したという形を示したのである。ホントは仇討ち。
伊藤景家 正六位上 三品家令
伊藤景高 従六位下 二品家従
大庭景親 従六位上 左衛門大尉
土肥実平 従六位上 左兵衛大尉
俣野景久 従六位下 右兵庫大允
伊東祐泰 従六位下 右衛門少尉
土屋宗遠 従六位下 右兵庫大允
山田是行 正六位下 右衛門大尉
巨勢秀次 従六位上 左衛門大尉
伊藤景経 従六位上 右衛門大尉
鴨川通正 従六位下 右兵衛少尉
俺の昇位祝の宴会なのに俺が料理の差配をしてる件について…。
まぁ、官位が上がっても京官としては無職の散位。出仕は上西門院だけだ。
家人との訓練と、職人との打ち合わせ、たまに各所へのご挨拶ご機嫌伺いで数日が過ぎた頃、信子義姉上が訪れた。泣いている?
「え…と、なにかありましたか?」
「厠が…(ヒクッ)ようやく…できたの(ヒクッ)」
「それは良かったですね」
「よくないわよっ(うぇーん)!」
清子と糸子と季子が懸命に慰めている。涼しいからと何かと離れに来る母上はいない…逃げたな。
糸子にアイコンタクトを図るが首を振られる。まだ聞いてないらしい。
しばらく落ち着くのを待って
「出来が悪かったとか?」
「その…した後…流れていくの」
「それはまぁ、流れないと困りますからね」
「それが、外から見えてたの!」
「あ……浄化槽、作らなかったのか⋯」
排水をそのまま溝に流したってことか。
「流れて行ったのが噂になってるの!私じゃないのに!まだ使ってなかったのに!」
「あぁ、それは…ひどい」
風評被害。
「それからみんな私のことを陰で『おおべんのつぼね』って呼ぶのよ!」
うくっ…必死に息を止める。誰か『しょうべんのつぼね』を覚えてたのか。ちなみに信子姉上の本来の侍名は信濃。
ここで笑うと余りに可哀相だ。傷口に塩である。清子と糸子は全力で固まっている。よくこらえた。偉いぞ。あかん、季子の肩がプルプル震えている。このままではマズイ!
「そ、その、改装位なら俺が口を出しても…いいかなぁ」
頬と腹筋の引き攣りを抑えながら口にする。
「もう遅いわよ!私お嫁に行けないっ!」
本格的に泣き出してしまった。慌てて宥める三姉妹。季子の肩がまだ震えている。
いや美人で胸の大きい信子義姉上がモテないなんてことありえないよ。
それにしても時忠義兄上の屋敷の厠を調べれば、構造位わかるだろうに、木工寮のやつら手を抜きやがったな。いくら滋子様が帝の父子対立のとばっちりで不遇と言ってもこれはちょっとひどい。滋子様へのやっかみや、俺やウチへの反感も混じってそうだ。
「わかりました。父上を通して正式に抗議して貰う。担当した者にはきっちり責任取らせるから」
と言っても信子義姉上は泣き止まないわけで…今日は釣殿、夏の離れに泊まっていくということでとりあえず落ち着いた。妹達で慰めるらしい。当然俺は南泉殿のやや暑い元の部屋で寝ることになる。季子と廊下で行きあったので、「おおべん」と囁くと、身を捩って笑い転げている。冷たい奴め(笑)。
元の寝室も暑いといっても換気と冷風の扇風機はつけてあるから寝殿や上西門院よりは快適。でも楽しい盛りの十六歳。一晩でも我慢は辛い。
翌日、もう勤めをやめたいと言い出した信子義姉上を寄ってたかってなだめすかして院御所に帰し、父上から木工寮に抗議してもらう。父上も苦笑するしかないようだったが。後日担当した木工助が異動になったらしい。
数日後、俺も木工寮に向かって院御所東の対の改装の相談をする。あんなことがあった後なので初めかなり脅えられたが、図を描いて厠と風呂の構造の説明するとどんどん人が集まってくる。金筆(俺の造語)と三角定規にも興味津々である。曲尺と筆で図を描くのは面倒だからな。製図用のロットリングを初めて使った時を懐かしく思い出しながら応対する。遠慮せずに最初から顔を出しておけば良かったかな。技術の漏れと院と関わるのを警戒しすぎたか。信子義姉上ホントごめん。でも木工寮に話したので風呂と厠の構造が広まるのは時間の問題。ウチの技術優位は消える。
梁夫にも謝っておかないと。
十日
馬車のオプション装備が出来上がった。名付けて馬車筏(まんまである)。竹束を固定した木枠を車体の下に嵌め込めるようにして、馬車を浮かせるフロートである。径四寸長さ一丈の竹を十五本ずつ一層にまとめて固定したものを三段の計四十五本。竹はもちろんしっかり蒸して柿渋に漬けてある。車底高は一尺五寸はあるから十分入る。各層の筏の前に縄をつける所があって、前に引っ張って車体底の枠にはめ、留め金で固定、これを三段。計算上は車重に近い百貫以上の浮力がでる。コレだけでは安定しないので、轅と鴟尾の下にも竹束を嵌め込んで、さらに側面にもアウトリガーとしての竹束が取り付けられる様にして、浮力を増して安定性も高めてある。計算浮力は二百貫(約750kg)以上ある。
竹束は通常は屋根の上に作った木枠に積む。将来的には補給輸送に使う車両の原型でもあるので、繰り返し訓練した。暑い日を選んで早速桂川で試験運転。
幹也だけでなく、職人たち勢揃いである。弟子だろうか、初めての顔もチラホラ。
さて車だが、浮く。歓声が上がる。十分浮く。そりゃ浮力もかなり余裕をもたしているからな。人を載せても底板まで水がいかない。一応車体の下の方も柿渋と紙で硬めで水密加工もしたんだが。
川原で馬を離して筏を取り付けて、引くのは人力だが五人も居れば十分川を渡れる。曳舟でもいける。浅い川なら馬でもいけるだろう。何度か試してみるか。
ただ川下側に曳き綱を支点に流されて曳き手に流れの重みがかかるため、先頭に水切り、車体前方に流れに平行のリーボードがあったほうがいいかも。追加改造だな。
帰りに久しぶりに市に寄って挨拶する。橘良通や伴家茂、店の人々、中でも刀屋が一番惜しんでくれた。笑うしかない。豆八も今月は来ている。塩が飛ぶように売れていた。宇佐美の塩の扱いも許しているので、俺にも上納がある。いさなの作った鰹節も持ってきてくれた。これはウチの独占品。あと干物は随分買い取った。
市の警備は各班で日替わり。泳ぎに行けなかった連中は暑そうだ。梅と水飴を大量に買って帰る。梅酒と梅襲用。
統子様に七月にお休みを頂きたいと申し出ると、先月もほとんど休んだのにとむくれられた。ひたすらご機嫌をとる。
言うまでもないが先月は休みではなく恐懼だった。
任地の遠江を実見しておきたいし、遠江と駿河の長興寺の荘園、質侶庄と益頭荘も見ておきたいと頑張って説得したが、なら代わりに何処かに連れて行けとのご下命。松尾神社に行くことになった。
二十一日。
馬車で上西門院に向かう。参拝なので今日は浄衣に指貫袴。
桂川を渡るから輿で往くのだと思っておられたようで、同じく出仕日の経盛叔父上に大層驚かれた。夏のクソ暑い日に物見遊山の為に兵達に輿を担がせたりしませんって。
お供はいつもの兵衛と新人の葉室。先月から勤め始めた。なんと親隆様の年の離れた妹にあたる。どこで繋がってるかわからないのが貴族社会の狭さである。つまり俺にとっては妻の姉の義理の妹となるのか。義姉の義妹は俺にとって義姉なのか?義妹なのか?さらに叔母の義妹でもあるから一層ややこしい。こっちは義叔母?
俺より歳上で既婚。でも一応判官代の俺が上役である。なんか微妙に俺の立場は低いんだが。
美人という噂は聞いていたし、虫垂れの布越しでもそんな感じだが、ジロジロ見るわけにもいかないので我慢する。女房勤めしているならそのうち顔を見ることもあるだろう。描眉お歯黒だろうし。うん、よろめかないぞ。
車に乗り込むとすぐに、仕切の御簾を下ろしてしまった。脇見せずに済んで良かったのか。
こちらからは伴の者八十人足らず。警護の演習と慰労込みである。基本みんな騎乗。五条を西に二里ほど走って桂川に出る。渡れば松尾大社。残念ながら桂川に橋はない。が、神社の前は割と浅瀬になってるから、このまま行けるか。伴の家人に確かめてもらうと、深いところで。二尺足らず、馬の腹には届かないとのこと。馬車筏装着!である。
皆かなり手慣れてきたので、少し待つだけで準備ができた。
「ここで輿に移るのですか?」と、統子様がちょっと心配そう。
車の周りにワラワラと家人達が集まって支度してたら、そりゃ緊張するか。
「いえ。準備ができたので、行きます」
「えっ」
馬が川に向かっていくので流石に三人とも驚いている。そのまま川に入って少し進むと、フッと浮遊感。車が川下に流される。「きゃ」っと葉室が小さな叫び声をあげた。姿勢が落ち着いたところで川上に向かって斜めに川を渡る。綱も取り付けて後側は流されすぎないように人に引いてもらっているが、それほど力は必要なさそうだ。助手席の統子様も後席の兵衛と葉室も呆然としている。幅十丈程の川をそのまま渡り切ると、三人の大歓声。
助手席から御簾をあげて、統子様がハグしてくれる。
「すごい…車が水の上を走るなんて…」
車に乗る時はなんとなく俺を警戒していた感じの葉室まで大はしゃぎである。
「これは、普通に経験できることではないですね。院や摂関家の方々でも」
いつもは小言の多い兵衛までご機嫌である。
まぁ、俺も初めて飛行機に乗った時は感激した。
川を渡るとそこは松尾神社の鳥居で、下乗石の所が車止になっている。先触れは送ってあったので、神官と神人、社僧が整列して待っていた。なんせ前皇后様の参拝である。桂川をそのまま渡ってきた車を見て、なんかショックを受けている。帰りもあるので、横の筏パーツだけ取り外して下車。新たに取り付けたリーボードもそれなりに使えているな。
これ以上手をかけすぎると蒸気機関とスクリューをつけたくなるので、車の改造はこの辺にしとこうか。ポンポン蒸気位ならさほど大袈裟では…いかんいかん。まず舟をなんとかしよう。
松尾神社は俺の知ってるものと大分違って少しだけ同じだった。
重森三玲の三庭はもちろんない。酒の樽も積み重なっていないし、宝物館もない。鳥居も小さい。どことなく内裏を思わせる社殿も前世のものよりずっとこじんまりとしている。有名だった両流造の本殿もない。しかし色鮮やか。朱…というか丹色中心に原色の緑や青、紫の装飾に彩られた社殿が松尾山の緑と相まって美しい。山裾では小さな滝が落ちていて、ここだけは八百年変わらないようだ。
水を吐き続ける石の亀が居ない。ちょっとさみしい。
神社で醸しているという獨酒を社僧からもらって飲む。帰りは飲酒運転になるか。少しにしとこう。
祈祷のときは浄衣姿の神官が出てきて、あぁ、神社なんだ、と思う。後は僧侶ばっかり出てくる。比叡山系の坊主らしい。
しばらく休ませてもらって、礼物をはずんで、参拝おしまい。酒も醒めてきたので馬車で上西門院に戻る。すっかりご機嫌の統子様に来月の休みの許しを頂いた。
しかし恐れていた通り、あっという間に話は拡がった。伊豆から帰ったら当分運転手確定である。
三十日。
夏越の大祓え。
平野神社へ二往復。川を渡ってと妹達にせがまれるが、鴨川には橋があるから駄目です。それに普段は浅いから浮かないよ。




