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宗盛記  作者: 常磐林蔵
第4章 東市司正、結婚、宇野合戦

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126/129

宗盛記 登場人物04

すいません、時間なかったんで作成中ですが、先に上げないとシステム上続きが出せないので。

急いで加筆します。


本編はこの後0:10に公開。


--

一応修正終わりました。きっと訂正はまだありそうだけど、正式版と言うことで。(4.15.22:00)

--

抜けていた親宗を追加。(4.17.06:00)

+、- は宗盛との年齢差を表します。


年齢がわかんない人もいます。 


一部故人を除き、台詞の無い人は載ってません。



--

ウチ(伊勢平氏)


平宗盛たいらのむねもり

±0

久安三年、丁卯ひのとう(1147)生、

平清盛の三男、三郎。平三郎。

九歳、久寿二年(1155)に家の柿の木から落ちて言動が変になった。

十一歳で元服、従五位下、蔵人に任官する。

十四歳で従五位上、伊豆守に任官する。

同年七月正五位下。

十五歳で一月正五位上。

同年七月従四位下。雑袍宣旨、禁色勅許、上西門院殿上、平糸子を還俗させ女房に。

十六歳、一月に平清子と結婚。遠江守、左市司正、上西門院判官代。

同年三月、次兄基盛暗殺される。

同年四月、源親治討伐。宇野合戦。



平清盛たいらのきよもり

+29

父上。

白河法皇様の御落胤という噂がある。ちゃっかり乗っかってそれっぽいことを匂わせてたりする。

でも顔はお祖父様似らしい。

この国に初めての武家の政権を作る人になる…かも。保元の乱の勝ち組で大宰大弐。平治の乱でも勝ち残り正三位。

参議、権中納言、検非違使別当、右衛門督。

宗盛の頭を扇で叩くのが習慣化している。

屋敷は泉殿。



平時子たいらのときこ

+21

母上。

平時信たいらのときのぶの長女。平時忠の姉。

妹が六人いる。弟は二人いる。

当今の乳母として従三位。典侍ないしのすけ

思い切りがいいが、時々めんどくさい。最近割と。

妹達の性格に大きな影響を与えた。



平正盛たいらのまさもり

1121年死亡

曾祖父様。白河院北面の武士。

源義親討伐で名をあげたが、みんな信じてくれなくて偽義親が続出した。

五位になって伊勢平氏を貴族にした。

高祖父は正衡まさひらなので、伊勢平家がさかるのはこの人から…と思ってたんだけど、さらに四代前に常陸に居る頃に貞盛って先祖が居た。



平忠盛たいらのただもり

1153年一月十五日死亡

お祖父様。

検非違使、待賢門院政所別当、中務大輔、右京太夫、鳥羽院執事別当、内蔵頭、刑部卿を歴任。伯耆守、越前守、備前守、美作守、尾張守、播磨守を歴任。平家初の殿上人。

山陽道、南海道の海賊討伐で功をあげ、日宋貿易で蓄財して正四位上まで出世した。公卿一歩手前で死去。

「儂の墓の前に三位の位記を掛けよ」

って気分だったろう。

笛も和歌も達者だった。

先々代池殿。



平忠正たいらのただまさ

大叔父上。摂関家の家人。

藤原忠実、頼長に仕えていて保元の乱で院側に。無事讃岐に落ち延びた。

息子長盛、忠綱、正綱、通正、維盛、忠重の六人ともに全員無事。



藤原宗子ふじわらのむねこ

+43

お祖母様(義理)

通称池禅尼いけのぜんに

お祖父様の後妻。家盛、頼盛の母。出家済。

俺とは直接の血縁はない。

待賢門院系、美福門院系、どちらにも強いコネがある。さらに熱田神宮とも繋がりがあって、残念なことに頼朝の助命にまわる。

讃岐院長男の重仁様の乳母。



平家盛たいらのいえもり

1149年死亡

お祖父様の次男。父上の弟。

熊野詣の帰りに死んだ。父上と嫡子の座を争ったとか。

お祖母様の息子。頼盛叔父上の兄。

先代池殿。



平経盛たいらのつねもり

+23

お祖父様の三男。

文化人。和歌も楽器もうまい。

先代平三郎。

自分だけ通称がないのをひそかに気にしている。

上西門院別当となり、宗盛の上役になった。



平教盛たいらののりもり

+19

お祖父様の四男。

体育会系。

門脇殿。

滋子が院の七宮を産んだ際の騒動に巻き込まれ常陸介に受領、宗盛帰京後交替で伊豆守受領。



平頼盛たいらのよりもり

+14

お祖父様の五男。

お祖母様の息子。

池殿。



平忠度たいらのただのり

+3

盛らない叔父。お祖父様の六男。

有名な割にはこの先当分出てこない。

熊野で気楽なスローライフを満喫中。



高階基子たかしなもとこ

1141年死亡

父上の前妻。(故人)

高階基章の娘。

重盛、基盛、正子、章子、四人の兄姉上の母。



平重盛たいらのしげもり

+9

長男。常識人で苦労性。

頼まれたら断れない、いい人。

でも思い込みがちょっと強い。

引きが弱い。灯籠が好き。

小松殿。



平基盛たいらのもともり

+8、1162年三月十七日死亡

自己主張の少ない控えめな次男。

派手な幼名のせいかも。

でもやる時はやる。

香王様。と幼名で呼ばれると怒る。

妻行子、長男がいる。



平正子たいらのまさこ

+7

長女。元美福門院肥後局。

藤原信隆と結婚したが、直後に滋子が七宮を産んだ際の騒動に巻き込まれ夫が散位となる。



平章子たいらのあきこ

+6

次女。元梨壺安芸局。

信西の息子知憲とものりと婚約するが、平治の乱で破談になる。



平知盛たいらのとももり

-5

四郎。才能の豊かな俺の弟。知盛。武蔵守。

見るべきものを見ている最中。



清盛家の三の君

-8

1月生まれ。

すごく可愛い。



清盛家の四の君

-9

3月生まれ。

とても可愛い。



五郎、平五郎

-10

人に好かれる俺の弟。多分重衡。



清盛家の五の君

-11

3月生まれ。

不思議と可愛い。ちょっと不思議ちゃんでもある。



清盛家の六の君

-13

清盛の妾で母の藤原桜子と共に清盛の別邸八条第に暮らす。

物怖じしない上に愛敬があって可愛い。

六の君なんで、宗盛とすぐに仲良くなった。



六郎、平六郎

-14

清盛のもう一人の妾で母と共に清盛の別邸八条第に暮らす。母親とはろくに対話もできなかったので、名前も覚えていない。

本人が嫌いな訳ではないので、大きくなって頼ってきたら兄弟として迎えようとは思っている。



平太郎、重太郎、重太

-12

重盛と維子(糸子)の長男。しばらく平太郎。



平二郎、重二郎、重二

-14

重盛とその妾、藤原親盛の娘(二条院の内侍)との間にできた次男。しばらく平二郎。



基太郎、基太

-14

基盛とその妻、藤原行子との間にできた長男。

二歳の時に父基盛を喪った。



平時信家(堂上平氏)


平時信たいらのときのぶ

1149年死亡

母方のお祖父様。

極位正五位下。極官兵部権大輔。

人と争うことをしない人だったとか。顔が良くてモテた。

文章生もんじょうしょう大学助だいがくのすけ、六位蔵人、権甲斐守、兵部権大輔ひょうぶごんのたいふ、検非違使と文官から武官まで幅広くこなした。



平忠子たいらのただこ

+19

母上の同母妹。藤原親隆の後妻。

二児の母。やはり母上の妹。



平時忠たいらのときただ

+17

母上の同母弟。

官吏としては有能だが慌てると失敗しがち。

しばしば空気を読み違える。さらに流されやすい。

失言癖あり。ついつい言っちゃう系。お年寄りか。

意外と人はいい。



平信子たいらののぶこ

+6

母藤原祐子。

おっとりお母さんタイプ。

ちょっと垂れ目の美人。やや天然気味。

胸が豊か。母性の人。

たゆんたゆん。



平滋子たいらのしげこ

+5

母藤原祐子。

一番綺麗なおば…姫。

奥ゆかしいけど沸点は低い。

気配り上手。美的センス抜群。

真面目。きっちりタイプ

統子内親王様にお使えする。

近江局。



平維子たいらのつなこ

+3

理知的美人。

背が高いのを気にしている。

掌侍ないしのじょう、坊門局。

重盛の妻となり、長男の重太を産む。

後に正妻を藤原経子に取って代わられ、出家。還俗して糸子を名乗る。宗盛の女房。今の所。



平清子たいらのきよこ

+1

母藤原祐子。元祖六の君。

俺の幼馴染。添臥。無事結婚した。

変な夫のためきっと苦労が絶えない。



平季子たいらのすえこ

−2

母藤原季兼の娘。

箸が転んでもおかしい。

現実主義。

欲望に忠実で粘り強い。

なのに一人になるとシオシオ…。

寂しがり屋の末っ子気質。

兄時忠の伊賀守受領の際の条件闘争を経て、宗盛の所に寄生虫、もとい寄宿中。



平親宗たいらのちかむね

+3

母藤原基隆の娘。 美福門院女房少将局。

宗盛をうつけと馬鹿にしていた叔父(後義兄)

宗盛に姉妹を盗られたと逆恨みし、宗盛と清子の結婚を邪魔しようとするが、逆に嵌められて山科の別邸に追い出された。



藤原親隆ふしわらのちかたか

+48

忠子叔母上の夫。

俺の義理の叔父上で冠親。

三位。偉い。優しい。

さらに真守の短刀をくれた恩人。



俺の郎党(候補)とか


伊藤景経

±0

俺の乳母子。

伊藤景綱の孫。

伊藤景家の次男。

伊藤景高の弟。

変になった乳母子めのとごに振り回される。

伊豆で四人(実は五人)の娘に手をつけ、うち二人が子を産んで結局結婚して都に呼んだ。



巨勢秀次こせのひでつぐ

+9

俺の付人兼家人。

父親は父上の資人とねりだったが早逝して、父上の家人となる。

武芸全般得意。



山田小三郎是行やまだこさぶろうこれゆき

+18

俺の付き人兼家人。保元の乱で為朝と戦い、左肩を負傷をして、弓が引けなくなった。 

鈴鹿の山田に領地を持つ。

平治の乱の発生を紀州にいた清盛一行に伝える大きな働きをした。

源為朝叛乱の際、為朝を機械弓(伊豆三郎)で射殺した。



鴨川通正かもがわみちまさ

保元の乱に敗れ讃岐に落ち延びた大叔父平忠正の四男。宗盛の従叔父いとこおじ

宗盛が東市市司正の時に上京し家人となる。

情報担当。



伏矢、亀二、亀三

俺専属の牛飼い童と車副。

元下人、現在は雑仕となった。

最近は御者の訓練中。



いさな

元宇佐美の住人で、沼津で国衙への魚の納入を担当していた。宗盛に教えられて鰹節の生産、改良に取り組み、仕事振りが認められて宗盛の用人となる。



波路なみじ

+17

近江の在庁官人、箕浦隆明の妻。夫に先立たれ、子供もいないので出家を考えていたのが、長く仕えていた雇い人に騙されて、美濃青墓宿の遊女として米八石で身売りされた。宗盛に米十二石で買い戻され、半者として仕えることになる。



伊東祐親いとうすけちか

+22

藤原祐親。南家。工藤祐親とも。

在庁官人首席の掾官。久須美荘の荘官。イケオジ。

叔父の工藤祐継との間で相続争いがあったが、工藤祐継の叛乱加担で解決。目の狩野茂光の甥でもある。

従六位上、右衛門大尉。



河津祐泰かわづすけやす

+1

伊東祐親の長男。相撲が得意。



伊東八重いとうやえ

−10

伊東祐親の三女。上に兄二人、姉二人がいる。



北条時政ほうじょうときまさ

+9

国香流平氏で伊豆国、狩野川中流域の北条郷の郷司。在庁官人次席の中座。やや小太りの人の良い兄さんに見えるが、見えるだけ。

従六位下、左兵衛少尉。



北条政子ほうじょうまさこ

-10

時政の長女。伊東祐親の孫。三つ上の兄がいる。気が強い。足癖悪し。



狩野茂光かのうもちみつ

+30

別姓工藤。本姓藤原。

伊豆国のさかん

モチっとしたえびす顔のおヒゲのおじさんである。

在地任官だが国司官。伊豆で最有力の工藤家の本家に当たる。本領は狩野川の上流域の狩野荘で荘司。屋敷は同地の牧之郷。

伊豆七島を含む三島郷の郷司でもある。大島の為朝の監視を申しつかっており、その乱暴に手を焼いていたが、為朝は宗盛によって討伐された。

正六位上。



狩野宗茂かのうむねしげ

+10

茂光の長男。



狩野茂子かのうもちこ

+2

狩野茂光の長女。肌が白く黒髮が美しい女性。

餅肌のモチモチ娘。宗盛にチャージするが失敗。

後にスリムになって祐泰の妻になったとかならなかったとか。



天野景光あまのかげみつ

+26辺り

伊豆在庁官人三席の書生。北条の南隣の天野郷の郷司。これも工藤氏の血を引き、祐親とも血縁がある。沼津にも領地があるらしい。



天野遠景あまのとおかげ 

+6

天野景光の嫡男

従六位下、右兵衛少尉。



大庭景親おおばかげちか

+17

相模国大庭御厨の荘官。

源義朝によって大庭御厨を侵略され服属するが、義朝滅亡後最も早くに伊勢平氏に帰属した一人。



土肥実平とひさねひら

+20

相模国中村党の出で、湯河原の領主。

源為朝叛乱の時に宗盛に協力した。



父上の家人達


平家貞たいらのいえさだ

父上の家人筆頭。ウチの家令でもある。父上の二十五位は歳上らしい。



藤原(伊藤)景家かげいえ

本貫地は伊勢の人で藤原だから伊藤。伊勢神宮の近くらしい。景経の父、吉野の夫。つまり俺の乳母父めのとぶである。傅役もりやくてもある。当然顔見知り。一番気安い。

でも俺が木から落ちたときに白装束で現れて死のうとした人でもあるので、頭が上がらない。ちょっと頑固。景経はもっと頭が上がらない。



吉野、(本名)さくら

伊藤景家の妻、景高、景継の母で母上の女房、後俺の女房。俺の乳母。



藤原(伊藤)景高かげたか

+3

景経の兄。俺とも割と気安い。景経とともにうつけの俺を景家のお小言からかばってくれるいい人。



藤原(伊藤)忠清ただきよ

伊藤五が通り名。先の乱で源為朝と当たって、その場に居た弟、伊藤六忠直は射殺された。

この度兄上の所の重太君の乳母父となった。でも実家で育てるウチのやり方だと、乳母父はあんまり出番がない。景家の弟で景家に比べてももっと頑固。さらに占いとかにこだわる。



平盛国たいらのもりくに

伊勢平氏、ウチの侍でナンバー2。正六位上左衛門尉。家司。父上より四つ五つ歳上の、譜代の重臣で本貫地は伊勢の安濃津の辺り。熊野行きの家人のまとめ役。



平盛俊たいらのもりとし

盛国の長男。筋肉の人。ガチムチな割に話し方が穏やかで頭良さそう。筋肉インテリ?歳は重盛兄上より少し上かな。



平家継たいらのいえつぐ

家貞長男。ウチの直轄地、伊賀の山田を納める。伊賀家継とも。伊勢の山田とも是行とも別の山田なんでややこしい。山田の平田が拠点なんで平田家継とか名乗ることもある。父上より十歳位歳上。

知盛の乳母父。家長の父親。



平貞能たいらのさだよし

家貞次男。事務系も任せられるので家貞の補佐もしている。盛国と同じ位の歳かな。事務、会計もこなす。

基盛兄上の乳母父。



平家長たいらのいえなが

-5

家継長男。伊賀家長とも、平田家長とも。

知盛の乳母子。



難波二郎経遠なんばじろうつねとお三郎経房つねふさ

備前の武士で、吉備津彦神社の神人の家柄。経房は源義平の襲撃の際義平を制圧した。



佐竹隆義さたけたかよし

常陸国奥七郡の郡司で常陸最大の領主。

河内源氏源義光の曽孫で佐竹氏第二代。

相馬御厨の新券(証文)を元下総守藤原親通の息子親盛から買い取って所有を主張したが、宗盛の仲裁によって同じく所有を主張する上総広常、千葉常胤と和解した。



全国の名主


湛快たんかい

+48

十八代熊野別当。平治の乱で湯浅宗重ゆあさむねしげと共に平家側で兵を出してくれた。長男は湛増たんぞう



上総広常かずさひろつね

上総の国の最大の領主。権介。義平十七騎。

下総国相馬御厨の元所有者の祖父、上総常晴から受け継いだと御厨の所有を主張したが、宗盛の仲裁によって同じく所有を主張する千葉常胤、佐竹隆義と和解した。



千葉常胤ちばつねたね

下総国の大領主。上総常晴から父、千葉常重に譲られ、千葉家が開墾した相馬御厨を伊勢神宮に寄進、現地の所有を主張したが、宗盛の仲裁によって同じく所有を主張する上総広常、佐竹隆義と和解した。



大炊延寿おおいえんじゅ

美濃国青墓宿の長者。源義朝の妾。



朝廷や院の人々


雅仁まさひと

+20

諡号後白河院(後白河天皇、後白河法皇)

大天狗。

鳥羽天皇と待賢門院の子。讃岐院(崇徳上皇)と統子内親王様の同母弟、覚性入道親王の同母兄。

息子の評判が良かったために、引き継ぎのために帝になれた人。

信西に育てられたせいか、共感力が極めて乏しい。

人が困ることに無頓着だが、情はそれなりにある。

どれだけ親しくなっても、利害関係によってバッサリ切り捨てられるタイプ。

遊びをせんとや生まれこん。

人生なんて遊びだと割り切れる。

政治は拙いが陰謀は得意。



守仁もりひと

+4

諡号二条院(二条天皇、二条上皇)

雅仁帝の子。

幼少から英明で、父親がうつけにも関わらず帝に推された程。美福門院の猶子として育てられたことや、即位後色々虐められたので、父親と対立している…

真面目すぎて空気の読めないところもある。

女性は歳上好き。チャレンジャー。



顕仁あきひと

+28

諡号讃岐院、後崇徳院(崇徳天皇、崇徳上皇)

鳥羽天皇と待賢門院の子。雅仁帝(後白河位)と統子内親王の同母弟、覚性入道親王の同母兄。

保元の乱に敗れ、讃岐に流された。



重仁しげひと親王

讃岐院の長男。

保元の乱後出家して空性くうしょうとなる。

脚気を発症するが、宗盛の支援で治癒。讃岐に赴き、父讃岐院を慰める。



統子むねこ内親王

+21

保元三年一月、准母として立后されて皇后となる。

翌年女院として上西門院を号する。

父鳥羽上皇、母待賢門院璋子、同母兄に崇徳上皇、同母弟に後白河天皇(上皇)、覚性入道親王。

滋子の元仕え先。宗盛の仕え先。



覚性入道親王

+18

後白河院、統子内親王の同母弟。

仁和寺法務。



信西しんぜい

+41、1159年十二月死亡

俗名藤原通憲ふじわらのみちのり

出家済。

雅仁帝の乳母父。政治力はあるし、知識も豊かだで、仕事に熱心だが冷酷。他人が嫌い。他人の反応がわからないから視野も狭い。

人気は地の底を這う。嫌われ者。

平治の乱で多くに喜ばれつつ死んだ。



藤原俊憲ふじわらのとしのり

+25

はじめ五位蔵人で宗盛の同僚。後に蔵人頭で宗盛の上役。

従四位上、右中弁。信西の二十四人の子供の長男。

平治の乱で出雲に流罪となった。



藤原貞憲ふじわらのさだのり

+24

五位蔵人で宗盛の同僚。信西の次男。右衛門権佐、右少弁の三事兼帯。摂津守。

平治の乱で土佐に流罪となった。



藤原成憲ふじわらのしげのり

+12

章子姉上の婚約者。信西と藤原朝子(紀二位きのにい)の子で雅仁親王(後白河院)の乳母子。正四位下、左近衛中将、播磨守。平治の乱で下野に流罪となった。



美福門院びふくもんいん

藤原得子ふじわらとくこ

+30、1160年十一月死亡

鳥羽上皇の継妻。近衛帝、八条院の母。皇室の現長老。雅仁親王様を帝位につけた。

重仁親王様と当今(二条帝)を猶子とする。玉藻の前のモデル。



平範家たいらののりいえ

+33

初任時の頭弁。従四位下、右中弁。

六位蔵人からの叩き上げで、検非違使も兼ねる三事兼帯からの昇任。

鳥羽朝からの「できる人」。



源定房みなもとのさだふさ

+17

初任時の頭中将。正四位下、左中将。

父親が白河鳥羽二代の重臣。生まれついてのエリートで、能書家で有名な歌人。



平親範たいらのちかのり

範家の子。

初任時、五位蔵人で俺の同僚。



藤原公光ふじわらのきんみつ

頭中将。宗盛の上役。能書家で歌も上手い。でも仕事はとっても無能。



藤原信頼ふじわらののぶより

+14

頭中将。後に統子皇后院庁別当。宗盛の上役。雅人帝、後の院の夜のお友達。公光殿よりはマシな人。

平治の乱を起こし斬首された。



藤原信親ふじわらのぶちか

信頼の長男。五の君の婚約者。

助命された。



藤原成親ふじわらのなりちか

これ又新院の夜のお友達。信頼殿の副将的な立場で平治の乱を起こしたが、小物感が凄くて解官で許された。重盛兄上と親しく、兄上が妹の所に通っていたという噂あり。



藤原惟方ふじわらのこれかた葉室はむろ惟方

勧修寺かじゅうじ流葉室家。元三事兼帯。頭弁。宗盛の上役。信子滋子清子の母の同母兄。時信お祖父様の妻の兄なんで、俺の義理の大伯父上。



藤原顕長ふじわらのあきなが

+30

勧修寺かじゅうじ流葉室家。

蔵人頭で宗盛の上役。

正四位下、中宮亮、四十二歳着任



藤原顕時ふじわらのあきとき

+37

勧修寺かじゅうじ流。

蔵人頭で宗盛の上役。

元三事兼帯。

正四位下、左大弁。

父上の腹違いの妹を妻にしていて、俺には義理の叔父に当たる。父上も色々と相談に乗ってもらっているようで、ウチと親しい。



藤原信能ふじわらののぶよし

+8

蔵人頭で宗盛の上役。

正四位下、左中将、神楽と和琴の名手。中御門家。

後に宗家と改名。



藤原実国ふじわらのさねくに

+7

蔵人頭で宗盛の上役。

正四位下、右中将。

内大臣三条公教の次男。滋野井家の祖。

笛の名手。和歌も巧み。



源義朝みなもとのよしとも

+24、1159十二月死亡

源為義の長男で、保元の乱で父親を討って河内源氏の棟梁となる。

従四位下、左馬頭、下野守から播磨守。

藤原信頼と関係が深く、家人に近い。平治の乱で逆賊となり、清盛に敗れ家人の長田忠致に謀殺される。



源頼朝みなもとのよりとも

±0

河内源氏嫡男。

正六位、上西門院蔵人。

幼名鬼武丸。

母親の服喪のため退官し、後に六位蔵人。平治の乱で衛門権佐に就職。

女好き。エラがはった目つきの悪い垂れ目。



橘良通たちばなのよしみち

東市市司正をやっていた時の下官。二等官市司佑いちのつかさのじょう。正六位上


伴家茂とものいえしげ

東市市司正をやっていた時の下官。三等官市司令史いちのつかさのれいし。伴家茂。正六位上。


平信範たいらののぶのり

桓武平氏高棟流。平知信の三男。

宗盛が東市市司正当時、宗盛の後任の蔵人で少納言を経て正五位上左京権太夫さきょうごんのたいふ。加えて藤原基実の家司政所別当。

宗盛の祖父時信の弟で、宗盛には大叔父、清子達には叔父にあたる。清子と結婚後は義理の叔父でもある。



職人たち


泉作せんさく

+30

焼物の匠。陶工。泉涌寺の近くに住んでいたが、後清水南に移転する。職人たちの最年長でまとめ役。

伊豆行きに同行した。



仁助にすけ

木地師。仁和寺の近くに住む、後に清水南に移転。



幹也みきや

車大工。後に清水南に移転。



鉄雄てつお

野鍛冶。後に清水南に移転。

伊豆行きに同行した。



圭介けいすけ

鋳物師。河内出身。後に清水南に移転。



梁夫はりお

大工。父親は宮大工だったらしい。兄弟が多くて養子に出されたとか。

後に清水南に移転。



梁真はりま

大工。梁夫の弟。伊豆行きに同行した。



蒔輔まきほ

漆職人。塗師、蒔絵師、螺鈿細工まで何でもこなす。胎は作らない。



康慶こうけい

大和から都に移り住んだ仏師康朝の下で働く仏師。筋肉の表現が素晴らしい。



粟田口國家あわたぐちくにいえ

大和から移り住んで粟田口に工房を持つ刀鍛冶。

使用人に試作の刀を持ち逃げされ、それを買い取った宗盛と縁ができる。



敵になった人々


源義平みなもとのよしひら

+6

源義朝みなもとのよしともの長男。悪源太。無冠。平治の乱の前年、大蔵合戦を起こし叔父源義賢みなもとのよしかた秩父重隆ちちぶしげたかを討った。

平治の乱で敗走、宗盛の伊豆赴任時に襲撃したが、衆寡敵せず敗北、自決した。



源為朝みなもとのためとも

+8

源為義みなもとのためよしの八男。

幼少時より奔放で、為義から追放同然に九国(九州)に送られたが、そこでも争乱を繰り返し河内源氏の地盤を作った。行いの粗暴さから鳥羽院の怒りに触れて為義は失職、関白藤原頼長の下に身を置いて、保元の乱に至る。乱後伊豆国大島に流罪。

宗盛赴任後叛乱し、伊豆国庁を夜襲するが、宗盛の罠に嵌って、山田是行の扱う機械弓バリスタ『伊豆三郎』に射殺されて死んだ。



源親治みなもとのちかはる

大和源氏。保元の乱の際、崇徳院側に味方しようとして上京、都を警備していた平基盛の見つかり戦闘の末捕らえられるが、後白河院の内意により召し放たれる。後それを逆恨みして基盛を暗殺するが、激怒した宗盛に族滅された(宇野合戦)。



其他の人々


田尾丸たのおまる

六波羅の平家出入りの米商人



豆八とうはち

伊豆国の商人。隔月で東市の東海道廛に店を出す。宗盛の伊豆国宇佐美荘の取扱商人。



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― 新着の感想 ―
久安三年丁卯(1947)生、 平清盛の三男、三郎。平三郎。 九歳(1955)の時 久安3年は西暦1147年 では 九歳(1155) かなと 他にいとがあるならm(_ _)m
>保元の乱後出家して性空となる。 性空は別人なので空性ですよね。読みが確証持てなかったので誤字報告機能では直せませんでした。
>平教盛 >宗盛帰京後伊豆守受領。 スローライフ満喫中 >平維子 >還俗して糸子を名乗る。宗盛の女房。今の所。 ジョブチェンジ準備中 >狩野茂子 >祐泰の妻になったとかならなかったとか。 拙い二次…
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