宗盛記0108 応保二年正月 就職
応保二年正月睦月
十二日
重盛兄上の所にご報告。まだ出仕から帰ってなかったので、ぼけっと庭を見たら…
「え?え?灯籠多くない?」
そう、見えているだけでも二十近くあるのだ。
すると、御簾の内から堪えかねたような笑い声。おおう、おられたのか。
「初めてお目にかかります。清盛の三男の宗盛です」
「初めてお目にかかります。藤原家成の娘の経子です」
そこから少しお話をした。四女であること。実は兄上とは平治の乱の前からのお付きあいであること(重太郎がお腹にいる頃だ)。この家に入ったのは成親の強い要請があったからだということ。
「維子様には申し訳ないことをしました。後から来た私がこちらに入ってしまって」
「男女のことですから、私から言うことはありません ただ、重太郎はどうなりますか?」
「あの子はこの家の嫡男として私が育てます」
声にはっきりした決意がある。これなら大丈夫か。
「よろしくお願い致します」
「こちらこそ」
「ところで義姉上は甘いものはお好きですか?」
「その…好きです」
「なら今度お持ちしますね」
「そういえば宗盛殿は菓子も料理もお上手だとか。あと厠と風呂も…」
どんな覚えられ方だよ。別に厠は上手じゃないよ?風呂は今後に期待…。
雑談していると重盛兄上が帰ってきた。
「来ておったのか。こちらに来るのは珍しいな」
「というか、この灯籠どうしたんです?なんか悪い商人に騙されたりしてません?」
「しとらんわ。なかなかの風情だろう」
「夜見ると迫力ありそうですね」
「なんというかハマってしまってな」
うん、この人もちょっと変だ。さすが俺の兄上。
「なんか変わったの作りましょうか?回るやつとか」
「いらぬ。普通で良い」
数が普通じゃないよ?
結婚の報告して帰った。
十三日
県召の除目。
教盛叔父上が俺の後任で伊豆守になられた。
そうして俺は遠江守になった。
早速受領の手続きをしようとしたが、既に遙任で届けが済んでいた。無念。
そもそもなんでそんなに国守がころころ変わるかと言うと、一つは莫大な収入があって取り合いだからだ。知行国主は餌を撒くために国守の座を配る。国守は次も任官したいから知行国主の目代化する。
あともう一つ理由があって、国政に関わる太政官である参議になるための方法の一つに、五カ国以上の国守を大過なく務めたこと、というのがある。これを満足するには、俺だと遠江守を無事勤めて後三カ国の国守になれば良い訳だ。別に満期勤めるとかの制限は無い。権門貴族の子弟なんかだと、これを早く達成するために、最短で半年とかで国守が替わる。すると国守になっても目代同様、国のためになんにもできないままただ財を集めて終わる。
それがどれだけ地方にストレスを与えているか気づいてないんだろうなぁ。
教盛叔父上を伊豆に送る宴。俺も付いていきたい。もちろん清子と糸子連れて。
「伊豆で助かった 他の任地だったらとハラハラしたよ」
と、笑っている教盛叔父上。まぁ、知行国主の父上が決めるので万一もないが。
「この際、俺も遠江に受領すれば快適な任地が増えますよ?」
と父上に聞いてみたが却下された。
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三郎が案の定、受領しようとしたそうだ。手を打っておいてよかった。遠江はもともと三郎に任せるつもりだったが、受領とかさせると必ずなんかやる。そうでなくてもその土地に強くこだわる。
それに三郎の出世が早すぎる。重盛と基盛の位を上げて調整するのにも限度がある。今でも昇位の話が出ておるというのに。
あとまぁ、手元においておきたいというのも少しある。三郎がいなくなると生活の質も落ちるのだ。
実のところ、三郎が帰京するというので、各所からの問い合わせが続いた。三衛府を筆頭に、大膳職、修理職、内匠寮、内蔵寮、木工寮、玄蕃寮、大炊寮、典薬寮、馬寮、主殿寮、内膳司、造酒司、東西市司、とこれだけ打診があった。どこから聞いてくるのだ全く。あと上西門院様からたびたびご質問があった。気に入っていただけたようで何よりだ。しばらくは蔵人として使っていただこう。
衛府と馬寮以外は空き職がどれも三郎の位に見合ったものではなかったが、一応希望を聞いてみると、一番旨味のない市司正に食いついた。正六位上相当だぞ、といったが構わないという。貴族の職ではない。庶人向けの職である。
出世の足がかりなど全くなさそうな職だが、
「これはウチにとってはとても美味しいです」
と言われれば聞くしかない。
三郎の説明では、ただでさえ悪目立ちしている子供の自分が最初に?就く京官職としては低めの方が良いし、これで銅銭の流通量を増やすつもりだと言う。銭は銭を生む、のだそうだ。その輸入を続けてきたのが儂だ。なにより物の価値を相対的に規定する規準が有れば商業の発展に繋がるし貿易にも役立つと感じたからだが、この手の感覚は重盛にも基盛にもまだない。これに食いつく息子は三郎だけだろう。受領して国衙を運営したせいかもしれん。こやつが言うとなんとなくそんな気になるから不思議である。様子見にやらせてみるか。
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俺の仕事は東市市司正と決まった。とりあえず半年だけやってみろと許可を得た。万々歳である。実際の任命は月末になる。
例えば米一石があるとする。これが銭一貫と等価とする。銭を用意するには、原材料の銅と加工費がいる。もしくは輸入で払う銭の価格。これが例えば、米七斗の値段だとすると、銭になって流通した途端に、米三斗分の価値が新たに発生したことになる。
市場に、というか国中に流通する「価値あるもの」は倍の二石から原材料費を引いた分になる。これが貨幣経済の利点だ。
その利を手に入れるのは誰か。当然、銭を鋳造したものだ。国家が経済感覚を無くしてそれを進めなくなって久しいので、銭を輸入したものがその利益を手に入れるという、変な仕組みになっている。つまりウチだ。
これにはひとつ落とし穴がある。つまり、大陸から銭を輸入するとして、鋳造時の旨味は大陸の、つまりは宋にいってしまう。さらに大陸の銭の価格より必ず日本の銭の価格が高くなるので、貿易が活発だとどんどん日本が損をするのだ。しかしまぁ、極めて制限された貿易量で相対的に輸送費の方が主なコストとなる状況だとあまり問題になってはこない。国内に貨幣経済を確立する方が余程の急務だろう。
我が国で常設の市なんて都と後せいぜい畿内か大国の数カ所にしかない。その中で最大のものは東市。そうしてそれを平家が握る。
東市は南北は七条大路から七条坊門小路まで、東西は堀川小路から大宮大路までの四町と、その東西南北の周辺二町ずつの八町、十字架型に計十二町に置かれた公設市場だ。中心は大体後世の西本願寺辺りかな。中央の四町の南東の一町に市司がある。五十一の店があり、月の前半、十五日まで開く。月の後半は三十一の店を持つ西市が交替する。
他には巷所と呼ばれる不法土地占有の結果できた私設の市場があって、七条烏丸辺りを中心に賑わっている。これが近年は公設の市を脅かすほどに成長している。これは俺の目的には目障りである。
六条大路沿いが超高級住宅街なのに対して、市の周辺は庶民街だ。五位以上の貴族で住んでいるものはほとんどいない。赴任してすぐに、七条大路と大宮大路の南西側の土地で、市門に近い土地を買収にかかった。市司のある東側からは反対側になる土地だ。左京の北側なんかだと一つの町がそのまま一軒の屋敷だったりするのだが、市の辺りは庶民の居住地域。そこそこ細かく別れている。人の出入りも割と多い。このうちの一区画、二段(約22m)四方位の宅地を探した。
さて、京官とは別に、兼任で遠江国守になったからには、そして遙任で赴任できないとなると目代を立てねばならない。俺が頼みやすいのは景経の父親の景家だ。お願いして引き受けてもらう。できれば景高にも仕事を覚えてもらいたいと頼んでおく。
遠江は上国だけあって、伊豆の五、六倍位の石高はある。十七万石足らず?公領に限っても五万石を超える収穫があるのだ。それと、院、皇族の荘園が多い。
前世では立場が逆転していたが、同じ上国の駿河に比べても五割増の石高を持ち、京に近く平地が多くて豊かだ。
弱点は良港がない。この時代浜名湖はまだ淡水湖で海に繋がっていない。遠州灘はほぼ東西にまっすぐ延びているので、河口以外に南から風が吹き寄せると風待ちできるところがないのだ。
だから漁業はともかく海運にはあんまり魅力がない。伊勢や尾張から出た船は良港の無い遠江にはできるだけ寄らずに駿河まで行ってしまう。港を整備しても余り遠江は潤わない。税収も上がらない。だから後回し。
もうちょっと日本全体のことも考えろ、って幻聴も聞こえるが、そういうのは中央主導でやって下さい。
東の国境は大井川で、河口の南西岸までが遠江。対岸が駿河となる。後大きな川は広瀬川(後の天竜川)がある。坂東に近いだけあって元々義朝寄りの領主が多いところだが、近江や美濃や信濃と違って河内源氏の家系の大きな一族はない。先の乱から三年で、少しは平家よりになってるかも。
まず豌豆瘡対策。次に東側、浜名湖の北側の川が多くて移動に時間がかかる道の整備。ゆくゆくは大井川河口の吉田港を整備して伊豆との交易を増やすかな。
十四日
清子を迎えに行く。馬車で。助手席に乗った清子がいろいろ絶句しているうちに泉殿に着いた。なんせ、六、七町程の距離だ。糸子が笑っている。父上、母上達に挨拶して南泉殿に入る。
「なにここ?なんでこんなに暖かいの?」
清子が呆けている。
それはそう。蔀で採光するため半吹きさらしの寝殿造りと違って、二重の障子で断熱されてる上に天井があるのだ。そこに暖房があればそれは暖かい。一酸化炭素中毒防止のため、天井の四隅には複数の穴を上げてあるが、穴がごく小さいので気流ができにくく、そこから逃げる暖気はたかがしれている。
天井のない寝殿造りだと暖かい空気は全て屋根裏に上がる。冷たい風は蔀からどんどん入ってくる。それが嫌でも蔀を閉じてしまえば真っ暗だ。さらに可動部が多い構造上隙間風も酷い。この時代、扉は片方の端に軸を差し込んだ枢戸がほとんどだが、これも隙間ができやすいので基本断熱した引戸にしてある。
住環境はちょっとでも良くしたい俺は迷わず小屋組建築にして天井を付けた。おかげで普通の寝殿と比べて相当暖かい。
「これで遠慮なくできるなぁ」
と呟いたら清子が引き攣っていた。
糸子も。
なんだか不安に思ってそうなので、塗籠の中に清子と糸子を入らせて、戸を締めて外で手を叩く。この戸は一見普通の引戸にみえるが、厚みは三寸あって中はヘチマ製防音断熱材入りの三層構造なのだ。塗籠の壁も防音仕様。
「ほら、ほとんど聞こえないでしょ?」
「違うの、違うの、そこが不安なんじゃないの」
清子が涙目でイヤンイヤンする。
あれ?なんか間違えたかな?
「これはこれですごいわね」
糸子の目もなぜか虚ろだった。




