宗盛記0107 応保二年正月 結婚
第五章再開です。新婚と就職(京官)の日々です。、
応保二年(1162年)正月睦月。壬午
俺は十六歳になった。
今年は結婚の歳である。でへへ。景経みたいなできちゃった婚じゃないぞ。
ちなみに景経は子供を産んだ娘を二人共都に呼ぶらしい。景家と吉野に思いっきり絞られたみたいで、生気を失っている。
プークス。
同じ歳腹違いの初孫二人はキツかろう。景家お疲れ様。
俺の背丈は五尺五寸(167cm)余りになった。成人男性でも割と大きめ。それにまだ伸びそう。伊豆受領のおかげだと思う。蛋白質取りまくったからな。
正月は決まりの屠蘇事。
今俺は任官してないのだが、一応位はあるので節会には出る。もちろん牛車で行く。更に文官束帯だ。これが嫌で帝にお願いまでしたのにまた着ている不思議。
今年は酒宴に呼ばれる頻度がやたら増えた。なんせ十六歳の四位はかなりのレアだ。摂関家か有力近臣の子弟くらい。あ、俺も後者か。
笑って愛想よく受け答えする。なんせ家の体面がかかっているのだ。うつけと呼ばれ続けた俺はその辺割と気を使う。正月冒頭を乗り切れば婚儀の準備で忙しいので、とサボる言い訳が利く。
今年は初子の日が早かったので、馬車で小松引き。清子の所は結婚の準備でとても忙しいので、手近で済ますとのことなので、今年はウチだけで行く。隣は章子姉上、後は母上と四郎。それに三の君、四の君と五郎と五の君。
順に八歳、七歳、六歳、五歳の年子である。五郎とかやんちゃな盛りなのに馴染みのない兄と一緒のお出かけということでおとなしい。
馬で行けばいいのにすごく乗りたがった四郎はトランクスペースに乗せる。
目的地は下鴨神社。
「ふかふかぁ」「ぽよんぽよんする」三の君と四の君が驚き、五郎と五の君は緊張からか声を出せず、四郎は「帰りは代わってね、ね」と訴えているが誰も聞いちゃいない。供は是行たち、あと家に居た伊豆からの者も加わって十人程。
「「「「「「うわぁ」」」」」」
走り出したときにみんなが声を上げる。章子姉上と四郎も一緒だ。妹たちはずっときゃあきゃあ大喜びである。まぁ、牛車と比べると軽トラの荷台と乗用車位乗り心地が違う。
鴨川沿いを快適に走って、下鴨神社までの一里を四半刻かからずに着く。呆然としている章子姉上と四郎。ドヤぁ。
都での京官の職が決まってしまうと、正月は行事で忙しくて小松引きとかなかなか来れないから、当分これが最後かも。この歳になるとさすがに子供だから酒飲めないって言い訳も使えなくなるし。今日は妹達の運転手の日である。
帰り、四郎が席を代わってもらえず拗ねていた。女性は着るもの多いから簡単に代われないんだよ。きっと。
五日
除目。
重盛兄上が正四位下に昇位。
基盛兄上も従四位上に昇位。
伊豆の三人に位が与えられる。
狩野茂光 正六位上 伊豆目元の如し。
伊東祐親 従六位上 右衛門大尉
北条時政 従六位下 左兵衛少尉
天野遠景 従六位下 右兵衛少尉
夜は宴会。教盛叔父上と狩野、北条、天野との打合せも済ませる。
八日
そして結婚の日である。
この時代の結婚式は、親戚を集めて報告する位で、メインは夜だ。大事なことなので繰り返す。メインは夜だ。
大体の流れはこうだ。新郎は新婦の家に夜行って三夜連続で泊まる。これは夜這いの名残から来てるそうで、連日通ったので三日目に新婦の家族にバレる、という流れらしい。これが露顕である。露顕するのだ。そうして新婦の家の火で焼いた餅を喰って、その家の家長(俺の場合は時忠叔父上)と対面して宴となる。その後は新婦の家にも属するようになるのだ。近年では建前だが。
そのために今日は俺はこっそり忍んでいく。晴着を着て伴を連れてはいるが。
「来たよ。清子」
「ええと、いらっしゃい」
清子の顔が赤い。俺も多分そう。
ちなみに今日の俺の衣装は、表が濃紅色の浮線綾丸文の固地綾、裏が紅梅色の平絹の袍を着た直衣姿だ。参内ではないので、準正装。指貫は白の亀文浮織物。結婚式のため冠姿である。
清子の姿は鴛鴦丸紋の雪の下(表白、裏紅梅)の二重織物の表着に、鶴丸紋の蘇芳色の二重織物の小袿を羽織っている。あと濃張袴。これから脱がすんだが。
「凄く綺麗だよ。清子」
「あ、ありがと…あなたも格好いい…。でもなんで梅重ねの直衣なの?」
「ほら、美味しく食べてって感じを出そうと思って」
コトッ
「うふっ、こんな時まで遊ばなくてもいいのに」
「緊張ほぐれた?」
「ええっと、ちょっとね」
まぁ、平家の色だと言うのもある。あと指貫の亀文はわざわざ指定した。子孫繁栄。言わないけど。
「これで明後日の夜にみっかのもちーを食べれば晴れて夫婦だね」
「みっかのもちい、ね なんか発音変よ?」
「みっかのもちー」
「みっかのもちい、伸ばすんじゃないの」
「え?餅だから伸ばすんだと思ってたよ。みっかのもちー、って」
カタッ。
「もぉ、そんなわけないじゃない。一応厳粛な儀式よ」
「厳粛、なんだろうなぁ。噛み切っちゃだめって教えられたよ。おっきいの出されたら命がけだよね。年寄なんて危ないんじゃないか?新婚当日新郎窒息とか」
「んクッ」
そのまま、枢戸(塗籠の扉)に行って扉を開ける。四人とも居る。季子姫が信子姫に口を押さえられながら肩を震わせている。涙目。この娘は笑いの沸点が低いのだ。貴婦人が顔を見せるとかはしたないですよ。
「えっと、一応止めたのよ?」
滋子様が気まずげに目を逸らす。
「ね、ね、ね、ねぇさまがたぁー」
清子が噴火する。
「あと季子姫もね」
「なんで、なんでぇ、こんな時に邪魔するのよぉ」
清子涙目である。
「一緒にどう?」
ぺしーん!
清子に後ろから檜扇で思いっきりはたかれた。烏帽子越しでも結構痛い。
「その、宿直をとも思ったけど、必要なさそうね。ごゆっくり」
糸子がそおっと扉を閉じる。
しばらくして開けたがさすがに居なくなってた。
これでようやく邪魔者は消えた。あるいは出歯亀。
いい感じで緊張もほぐれた。
部屋を見渡すと、畳二枚が敷いてある。薄手の褥。その上に綿毛の掛け布団。これが床ですねわかります。はよ敷布団作らんと清子がかわいそうだ。まぁ、俺が下になればいいんだが初心者には言い出しにくい。
清子のお願いに負けて一つ残して灯りを消して⋯
その夜、清子と俺はようやく夫婦になった。
明けて九日。目が覚めて隣にあるのは力尽きて眠ってしまった清子の寝顔。時間かけたからなぁ。二十一世紀の知識は色々と助けになってくれた。清子にとっては驚きの体験だったようだ。寝ている清子かわいすぎる。白い肩を見ていると色々元気になってくる。ちょっと胸の辺りをつついて柔らかさを確かめていると、清子が目覚める。みるみる赤くなっていく頬が雪の下、って感じである。
「おはよう」
「お、おはよう。えーと、えーと、う、歌は?」
うわぁ、起きてすぐそれを言うか?あんまり清子なんで、笑ってしまって照れがどっかいってしまった。
うーん、これは書くんだったっけ。
部屋を見るとちゃんと用意がある。
後朝の 歌を詠まんと 思ほえど
心にかかる 桃色の霧
冬の朝と霧を掛けて頑張ったのに、思いっきり冷たい目で見られた。冬だけに。新婚初日なのに厳しいです…清子先生。
九日昼
都は寒いなぁ。昨日の夜ちょっと降ったみたいで、雪が少し残っている。
毎晩通うのがしきたりなので、泉殿に帰って一寝入りする。これは新婦を保護するためだな。新郎から。
戦は今日も続くのだ。出仕がないと好き放題できていいなぁ。
俺の部屋は当然、新棟の南泉殿である。南東の中央寄りの部屋。掘り炬燵用の掘り込みもある。もちろん炬燵も。
テレビも欲しいなぁ。
こっちに移っている章子姉上と話す。
「その、上手くいったの?」
「最初だからなかなかいかなかったよ?でもでるだけ痛くないようにしたつもり。最後にはうまくいったし」
「そんな生々しいことまで聞いてないのっ!」
「まぁ、二人共楽しいのはこれからだね」
「もぉっ、もおっ」
今年は午年ですよ。
吉野と話す。吉野も南泉殿に移っている。
「景経が色々ご迷惑をかけたようで」
「いやいや、もう十五だなんだから、その辺自分でなんとかすると思って放っといたんだけど」
「ふぅ、まさか二人の娘に同時に手を出すなんて」
「ん?俺の知ってるだけでも四人は居たよ?」
いつも穏やかな吉野の顔が般若みたいになるのを初めてみました。怖かった⋯。
夜、二日目の訪い。景経は急な所要ができたとのことで警護に来なかった。南無。
二日目なんて、まだ無理はできないだろうから、今日は一緒に休むだけにしようかと提案する。でも儀式だからちゃんと三日したいとの清子の希望。そうなるとまぁ、抑えが効くはずもなくて。
次の朝。
わが妹の 肌のぬくもり 恋しくて
冬の寝床の 離れがたきよ
清子にポコポコ叩かれた。ちゃんと清子のきよ、まで入れたのに。
「おはよう。まだちょっと眠いや」
起きて几帳越しに義姉上達に挨拶。
「あ、あ、あ、あなたね、何時までしてるのよ!」
糸子がひどく動揺してる。
「たぶん子の刻頃?」
滋子様達が返事してくれません。
後ろでポカポカ叩いてくる清子。可愛いなぁ。
「新婚なんだから仕方ないじゃないか。ところでなんで時間まで知ってるの?」
そそくさと居なくなる姉妹達。紅くなったまま固まる清子。
まぁ、同棟なんだからしかたないよね。
帰って少し寝て、午後は訓練で体を動かして、いよいよフィナーレ。三日目の夜である。さすがに最後の初夜?で気合が入ってる。慎重に気遣いつつ、いろいろ頑張って、少し休んでいるところに扉が叩かれる。そろそろ日が変わるかな?
「なんだよ、閨の最中に野暮だなぁ」
動けなくなった清子を置いて、しぶしぶ単を纒って、灯りを足して襖を開ける。一部すこぶる元気。すると、涙目の糸子が。
「これ 渡したからね!」
膳の上に乗った台付の皿の上には紅白の小さな餅が六つ。吉備団子より小さい位?これなら命をかけずに済む。
「おお、もちー」
糸子の視線がチラッと下に走った後、パタンと扉が閉まる。
「清子、餅が来たよ。夜の内に食べるものだったんだなぁ」
「うう…動け無い」
とりあえず三つ食べて、清子にも一つ渡す。なんとか食べる清子。ガン見する。はっと気がついて、いろいろ手で隠そうとする清子。眼福です。そのまま続きに。もう灯りは減らしませんでした。もちもちー。
翌朝、最後の一首。
わが妹の 唇染めし 紅の如
うなじに遺す 夜の思い出
歌詠み終わっても清子疲れ果てて起きてくれません。反応ないのも寂しいなぁ。どっかに貼っとこう。
午前は時忠殿と姉妹で宴。披露宴である。清子は真っ赤になって隣に座っている。今日は白粉濃いなぁ。主に首とか。信子姫達姉妹は御簾の中。影で座っている位置はだいたいわかる。
疲れ切ったような時忠殿。
「無事婚儀が整って本当に良かった」
「これで清子もウチの嫁だね。あ、俺がこの家の婿になるのか?」
「どっちでもいいぞ。どうせ平家だ」
と、時忠義兄上。
「あ、あとウチでは書き眉もしなくていいことにします。したいっていうなら止めないけど、俺は普通の眉の方が好きです」
「言い切るわね、助かるけど」
と糸子。
「でも付き合い的に問題ないの?」と、清子。
「参内とかでどうしてもって時は白粉で塗りつぶして。 どうせ男には顔見せないしね」
「ちょっと恥ずかしくない?」
と、信子義姉上。
「慣れだと思うよ。眉剃ってるとなんだか年寄臭く見えるし」
あ、言い過ぎたかな?信子義姉上と滋子義姉上がショックを受けてる。
心当たりはあるんだ。
「ところで後朝の歌ってここで披露するのかな?」
「しなくていいわよっ!」
清子が慌てて止める。
「あと、今後人前で歌詠むの禁止!」
あれだけ詠め詠め言っておいてなんたる理不尽。
「素直な気もちを詠んだのに」
「どんなの?」
季子が聞く。
「うなじにとどむ 夜の思い出」
清子が慌てて首を押える。
「ま、まぁ、仲のいいのは良いことだ」
時忠殿の苦しいフォロー。
「昨晩は婚儀の最後の夜だから、全力で頑張りました」
「限度ってものがあるでしょう」
糸子厳しい。あと耳まで赤い。
「でもなんで既婚の二人も照れてるの?慣れてるでしょ?」
「慣れてないわよっ!」「貴方が変なのっ!」
滋子義姉上と糸子。
人を変態みたいに言わないでよ。
十六歳なんてそんなものです。
よく考えると、形式とはいえ夜這いから始まって初夜が三日も続くとか凄いよね、平安時代。ジャパニーズミヤビ極まれリ。古式に則った趣深い結婚式だったなぁ。
さて、十三日からは県召の除目である。俺もどっかの国司になるかもしれん。或いは京官。とりあえず散位(無職)ということはないだろう。
しばらくはここに住むのかと思っていたが、叔父…時忠義兄上が伊賀に帰るのなら、俺達も六波羅に帰ったほうがいいと言う話になった。ここは寒いしなぁ…と言ったらみんな愕然とした顔をしてた。糸子だけ頷いてたが。
清子が三日ほど休んでから行くという。新婦のノスタルジーってやつかな。馬車で迎えに行くと言うと、時忠義兄上が羨ましそうなので、山科まで送ってさしあげましょうか、というと飛びついてきた。何故か糸子(義姉)と季子(義妹)も付いてくるという。兄思いだなぁ(笑)。山科行って時忠殿を見送って、梅の名所の曼茶羅寺見て帰ってくるコースにしようかと話をすると、信子義姉上と滋子義姉上と清子までもじもじしだした。でもさすがにそんなに乗れない、というと、じゃぁ次の日に連れて行けというので了承。ちなみに曼荼羅寺は位置からして多分前世の随心院だろう。
時忠殿は県召の除目が終わって、知り合いにお祝いを言ってから十六日に伊賀に帰るというのでその日に出かけることになった。
その後は信子義姉上と滋子義姉上の愚痴。なんで会いに来ないのかと。糸子を見ると諦めたように首を振る。説明済みらしい。
「暮らしって、一度楽なの味わっちゃうと、元に戻すの大変なのね」
と、信子義姉上。
「まぁ、樋澄しと籌木に戻るのは俺も嫌だなぁ。伊豆行ってすぐは参ったよ。紙はあったけどね」
「紙、頂戴」
「流せないと意味ないんだけどなぁ。まぁ、後で渡すよ」
「それにお風呂も好きに入っちゃだめなの」
と滋子義姉上。
「致したあとに風呂入れないとか辛すぎだよね」
というと叱られた。でも共感してる雰囲気はある。ちなみに俺と清子は朝一番に入らせてもらった。別別にだったけど。
「じゃぁ、指示してウチみたいなの作らせればいいじゃないか」
「頼んだわよ。秋に頼んでここのも見にきてもらったのにまだできないの」
と、信子義姉上。
「仕事遅いなぁ。でもさすがにそろそろできるでしょ」
「なにか今ひとつ信用できないのよね。木工寮の人」
「まぁ、一応この国一の匠って言うんだからなんとかするだろ」
当然ながら職人を貸す気はない。
「三郎冷たい」
滋子義姉上。
「もう既婚者だからね〜」
「ううう〜〜〜〜」
ものすごく拗ねられた。糸子が肩を震わせて笑いを堪えている。
昼から泉殿に帰って、父上母上に挨拶だけして飽きるほど寝た。




