第二十四話 それぞれの
日が落ちてしばらく経った頃。ラクリマ遺跡近郊に、その一帯だけ昼間かと錯覚してしまうくらい明るく賑やかな場所があった。そこにいるのは百を超える数のならず者。帝国内で「ギールの一味」と呼ばれる彼らは、まるで祭りでもしているかのように騒いでいた。
「いやあ、明日が楽しみだな!楽な仕事で大儲け、こんなに心が踊ることはねえ!」
「非力な王女と護衛一人始末すれば俺ら全員に金貨一千万。それに過去のものも今後も、いかなる犯罪行為を不問とする……だったか。正直眉唾もんだがなあ」
焚き火を囲むならず者たちのうちの一人、個性的な髪型の男の口から飛び出した言葉はあまりにも荒唐無稽なものだった。金貨一千万とは、帝国の一般的な仕事の生涯年収とほとんど変わらない。それがたった一度の仕事で百を超える一味の全員に支払われると言う。しかもそれだけではない。犯罪行為を不問とするなど、普通に考えればそんなことは不可能だ。
「でもお頭が言うには、前金だけで五千万。それに捕まってた仲間たちが十人、帰ってきたらしい」
「有り得ねえだろ、普通!なんだ?依頼主はこの国の王か何かなのか!?」
口ではそう言うが、男も実際にかつての仲間たちと再開しているのだからそれが嘘ではないことを理解している。実際に何か権力が絡んでいる話なのだろうと薄々気づいてもいるが、それ以上のことを考えるには男の思考能力は不足していた。きっと周りのならず者たちも同様だろう。彼らの中に頭が切れるものなどほんのひと握りしかいないのだから。
「なあ、エルア。お前は今回の仕事、どう見てる」
「そりゃあ、半端なく訳ありでしょうよ」
そのひと握り、一味の中でも特に名の知れたならず者であるエルアが、一団から少し離れた場所で顔に大きな傷を持つ髭面の男と何やら思案していた。男とエルア、二人の纏う雰囲気は周りのならず者たちとは一線を画している。相当な修羅場を潜り抜けてきた者のみが持つ凄み、血の匂いのようなものが二人からは強烈に感じられた。
「逆にお頭、いくら報酬がいいからってよく引き受けましたね。慎重なあなたらしくもない」
「……個人的な訳があってな。因縁があんだ」
お頭と呼ばれた男、ギールの脳裏に浮かぶのは深紅のフードを目深に被った少女。気づけば彼の手は顔に刻まれた傷をなぞっていた。
「『剣姫』。てめェに会えるのが楽しみだぜ」
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同時刻、ルーノたちから見てラクリマ遺跡の向こう側。夜の闇に負けそうなくらい小さな灯りを囲む二人組の人影があった。炎の灯りが照らし出すのはまだ幼さが残る顔立ちの少女と、大剣を背負った長身の男性、そして彼らの頭頂部に生えている獣の耳。獣人国家フォーサイスの王女、ソルマリア・フォン・フォーサイスと、その護衛であるアドルフ・カーライル、それが二人の名前と肩書だ。
「ねえ、アドルフ」
「いかがされましたか?」
小さくソルマリアがこぼした囁きをアドルフは聞き逃さなかった。彼女の声からは不安が滲み出ている。護衛の騎士である彼がそれを聞き逃すわけはなかった。
「ここ数日、何か嫌な予感がするの。それも日に日に強まっていく……」
「私も同じことを感じていました。あくまで感覚ですが、戦士としての経験が争いの予感を伝えてくるのです」
現在、二人の周りに人の気配はない。どれだけ気配を隠すのが得意な者でも、狼の獣人であるアドルフの嗅覚から逃れることは不可能だ。たとえ二人の予感が当たっていたとしても、今すぐに襲われるようなことはないだろう。
「それに、姫様がそう仰るなら間違いないでしょう。貴女は私よりよほど勘がいいですから」
「そんなことはないわ。私の根拠の無い予感より、アドルフの鼻と経験の方が何倍も信頼できるもの」
主従の関係は良好なようで、言葉遣いこそ硬いものの会話の節々からはお互いへの信頼が見て取れる。現に話題はあまり明るいものではないが、二人の間に悲観や絶望の気配は微塵もない。二人で乗り越えてきた数多の危機が、二人の結び付きをとても強固なものにしていた。
「でもアドルフ。いつも言ってるけど、もし戦いになったらもっと自分を大切にして。あなたが傷つくのは辛いわ」
「私にとって姫様を護ることは至上命題。たとえ姫様の願いでも、貴女に危害が及ぶ確率を少しでも下げられるのなら私はなんだってします」
アドルフの言葉にソルマリアは頬をぷくりと膨らませて不満を訴える。怒っていることを表したいのだろうが、もともとの顔立ちが柔和なせいであまり怖さを感じない。むしろ可愛らしいとすら思えるその仕草に、アドルフは身が引き締まる思いだった。
「いつも護ってくれてありがとう、アドルフ。力になれないのが悔しいけど……。頼りにしているわ」
「お任せください。姫様には傷一つ付けさせません」
アドルフの宣言にソルマリアは微笑みをもって答えた。その笑みはまるで陽だまりのようなあたたかさをアドルフに覚えさせる。この温もりを護るために自分は生まれてきたのだとすら思えた。アドルフがそんなことを考えているとは露知らず、ソルマリアはふと夜空を見上げる。
「綺麗な満月……!」
ソルマリアは昔から月を見るのが好きだった。夜空の月は太陽ほど明るくはないが、確かに人々を照らし続けるその在り方に魅力を感じる。今宵の満月はとても美しく、先ほどまで胸を満たしていた嫌な予感をいっとき忘れさせてくれた。
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「よく眠れるな、こんな時に」
「昔同じ事を言った。そしたら眠れないことの方が怖いって」
夜も更けた頃、今晩も見張りを引き受けたルーノと、眠れないと彼女の元へやってきたシアルの二人は大きないびきが聞こえてくるテントを呆れた表情で見つめていた。明日は決戦の日だというのにヴィクターは十時になる頃には眠気を訴え始め、今は一人夢の世界を旅している。
「その発言の方がよほど恐ろしいと思うのは我だけだろうか……」
「新しい仲間が同じ感性を持っていてくれて嬉しいよ」
ルーノが深いため息をついたのを見て、もし自分がヴィクターと二人きりでいたら自分の方が間違っているのではないかと錯覚してしまうのではないかとシアルは身震いした。その点において己を曲げないルーノはヴィクターと相性がいいのだろう。その事実は本人にとって不名誉だろうけれど。
「苦労は察する……」
「ありがと。だからってわけじゃないけど、シアル。明日はまず自分の身を守る事を優先して」
突然の言葉にシアルは面食らう。明日はようやく役立てると心を奮い立たせていたのに、どうして。
「我も戦」
「君が弱くないのはわかる。でも、それでもだ。あいつらは一筋縄ではいかない。相手が悪いんだ」
ルーノがこちらの言葉を遮ってまで主張するということは、ギールの一味とやらは相当な曲者なのだろう。確かに自分は戦闘経験が乏しいが、並大抵の戦士よりは戦える気でいた。それでも歴戦の戦士であるルーノの目には、シアルとギールの一味の間に明らかな実力差があると映っているらしい。有無を言わさない迫力にシアルは頷くことしかできなかった。
「……貴様の判断を信じる」
「助かるよ。でもそんなに心配そうな顔しないで。私とヴィクターは大丈夫だから」
そして恐らく、ギールの一味と二つ名持ちであるルーノとヴィクターの間にも同じことが言えるのだ。ルーノの態度から確信に近いものをシアルは感じる。
「さて、眠れなくても体は休めた方がいい。うるさいのがいるけど、テントに戻って横になるだけで変わるから」
ルーノはいびきが聞こえ続けるテントの目をやる。実際疲労の溜まっていたシアルにその提案を断る理由はなく、相槌を一つした彼は吸い込まれるようにテントへと向かっていった。
「いよいよだ」
その背中を見送ったルーノは一人呟く。その声色には底が見えないくらいに強い決意の色が滲んでいた。
「待ってて、ソルマリア。私が絶対に助けるから」




