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王冠の亡命――八百日の建国戦争  作者: シルヴァン・レーデル


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第九話 セヴァル港



 セヴァルは、都市である前に軍港だった。


 カリナ半島南西端の深い湾。岩壁を掘り込んだ弾薬庫。修理用乾ドック。長距離捜索レーダーと地対艦ミサイル陣地。


 帝国ヴェルナ海艦隊の主力は、そこを根拠地にしていた。


 公国が必要としているのは、港の消滅ではなく、帝国艦隊がそこから出られなくなることだった。岸壁と水路まで破壊すれば、奪回後に自軍も使えない。


 目標は、外港の防空施設、軍艦、修理設備、艦隊司令部の通信機能。


 民間埠頭と市街地は、弾薬節約、港湾機能の温存、西方連合への説明という三つの理由から攻撃禁止区域に指定された。


     *


 午前一時四十分。


 空母ヴォルナの戦闘指揮所で、オレクサンドル・コヴァル提督は最後の確認を行っていた。


 夜の海図に、三本の進路が引かれている。


 《ヴォルナ》を中心とする航空群は、半島から百八十キロ以上離れた海域で発艦作業を行う。


 第六十一臨時支援群は、その西方で補給航路を守る。


 高速揚陸群は夜明け前に沿岸へ接近し、外港防波堤の軍用監視所とレーダー施設を確保する。


「市街へ入るな」


 コヴァルは、揚陸群へ繰り返した。


「上陸目標は二箇所だけだ。防波堤東端と外港レーダー丘。市街を保持する兵力も補給もない。入れば包囲される」


『了解しました』


 通信画面の中で、ナターシャ・ペトレンコ少佐が答えた。


 ズーブル級大型エアクッション揚陸艇ポモルニクの副長。今回、先任指揮官が負傷したため、艇長を補佐しながら上陸部隊との調整を任されている。


 声は細い。


 復唱は正確だった。


「ペトレンコ少佐」


『はい』


「不安か」


『……はい、提督』


「結構。不安のない指揮官より、報告を省かない」


 コヴァルは海図を指した。


「迷ったら予定より事実を優先しろ。命令と違う海が見えたなら、海のほうが正しい」


『了解しました』


     *


 午前三時十二分。


 《ヴォルナ》の飛行甲板で、Su-33が一機ずつ発艦位置へ進んだ。


 先行する制圧隊は対レーダーミサイルを搭載し、後続の対艦攻撃隊はKh-35を抱えている。いずれもOKB-0で火器管制装置を換装した機体だった。


 ソーコルはSu-33の操縦席で、兵器選択を確認した。


『ソーコル、発艦準備よし』


『発艦せよ』


 アフターバーナーの炎が伸び、機体は艦首のスキージャンプを駆け上がった。


 低く垂れ込めた雲の上へ抜けると、公国海軍航空隊は三つの編隊に分かれた。


 第一編隊は海岸捜索レーダーと防空部隊を抑える。


 第二編隊は港内の帝国艦艇を攻撃する。


 第三編隊は上空援護に残る。


 湾内には、スラヴァ級巡洋艦一隻、ソブレメンヌイ級駆逐艦二隻、複数の小型艦が確認されていた。


 すべてを沈める必要はない。


 艦隊を出港させず、外海へ通じる航路を開けばよかった。


     *


 午前三時四十六分。


 沿岸の長距離レーダーが、公国機を捉えた。


「西方、複数機。高度不明!」


「防空部隊、戦闘配置。艦艇は出港準備!」


 警報が港内を走る。


 レーダー丘から照射波が放たれた瞬間、先行編隊が発射した対レーダーミサイルが方向を定めた。


 帝国側は電波を止める。


 一発は送信機から外れて斜面へ落ちた。もう一発がアンテナ基部を破壊する。


 完全に目を潰したわけではない。


 だが、港内の艦艇と陸上防空隊が同じ航空図を共有できなくなった。


『第二編隊、攻撃開始』


 海面近くへ降りたKh-35が、複数方向から湾口へ進む。


 帝国艦はチャフを展開し、近接防御火器を撃ち始めた。


 最初のミサイルは、巡洋艦手前で撃墜される。


 二発目は囮へ引かれて防波堤外へ逸れた。


 三発目がスラヴァ級の後部甲板に命中した。火災が起き、推進系統の一部と艦載防空用電源を失う。


 撃沈ではない。


 自力で出港できない損傷だった。


 別の二発がソブレメンヌイ級一隻を挟む。片方は近接防御に破壊され、もう片方が艦尾へ命中した。軸系と操舵機区画が損傷し、駆逐艦は岸壁へ寄せられる。


 もう一隻の駆逐艦と小型艦艇は、煙幕を張りながら湾の奥へ退避した。


『目標艦、航行能力を喪失』


 ソーコルは戦果を短く告げた。


『追撃は』


『禁止。割り当て弾は終了。湾奥へ入れば艦載防空圏と重なる』


『了解』


 機首を上げ、次の任務へ移る。


     *


 同じ頃、《ポモルニク》は半島沿岸まで三十キロを切っていた。


 艇体の下へ大量の空気を送り込み、波頭を越えて進む。通常の船より浅瀬に強いが、巨大な船体はレーダーから隠れにくい。


「予定航路上、発振源なし」


 戦闘指揮所の担当員が報告した。


 ペトレンコは画面を見つめた。


 発振源がない。


 それ自体が、気になった。


「沿岸防御部隊は、事前情報では二個中隊でした」


「一個はレーダー丘だ。航空隊が抑えた」


 艇長が答える。


「もう一個は?」


「確認されていない。撤収した可能性もある」


 ペトレンコは、予定航路の北側にある採石場を拡大した。


 数分前から、短い捜索波が断続的に出ている。港の固定レーダーとは周波数が違った。


「移動式地対艦ミサイルの射撃レーダーかもしれません」


「推定だ」


「はい」


 声が一度止まる。


 予定どおり進めば、上陸時刻には間に合う。


 進路を変えれば、奇襲の時間を失う。


 だが、その発振源は揚陸艇ではなく、沖合の《ヴォルナ》へ射線を通せる位置にあった。


「……高速揚陸群、進路を南へ十二度変更してください」


 艇長が振り返る。


「少佐」


「同時に艦隊へ警報。採石場座標を送信します。上陸は六分遅延します」


「確信があるのか」


 ペトレンコは息を吸った。


「ありません。だから確認します」


 艇長は一秒だけ彼女を見た。


「操舵、南へ十二度。群司令へ送れ」


     *


 警報を受けた《ヴォルナ》は、予定針路を変えた。


 護衛艦が採石場方向へ電子妨害を集中する。


 その二分後、地上から四発の対艦ミサイルが発射された。


 帝国軍は港の固定防空網を囮にし、沈黙させた移動式発射機を海岸へ残していた。


 ミサイルは、変更前の空母予測位置へ向かう。


 二発が護衛艦の艦対空ミサイルに撃墜され、一発は妨害に引かれて海面へ落ちた。


 最後の一発が進路を修正したが、空母との距離を詰められず燃料を失った。


 航空隊が採石場へ向かう。


 発射を終えた車両は移動を始めていた。ソーコルは先頭車両へ照準を合わせたが、採石場出口で複数の車両が交差し、発射車と作業車の識別が途切れた。


『攻撃保留。目標識別を喪失』


 代わって、海上の護衛艦が発射地点へ砲撃した。


 退避できなかったレーダー車一両が破壊され、発射車両の一部は内陸へ逃げた。砲弾の一発は採石場の作業員宿舎近くへ落ち、火災を起こした。夜間に宿舎が使われていたかは確認できない。


 脅威は消えていない。


 位置は暴かれた。


     *


 午前四時二十八分。


 《ポモルニク》を含む高速揚陸群は、外港防波堤の外側へ到達した。


 上陸部隊は二手に分かれ、軍用監視所とレーダー丘へ進む。


 抵抗はあったが、帝国側は航空隊との通信を失い、組織的な反撃を作れなかった。


 二十一分後、防波堤東端の監視所が確保される。


 外港レーダー丘には公国旗ではなく、航空識別用の橙色標識が掲げられた。


 占領を宣言するためではない。そこまで支配する兵力はなかった。


 標識は、味方の攻撃を止め、確保地点を航空隊へ知らせるためだった。


「上陸目標、二箇所を確保しました」


 ペトレンコが報告した。


『市街へは』


「進入していません。負傷者を収容後、防御配置へ移ります」


『損害は』


「上陸部隊、戦死三、負傷十一。《ポモルニク》は航行可能です」


『よくやった、少佐』


 コヴァル提督の声が返る。


 ペトレンコは返事をしようとして、最初の一音を二度失敗した。


「……ありがとうございます」


     *


 夜明けまでに、セヴァル港の軍事機能は大きく制限された。


 スラヴァ級巡洋艦一隻とソブレメンヌイ級駆逐艦一隻が航行不能。


 外港レーダーと艦隊司令部の主通信回線は停止。


 修理用乾ドックのポンプ設備が損傷し、当面使用できない。


 帝国艦隊の残存艦は湾奥と東方港へ退避した。


 ヴェルナ海艦隊は壊滅していない。


 ただし、セヴァルから一つの艦隊として出撃することはできなくなった。


「航路は開きました」


 コヴァルが報告する。


 ただし幅は狭く、沈黙した発射車両は内陸に残り、外港の上陸部隊は敵砲兵の射程内にいる。


 《ヴォルナ》艦橋の窓外に、朝の線が見えていた。


 勝った海ではない。


 次の船を通せる海になっただけだった。

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