第六十五話 四つの基地
ベラヴァ共和国が空を閉じてから、残り四十時間。
その間に潰すべき飛行場は四つあった。
プレスコヴ。
オストラヴ。
グディン。
ソルツァ。
帝国西部航空軍が北方三国へ戦闘機と攻撃ヘリを送るための、四本の指だった。
統合作戦室のスクリーンでは、四基地が赤い円で描かれている。
「円を消せば、空が取れる」
若い西方連合参謀が言った。
シェレメートは椅子の背へ顎を載せた。
「地図は優しいね〜。飛行機を丸で描いてくれる」
「違いますか」
「中には人がいて、燃料が減って、着陸したら壊れる。丸より面倒だよ〜」
目標表には、各基地の航空機数が並ぶ。
Su-35S、十六。
Su-30SM、十二。
Su-34、十八。
MiG-31BM、八。
Mi-24P、十一。
全機が飛べるわけではない。
全機が基地へいるわけでもない。
格納庫の屋根を壊して《四十五機撃破》と発表することはできる。だが、中が空なら壊したのは屋根だけだ。
「作戦目標を言って」
シェレメートが促した。
「四基地の航空戦力を壊滅」
「やり直し〜」
「北方三国への航空増援を阻止」
「期間は」
「七十二時間」
「合格。壊滅は新聞にあげる。私たちは時間を盗もう〜」
*
作戦《四本指》は、午前二時十一分に始まった。
第一波は囮。
ADM-160B《MALD》二十四機が、四つの基地へ別々の高度と速度で進む。レーダー画面には、小型の囮が戦闘機編隊や巡航ミサイルへ見える。
帝国防空軍はすぐには撃たなかった。
カレングラードで、電波を出した射撃管制車から死んだことを学んでいる。
プレスコヴのS-400大隊はレーダーを沈黙させ、二十キロ離れた民間テレビ塔に偽の電波源を置いた。
「誘ってるね〜」
シェレメートはE-7Aの戦術画面を見た。
「テレビ塔を撃ちますか」
「地元の天気予報が困るから、やめとこう〜」
ソーコル飛行隊のF-16CJ四機はAGM-88Eを抱えたまま待つ。
電波を出さない防空網へ、対レーダーミサイルは盲目になる。
その代わり、Su-24MP二機が国境沿いを並んで飛んだ。
操縦士と電子戦士官は左右の並列座席。
右席のソフィアが、受信機へ入る細い雑音を拾う。
「主レーダーは沈黙。補助回線が十一秒周期で短時間送信」
左席の操縦士が聞く。
「位置は」
「三角測量中。北へ二度」
二機が間隔を広げる。
同じ信号を違う方位から受け、交点を作る。
S-400の射撃管制車は電波を出していない。
だが、離れた指揮車へ送る短いデータ通信までは消せなかった。
「偽電波源から南東二十一キロ。採石場内」
座標がF-16CJへ渡る。
『ソーコル一、マグナム』
AGM-88E二発が採石場へ向かった。
帝国側が初めて主レーダーを起動する。
囮と本物を分けるためだった。
十一秒。
それで十分だった。
残るF-16CJが三発発射する。
*
帝国側も、撃たれるだけではなかった。
オストラヴ南の林に、Buk-M3一個中隊が移動している。
西方連合の衛星画像には、燃料車として写っていた。レーダーを一度も出さず、民間トラックの列へ混じっていた。
ソーコル三番機がAGM-88Eを放した直後、Buk-M3は光学追尾で発射した。
9M317Mが松林から上がる。
『三番、六時下方、発射!』
F-16CJが右へ捻る。
増槽を投棄。チャフとフレア。地表へ向けて高度を落とす。
ミサイルは追う。
操縦士が稜線の裏へ入ろうとした瞬間、近接信管が作動した。
左主翼後縁が破れた。
水平尾翼の半分が消え、エンジン回転が落ちる。機体は左へ巻き込み、操縦桿が手の中で暴れた。
『ソーコル三、被弾。制御不能』
『射出しろ』
『味方側へ三秒――』
機首を西へ向ける。
三秒。
その三秒で、機体は千メートル近く進んだ。
射出。
キャノピーが飛び、座席が火を噴く。
操縦士は夜空へ投げ出された。
F-16CJは無人のまま林へ落ち、燃料が木々の間を走った。
パラシュートが開く。
風は東。
帝国側へ流される。
『ソーコル三、降下位置は国境東二・四キロ』
「救難班を」
シェレメートが言った。
『作戦中です』
「知ってるよ〜。だから今出すの」
『第二波の通路が』
「一人を置いて作った通路は、帰りに誰も信じないよ〜」
*
第二波のラファールB八機が低空から入った。
SCALP-EG十六発。
狙うのは航空機そのものではない。
プレスコヴとオストラヴの滑走路交差部。
グディンの燃料ポンプ棟。
ソルツァの弾薬組立所。
予備滑走路へ向かう誘導路。
移動式管制車の掩体。
SCALP-EGが高度を下げ、森の上を飛ぶ。
プレスコヴでは、S-400の48N6DMが二発を迎撃した。
一発が空中で砕ける。
もう一発は回避し、滑走路中央へ入った。
弾頭が舗装を貫き、下で爆発する。直径十メートルの穴。持ち上がったコンクリート板が周囲へ重なり、単純な埋め戻しを難しくした。
オストラヴでは三発中二発が命中。
一発が滑走路交差部を切り、もう一発が誘導路上の空の掩体へ入った。
情報が古かった。
Su-34四機は四十分前に離陸している。
グディンの燃料ポンプ棟へ二発。
配管が破裂し、地下タンクからの供給が止まる。火災は防油堤内へ留まったが、消火班一名が爆風で死亡した。
ソルツァの弾薬組立所へ三発。
一発が外れ、整備格納庫の端を破壊。Mi-24P二機が損傷した。
残る二発が組立所を潰し、二次爆発が屋根を内側から持ち上げた。
基地は消えない。
滑走路も、修理すれば戻る。
だが、今朝飛べる機数は減った。
*
逃げたSu-34四機とSu-35S六機が、第三波へ向かった。
第三波はF-2A四機とSu-35BM四機。
役割は攻撃隊の退路を守ること。
シェレメートはSu-35BMの操縦席にいた。
「十機。数えやすいね〜」
ペトレンコの声が返る。
『数えるだけにしてください』
「参謀長、私を何だと思ってる?」
『発射許可を聞く前に、発射後の報告文を考える人です』
「褒められた〜」
シェレメートの軽さは、恐怖がないからではない。
恐怖へ名前を付けるより先に、距離と角度へ変えてしまう癖だった。
敵Su-35S二機が高空。残りは中空。Su-34は長距離ミサイルを撃ち、すぐ反転する構え。
『交戦許可。攻撃隊から東へ追い出せ』
「了解。殺すより、帰り道を変えさせるよ〜」
シェレメートは機首を上げた。
R-77-1を二発。
撃墜を狙う射角ではない。高空の二機へ回避を強い、下の編隊と切り離す。
F-2AがAAM-4Bを発射。
帝国側も撃つ。
空に白い線が八本生まれ、雲の手前で交差した。
Su-35BM二番機のRWRが鳴る。
『二番、防御!』
機体が急降下し、ベクタード・スラストで機首を捻る。R-77-1が後方へ迫り、フレアの列を抜けた。
近接爆発。
右エンジン外板が裂け、温度警報。
『二番、右発火災。消火。帰投する』
「一人で帰れる?」
『子供じゃない』
「子供の方が正直に助けを呼ぶよ〜。四番、送って」
Su-35BM四番機が損傷機へ付く。
その隙に、帝国Su-35Sがシェレメートの後ろへ回った。
機関砲射撃。
三十ミリ弾が左翼端をかすめ、前縁スラットへ穴を開ける。
シェレメートは機首を引き起こした。
速度を一度失い、敵機を前へ出す。
視界に灰色の機体が横切る。
「捕まえた〜」
R-73を一発。
ミサイルは敵機の左エンジンへ入り、尾部を火で包んだ。
操縦士が射出する。
シェレメートは落下傘を一瞥し、追撃しなかった。
残る帝国機は東へ退いた。
*
F-16CJ操縦士の救出には二十六分かかった。
HH-60Gが地表すれすれで入り、地上の第八十八群が煙幕を張る。
帝国捜索班のBTR-82Aが四百メートルまで接近した。
M134ミニガンが車両前方の道路を縫い、頭を下げさせる。
救難員が降下し、足首を骨折した操縦士を吊り上げた。
HH-60Gの左側面へ七・六二ミリ弾が三発当たる。燃料漏れなし。救難員一名が大腿部を負傷。
ヘリは西へ帰った。
戦闘機一機全損。
負傷二。
生存三。
救出作戦を戦果へ数えるかは、国によって違う。
公国は数えた。
*
四基地の戦果判定は、午前六時にまとまった。
滑走路二本閉鎖、予備滑走路一本部分使用可能。
燃料供給停止、一基地。
弾薬組立能力停止、一基地。
S-400射撃管制車一両大破、発射車二両損傷。
Mi-24P二機損傷。
Su-35S一機撃墜。
少なくともSu-34四機、Su-35S五機、MiG-31BM四機が他基地へ退避。
帝国側死者推定十一から二十八。
公国・連合側、F-16CJ一機全損、Su-35BM一機中破、F-2A一機軽傷。負傷三。死者なし。
北方三国へ向かう帝国航空出撃は、今後四十八から七十二時間、平時能力の三割以下と推定。
参謀が報告書の見出しを読んだ。
「帝国西部四基地を無力化」
シェレメートが手を上げる。
「それ、消して〜」
「事実です」
「グディンは午後にも飛ばす。プレスコヴは工兵が穴を埋めてる。オストラヴから四機逃げた。ソルツァにはヘリが九機残ってる」
「では、何と」
「《出撃能力を限定的に低下》」
「弱く見えます」
「敵を弱く書いて、次に撃たれたら私たちが馬鹿に見えるよ〜」
彼女はヘルメットを机へ置いた。
左翼端へ敵弾の傷がある。
「全部壊した、は書かないで。全部壊れてないから〜」
四本の指は切り落とされていない。
骨を折り、腱を傷め、しばらく握れなくしただけだった。
それで十分だった。
北方三国へ入る地上部隊に必要なのは、永遠の制空権ではない。
最初の街へ届くまでの、四十八時間だった。




